愛の形 第2話

「いけっ、モンスターボール!」

少女、海杏が投げたモンスターボールが床に落ち、ゆらゆらと震えている。

「…………。……海杏、おめでとう!」

「や、……ったの?やった?やった!お父さん見て!私、初めて自分でポケモンを捕まえたよ!」

「そんなにはしゃぐとこけるわよ?ふふ、よかったわね、海杏?」

「うん!早速出してあげなくちゃ。出ておいで、チルット!」

海杏が先ほど手に入れたモンスターボールを勢いよく投げると、中からチルットが姿を現した。

「チルッ……チルゥー?」

「チルット、これからよろしくね?」

「チルッ!」

チルットは一際大きな声で任せておけと返事をするように鳴き、海杏に近寄る。

「それじゃ、がんばった海杏にはこれもプレゼントよ」

母は手に持っていた何かの箱を取り出し、海杏に手渡す。

「お母さん、これ何?」

「海杏はお菓子作り、好きでしょう?これはポロックキットと言ってね、ポケモン用のお菓子が作れるのよ。材料はきのみがあればいいから、家の周りになっているきのみで作れるわ」

「ポケモン用のお菓子!?わぁぁ、それじゃあ早速作ってチルットにあげなくちゃ!ほら、チルットおいで!」

「チールー!」

母の話を聞き早く試したくて仕方がなくなった海杏は、チルットを連れて庭先にあるきのみを取りに走っていってしまった。

「もうチルットと仲良くなったのか。海杏は将来、優秀なポケモントレーナーになりそうだ」

「後3年もすれば海杏も10歳。そうしたら、旅に行かせてあげないとね?」

「いいのかい?君は最初反対していたのに……」

「あれだけ楽しそうにしてる姿を見せられちゃったら、反対してる私が悪者になってしまいそう」

「ははは、海杏を想っての反対だってことはちゃんと分かっているよ。それでも、最後にどうするかを決めるのは、海杏次第だけどね」

そんな海杏の姿を見守りながら、両親は自分の娘の旅立ちの日を案じていた。

 

 

 

「ごめんな、海杏。せっかく10歳になったのに……」

「ううん、今回のお仕事はとっても大事なものなんでしょ?だから帰ってくるまでは家でしっかりお留守番してる。そのかわり、お父さんとお母さんが帰ってきたら、私の旅立ちをしっかり見送ってほしいな!」

「えぇ、もちろんよ。それじゃ、私たちが帰ってくるまでお留守番、お願いね」

海杏が10歳の誕生日を迎え、後数日で旅立つというときに両親に急な仕事が入り、それが終わるまで海杏の旅立ちはお預けとなった。

寂しい気持ちをぐっと堪え、両親を送りに玄関で元気に手を振り見送る海杏。

そんな海杏に見送られ、両親も複雑な気持ちを奮い立たせ、仕事場へ向かった。

「……お仕事のバカ。こんな大事な日を前にして……。なんて言っても仕方ない、よね」

「チルチルー」

「チルタリス、どうしたの?」

初めて捕まえたパートナーのチルットは3年の月日を経てチルタリスへと進化していた。そのチルタリスは何かを咥えており、それを海杏の手の上に放す。

「薔薇のコサージュと……なんだろう、綺麗な石の入ったペンダント?……お父さんのお土産かな?」

炭鉱夫である父は昔から珍しい石を持って帰ってくることがあり、海杏はそれだと思ったようだ。しかし、いつものただ珍しいだけの石ではなく、何か力があるようにも感じたようで

「チルタリス、このペンダントはあなたに持たせておくわ」

「チル?……チルッ!」

海杏がチルタリスの首にペンダントをかけてあげると、いつも以上にチルタリスは嬉しそうに一鳴きした。

「さぁ、お父さんたちが帰ってくるまで、みんなで家事をしていこうね」

「チリーン」

「ワタッコ」

「チルル!」

主人の声を聞きつけたように、あちこちからポケモンたちが声を出し返事をした。

 

 

 

「っ……、おと……さ…………。おかあさ……ん……」

「チルゥ……チルッ!」

「ん……っ、はっ……!いたっ……痛いっ」

うなされていた海杏をチルタリスがつつくで起こしたのか、海杏はつつかれた場所をさすっている。

「チリーン……」

「私、またうなされていたのね。チルタリス、起こしてくれてありがとう。チリーンもそんなに心配しなくて大丈夫よ」

「チルッ」

ここ最近、昔の夢をよく見るようになっていた海杏はポケモンたちに平気な様子を見せ

「今日はきのみ採取の日よ。みんな、準備したら早速出発するから、しっかりついてきてね。……チルタリス、この間見つけてきたブリーのみの場所、教えて頂戴な」

「チルルッ」

何もなかったように振る舞い、ポケモンたちとともに森へきのみ収集へと向かうのだった……。

 

 

 

「オボン、モモン以外にもズリのみ、セシナのみまで見つかるなんて、今日は豊作ね。後はブリーのみだわ。チルタリス、案内して」

「チルゥ!」

たくさんのきのみを背中のかごに入れ、満足そうに微笑みながら本日最後の目当てであるブリーのなる木がある場所へチルタリスの案内で向かう。するとそこには大きな洞窟があり、その上の崖に立派なブリーの木が生えていた。

「こんな所に洞窟があるなんて知らなかった……。この森、一体どこまで広がっているのやら。……洞窟、か」

「チルッ、チルゥー」

チルタリスは洞窟の上にある木の上で大きく羽ばたき、海杏の指示を待っている。

「流石にあの高さじゃ私では取れないなぁ……。チルタリス、出来るだけ高いところに実っているきのみをいくつか取ってきて。チリーン、ワタッコ、あなたたちも手伝ってあげるのよ」

「ワター」

「チリチリーン」

海杏の指示を受けた3匹のポケモンたちはブリーのみをもぎ取り、下へ落としだす。

「さ、レントラー。一緒にキャッチするわよ」

「レェェェン」

気合を入れた鳴き声を上げ、レントラーは素早く落ちて来たきのみを地面に落ちるまでにキャッチしてかごへ入れていく。

「あらら、私はいらない感じか。……よし、これだけあれば十分ね。みんな、もういいわよ」

「チルー」

きのみを取っていたポケモンたちは空から降りてきて海杏の傍に寄り付く。

「みんな、よくがんばったわね。はい、ご褒美のポロック」

「ワタワター」

そんなポケモンたちを労うように海杏は自分の作ったポロックを与えていく。美味しそうに頬張るポケモンたちの様子を見て、海杏もどこか嬉しそう。

「ねぇみんな。物は相談なんだけど、よかったらこのまま洞窟を探検してみない?」

「チリィ……?」

まさかの海杏の提案に、ポケモンたちは不思議そうに首を傾げ合っている。それはきのみ以外に興味を示さない海杏が洞窟に行こうなんて、珍しいことこの上ないからだった。

「そろそろ、ランプラーを進化させてあげたいの。その為にはやみのいしがいるんだけど、私持ってなくて。こういった洞窟の中になら、もしかしたらあるかもっていう淡い期待、かな」

「ラーンラン」

ランプラーも進化したいのか、海杏の意見に賛成するように左右にゆらゆら揺れている。

「チルッ」

海杏の意図が分かったポケモンたちはみんな了解の意を示すようにそれぞれ頷いて、洞窟内へと進みだした。

「みんなありがとう。よかったわね、ランプラー?さぁ、行きましょうか」

「ランラーン!」

こうしてたくさんのきのみが入ったカゴを背負いなおし、海杏はポケモンたちとともに洞窟の中を探索しに行ったのだった。

 

 

 

「んー、暗い。ランプラーがいなかったらまともに歩けないなぁ」

「ランラン」

海杏に頼られて嬉しいのか、みんなの一歩先を歩きながら身体の炎を燃やし、洞窟内を明るく照らすランプラー。

「レェェン」

それに対抗心を燃やしてか、レントラーもパチパチと身体から電気を発生させ、洞窟内を明るく照らそうとしている。

「ぷふっ……。もう、レントラーったら張り切っちゃって。そんなに洞窟を探検するのが楽しい?」

「レェェン、レェン」

レントラーは問いかけに首を振って否定し、海杏の服を軽く咥えてクイクイと引っ張っている。その動作を真似するように他のポケモンたちも海杏の服を引っ張りだした。

「え、えぇ?何々、一体どうしたの?」

「シュィーン、シュィ」

「んんー?……あぁ、私がきのみ以外に興味を示したことがうれしかったのね。まったく、失礼しちゃうわ。なんて、実際きのみ以外には基本興味ないから、ポケモンたちにそう思われても仕方ないか……」

自分の普段を思い出しながら、納得するようにうんうんと頷いている。

「チルッ?チル、チル!」

「チルタリス、どうしたの?」

ランプラーとともに一番前を歩いていたチルタリスが急に声を荒げ、警戒心を強めながら足を止めた。ただならぬ雰囲気に海杏も声を潜めながら、前の様子を窺う。が……

「ワタ……」

「暗くてよく見えない。何かがいる影はあるんだけど……」

そっと岩陰にきのみの入ったカゴを隠しながら目を凝らし、前を見ているとボヤっとではあるが何かの影があるのは分かるまで目が慣れた。しかしそれが一体なんのポケモンなのかまでが分からずにいる海杏は、どうするべきか手をこまねいていると、その様子にしびれを切らしたのか……

「ラーンラン、ラァーン!」

ランプラーが前の影に向かってかえんほうしゃを放ったのだ。

「あ、こらっ、ランプラー!」

かえんほうしゃのおかげで前方が明るくなり、そこにいたのは……

「うわっ、なんで炎が!?」

かえんほうしゃによって足場が炎に巻かれ、逃げ場を失った人だった。

「見かけない影だからどんなポケモンなのかと思っていたら、人だったのね!ウォッシュロトム、ハイドロポンプであの人を助けて!」

「シュィー、シュゥー!」

海杏の指示を受け、待っていましたと張り切ってウォッシュロトムはハイドロポンプを

「うわぁぁっ!ぶっ……」

目の前のあちこちにぶちまけた。おかげでかえんほうしゃの炎は消せたが、相手にもハイドロポンプはあたったようで、びしょ濡れになっていた……。

「ちょ、ちょっと!やりすぎだってば!んもう、まったく!レントラー、でんじほうであたりを照らして。チルタリス、さっきの人を助けに行くわよ」

「レェェン!」

「チルゥッ!」

お調子者のランプラーやウォッシュロトムは滅多とない技を使う機会にやりすぎてしまい、海杏に怒られてしょぼくれ状態に。海杏は信頼のおけるレントラーとチルタリスを連れ、急いで襲ってしまった人の元へと駆け寄った。

「すみません!私のポケモンたちが失礼を……きゃぁっ!?」

「うぐっ……。今度は、な……に……」

まではよかったのだが、レントラーの明かりだけではうまく洞窟内を照らしきれず、倒れ込んでいた人につまづき、転んでそのままのしかかってしまった。

「チルゥ……、チルルッ」

そんな様子をチルタリスは呆れた声を出しながら、海杏を引っ張って起き上がらせた。こけた海杏を心配したのか、ウォッシュロトムとランプラーも近づいてくると辺りが明るくなり、相手の顔が照らし出された。

「やっぱり、人……だったんですね。本当、ごめんなさい……」

「いや、ボクは大丈夫だよ。それよりさっきのはこのランプラーとウォッシュロトムの技かな?すごい威力だったけど、随分としっかり育てられているね」

「ランラン」

「シュィーン」

いろいろと技をかけられたのにも関わらず、相手の人は海杏のポケモンたちを見て育てがいいと褒めだした。それが嬉しかったのか、ポケモンたちはピョンピョン飛び跳ねて喜びを表している。

「こら、すぐ調子に乗らないの。私、海杏と言います。……あの、こんな森の奥深くに在った、洞窟にどうして……?」

まさかの人との出会いに海杏は警戒心を隠し切れず、出会ったばかりの人に質問をしてしまう。

「あぁ、ボクはダイゴ。決して怪しい者じゃない……と言っても信じてもらえないか。うーん、こう見えてボクは珍しい石に目がなくてね。こうやって人がまだ来ていないような洞窟を探しては何かないか、発掘しに来たんだよ」

ダイゴと名乗った男性はそう言って、小型ピッケルを見せてきた。

「…………そんな立派そうなスーツ姿で?」

ダイゴの姿は銀色の髪と目をした、首元に赤いアスコットタイを着けており、紫のギザギザのラインが入った黒のスーツ。左胸付近にはラペルピン。腕には鉄製の輪っかのようなものが付いていて人差し指と薬指には指輪をはめており、とてもじゃないが石を発掘しに来たようには見えない姿だ。

「それを言うなら海杏のドレス姿も、とても洞窟に来るような姿じゃないけど?」

海杏の姿も綺麗なストレートの効いた黒髪が腰まであり、袖とウエストにドローストリングがしてある黒を基調とした3段フリルのついたドレスで、左胸には薔薇のコサージュを付けている。スカートの長さも膝下とかなり長めの物で、こちらも洞窟へ入るのに適した服装とは言えない。

「あっ、これは……今日はたまたま洞窟を見つけて、入っただけだから……」

自分が人のことを言えない服装であることに今頃気付いた海杏は、恥ずかしそうに顔を伏せながらもごもごといいわけをしていた。

「あはは、ごめんごめん。からかったつもりはないんだよ。それにしても、どのポケモンもよく育ってるし、何より海杏をすごく信頼してる。……海杏はポケモントレーナーなのかい?」

「いえ、その……私……」

海杏はうまく言葉を返せず、目を泳がせてポケモンたちに助けを求めている。それを理解したチルタリスはダイゴと海杏の間に割り込み、大きな翼を広げて海杏の姿を隠してしまった。

「…………もしかして、海杏はあまり人と話したことがないのかい?」

「チルッ、チルッ!」

ダイゴの問いに答える気がないと言うようにチルタリスが首を左右に振った。そんなのを気にしてないように、ランプラーやウォッシュロトムは海杏以外の人を初めて見て嬉しいのか、それともダイゴという人自体が安心できる人だと感じ取ったのか、遊んでほしそうにダイゴの元へとすり寄っていった。

「ウォッシュロトムとランプラーが、私以外の人に懐くなんて……」

お調子者ではあっても、決して海杏以外の人には近寄ろうとしなかった2匹がダイゴにじゃれついている姿には、さすがの海杏も驚かずにはいられなかった。チルタリスの後ろから海杏が顔を出してみているのに気づいたダイゴは……

「ボクはがんばっているトレーナーとポケモンが好きだから、きみのこといいと思うよ」

と、海杏を安心させるようにふわりと優しい顔でそう言葉を口にした。ダイゴの優しさと、ポケモンたちのダイゴへじゃれつく姿を見て、海杏はゆっくりと口を開く。

「っ……あ、の……ダイゴさん……」

「なにかな?」

「私、人と話すのに慣れていなくて……。今も緊張してうまく話せない、けど……」

一生懸命言葉を探しながら、うまく伝えようとしている海杏の姿を見たダイゴが

「これだけポケモンたちに信頼されている海杏のこと、ボクはもっと知りたいな」

「そのっ……。私、も……、外の世界のこととか、ダイゴさんの持ってるポケモンとか、知りたい……!」

チルタリスの羽を強く掴みながら、海杏は自分の思いをダイゴに伝えた。

「もちろん。……これからよろしくね、海杏?」

「はっ、はい。あの、ここから近くに私の家があるんです。よかったら、遊びに来てください。きっと、私が育ててる他のポケモンたちも喜ぶはずだから……」

「そうさせてもらおうかな。……さ、今日はもう遅い。洞窟の外まで送っていくよ」

「ありがとう……」

こうして海杏はたまたま見つけた洞窟内で、両親以外の人とは初めて出会い、人とは8年ぶりに言葉を交わす、運命の人との出会いとなるのだった……。

 

 

 

「チルゥ?チルチルッ、チルー」

ダイゴに洞窟の外へ連れて行ってもらい別れた後、きのみのカゴを背負って少し惚けていると、チルタリスが少し機嫌悪そうに、海杏に何かを訴えだした。

「ん?チルタリスはダイゴさんのこと、嫌い?」

「チルゥー……、チルルッ」

海杏の言葉に首を左右に振りながらも頷くような、微妙な反応を返してきた。

「私がダイゴさんと話すのが嫌、なの?」

「チルッ、チルッ!」

今度は正解と言ったように激しく首を縦に振るチルタリス。

「ふふ、心配してくれてるんだね、ありがとう。でも……うまく言えないけど、ダイゴさんは大丈夫だって思うの。あの子たちがあんなに他の人にすり寄っていったのは初めてだし。……それにチルタリスも感じたでしょう?ダイゴさんのポケモンへの強い思いを……」

「チルゥ……」

この森へはダイゴのような物好きが、極稀にだがやってくることがある。そういった人自体は何度か見かけたことがあり、海杏だけでなくポケモンたちも見たりしている。しかし、その人たちには今までに一度もこの森のポケモンたちは近寄ろうとしたことはなかった。

「それにダイゴさんはいろんなところを旅してる様子だったし、お話を聞くの、楽しみ……」

「チル……、チルッ」

「えっ!?痛い、痛いよチルタリス!どうしてつつくの!?」

ダイゴの話をしている時の楽しそうな顔をしている海杏が気に入らないのか、チルタリスは気が済むまで海杏をつつき倒すのだった……。