愛の形 第6話

「さぁ海杏、着いたよ」

「ここがイッシュ地方の、カラクサタウン……」

生い茂るツルは繁栄の証と言わんばかりに緑が溢れる素敵な街並みの中、何やら人々はざわつき、一か所に集まっていく。

「なんか広場で始まるらしいぞ!」

「んじゃちょいと行ってみますか」

今、海杏たちの目の前にいた見知らぬ人たちもそっちへと向かっていった。

「なんとか間に合ったみたいだね。……Nがボクたちに見せたかったものは、おそらくあれだ」

ダイゴがそう言って集まる人たちの方を見て納得している。そこには広場の一角に大きなステージが作られており、今まさに演説が始まろうとしていた。

「ダイゴさん、行ってみよう」

「あぁ」

海杏たちもステージの傍に近寄ると、そこには同じ格好をした10名ほどの人たちがステージ上に立ち並び、その真ん中にはパッとわかるような明らかに偉い人が立っていた。

「カラクサタウンのみなさん、おはようございます。ワタクシはゲーチス。プラズマ団のゲーチス、と申します」

「プラズマ……団?」

偉い人、もといゲーチスと名乗った男はプラズマ団という団体に所属をしているらしい。しかし、遠い地方から来た海杏やダイゴには馴染のない団体で、静かに演説を聞くしかなかった。

「今日は是非とも皆さんに伝えたい事があり、この場にやってまいりました。伝えたい事……それは……”ポケモンを自由にしましょう”ということです」

「え?」

「何?」

ゲーチスの放った言葉に、話を聞いていた他の人たちがざわつき始める。

「ワタクシたち人間はポケモンと一緒に生きています。お互いが求め合い必要としあうパートナー、そう思っておられる方ばかりでしょう。……ですが、本当にそうでしょうか?」

「っ……」

「海杏、しっかり」

「ごめんなさい……」

「……安心して、ボクがついてる」

数日前にも聞いた、ポケモンと人間の関係。幼い頃、人によって心を傷つけられたポケモンたちを見てきた海杏にとって、この手の話題は精神的に来るものが大きく、勝手に身体が震えだし、立っているのが精いっぱいになってしまう。そんな海杏の身体を支え、ダイゴは少しでも安心させるように声を何度もかけ続けた。

「ワタクシたち人間がそう”思い込んでいるだけ”、そんな風に考えたことはありませんか?」

この言葉に会場全体は静まり、ポケモンを持っているトレーナーたちの中には海杏同様、思い悩む人の姿も出始めた。

「海杏、ステージから離れるかい?」

「ダメッ……!苦しくても、聞いて……向き合わないと」

涙を浮かべ、頭を抱え込んでも座りこまず、ダイゴにもたれ掛かってでも海杏は必死に演説を聞き、過去に立ち向かおうとしている。そうしなくてはならないのだと、自分を奮い立たせて……。

「……海杏、これだけは忘れないで。ボクもいるってこと」

「うん、うん。……ありがとう、ダイゴさん」

歯がこすれてガチガチと音を鳴らしていても、ゲーチスの演説を聞き続ける。

「トレーナーはポケモンに好き勝手命令している。仕事のパートナーとしてこき使っている。”そんなことは無い”と、誰がハッキリ言えるでしょう。アナタのポケモンがどんな表情で接し、命令を受け行動しているのか、よく見てください。思い出してください」

「私のポケモンたちの……表情……」

目を瞑り、今まで過ごしてきたポケモンたちの表情一つ一つを頭の中で浮かべる。

「いいですか皆さん。ポケモンは人間と異なり、未知の可能性を秘めた生き物。ワタクシたちが学ぶべきところを数多く持つ、崇高な生き物です。ポケモンは決して、人間の身勝手な私利私欲な為に使役されるだけの存在ではないのです」

「使役される存在じゃ……ない……」

「そんなポケモンたちに対し、ワタクシたち人間が速やかにすべきこと。それはなんでしょう?」

「…………」

ゲーチスの言葉に誰も何も言わず、ただ次の言葉を待つばかりだった。

「そう、それは……ポケモンの解放なのです!ポケモンを自由にするのです!そうしてこそ初めて、ポケモンと人間は対等になるのです。……みなさん!ポケモンと正しく付き合うためにどうすべきか!よく考えてください。というところでワタクシ、ゲーチスの話を終わらせていただきます」

演説を終えたゲーチスは一礼し、部下と共に街を去っていった……。

「バカバカしい、な?」

「ま、ああいう考え方もあるわな」

「そうね」

ステージ前にいた人たちもそれぞれ自分の考えを口にしながらぞろぞろと散っていく。その中で海杏はその場を動かず、俯きながらダイゴに声をかける。

「あのゲーチスという人の演説、最初は凄く心に来たの。だけど…………、違う」

今の海杏はもう震えておらず、何か気持ちが固まったように握りこぶしを作っている。

「あぁ。確かに目を逸らしてはいけない事柄はいくつもあった。でも、ただ解放するだけじゃ問題が解決するどころか、他の問題が増えてしまう」

「……私は知ってる。自分勝手なトレーナーに捨てられたポケモンたちの心は憎悪で満ち溢れてしまうことを。そして……急に手放されたポケモンたちは途方に暮れ、1匹では生きていけないことを」

昔、森に様々な理由で捨てられてきたポケモンたちを思い出しながら、海杏はダイゴに手放されてしまったポケモンの末路を伝える。

「あのゲーチスという男は、何か勘違いをしているように思える。ボクたちトレーナーはポケモンを使役しているんじゃない。共に信頼しあい、助け合っているんだ」

「そう、だよね。……ダイゴさん、私のこの気持ち、間違っていないって証明したい」

「……まさか」

海杏はそういって一歩前に出てダイゴと向き合い、胸に手を当ててこう伝えた。

「私、戦う!ポケモンバトルは苦手だし、傷つくポケモンたちを見るのは今も慣れないけど……。それでもあの人は止めなくちゃいけない、そう思うの。でないと、心に傷を負うポケモンがたくさん出てしまう。……一度負ってしまった心の傷は癒すことはできても、消えることは無いから……」

今まで自分から出かけることも無く、ただずっと平穏にポケモンたちと静かに過ごしていた海杏が自ら、危険に飛び込もうとしている。ダイゴの心境としてはダメだと言いたいところではある。しかしそれと同時に、今回の事件は海杏のポケモンを想う気持ちがカギを握る気がしてならなかった。

「…………、気持ちは分かるけど頷けない。どうしてかは、分かるね?」

ダイゴはいつもの考える仕草を取りながら、海杏に否定の意を示した。

「力不足なのは十分理解してる!だけどっ……、このまま放ってなんて!」

「海杏、そう興奮しないで。誰も放っておくとは言っていないよ」

「だから私は…………えっ?」

否定されてなおも食い下がろうとした海杏だったが、ダイゴの言葉をきちんと頭で処理しきると、どういうことなのか分からず、キョトンとしてしまう。

「海杏は人々の大切なポケモンたちを守りたい。ボクも自分の大切なお嫁さんである海杏を守りたい。だから、その役目は僕が引き受けるということだよ」

「えっと……、…………ん?」

「プラズマ団と全面的にボクが戦うってこと。……でも、ボクだけの力じゃ足りない。だからその時は海杏の力も借りたい。……いいかな?」

いつもの余裕溢れる笑顔をダイゴは海杏に見せる。その顔を見て海杏もようやくダイゴの出した案が理解できたのか

「私が言い出したことなのに、全部ダイゴさんに押し付けたみたいになっちゃう……」

と、渋い顔をした。

「さっきも言ったけど、ボクも今の演説を聞いてそれが正しいことだとは感じなかった。だから海杏が言い出さなかったとしてもボクはボクなりに行動を起こしていた。でも、今のボクには同じ思いを抱いて力になろうとしてくれている心強い味方までいる。……そう、ボクの妻である海杏がね」

「もっ……もう!真剣な話をしてる時にもそうやってすぐからかってっ……。……でも、ありがとうダイゴさん。力になってくれて」

「海杏の力になるのは当たり前だよ。……さて、待たせたね。N君、だろう?」

そう言ってダイゴは軽く自分の後ろを見る。そこには先日海杏に地図を渡した青年が立っていた。

「いつから……」

海杏は自分の気持ちをダイゴに伝えることでいっぱいいっぱいだったため周りが見えていなかったようで、ダイゴを挟んで自分の視界の中にいるはずのNすら見えていなかったようだ。

「僕が呼んだのは海杏。……貴女だけだよ」

青年Nはそういって海杏に向かって手を伸ばす。しかし、その手をダイゴが振り払った。

「……どうしてそこまで海杏にこだわるんだい?」

明らかにNは海杏に執着している。ダイゴはそれが気に入らないのか、普段より口調が強めだ。

「僕は最初、分からなかった。今までポケモンたちをボールに閉じ込めることを嫌がっていた彼女が、どうしてボールに入れることを決心したのか。……だけど、今は分かる。その原因を作ったのは間違いなく貴方だ」

そう言ってNはじっとダイゴのことを見る。怒りとも悲しみとも取れない虚ろな瞳のまま……。

「何が言いたいのかな」

「貴方と出会わなかったら、海杏はトモダチをボールに閉じ込める必要もなかった。……だから海杏を貴方から”解放”する。そうすれば海杏も今までどおり、トモダチをボールに入れなくて済む」

「さっきのプラズマ団の演説を君も聞いていたのは知っているよ。それを聞いて感化でもされたか、あるいは…………。……海杏、彼はボクの言葉には耳を傾けようとはしていないみたいだ。何か言ってあげて」

Nが海杏に対して並々ならぬ関心を持っているのはダイゴでなくても明白に分かるほどのものだった。だからダイゴはこれ以上は何も言わず、海杏に託した。海杏もそれに応えるようにコクリと頷き、口を開いた。

「Nさん、確かに昔の私はこんな考えを持っていたの。どうして無責任にポケモンを捕まえて、捨てて……都合のいいようにしか見ていないのか?心身ともに傷を負ったポケモンたちが森へやってくるたびその思いは募り、人への怒りは増えていった」

「そうだ。人間は身勝手にポケモンを傷つける。ポケモンは人間といると、不幸になるだけなんだ」

ポケモンの心の傷を深く理解している海杏に対して、Nは自身の持っている価値観を口にする。しかし、海杏はそれを聞いて静かに首を左右に振り

「……それでも、ポケモンたちは私と一緒に過ごしてくれた。もしNさんの言うことが真理なのだとしたら、私はポケモンたちとは過ごせてなかった。……ねぇ、Nさんも本当は寂しいんでしょう?」

海杏はNから守ってくれていたダイゴの手をそっと退け、一歩ずつNに近づく。

「寂しい?……僕が?」

「そう。私も、この子たちも寂しかった。そんな時私はダイゴさんと出会って、お互いに支えあっているダイゴさんとポケモンたちの関係に惹かれた。私自身だけで言えば、人の温かさに触れられたのも大きな要因だったけど……。今ではダイゴさんが居ない日々なんて考えられないくらい私も、私のポケモンもダイゴさんを必要としてるの」

Nの前で止まり、腰につけてあるボールに視線を落とした後、もう一度Nを見上げて自分の気持ちを伝えきる。

「海杏……」

ダイゴとしても海杏の言葉は嬉しかったのか、ほんの少し気が緩んだ。……その時

「チョロネコ、ふいうち」

Nがスッと右手を上げると海杏の背後からチョロネコが現れ、海杏に向かって攻撃を仕掛けてきた。

「海杏っ!ぐっ……」

「ダイゴさん!?」

チョロネコの攻撃から海杏を庇い、ダイゴは海杏と共に倒れこんだ。しかし、気の緩みが対応を遅らせてしまい、ダイゴは左肩に傷を負ってしまう。

「これぐらい気にする事ないよ。それより、ポケモンに海杏を攻撃させるなんてどういうつもりだ!」

一歩間違えれば海杏が大怪我をしていたかもしれない。そう思うとダイゴも声を荒げずにはいられなかった。

「こうでもしないと海杏が貴方から離れないと感じたからそうしただけだよ。……さぁ!海杏のポケモンたちの声を聞かせてよ。そこの彼に感化され、きちんとした声が発せられなくなる前に」

Nはそう言って指揮をとるように両手を振るう。すると何処に姿を隠していたのか、チョロネコ以外にも3匹のポケモンがNの指揮下に入った。

「っ……。お願い、みんな!」

ダイゴを傷つけられたことは、普段温厚な海杏を焚きつけるには十分すぎる効果を発揮した。Nの思いどおりに動いてしまっていると分かっていても、海杏はポケモンたちをボールから出す。ボールから出されたポケモンたちはそれぞれ一声上げ、Nのポケモンと対峙する。

「この6匹のポケモンたちが、ずっと海杏を支えてきたんだね。ボールから出てくるなり声が聞こえてくるなんて、本当に海杏は素晴らしいよ」

そう言ってNはまた先ほどのように指揮をとりだすとNのポケモンたちは動き出し、海杏のポケモンを各自の判断で襲いだす。

「ワタッコ、チリーン、2匹はダイゴさんを守って!チルタリスたちはNさんのポケモンに囲まれない様に四方に散って、1対1に持ち込んで!」

「チルゥー!」

海杏の指示を受けたポケモンたちはそれに従い、お互いに背を向けあって距離を取り合いNのポケモンに睨みを利かせる。

「海杏、ボクも……くっ、戦うよ」

ダイゴも立ち上がりボールからポケモンを出そうするが左肩が痛むのか、顔をしかめて痛みに耐えていた。

「ワ、ワタワタ!」

「チリーン!」

それを心配してワタッコとチリーンはダイゴを止めに入る。

「ダイゴさん、その傷では満足にポケモンへ指示が出せないよ。……私が戦うから、何かあったら私に注意して?必ず活かすから……」

「っ…………、分かった」

不服そうにはしているものの、海杏の言い分が間違っていないことが分かっているダイゴは仕方がないという感じで頷く。

「もうバトルは始まっているのに作戦会議なんて余裕だね」

海杏とダイゴが話している間にNはポケモンたちに指示を出していたようで、チルタリスたちは応戦していた。しかし、海杏の指示がないためか防戦一方だ。

「今はバトルに集中しないと……。チルタリス、りゅうのはどう!レントラーはじゅうでん、シャンデラ、かえんほうしゃ!ウォッシュロトムは10まんボルト!」

海杏は1匹ずつに技を伝えるが、数が多いためどうしても指示が遅れていく。それに対してNは言葉ではなく指先を器用に使ってポケモンたちに意思を伝えているため、海杏のポケモンたちが放った技を軽々と避けていく。

「海杏はポケモンの声が聞こえないと言うけど、的確に今この瞬間にどんな技が最大限の力を発揮するのか判断が出来ている、良いトレーナーだ。ただこれだけの数のポケモンたちに指示を出したことがないんだね、……遅いよ」

「シュィィー!」

「シャァーン!」

「あぁっ、ウォッシュロトム!シャンデラ!」

指示が遅れてしまった2匹は攻撃を避けられただけでなく、反撃まで受けてしまう。ポケモンが傷ついてしまったことに海杏は動揺し、他の2匹もその後ダメージを受けてしまった。

「海杏、落ち着いて!」

「で、でもっ!これじゃ指示が間に合わなくて一方的にやられちゃう!」

「トレーナーの焦りはポケモンたちへ伝わる!海杏、海杏っ!」

「私、どうしたらっ……!」

「…………ダメだ、聞こえていないっ……」

焦りによって冷静さを欠き、今の海杏にはダイゴの声も届かない状態だ。必死にポケモンたちへ指示を出し続けるものの、その指示を受けるポケモンたちは海杏が心配でバトルどころではなく、集中しきれずにNのポケモンたちに有効打を与えられない。

「良いトレーナーであるはずなのにその力を発揮しきれないのは、そこの彼に束縛されているからだよ」

「みんな……こんなにボロボロに……。ごめん、ごめんなさいっ。本当はみんなもっと強いのに、私が下手だから……下手、だからぁ……」

震える手で傷ついたポケモンたちを抱きかかえる海杏。目には涙を溜め、戦意喪失している。

「…………それだけポケモンのことを大切に思っているなら……。傷つく姿が見たくないなら、ポケモンを解放して僕の元へおいでよ」

Nも戦いを止め、海杏に手を差し出す。海杏にとってその手は全ての辛さから抜け出させてくれるように感じたのか、虚ろな目でNの手を見つめている。

「海杏っ、気をしっかり持つんだ!自分の想いを証明するんじゃなかったのか!?」

「チッ……チル……ゥ……!」

「うっ……あっ……。チル、タリス……」

ダイゴの声でほんの少し正気を取り戻した海杏に、まだ戦えるとチルタリスたちは奮い立つ。その姿を見た海杏の瞳には徐々に光が灯る。

「みんな……、お願いっ。もう少しの間だけ、力を貸して!」

「レェェェン!」

「シャンシャン!」

海杏の力強い瞳に応えるようにポケモンたちは立ち上がり、闘志を燃やす。

「……そう、まだ諦めないんだ。まだポケモンを苦しめるんだね。…………チョロネコ、おいうち」

「確かに今、バトルによって傷ついてるのは事実。……でも!無差別なポケモン解放が広まったら、それこそもっと傷つくポケモンたちが増えてしまうから。だから、負けられないっ!」

「チルゥ!チルルーッ!」

大きな声をあげ、チルタリス自身も今までの中で一番大きく羽ばたき、チョロネコの攻撃を避ける。

「他のポケモンたちの攻撃も残っているよ」

Nもたたみかけるように他のポケモンたちに指で指示を出していく。その動きを見ながら海杏は

「ダイゴさんお願い。私に力を貸して!レントラー、シャンデラ。ダイゴさんの指示に従ってっ!」

2匹のポケモンをダイゴに託した。

「やっとボクを頼ってくれたね。傷の方はもう心配ないよ、ワタッコとチリーンが癒してくれた。レントラー、ワイルドボルト。シャンデラ、シャドーボール」

ようやく海杏に頼られたダイゴはフッと笑みを浮かべ、託されたポケモンたちに指示を出す。

「チルタリス、れいとうビーム!ウォッシュロトム、ハイドロポンプ!」

指示を出すポケモンの数が減ったことで状況判断も格段に速くなり、今度は海杏のポケモンたちがNのポケモンを押し返し始めた。そして海杏を支えているのは、共に戦ってくれているダイゴの存在が一番大きかった。

「!?」

先ほどまで瀕死寸前だったはずのポケモンたちが、海杏とダイゴの指示でこれほどの粘りを発揮するのがNには想定外だったようで驚いていた。

「海杏、こちらは片付いたよ」

「レェン」

「シャーンシャン」

ダイゴに託した方の2匹は決着をつけたようで、レントラーは勝ち誇ったように一鳴き上げ、シャンデラは身体を左右に揺らして喜びを表していた。

「ダイゴさんっ……。チルタリス、私たちも決めるよ。りゅうのはどう!」

「チィ……ルゥーー!」

最後の力を振り絞るように、海杏の声に応えるように。チルタリスはりゅうのはどうをチョロネコに当てる。技が直撃したチョロネコは吹き飛び、Nに受け止められる形で気絶した。

「海杏のチルタリスの強い声が聞こえたよ……。そんなことを言うポケモンがいるなんて……ね」

Nは目を見開きながら、海杏のチルタリスを見つめたかと思うとスッと立ち上がり、海杏たちに背を向けてどこかへ歩いていく。

「ど、どこに行くの……?」

「みんないい戦いだった。もういい、帰るよ。……海杏、僕は諦めたわけじゃない。必ずそこの彼から”解放”してみせるよ」

そう言ってNは戦闘不能のポケモンをボールに戻さず、抱きかかえたまま去っていった。

「終わ……った……。みんな、最後まで戦ってくれて本当にありがとう。さぁ、オレンとオボンよ、これを食べて……」

Nが去っていくのを見て海杏の張りつめていた意識が一気に抜けたのか、へなへなとその場に座り込み、スカートのフリルの中からきのみ袋を取り出してポケモンたちにきのみを分けていく。

「海杏、よく戦い抜いたね」

「……ううん。私一人だったら今頃逃げ出して、Nさんの手を取ってしまっていた。今私がこの子たちと一緒に居られるのはダイゴさんのおかげ。……本当にありがとう」

疲れた顔をしながらも、ダイゴにふわりと微笑みながらお礼を言う。

「ボクは海杏の旦那だよ?妻を守るのは当然。……ただ、これ以上Nという人物とは関わって欲しくないというのがボクの本音ではあるかな」

「危ないから?」

「それもある。けど、それ以上に海杏に馴れ馴れしいのが気に入らない」

「えっ……?」

ダイゴの嫉妬に海杏はいまいち気付けず、どういう意味だろうと悩んでいるのか少し困った顔をしている。

「まぁ、そういうことは分からないぐらい純粋な所が海杏の魅力なんだけどね」

そう言ってダイゴは海杏の頬に軽いキスを落とす。

「っ……!もう、ダイゴさんっ!……あぁっ、チルタリス。今笑ったでしょ!」

照れている海杏を見て、疲れていながらも2人のやりとりに笑顔をこぼしたチルタリスに釣られ、他のポケモンたちも笑い、柔らかい笑顔で2人は包まれた。

「ははは。海杏は照れ屋さんだな。…………、ホウエンに帰るつもりは?」

柔らかな空気もほどほどに、ダイゴは本題に入る。

「今日Nさんとバトルして、私の腕はまだまだ未熟だった。けど……、Nさんは本当にポケモンたちのことが大好きなんだってことは凄く感じ取れたの。だから、また戦うことになったとしても、ここで逃げ出したくない」

「ふぅ……、そういうと思ったよ。そんな時はほら、何か言うことがあるんじゃないかな」

ダイゴの意図に気づいた海杏は少し照れながら、しっかりと目線を合わせ

「その、今度も何かあった時、さっきみたいに助けてほしい……です」

こうお願いした。

「よく出来ました。頼るのは弱いことじゃない。お互いに出来ることを補い合うことこそ大事だってこと、海杏はきちんと理解出来てるよね」

「うん……。それもこれも、ダイゴさんとポケモンたちのおかげ」

きのみを食べて元気になったポケモンたちを撫でながら大切なことをもう一度確かめるように、胸の前に手を置く。

「それは何よりだよ。……さぁ海杏、ボクとしてはせっかくイッシュ地方にまで足を運んだには、Nだけに囚われず、この地方の良さにもたくさん触れてほしいと思うんだ。Nを探すにしても情報も何もないから、ゆっくり観光でもしていかないかい?」

「ダイゴさん……。実はそれが目的でしょう?」

「ははは、海杏は鋭いな」

ポンポンと海杏の頭を撫でながら、ダイゴは楽しそうに微笑んでいる。そんなダイゴの姿を見て、海杏もダイゴとのお出かけが楽しみになってきたのを心の中にしまいながら、提案を受け入れた。