「ふんふふーん」
陽気な鼻歌が小さな部屋の中に響く。その鼻歌の出どころはホエルコじょうろできのみプランターに水を上げている海杏からだった。
「随分ご機嫌だね、海杏」
「あ、おはようダイゴさん。今日はね、ようやくホズのみが実ったの。育ちが遅い品種だから、うまくできるか心配で……。きちんと育てられたから嬉しくて。きっとあの時……」
昨日Nと戦っていた女性と同一人物とは思えないほどのほんわかムードで、ダイゴにきのみについて熱く語っている。ダイゴも石のこととなると語りが止まらなくなる辺り、2人は似た者同士といったところか。
「なるほどね。……ふっ」
「だから今度はもっと数が実るように……って、やだっ!私ったらまた……!」
ダイゴが優しく口元を緩めながら話を聞いていたことにようやく気付いた海杏は、またやってしまったと口元を慌てて抑える。
「ボクもよく海杏に語ってしまうからおあいこだよ。……さぁ、そろそろご飯にしようか」
「うん。……こうしてポケモンセンターに泊まったり、食事を取る日が来るなんて思ってもみなかったな」
荷物をまとめ、利用させてもらった部屋を後にし、ポケモンセンターに設けられているテーブル席に着き、ポケモンたちに海杏が作ったポケモンフードを与えながら自分たちも食事を取る。
「ボクがチャンピオンになる前はよく利用させてもらったよ。もっとも、今は家に帰って海杏の手料理を食べるのが一番好きだけどね」
「そう言ってもらえるのは純粋に嬉しい。……私、ちゃんとダイゴさんの帰ってくる家を守れているって思えるから」
ダイゴの言葉を素直に受け取り、嬉しそうに顔を綻ばせながら料理を口に運んでいく。まったり食事を取っていると何やらドラマが始まったようで、中央モニターには仲が良さそうな♀と♂のポカブたちが映っている。
「”マチコの町”という題名のドラマみたいだ」
「ドラマ……ということは、あのポケモンたちはみんな演技をしているってことよね?とてもそうは見えないほど自然体だけど」
「流石はプロ、だね?」
「うん。……すごいなぁ」
感嘆の声を漏らしながらドラマを見て食事を済ませ、2人は次の街であるサンヨウシティへと向かった……。
「朝はのんびりしたから、もうお昼か」
「ん……。私、お腹空いちゃった」
「海杏は食いしん坊さんだね。慣れない土地で体調を崩さないか心配だったけど、それだけ食欲があれば大丈夫そうだ」
「ダイゴさんが居なかったら、とてもじゃないけど街一つ自由に歩けていないよ……。後、私ってそんなに食いしん坊かな……?」
ダイゴに食いしん坊と言われて気になったのはお腹周りのようで、横腹をつまむ仕草を取る。そんな海杏の姿を見て、ダイゴはクスリと笑いながら
「ボクとしてはもう少しふっくらしてくれてもいいと思ってるから、気にせず食べてほしいな」
と、海杏の腰に手を回して言った。これには流石の海杏も
「ダイエットをすることはないけど、気にしてないわけでもないんだからっ!」
ダイゴの発言に気を悪くしたようだった。
「ごめんごめん、悪気はないんだ。海杏は十分スタイルいいし美人だし、おまけにころころと表情が変わって可愛いから、ついからかってしまうんだよ」
「そういうことは本人に言うことじゃないってば……」
「なんて言って恥ずかしがってるところが、ボクを誘惑してるんだけどな」
「むぅ……、何を言っても私をからかうんだから……」
ダイゴに何を言っても引かないため、結局最後はいつも海杏が折れる形になる。ただ、海杏にとってもダイゴの方からいつでも甘えていいということをアピールしてもらえるのはありがたく思っていた。
「そう拗ねないで?ほら、ここサンヨウシティにはおいしいって評判のレストランがあるから、そこでお昼にしよう」
海杏のご機嫌取りをするように頭を撫でながら、ダイゴはレストランの方へ誘導していく。人前でスキンシップを取ることに海杏は抵抗があるようで、撫でる手を放すようにそっと腕に触れる。意図を理解したダイゴは名残惜しそうにしながらも撫でる手を下ろしながら、お店の扉を開いた。
「いらっしゃいませ、サンヨウレストランへようこそ。2名様のご利用ですか?」
「はい」
「それでは、こちらへどうぞ」
中は洒落た雰囲気のレストランで、ダイゴは特に普段どおりの様子で緑色の髪が特徴的なボーイに案内された席につく。しかし、海杏は慣れない場所に戸惑い、ダイゴにぴったりと引っ付きながら同じく席についた。
「そんなに緊張しなくても、ボクはここにいるから」
「う、うんっ……」
今の今まではNのことでいっぱいだったのが、急に平和な時間が出来たため、今度は人の目が気になり落ち着かない様子だ。
「ご注文はどうなさいますか?」
ボーイは海杏の態度には目もくれず、接客を続けていく。
「それじゃあ、コンソメスープとコーンポタージュを1つずつ」
「かしこまりました。暫くお待ちください」
対応するのはダイゴで、全部こなしていく。当然だがボーイも仕事で話しかけてきているので、注文を受けたら一礼し、その場から去っていった。
「海杏とこうして外食が出来る日がきてボクは凄く嬉しいんだけど……、辛いかい?」
「あっ、私……。……おかしいよね、危ない目にあってる時は人のことを怖いなんて思わないのに、こうして何もしていないと気になっちゃうなんて……」
ダイゴに声をかけられ、ずっと袖の裾を掴んでいたことに気づいて慌てて手を放し、苦笑いしながら自分を否定する言葉を口にした。
「誰だって必死なときは周りのことなんて気にならなくなるものだよ。落ち着いたときに疲れがどっと出たり、恐怖が押し寄せてきたり。……ボクにだってそういうことは沢山ある」
「ダイゴさんも……?」
「あぁ。だから海杏、これからもボクの傍にいて、支えてくれるかい?」
「……いつも、ありがとう。私、離れないから」
不安になる海杏に、ダイゴはいつも励ましの言葉以上に自分の傍にいてほしいことを伝えるのは、ダイゴなりの気遣いからだった。海杏もそれをどことなく分かっているため、それ以上否定的なことは言わず、気持ちを切り替えて自分の本心を伝えるようにしている。
「お待たせしました。コンソメスープとコーンポタージュです。それでは、ごゆっくりどうぞ」
そこへ先ほどのボーイが、注文したものを丁寧にテーブルの上に並べ、頭を軽く下げてからまた別の客の対応へと踵を返していった。