トレーナーはお嬢様!? 第2話

「本日はサント・アンヌ号をご利用いただき、誠にありがとうございました。」

「ここが……クチバシティ!」

「チルルッ!」

「ははっ、チルットも旅が楽しみなんだ?」

町全体がオレンジ色を基調とされているカントー地方の港町、クチバシティ。

とうとう始まった、……私たちの旅が!

地方が変わると港町の雰囲気も全然違う……。

港町ひとつでこうも新鮮に映るなんて、やはり思い切って旅に出て正解だったかな!

「チル、チルルッ?」

「えっ、何を目指して旅に出たのかって?」

私が旅に出た理由。一番大きなきっかけになったのは、隠れてチルットを育てていた事が両親にばれたこと。

叱られるだけなら私も何もしなかった。でもよりにもよってチルットを私から取り上げるなんて……、どうしてもそれが許せなかった。

だから、お見合いの日にこっそりチルットを取り戻し、朝一で飛び出してやった。

お見合いの相手さんはあのデボンコーポレーションの御曹司ということもあってか、今日の両親は勿論、使用人たちも緊張してるみたいで隙を見て家を抜け出すぐらい造作もないことだったし。

……相手さんにはちょっと悪い事したと思う。けど、どうせ戦略結婚だって分かってるし、相手も結婚する気ないでしょ。大丈夫、大丈夫。

「きっかけありきで家を飛び出したはいいけど……。私が好きなことと言えば、やはりポケモンだから、まだまだ出会ったことのない沢山のポケモンたちと触れ合うためには、何がいい?」

「チルー……、チルル、チルット!」

チルットが羽ばたきながら激しくつつくを繰り出すのは……

「えっと、その仕草は確か、戦うだったね。戦う……、つまりポケモントレーナーになるということ?」

「チルッ!」

私にもチルットがいるわけだから、トレーナーと名乗ってもおかしいことはないってことか。ポケモントレーナー……。なんて素敵な響き!

「チルット、ナイスアイデア!よぉーし、そうと決まれば早速ジムへ挑戦よ!」

「チルット!」

ふふっ、チルットもやる気満々って感じね。……ポケモンたちはこんなにも素敵なのに、どうして私の両親はポケモンを持たせてくれないどころか、奪おうなんてするの?

「私のチルットを取り上げておいて、さらに戦略結婚させようとするなんて、本当許せない!」

「チルルーッ!?」

「あっ、急に声を荒げちゃってごめん。両親のことを思い出したらなんだか腹が立ってきちゃって……」

「チルッ?」

なんて、チルットに言っても分かるわけないよね。

それに私としては結婚なんて反対!

結婚してしまったら、また毎日家の中で花嫁修業させられるって目に見えている。私はもっと外に出てたくさんのことを体験したいってあんなに訴えたのに!

「そこのお嬢さん、随分と珍しいポケモンをお持ちですね」

「だ、誰よ、あなた……」

「チルッ……」

急に声かけてくるなんて、怪しさ満点過ぎる……。

確かにここはカントー地方だから、ホウエン地方に生息しているチルットは珍しいでしょうけど……。

「いやぁなに、怪しい者じゃないよ。見たことも無いポケモンだったから気になってつい……」

「そう、なの……。この子はチルットと言うのよ」

とは言え、この人もポケモンが好きなのかな。

確かに私も珍しいポケモンがいたらついつい目で追いかけてちゃうし、ポケモントレーナーなら新しく出会ったポケモンに興味を示すのは普通のことよね。

少し悪いことを思ってしまった……。

「ものすごく柔らかそうな羽だね。少し触らせてもらってもいいかい?」

「うん、まぁそれぐらいだったら」

私もチルットの羽は柔らかくてお気に入りなのよね。

やっぱ他の人が見ても触りたくなるほど魅力的なんだ。

「チルーッ!チルッ、チルルーッ!」

「うわわっ!?チルット、いきなり暴れ出してどうしたの!?」

いつもは大人しい子なのにどうしていきなり暴れるの!?

「チッ、いいからその珍しいポケモンをよこしな!」

「きゃぁ!何すんのよ!」

ひ、人のポケモンを無理やりひったくろうとするなんて、何考えてるのよ!

「チルッチルーッ!」

「チルット、逃げるよ!こっちっ!」

「逃がすな!野郎ども、追え!」

うそっ、追ってきた!?このままじゃ追いつかれる!

ど、どうしたら……

「チルッ!」

「チルットどうしたの!?立ち止まっている暇は……」

これは洞窟?……迷っている暇はない、か。

見晴らしのいいところばかりを走っていては絶対に追いつかれてしまう……。

それなら少しでも隠れられる可能性のある洞窟に逃げ込むのが今は最善のはず!

「はっ……はっ……。この洞窟、どうしてこんなに穴ぼこなのよ!?走りにくくて仕方ないったらありゃしない!」

「チルー……。」

「し、心配いらないよ……。絶対、絶対チルットだけは守って……きゃぁあああ!?」

「チルッ!?チルゥーーー!」

チルット……私は大丈夫……。穴に……落ちた、ぐらい……で……。…………。

 

 

 

「エアームド、かなりの距離を飛ばせてしまってすまなかったね。ゆっくり休んでおくれ。」

今日中に着けるようにと少し飛ばし過ぎたかな。

とはいえ夜の空を飛ぼうと思うと夜行性の鳥ポケモンでないと危ないから、ゆっくり飛んでいるわけにも行かなかったわけなんだけど。

「さて、と。ここがカントー地方の港町、クチバシティか。……うん、滅多に来れない地方はやはり楽しみだな」

……の前に、まずはお嬢さんを見つけないとな。今日の朝一で出港した船なら夕方頃に着いただろうから、恐らく今日はポケモンセンターの方で一夜を過ごすと考えるのが妥当かな?

「チルッチルー……チルル、チルッ」

「ん?あのチルットは……!ボクのこと、覚えていてくれてるかな……」

「チル……チル……」

「こっちへ来る。かなり疲弊しているようだ……」

考えろ、ダイゴ。そこから導き出される答えはなんだ?

「チルット、君の主人はどこだい?」

「チルッ!?チルル、チルー!」

「ボクのこと、覚えていてくれたのか?」

「チルルッ!チルット、チルーッ!」

飛びついてくるあたり、本当に覚えていてくれたのか……。それより、随分と焦っているようだ。……主人に何かあったのか?

「ボクを君の主人の所まで案内してくれるかい?」

「チルルッ!」

こうしてボクはチルットの案内でディグダの穴へと向かった。

 

 

 

 

「夜の洞窟は流石に暗いな……」

それにここ、かなり穴が開いている。ディグダはあなをほるが得意なのは知っているが、それにしてもこの量は異常だ。……何か良くないことが起こっているのか?ボクの感はよく当たるからな。気を引き締めていかないと。

「ディグダ、ディグダ」

「あれは……?」

「ディグダ、ディグダ」

ディグダたちが一か所の穴の周りをぐるぐる回っている……。何かあるのか?

「チル、チル、チルーッ!」

「チルット、どうしたんだい?」

ボクを呼んでいる……、この穴の中には一体……

「あの女性はっ……!」

今日のお見合い会場で見せてもらった写真に載っていた女性と同じだ。ということは、この女性こそが家を飛び出した、ボクの探していたあの時の娘ということになるな。この穴に足を滑らせて気を失ってしまったのか。

「ディグダ、ディグダ」

「そうか、自分の住処に帰れなくてディグダたちも困っているのか。よし、ユレイドル、ツタを絡みつかせて引っ張り出してくれ」

ユレイドルはボクの命令通り、ツタで女性をゆっくり引き上げてくれた。

「ディグダ、ディグダ」

ディグダたちが穴の中へと帰っていく。気性の荒いポケモンじゃなくて助かった。

「チルゥ……チル……」

「大丈夫、君の主人は意識を失っているだけだよ。さぁ、ポケモンセンターに急ごう。ユレイドル、ご苦労だったね」

ボクはユレイドルをモンスターボールへと戻し、女性を抱き上げる。……軽いな。

「ディグダ、ディグダ」

「ん?まだ帰っていないディグダがいるのか。さぁ、穴を塞いでいるものはなくなったよ、家にお帰り」

「チルル、チルッ」

「え?このディグダが近道を教えてくれるって?」

「ディグダ、ディグダ」

家に帰れるようにしてもらったお礼ということか。

「それじゃ、出口までお願いするよ」

「ディグダ」

ふぅ……、取りあえずはディグダの穴を抜けて女性をポケモンセンターで手当てを受けさせてあげれば一安心、かな。

 

 

 

…………。………………っ……。

「っ…………、う……うー……ん」

ここ、は……。看板、がある……。ニビシティ、ポケモンセン、ター…………?

「チルッ?チル、チルー!」

……チルットの鳴き声が、聞こえる。でも、なんだか声が遠くなっていくような……。

「…………だい?……に…………て」

誰かの声……。男の人の声だ。……おと、こ……?

「そ、そうだ!私、昨日怪しい男たちに追いかけられてっ……チルットが危ないっ!」

私の初めてのパートナー、チルットは絶対に悪い奴から守って見せるんだから!

「チルーッ」

「君の主人が目を覚ましたんだ?よかったね、チルット。」

「チル、チルッ!」

「私のチルットを盗もうとしてるのはあんたね!絶対に許さないんだから!」

「えっ?」

「チルッ?」

気合を入れて……

「私、たいあたりよっ!」

「わっ、待って待ってっ!うわあぁ!」

「チルーッ!?」

チルットを盗まれるぐらいならこれぐらいの痛み、なんてことないんだから!

「さぁチルット!この悪党は私に任せて、早く逃げるのよ!」

「チルルッ!チルゥー!」

「お、お嬢さん落ち着いて!あぁほら、暴れないでっ」

「離してよっ!チルット、何してるの!私に構わず早く逃げてっ!」

「チルーッ!」

「えっ?い、痛い痛いっ!チルット、何するの!?」

ど、どうして守ろうとしてるのに私がチルットにつつかれてるわけ!?

「二人が喧嘩しちゃダメだよ。お嬢さん、落ち着いてチルットの話を聞いてあげて」

「私にそんなこと言って、チルットを盗むつもりなのは分かってるんだから!……って、あ、あれ?貴方、私のチルットを盗もうとした怪しい奴らとは随分と雰囲気が違うような……」

「チルーッ、チルルル、チルッチル!」

何々……、羽ばたいているチルットが転がり落ちて……、そしてそのまま眠る……?

「えっと……、そういえば私、昨日は洞窟の中を走っていたような……。それで、穴に落ちて…………そ、そうだ!私穴に落ちてから……どうなったんだっけ?」

「チルッ!」

「ははは、君が思い出してチルットも喜んでいるみたいだね」

「…………じゃあ、貴方は一体誰なの?」

「あぁ、自己紹介が遅れてすまない。ボクはツワブキダイゴ。クチバシティに着いたとき、君のチルットに呼ばれてね。ディグダの穴で君を助けた者だよ」

なるほど。つまり、恩人ということね。その方に私は飛びついた挙句、今も抱きついている状態、と……。

「…………うわぁぁ!私、知らなかったとはいえ、なんてご無礼を!その、本当ごめんなさい!」

「チルチル」

どうしよう、滅茶苦茶失礼なことをしてしまったんだけど!

「ボクは平気だから気にしないで。……あぁでも、ボクの話も聞いてくれると嬉しいかな」

何、どういう隠喩?話を聞くってなんの隠喩なの!?

「それで罪滅ぼしになるんだったら、いくらでも聞かせてもらいます……。えっと、ダイゴさん……?」

……そういえばツワブキダイゴって、どこかで聞いたことのある名前な気がする。それも、つい最近。

「ありがとう。……ボクはとある人を探してホウエン地方から遥々カントー地方までやってきたんだ」

「へぇ、ダイゴさんもホウエンから?私もなんですよ」

……って、話を聞いてくれって言われてるのに私が自分の話をしてどうするのよ!

「なるほど。それでずっとこのチルットをパートナーにしてくれているんだね。あぁそれで、探しているのはこの女性なんだ」

そういってダイゴさんは私に一枚の顔写真を見せてくれた。どれどれ……。どこかで見たことのある顔……。って

「チルッ?チルル」

「……これ、私!?どうして私を探して……。そういえば、ツワブキって、デボンコーポレーションの社長様もツワブキって苗字だった気が!……まさ、か……」

「ようやく思い出してくれたかな。そう、君の婚約相手だよ」

「……えぇぇ!?私の両親に頼まれて、連れ戻しに来たの!?」

こんな所まで追いかけてくるなんて、どれだけ執念深いのよ!

というか、婚約者にそんなことを頼むなんて両親も一体何を考えてるの!?

「確かに君のご両親に頼まれたのも間違ってはいないけど、ボクはずっと会いたいと願っていたよ。水瀬海杏さん?」

「…………それで、私と会ってどうするつもり?」

せっかく旅に出たのに、もう終わりなんて……。私は認めないんだから!ダイゴさんの隙を見て逃げなくては……。

「うん。実際に会って、こうやって話をしてみてボクは決めたよ。……一緒に旅をしてもらえないかな」

「申し訳ないですけれど、私は絶対に帰りません!……って、え?旅って、えぇ?」

「チルー……?」

ど、どういうこと?連れ戻す気だったんじゃ……?

「ボクも海杏さんと同じなんだ。本当はもっといろんな世界を旅して珍しい石を集めたいんだけど、最近親父が結婚しろってうるさくてね。頻繁にお見合いを入れられたりして困っていたんだよ。そんな時に話を聞いたのが海杏さんだったんだ。ボクとしては結婚するなら旅好きな人がいいなって思っていたし……」

えっ……えっ?話が勝手に進んでいってます?

「あの、それってつまり、ダイゴさんはその……私に興味あり…………ってこと……?」

「そういうことになるね。チルットを見ていて感じたんだ。ボクはがんばっているトレーナーとポケモンが好きだから、君のこといいと思う。……どうかな」

「ま、待って!そんなこと急に言われても……!」

話が飛躍しすぎてついていけない……。いや、元はと言えば家出した私が話を大きくしてしまったところはあるけど……。

「ボクじゃ役不足かな。これでも一応海杏さんの好きなポケモントレーナーでもあるんだけど」

揺るぎない瞳。……ダイゴさんからは、ポケモントレーナーとしての強さが伝わってくる……。

「チルッ!」

「チルット……。うん、私も同じこと考えてた」

私はポケモントレーナー。ダイゴさんもポケモントレーナー。それなら、することはもう一つしかないよね。

「その眼……なるほど。そういうことか」

「伝わったみたいね。私と1vs1のポケモン勝負を申し込むわ!ダイゴさんが勝ったら、申し出通り共に旅をする。私が勝ったら……えっと……」

私からはダイゴさんにお願いしたいこととかはないけど……。

「ボクが負けたときは何か奢らせてもらうよ」

「分かった。では、いざ尋常にポケモン勝負!」

私とチルットの初対戦が、今幕を開けた……!