二重人格 第1話

わたしはここにいるよ
あたしはここにいるよ
「さゆり……。そう、貴女の名前はさゆり。私の産んだ子……」
さゆりという名前は誰を呼んでいるの?
わたしの名前?
あたしの名前?
……ねぇお母さん。それは誰を呼んでいるの?
「どうして……さゆりという名前なんだい?」
「それは、今は内緒よ。この子が大きくなったら分かるわ。そう、大きくなったらね」
……分からない、分からないよ。どうして名前を呼んでくれないの……?

 

「さゆり。……さゆり?どうして返事をしてくれないの?」
「お母さん……、その名前は誰を呼んでいるの?」
「またその話?貴女のことだって何度も言っているでしょう?
もう3歳になるんだから、いい加減自分の名前くらい覚えなさい」
そんなこと言われたって……
お母さんはその名前を口にするとき、いつも鋭い目つきで睨み付けてくる
気付かないわけ、ないよ……
「もういいわ。用事は私一人で行ってきますから、一人でお留守番していなさい」
お母さんはそれだけ言って、家から出て行きました
「お母さんは私たちのこと見てくれていない……。
私はただ、名前がほしいだけなのに……」
「(なら、あたしが名前をやるよ!)」
「えっ……?」
わたしがあたしに話しかけたら、あたしはわたしに名前をあげると言い、
考え込み始めました
「(……海杏って、どうかな?)」
「海杏……?それが、わたしの名前?」
「(あぁ!……あんまりって感じかな?)」
「海杏……ううん!とっても素敵!嬉しい!これが私の名前なんだね!」
「(へへ……。海杏が嬉しそうにしてるとあたしも嬉しいな!)」
海杏。あたしがくれた、わたしの名前。すごく嬉しい!
あたしにも、この気持ちを感じてほしい……。
「わたしも名前をあげる!……うーん」
「(あたしに?そんな気を使わなくても……)」
「わたしがあげたいの!えっとね、お揃いがいいから……。
深央……。深央ってどうかな?」
「(深央……か。うん、気に入った!)」
「ほんと?じゃあこれから改めて、よろしくね。深央!」
「(こっちこそ、よろしくな。海杏!)」

 

…………懐かしい。わたしが初めて名前をもらい、名前をあげた日の夢
前に見たのは3年ぐらい前だったかな。確か、中学生になった当日
そう……入学式の時だ。正直、中学生の頃のことは思い出したくない
でも今日からわたしは高校生。今から登校して、入学式に出る
学校は嫌い。でも学ぶことは好き
知らないことを知れる
分からないことが分かるようになる
そして何より、これからのわたしを広げてくれる
中学は結局義務教育だったから、苦痛に感じることの方が多かった
でも高校は違う。自分で行きたい所を選んで、思いっきり学ぶことが出来る
行きたい高校に関しては、深央が全部わたしに一貫してくれた
体育はどうせ大差ないだろうから、好きなところを選びなって……
深央はそう言ってくれたけど、わたしは内緒で深央にサプライズ出来る高校にした
そこは海常高校
海常はバスケ部がとても強く、毎年全国大会に出ているほど
深央はスポーツの中ではバスケが一番好きで、よく放課後にストバスに通っている
高校生活に向けて少し無理を言って、おばあちゃんに一人暮らしをさせてもらえることになったので、アパート選びもたくさん吟味した
流石に中学生の頃に通っていたストバスコートとは言えないが、学校から離れすぎず、それでいてストバスコートにも通える距離にあるアパートを選ばせてもらった
学校自体も進学校だから、大学に行きたいと考えるわたしのことも満たしてくれる、まさに夢のような学校
これなら深央に〝あたしのことばかり考えたんじゃないか″って怒られない
……大丈夫。今度はきっと、深央と楽しい学校生活を送れるはずだから

 

入学式。大体の流れは歌って礼して校長先生の長い話を聞きながら睡魔と戦う……
ちょっと順番は違うかもしれないが、そんな感じの行事だ
だが、海杏は少し違う。3年前、中学の入学式もそうだったが、海杏は壇上に上がって宣誓とやらをしなくちゃいけない
学年トップだとそんな話が学校側から頼まれる
快く引き受けるのは海杏のいいところではある
だが中学の時は最後の名前を言うところでヘマをやらかした
今からの宣誓……、3年前みたいに失敗しないか、こっちが気が気じゃねぇ……
まぁ、ひとつ言わせてもらうならあたしも壇上に上がるんだけどな
こっからだと寝てるやつとか一発でわかるからな
なかなか出来ない体験だぜ
あたしは人前で何かするのは別段恥ずかしくない
でもここに立つと3年前を思い出す
……最悪な3年間の始まりを作ってしまった出来事
それさえなけりゃ、海杏は普通の中学生として生活を送れたはずだ
と、今はそんなこと言っても始まらねぇ
大事な宣誓だ……、集中しねぇと
読むのは海杏だが、その海杏から緊張がこれでもかというほどあたしにも流れてくる
今のあたしにできるのは、気負わせないぐらいだ
「(海杏、大丈夫だ。あたしがついてる。失敗なんか気にせず堂々と言えよ?
ミスってもあたしは平気だ。また中学の時みたいに守ってやるからさ)」
「(深央……。うん、ありがとう。)」
少し海杏の心が軽くなったのが感じれた
大丈夫だ、今年こそは失敗なんかないはずだ……

 

壇上に上がると、心臓がバクバクしてるのがこれでもかってほどに分かる
ここに上るとあの日を思い出す
今度こそ、間違えるわけにはいかない……
「(海杏、大丈夫だ。あたしがついてる。失敗なんか気にせず堂々と言えよ?
ミスってもあたしは平気だ。また中学の時みたいに守ってやるからさ)」
「(深央……。うん、ありがとう。)」
わたしの感情は深央に伝わってしまう
何も言わなくても理解し、わたしを支えてくれるたった一人の大切な人
大丈夫。わたしは一人じゃない
「厳しかった冬の寒さも緩み…………」
出だしはうまくいった
後はもう流れに任せて読んでいくだけ
みんなが私を見ている、程よい緊張
後、少し……
「高校生活を送ることをここに誓います。入学生代表……」
最後に、名前。……名前。わたしの……
「(しっかりしろ!ここで言う名前は形だけだ!
ただの単語の羅列を読み上げるだけだ!)」
「九条……さゆり」
パチパチと乾いた音が耳に入ってくる
…………わたし、ちゃんと言えた?
「(よくやったな、海杏!)」
「(言えた……。ちゃんと言えたんだ……。ありがとう、深央のおかげだよ)」
深央の力強い言葉のおかげで乗り切れたんだ……
本当にありがとう……
これで入学式が終わる
やっと、静かに過ごせるんだ……