妻として必要なこと

「ねぇ、ダイゴさん」

「なんだい?」

「シンオウ地方って所にはね、ポフィンと呼ばれるポケモンのお菓子があるんですって」

「へぇ……。それで海杏は、どうしたいの?」

分かってるくせに。そうやって聞いてくるのがダイゴさんらしいと言えばそれまでだけど、少し意地悪よね。

「シンオウ地方に、行きたいなぁって」

急に言い出したところで行けるとは思っていないから、もう自分のシンオウ地方行きの船チケットは購入してあるんだけど。

「分かった、行こうか」

「ポフィンの作り方を学んで、道具とかを買ったらすぐに帰って…………へっ?」

今、なんて?

「もちろん、ボクもついていくよ。海杏が数日前に船のチケットを買っているのを見かけたから、ボクも自分のを買ってあるんだ」

「いつの間に……」

ダイゴさんってば抜け目がないというか……。

まぁ、一人は不安だったからついてきてくれてとっても嬉しい、なんて恥ずかしくて口が裂けても言えないけど。

「それに、海杏が出かけたいって言うのは結婚してから今までに数えるぐらいしかないからね。何が何でも一緒に行くよ」

「その言い方じゃ、まるで私が家から出ないみたいじゃない」

「家から出るときは、ボクが珍しい石を集めに行くときに誘ったらついてくるぐらいだろう?」

「まぁそうなんだけど……」

「さぁ、準備して早速シンオウ地方へ旅行しよう」

「せっかちさんね。……ふふ、ポケモンのお菓子、ポフィンがどんなものか、楽しみ」

 

 

 

私はツワブキ海杏。ホウエン地方屈指の大手企業、デボンコーポレーションの御曹司、ツワブキダイゴさんの妻になって早2年。

出会いは本当にたまたまで、気づいたらダイゴさんに私の心は開かれて……。

と、恥ずかしい話はここまで。

私の趣味はきのみを育てることと、そのきのみを使ってポケモン用のお菓子、ポロックを作ること。

そして最近、風の噂でシンオウ地方という所ではまた別のポケモン用のお菓子、ポフィンがあると聞き、居てもたっても居られなくなった次第というわけ。

私は少し人と関わるのが苦手で、今のところまともに話せる相手はダイゴさんぐらい。それでも私には大切なポケモンたちがいるから、少しも寂しくない。

のだけど……、滅多なことがないと家から出ないことを心配したダイゴさんは、よく私を洞窟や遺跡に連れて行ってくれる。

ダイゴさんの珍しい石集めのついでと言った方が正しい感じもするけれど、数少ないお出かけとして、私のささやかな楽しみでもある。

そんな普段でかけたがらない私が、シンオウ地方に買い物へ行くと言い出したとなれば…………っていうことなのかな。ダイゴさんがあんなに目を輝かせるのは想定外だったけど。

 

 

 

「…………。……ーい」

「えっ?あ……、呼んだ?」

「ボーっとしてると、甲板から落ちるよ?」

「もう、すぐに私のことをからかうんだから。そこまで鈍くさくないよ」

「からかってるんじゃなくて、純粋に心配してるんだよ」

「日頃の行いが悪いから、そういう誤解を生んでしまうんだと思うの」

「ひどい言われようだな……」

シンオウ地方行きの船に乗り、甲板に出て潮風に当たりながらボンヤリしてたら、いつの間にかダイゴさんも来ていたみたいで。

……もう、甲板から簡単に落ちるような構造だったら、その船はとんでもない欠陥品じゃない。

「そんな悲しそうな顔をしたって……あっ、やだっ……!」

「おっと。……だから危ないって言っただろう?」

「い、今のは少し強い風が吹いたから、私の服がなびいただけだもの!決して吹き飛ばされそうになったわけじゃ……!」

船の上だと、少し風が強く吹くと思った以上に体を持っていかれそうになる。

けど、私はワタッコじゃないんだから、そんな吹き飛んだりしないって言ってるのに……。ちょっとびっくりしただけだってば。

「ほら、こっちにおいで。潮風に当たりたいなら、ボクが身体を支えておいてあげるから」

「あっ、もう!腰に手をまわしたら、お洋服のリボンが取れちゃうでしょう?」

「……海杏って本当、心配するところがずれてるよね。それに言うほど抵抗しないし、本当は僕にこうしてほしかったんじゃないのかな」

「抵抗しても離してもらえないのは目に見えてるし……それに……」

恥ずかしくはあるけど、ダイゴさんに触れていてもらえるのは嫌じゃない。

……ううん、とても安心できるから、好き。

もう少し、近くによってもいいかな。

「海杏……?そんなに寄ってきて、寂しかった?」

「寂しい……、うーん。こうして一緒についてきてくれてるから、寂しくないよ。でも、こうしていたいなって……。でも先に寄って来たのはダイゴさんのほうでしょう?」

「ははは、そうだったね。これから向かうヨスガシティはかなり人口の多い街だから、今みたいにしっかり傍にいるんだよ?」

「んっ……。ありがとう」

好きな人といるだけで、どんな些細なことも素敵に見えるんだなって、改めて実感させてくれて、ありがとう

 

 

 

「わぁー!ダイゴさん、ここよ、ここ!ほら、早くっ!」

「分かったからそんなに急がなくても!」

船旅が終わって私はチルタリス、ダイゴさんはエアームドに乗ってヨスガシティに飛んできた。

そして今、私の目の前に広がっている光景。

それはお店の中でたくさんの人たちが、ポフィンキットを使ってポフィンを作っている様子!

あぁ……私も早くポフィンを作りたい!

「あの、すみません!私もポフィンを作りたいのですが!」

「いらっしゃいませ、ポフィン作りの体験希望者さんですね。そちらのお連れの方もご一緒にしますか?」

「いえ、ボクの妻をよろしくお願いします」

「もうダイゴさん、その紹介の仕方は恥ずかしいからいつもやめてって……!」

前にどうしてそんな紹介の仕方なのって聞いたら、変な虫が近寄らないようにって言われたけど、どうして妻だと虫が寄ってこないのか、いまだによく分かっていないのよね。私は虫タイプのポケモンも育てるし……。

「それでは奥様、こちらへどうぞ」

「あ、はい!よろしくお願いします!」

「海杏、がんばってね。ボクは後ろから作ってるところを見てるから」

「うん!ポフィン作りをしっかりマスターして、家でも作れるようにするんだから」

よーし、私のポケモンとダイゴさんのポケモンのためにも、ポフィン作りをしっかり学ぶぞー!

えっと、まずはこのポフィンキットに好きなきのみを4つ入れて……

この時入れたきのみの種類で味が変わるのよね。

次に火を焚いて、キットの中の鍋を焦げないように、こぼさないように、丁寧にかき混ぜる。

この時にどれだけうまく混ぜられるかでポフィンの出来が決まる、ということね。

「遅すぎると焦げちゃうし、早すぎるとこぼれちゃう……。加減が難しい……」

「あぁほら、海杏……。これぐらいでどう?」

「わっ……。いきなり後ろから手をまわして来たらびっくりする…………ん、この速度、いい感じ。この速度をしっかり手に馴染ませなくちゃ」

ダイゴさん上手。本当、すぐになんでも出来ちゃうなんて少しずるい気もするけど、今回は感謝しなくちゃ。

「これにてポフィン作りの体験は終わりです。それでは参加したみなさんにはこのポフィンキットとケースをプレゼントします。これでみなさんのポケモンたちにポフィンを食べさせてあげてくださいね!」

「も、貰っていいんですか……?」

「はい、たくさん作って、ポケモンを可愛がってあげてくださいね!」

「ありがとうございます!見てみてダイゴさん、ポフィンキットとケース、貰っちゃった!」

「よかったね、海杏?」

「うん!ついてきてくれて本当にありがとう!……よぉし、早速家に帰ってポフィン作り、がんばっちゃうぞー!」

そのためにもいろんな種類のきのみも育てなくちゃ!

「え、もう帰るのかい?」

「えっ。だってもう、目的は果たしたし……。後はポフィンとポロックを作ってポケモンたちを育てないと」

まだまだ育て切れていないポケモンたちはいっぱいいるんだから、家に帰らないと。

「せっかくシンオウにまで足をのばしたんだから、もう少しいろんなところを見て回らない?」

「ん……、例えば?」

「そうだね、シンオウ地方には3つの湖があるんだよ。そこにはまだ見ぬポケモンもいるという話なんだけど、どうだい?」

私が見たことないポケモン、見てみたい。それに、湖ということは……

「その湖には、横穴みたいな洞窟もあったりするの?」

「鋭いね。ご名答だよ」

「ふふ、ダイゴさんと一緒にいるおかげで、考えることが分かるようになっちゃった」

珍しい石を集めたくて仕方ない人なのよね、ダイゴさんって。

かくいう私もダイゴさんの石集めに付き合っていたら、いつの間にか石集めが好きになっちゃったんだけども。

……まぁ、厳密に言うなら珍しい石を眺めてるダイゴさんが好きというか。

「湖を見て回るの、どうかな」

「うん、連れてってほしい。それにダイゴさんの言う通り、シンオウにまで来たならまたポケモンも捕まえていこうかな」

「海杏のポケモンバトルが見れるのか、それは楽しみだ」

「野生のポケモンを捕まえるだけだから、そんな大層な事するわけじゃないよ?」

「それでも滅多に見れるものじゃないから。海杏の育てたポケモンは本当に特徴的なのが多いから、ぜひとも見たいんだよ」

まだまだうまく育てられていないから、変に期待されると緊張しちゃうな……。

「ダイゴさんもポケモンバトルより石集めの方でしょう?ふふ、私と同じ」

「確かに、それもそうだね」

こうやってダイゴさんと他愛のない会話をするの、すごく楽しい。

私は趣味にすぐ熱をあげちゃうから、そんな私を制御してできる人はやっぱり、ダイゴさんしかいない。

……ダイゴさん、これからもこんな私だけど、よろしくね。