ルルアノ・パトリエ 第13話

「あー、今日は本当面白かった!
 ナイスボディも見れて満足満足!」
デパートから出たところで篠菜は水着売り場でのやり取りを思い出し、ニコニコとご機嫌そうだ。
「本当、みんな初心なのね」
ラクアもまんざらでもないといった様子で楽しそうにしている。
「……この後のカラオケ、どうする?」
「あー、ね。行けたらいいなとは思ってたけど、思った以上に遅くなっちゃったから
 ……どうしよっか?」
迷子の捜索と水着の購入で思った以上に時間を使ったため、なかなかにいい時間になってしまい、予定を決めあぐねている。
「申し訳ないけれど、私とアクセルは抜けるわね」
「んー。ラクアさんが抜けるってなると、ララクも帰るよね?」
「えっと……、はい。ごめんなさい……」
ララク自身としてはみんなともっと遊んでいたいという気持ちは確かにある。しかし、今はそれ以上にラクアとアクセルのことで頭の中はいっぱいだ。
「じゃぁ、今日はここらで解散にしようぜ? 夏休みはまだ始まったばかりなんだし、い くらでも遊ぶ機会はあるだろうしさ」
「んじゃ、今日はここで解散ね! みんな集まってくれてありがとー! 今日は本当に楽 しかったよ! そいじゃ、解散!」
「おう、またなー! ラクアさんたちも今日は付き合ってくれてサンキューな!」
「勝手にお邪魔したのはこちらだから、気にしないでちょうだい」
「……ラクアさん、また遊びましょう」
「アクセルさんも、よければまた」
「考えておこう」
「みなさん、今日はありがとうございました! とっても楽しかったです!」
「またなのだよ」
こうしてみんな、それぞれの帰路へと付いたのだった。

電車を乗り終え、ララクの家へ向かう4人。その4人を取り巻く空気は、重い。誰も言葉を発さず、ただ黙々と家へと向かう足を動かす。そんな沈黙の最初に破ったのはララクだった。
「あっ、ここが私の家です」
「私は前に一度見たことはあるわね。中には入ったことないけれど」
ララクの家に着いたということは、緑間の家も家に着いた取って差し当たりない。
「なら、オレも今日は家に帰るのだよ」
今から話し合われることは、人間である緑間が聞いたところでどうしようもないものだ。気にならないわけではないが、首を突っ込んでいい代物ではない。軽く挨拶をし、そそくさと自分の家に入ろうとする緑間。だが、その腕はアクセルに掴まれた。
「どこに行くのだ。……まさか、自分は無関係だと思っているのではないだろうな」
「まさかも何も、オレは人間なのだよ。これから話し合うことに、オレは必要ないはずな のだよ」
緑間自身、これ以上ララクの力になってやれない事実に何も感じていないわけではない。しかし、これまでに何が起こっていたのか。この空白の時間を埋めるこれ以上にない好機をつぶしてしまうほど、愚かではない。理屈では分かっている。だが緑間も人である以上、感情というものがある。それを必死に押しとどめ、身を引こうとしているときに決意が揺らぐようなことを言われては、冷たくあしらってしまうものだ。
「……家に、入る前に」
それを知ってか知らずか、ラクアが口を開いた。だが、その言葉は途中で紡ぎを止めた。
「姉様……? どうかしましたか?」
「…………。自分に分からないことがあるのは嫌だから、知っている者から教えてもらう。 その行為を否定する気は、ない。けれど今はその行為を止めたいと、私は思っている」
俯きながらポツポツと話された内容は、心の底から絞り出されたような声で。
ラクアの弱った姿を初めて見たララクはもちろんのこと、緑間やアクセルですら動きを止めた。
数分の沈黙を経て、アクセルが口を開く。
「俺はラクアに任せるといった。最終的にどのような選択肢を選んだとしても咎めはせん。 ……だが、負け戦をするつもりは毛頭ないぞ」
「えぇ、それは分かっている。私だけは絶対に逃げない。それは誓って、嘘じゃないわ」
一体何に対してなのかは分からない。それでもアクセルとラクアが何か決意を持って行動しているということは、ララクにも見て取れた。
そんな姉の姿を見て、ララクはすぅっと息を吸い
「私は……。私は今までずっと、姉様に守られて育ってきました。そんな私が姉様と離れ 離れになる日が来るなんて、あの日までは考えたこともありませんでした。でも、私に 手を差し伸べてくれる優しい人たちは、姉様以外にもたくさん……本当にたくさんいま した」
「ララク……?」
今までに一度としてみたことのない、ララクの意志を持った瞳。ラクアは名前を呼ぶ以上の言葉が出てこなかった。
「姉様と会えなくなってから4か月ぐらい経ちました。今まで16年間ずっと一緒だった日 々の中で考えればとっても短いですけど、私にとっては人生で一番長くて新鮮な時間で した。こちらの世界に来ても私はたくさんの人のお世話になっていますし、姉様から見 ればまだまだ未熟者でしょうけど……。でも私は、たくさんの人に出会って、学んだの です! 一人で何でも全部を背負えばいいわけではないこと。甘えて全部をお願いして いてはいけないこと。相手と本当に共に居たいのであれば、横に並んで一緒に歩かなく てはいけないんだって。今、姉様が一体どんな境遇にいるのか、私には想像もつきませ ん。私が頼りないということも重々承知です。それでも……、これからは姉様の後ろを ついていくのではなく、隣で共に歩んでいきたい。ですから、姉様も私と、向き合って ほしいのです」
今までのララクを一番傍で見てきたラクアにとって、今聞こえてきた言葉すべてが信じられないといった様子で、まばたきを繰り返すことしか出来ていない。
「頼りないと思っていたが、随分とでかい口を叩くようになったものだ。……だが、それ ぐらいでなくてはな。これから話すことは、今言った言葉をたやすく打ち砕くほどの内 容だ。……後悔しても遅いぞ」
「ここで引いて、また姉様に甘えているようでは私は一生成長出来ないことになります。
 覚悟はとっくに出来ています」
「……だ、そうだ。覚悟ができていないのはラクア、お前だけだ」
その言葉を聞いたラクアはふっと息を一つ吐き
「私が見ない間に大きく成長しちゃって……。全くもう、嬉しい限りだわ。……でも、も う一度確認するけれど、本当にいいの? 聞いたら後戻りは出来ないし、緑間さんも巻 き込むことになるのよ?」
「……えっ? それは初耳です!」
「なぜそこでオレが出てくるのだよ?」
これから話し合う内容は天使と悪魔についてのことだ。そこで何故人間の緑間まで巻き込まれるのか? それが2人には理解できない。
「そこも……申し訳ないけれど、聞いたら後戻りできない範囲になってしまうから……。 無茶を言っているのは重々承知だけれども、内容が分からないまま後戻りできない選択 を今、しなくてはいけないと思って頂戴」
「いくらなんでも無茶なのだよ!」
「き、決めようがないです!」
ララクも、まさか緑間まで巻き込むことになる内容であるとは想定しておらず、どうしていいか困ってしまう。
「なんだララク。先ほどの威勢がないではないか」
「私だけの問題だと思っていたからです! 真太郎さんまで絡むとなったら、私一人の意 志で決められるわけないじゃないですか!」
「あら、さっきは一人で抱えちゃダメとか、隣で一緒に進んでいきたいとか言ってくれた のに……」
「それは嘘じゃないですけど! ちょっと事情が違うというか……!」
先ほどまでの威勢はどこへやら。気付けばいつも通りの、ラクアにからかわれて困り果てるララクの姿が出来上がっていた。
「それで真太郎、どうするのだ」
「どうするも、こうなっては腹をくくるしかないのだよ。あれだけはっきりとララクが自 分の意志を伝えたのに、オレが足を引っ張るわけにはいかないのだよ」
「あ、足を引っ張るだなんてそんな……! つい勢いで行ってしまったようなものですし、 真太郎さんがそこまで責任を持つことは……」
「責任とかではない。それに……、ララクを付き合うと決めた時から、ある程度は覚悟し ているのだよ。無理強いをして聞くつもりはないが、そちらから話してくれるというの であればいくらでも協力してやるのだよ」
緑間も大概に頑固者だ。こうなったら話を聞くまで、意思を変えることはないだろう。
「……アンカルジアも、いいかしら」
「アタシたち妖精は主人が選んだ道に最期までついていく。ララクがそうするって決めた なら文句ないよ」
「決まり……だな」
アクセルの言葉にコクリとそれぞれが小さく頷き、ララクを先頭に家へ上がっていく。
ララクと緑間は聞く覚悟を。ラクアとアクセルは話す覚悟を決めて……。

パチリという音とともに、部屋に明かりが灯される。
「あら、なかなか広くていいじゃない。ここに一人で暮らしてるなんて、贅沢ね」
ララクの家のリビングを見て、少し羨ましそうにラクアが言葉を投げかける。
「私がこっちに来てしまった時、どうやら空間の歪みが強かったようで……。気付いたら こんな立派な家が自分のだって言われて困っちゃいました」
「空間の歪み、か……」
その言葉を聞いたアクセルはぽつりと呟く。ラクアもその言葉に心当たりがあるように顔を俯かせる。
「あ、お茶を用意しますから、みなさんどうぞお掛けになって待っていてください」
ララクは皆をリビングに促し、自分はキッチンへと姿を消した。
「まぁ、立っていても仕方ないし、座りましょうか」
ララクに言われた通り、空いた席に適当に座る。アクセルも平然とそれに続き、ラクアの隣に座る。緑間は、ララクが意識を失っていて緊急であったとはいえ、一度来たことがあるのに、変に緊張をしている。
「お待たせしました。……あれ、真太郎さんも座って下さいね」
「あ、あぁ……。すまない」
ララクが4人分のお茶を並べ、緑間とララクが席に着いたのを見てからラクアが口を開いた。
「まずはララクの疑問を挙げようと思っているのだけれど、私とアクセルが何故一緒にい るのか……。それ以外で聞きたいことはあるかしら?」
「……いえ、私はそれ以外には特に」
少し考えを巡らせるが、今はそれ以上に聞きたいことはないと、小さく首を横に振った。
「なら、オレから質問があるのだよ」
「いいわよ。聞いて頂戴」
それなら、と質問を投げかける緑間。
「前に一度会った時に、ゲートが存在するのにも関わらずララクを連れて行かず”お客様”がどうだのと言っていたが、あれはどういう意味だったのだよ」
「ラクア、お前……」
緑間の質問に驚きを見せたのはアクセルだった。事情を知っている者として、ラクアがそこまで話していたのは意外だったようだ。
「その内容も、私がアクセルとともにいることを説明するのに出てくる事柄ね。ただ一つ、今更だけど私の考えを伝えるならば、緑間さんのことは巻き込む気でいたわ。それでいてララクさえ無事であればそれで良い、とも。……まぁ、世の中そううまくはいかないものね」
クスクスと自傷気味に笑うラクアは、申し訳なさそうにしている。
「それはおかしくないか? ララクに相談すると決めたのもラクアではないか。そこまで緑間の興味を引き付けられていたなら、そんな提案などせずとも……」
「さぁね。そんなの私にも分からないわ。ただ……、ただ伝えなくては、と。そう感じるものがあったのよ。……知らない間に、ララクがこんなにも成長していたから、そうしたいと思えるようになったのかもね」
スッと目を細めララクを見つめるラクアの目は、どことなく寂しそうで、誇らしそうだった。
「……オレでも理解できる説明を頼むのだよ」
「出来る限り、心がけるわ」
「よろしく、お願いします」
ラクアが一口お茶を飲み、唇を濡らす動作をとる。そして意を決し、話し始めた。
「まずは、私とアクセルが出合い、共に行動を取らざるを得ない状況になった原因から説明するわ。原因は先ほど緑間さんが言った〝お客様”よ」
そういってラクアがチラリとアクセルの方を見る。それで意図を汲んだのか、スッと胸元から一冊の本を取り出し、テーブルの上に置いた。
「“ヴェルメリオ”……ですか? 随分と懐かしい絵本ですね」
「何なのだよ、これは?」
「これは天界と魔界で最も広く知られている昔話の絵本よ。緑間さんの反応を見るに、地上界ではあまり知られていないのか、もしくは存在すらしていないのかもしれないわね」
「確か、神界と冥界が存在したとされる時代で生まれた禁忌の生命を、私たちの祖先、初代皇女様が討ち取った……っていうお話でしたよね。この絵本に出てくる皇女様、本当に強くてかっこいいんですよ」
ララクはヴェルメリオの物語が好きなようで、緑間にストーリーをかいつまんで説明している。
「ちなみに、魔界では禁忌の生命を討ち取ったのは俺の先祖、つまり初代魔王になっている」
「えぇっ! そんなことありません! 倒したのは絶対初代皇女様です!」
「どういうことなのだよ? 何故天界と魔界で話が違う?」
ララクもアクセルも嘘をついている様子はない。ならば、天界と魔界で昔話の内容が違うということになる。
「そんな些細なことはどうでも良いのだけれども……」
そこに疑問を持つとは思っておらず、少し呆れ気味のラクア。
「答えは簡単だ。自分の国の長こそが一番強いとすりこませるための道具として、民衆に見せられるように改変してあるだけのことだ」
「なるほどな。だから天界と魔界で討伐した人物だけが違うのか。……しかし、討伐に至るまでが全く同じなら、何か原版らしきものが存在するのではないか?」
「いい着目点ね。その通りよ。それが、今の貴方たちの前にある絵本になるわ」
テーブルの上に置かれている絵本をトントンと叩くラクア。その音に釣られ、ララクはじっと見つめる。
「これが原版なのか……。確かに、かなり古そうではあるが……」
「覚えてない? ララクは原版を一度読んでいるはずなのだけども」
「えっ……そうでしたっけ?」
「王族だけは原版を読む権利があるから。授業でも本当の歴史を知らなければならないって、学んだはずなのだけど……見てのとおり、ララクは原版より改変版の方が記憶に残っているようだし、一度目を通してみなさいな」
読んだことがあっただろうかと、うんうん唸りながら思い出そうとしているララクを横目に、緑間は絵本をめくり始めた。

―――遥か、遥か昔のこと。
世界がまだ神界と冥界しかなかった頃……、一つの命が誕生した。
その者は本来生命を授かってはいけない、禁理を犯した存在だった。
その生命が6年の時を刻んだとき、世界に存在を知られ、父母ともに幽閉された。
それから幾許の後、生命は空腹を訴えた。
我が子の要望に応えるべくして親のとった行動は、
自身の血肉を分け与えることだった……。
理を犯した、冥界の父と神界の母の血肉を食らった、
理を犯した生命は恐ろしいほどの力を手に入れた。
そしてお腹がいっぱいになった子が昼寝をするように、
悠久の時の眠りに身を投じた。
どれほどの時が経ったかも分からないほどの月日が流れ……
その生命は目を覚ました。
理由は至極単純なものであった。
空腹。
生命は腹を満たすために起き上がった。
骨格しかない、翼ともいえぬ翼で空を飛べば
その生命が通った後の大地はすべてが枯れていった。
生命は全身が赤く、顔には大きな口が一つ。
長い金髪をなびかせながら、天使とも悪魔ともいえぬ姿をし
神界と冥界の者どもを、一人残らず食らったという―――。

「こんな……。これが、本当の内容、なのですか……?」
あまりにも救いのない、世界がたった一つの命によって滅ぼされたとされる内容。ララクは信じたくないといった様子で、両手を祈るように組んでいる。
「えらく中途半端だが、これで終わりなのか?」
「そうよ。それが原版のすべて。……とは言っても所詮は昔話。神界も冥界もそもそも存在したのかもいまだに分かっていない」
「そう……ですか」
どんなにバッドエンドな内容でも、これはあくまで絵本の中での話だと割り切り、ララクは安堵する。
「……では、何故この昔話の話をしたのだよ」
緑間の言葉に、ラクアとアクセルが止まる。まるで息を吸うことすら忘れてしまったかのように、動かなくなった。
「姉様?」
ララクの声にピクリと反応し、深呼吸を何度か繰り返す。そして、震える声でラクアは言った。
「……その昔話が、昔話ではなく。現実に存在する事柄であったと言ったら……、貴方たちは信じられる?」
ララクも緑間も、理解が出来なかった。何度かまばたきを繰り返し、お互いに顔を見合わせる。さっき読んだ、二つの世界がたった一つの生命によって滅ぼされたという内容が事実だった? とてもじゃないが、信じられない。昔話だからこそ、こういった話もあるのだろう……としか考えられない。しかし、嘘じゃない。嘘ではないということを、ラクアとアクセルという存在が証明している。二人の気迫は尋常ではない。嘘をついている様子も、からかうための作り話でもないということを、二人が証明している。
「……ねぇ、嘘だよね? そんなわけ、ないよね?」
震えながら、声を出したのはアンカルジアだった。そんな話は信じられないというように、ふるふると力弱く首を左右に振りながら、ラクアたちに同意を求める。
「……嘘では、ありません」
嘘であってほしい。そんな小さな希望が、モーントクラインの言葉によってかき消された。
「ご……ごめんなさっ……。あの、スケールが大きすぎて……まだ、実感……が」
「深刻そうなところ悪いが……。何を根拠に、信じたらいいのだよ……」
嘘ではないからと言って、はいそうですかと信じられるようなことでもない。ましてや、この昔話を実際の出来事であると言い切るラクア達の根拠が知りたかった。
「俺とラクア、後はモーントクラインのラースフェルド。……昔、存在したとされる神界と冥界を滅ぼした理を犯した生命、“新生メロド・メルギス゛と一度対峙した」
「この昔話に出てくる姿と全く同じだったわ。この本は昔話でもなんでもなく、本当に存在した過去のことをただ、ありのままに書いた書物だったのよ」
衝撃的過ぎた。到底理解できる範疇を超えている。それでも、ラクア達の言っていることに嘘偽りはなく、全てが現実に起こったことであるということも分からざるを得なかった。
「た、例えそれが本当だったとしてもさ! ラクア達は今、こうして生きてるわけじゃない? それって、やっつけたからでしょ? じゃないと、ここでこうしてお話なんかしていられないもんね……?」
アンカルジアは必死に言葉を繋いでいる。突きつけられた現実を信じたくないというように。
「本当に偶然、刃を交えるときに。歪みゲートが発生して、私たちは地上界へ飛ばされたわ。アクセルは魔界だったらしいけれど。……おそらくあそこで戦っていたら、今ここに座ってはいないのでしょうね」
当時を思い出し、震える手で無理やり拳を作るラクア。アクセルも何か言うわけではないが、苦悶の表情を浮かべている。
「……それで。それをオレやララクに伝えて、どうするつもりなのだよ」
核心の部分。この事実を伝えて、その後どうするつもりなのか? 気を付けろという注意喚起がしたかったのか? 緑間はそれが知りたかった。
「討つ」
アクセルの放った言葉に一番動揺したのは、ララクだった。緊張で口の中は乾ききり、お茶を飲もうと湯飲みを掴む手が尋常ではないほどに震えている。
「何人で……討つつもりなのだよ」
「ここの4人で、“新生メロド・メルギス”を討伐するわ」
無謀。この話を聞かされたララクと緑間は、その言葉で脳内がいっぱいになった。
「な……なんでよ! そんな危険なこと、アタシたちがする必要ないじゃない! 天界に帰って、みんなを呼んで、みんなと戦えばいいじゃない!」
真っ先に異論を唱えたのはアンカルジアだった。当然の反応だ。誰がどう聞いたって、無謀でしかない。
「そ、そうです! いくらなんでも4人でだなんて……! 相手は世界単位を滅ぼす力を持っているのでしょう? もっとちゃんと戦力を……!」
「そもそも、何故オレたちが討つ必要があるのだよ? わざわざこちらから刺激を与える必要が、どこにあるのだよ?」
至極もっともな意見がいくつも出てくる。世界そのものを脅かすほどの事態なのであれば、どこの世界も国単位で動き出すはずだ。たかだか4人程度が特攻したところで、どうこうなる話ではない。
「心情は……察しているつもりよ。それでも、はっきり言わせてもらうわ。恐らく、この戦に参加ができるのは私たち以外には存在しない。そして、戦いを避ければその先に待っているのは……」
世界の終焉―――。
ララクも、緑間も、アンカルジアも。納得できない事柄と、理不尽な内容と、世界が滅ぶ現実を突きつけられ、口を開かなくなった。それを承知の上で、ラクアとアクセルはなお、自分たちしか動けない理由の説明を始めた。
「まず、天界および魔界からの救援が期待できない理由。それはゲートが不安定になっていることが一番の原因よ。他にも、地上界を侵攻してはいけないとかいろいろあるけれど、世界が滅ぶのにそんなこと言っていられないから、今回は除くわ」
「今の不安定な状態では、いくら固定されたゲートであれ、潜ったからといって目的通りの場所に出るのは困難だ。俺もこちらに来るのにかなり苦労させられた。もう一度同じことをしろと言われて、できる自信もない程度にな」
「現状を把握し、迅速に行動できるのは私とアクセルしかいなかった。今は貴方たち二人も増えたけれど……。歪みゲートの異常発生、固定されているはずのヘブンズゲート、及びハデスゲートの不安定さ……。これらを見ただけでも、世界はもう異常な危機に晒されている」
「ここまで大々的な異常を起こしている元凶など、奴以外考えられん」
「今から原因を調べ始めたとしても、突き止めた頃にはもう手遅れでした……、では意味がないの。知っている私たちが動かなければ、世界に未来はない」
ラクアとアクセルは、やる気だ。例え、ララクや緑間の賛同が得られなかったとしても。どんな困難にも決して弱音を吐かなかった姉が、今こうして、共に戦ってくれる仲間を探している。ララクは意を決し、湯呑に入っていたお茶を一気に飲み干し
「私が……。私がその戦いに参加したら……、勝てる見込みは、増えますか?」
ラクアとアクセルの目を見て、力強くそう言った。
アクセルは不敵に笑い、ラクアは嬉しそうに口を開いた。
「ララクが参加したところで、勝率は1%も上がらないわよ」
「1%も……あ、上がらない!? 私ってそんなに弱いですか!?」
まさかの直球にショックを隠せないララク。せっかく協力しようと思った矢先にこれだ。
「……オレも、この地球という星に生きている身だ。世界が滅ぶと知って、指を咥えてみているのは性に合わん。……だが、ララクで戦力外だというのに、オレに何が出来るというのだよ」
ララクが参加すると決めたなら、緑間も戦うと決めたようだ。だが、人間の彼に出来ることなどあるのだろうか。
「言ったはずだ。負け戦をするつもりはない、と」
「むしろこの戦いは、申し訳ないけれどすべて緑間さんに一任することになると思うわ」
「真太郎さんって、そんなに強いんですか?」
地上界では、天使と悪魔は本来の十分な力を発揮することは出来ない。それなら、人間の身体能力に頼るという作戦なのだろうか。
「本当に、気付いてなかったのね」
「えっ? 何にですか?」
ラクアは呆れたといった感じでため息をついている。ララクが疑問符を浮かべていると、アクセルが一拍置き、言った。
「緑間真太郎。貴様は……調停者だ」
調停者―――。
それは、地上界を統べるだけの力を持つ者を指す。
もっと簡潔に言うならば、地上界であれば彼の者に敵うものはいない……最強の存在。
「えええぇぇぇ!?」
それを聞いたララクは驚き、椅子から転倒。ドスンと鈍い音を立てながら床に尻もちをついた。
「まぁ……そこまで大げさに驚く心境は、分からなくもないけれど……」
「い、いたたたっ……。し、しん、真太郎しゃんが調停者って、本当ですか!?」
未だに混乱している様子のララク。焦りと驚きで呂律が回り切っていない。
「ま、待て! その、調停者とはなんなのだよ?」
ララクが派手に驚いたことに対して、緑間も驚きを隠せないでいたが、今は何より、自分が調停者という聞きなれない言葉の意味が気になる。
「そういった反応を示すということは、自身でも気付けない力、ということか……」
緑間の様子を見て、アクセルは険しい表情を浮かべる。ラクアも緑間が力を把握していないという現実に落胆しているようだ。そんな気持ちを抑え、緑間の問いに答える。
「調停者とは、この地上界において最強の存在。地上界であれば、貴方に敵う者は何人たりと存在しないわ」
「仮に調停者というものが最強だとして、何故オレがその調停者なのだよ!?」
「何故緑間さんが、という問いに私たちは解を持っていないわ。どういった基準で選ばれるのか? それはこの世の誰一人として、知るすべはない」
緑間は突然のことに信じられず、ほぼ放心状態。しかし、調停者が味方となれば、ララクたちにとってこれ以上の士気上げはない。
「調停者はですね、天使や悪魔なんよりもずっとずっと強いって、天界や魔界ではそれはもう知らない人なんていないぐらい有名なんです! ということは、私たちが真太郎さんを守れば、この戦いに勝つことができるんですね?」
希望が見え始め、ララクの目に闘志が宿る。それを見たラクアが、今回の作戦を説明し始めた。
「その見解は間違いではないわ。……私たちが勝つには調停者、緑間さんを守り、“新生メロド・メルギス”を討ってもらう。これが大きな軸になる」
「そのためにはいくつか条件を満たさなくてはならんのだが……」
条件をあげる段階で、アクセルとラクアは再び沈黙した。
「何か問題が……? あっ、私ってば真太郎さんにばかり頼りきりで……。あの、私も精いっぱい頑張りますから、ぜひ協力してはもらえませんか?」
協力することを前提に集まっているのに、今更緑間にもう一度確認を取るのは変な話ではある。だが、ララクの気持ちがからぶるほどに、天使や悪魔にとって調停者という存在がどれだけ強大であるのかが見て取れた。
「いや、無論協力はするつもりではいる。のだが……、まだピンと来ないというか、実感がないのだよ」
「そういえば、調停者ってどんな力が使えるんですか?」
ララクはふと思った疑問を口にする。それを聞いたラクアとアクセルはまるで苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべ……
「分からないわ」
「そこが、今の一番問題になっているところだ」
「……えええぇぇ!」
またもララクは仰天し、ひっくり返った。

「話を整理するわね」
「た、頼むのだよ……」
驚きの連続で何度も椅子から転げ落ち、涙目になりながら痛むお尻をさするララクを横目に、ラクアは話をまとめだす。
「まず、昔話だと思われていた絵本“ヴェルメリオ”に出てくる理を犯した生命“新生メロド・メルギス”は実在。この事実が発覚し、世界は今も刻一刻と破滅への道を進んでいる。この事態を避けるべく、“新生メロド・メルギス”を討つことになった」
「そのために、オレとララクに協力をあおったのだな」
緑間の言葉に肯定するようコクリと頷き、話を進める。
「何故ララクと緑間さんだったのか? 理由は単純明快。ララクは私の妹で、この地上界にいる中では戦闘能力に期待ができること。そして緑間さんは、調停者であったから」
その言葉に、今度は緑間が肯定の意を込めて、コクリと頷き返す。
「ここからが本題だ。“新生メロド・メルギス”は昔話通りであれば、神界と冥界をたった一人で滅ぼしているほどの力の持ち主だ。例え、この世界中すべての生き物たちが一丸となり挑んだとしても、勝率はあまり芳しくない。……だが、古より受け継がれてきた力を持つ調停者であれば、“新生メロド・メルギス”と同じ舞台に立てるのではないかと、俺たちは踏んでいる」
「……逆をただせば、調停者以外は今回の戦闘についていけない可能性も十二分にあり得るわ」
調停者という言葉に、緑間はごくりと生唾を飲み込む。いまだに実感がないということと、自分が今回の戦いでの最重要人物であるというプレッシャーを感じていた。
「それで……、俺はどうやって力を使い、その者を討ち取ればいいのだよ?」
緑間の言葉にラクアの表情は暗くなり、アクセルはお手上げといったように目を瞑る。
「今から私とアクセルが知る限りの、調停者の力や制約を伝えるわ」
「制約……? 無制限に使えるものではないのか?」
「そんなことが出来たら、今頃世界は調停者の独裁政治になっているだろう」
世界最強の力が無造作に使えるならば、それこそ世界は絶対王政の時代にまで戻るだろう。そうならないように、古の民たちが制約を作ったとされている。
「因みに、ララクは調停者がどういう存在であるか、何か知っていることはあるかしら?」
今までじっと聞いていたララクは急に話を振られて少しびくつき、うーんと考える仕草を取った後
「とっても強い……です」
とだけ言った。
「他には、何かないのか?」
「あっ……うー……、ご、ごめんなさい。調停者は地上界で最強の存在、ということしか私は知らないんです……」
すみません。ともう一度謝り、しゅんとうなだれる。
「残念だけど、ララクの言っていることが真理でね……。私たちもそれ以上のことはあまり知らないのよ」
「それなら、いったいどうやって戦うのだよ!?」
調停者がいくら強いと言われていても、戦う方法を知らないのであれば、ただの宝の持ち腐れだ。
「そもそも、調停者という存在自体が希少すぎてな。まずそうそう見つからないのだ。必ず地上界の誰かが調停者として存在はしている。しかしそれが誰なのかは完全に不明。親が調停者だったからといって子もそうであるとは限らない。挙句、調停者が見つかったとして、その人物が死んだら、今生きている地上界の誰かにその力が宿る。それが数分後に死ぬかもわからん老人であろうが、今生まれたばかりの赤子であろうとも、だ」
「なら……オレが死んだら」
「他の誰かが調停者になる。しかしそれが誰なのかは全くの未知数。そんなものを戦闘が始まってから探すなど無理にもほどがある。そうそう代わりが効くものではないと心得ておけ」
アクセルの有無を言わせぬ気迫に押されながら、小さく分かったと、緑間は声を出した。
「後分かっていることは、地上界でしか力はなく、他の世界ではただの人間と変わらない、ということよ。つまり、天界や魔界ではただの人間ということね」
「えっ、それって……」
ララクの脳裏に嫌な言葉が浮かむ。戦場になるのは……
「戦場はここ。地上界になるわ」
「い、いくらなんでも無茶です! 天使や悪魔みたいに戦う力がある種族ならともかく、それを持たない人間たちの世界で戦うなんて!」
一体どれだけの被害が出るのだろうか? 考えたくもない。
「それでも、地上界以外での勝率は0%……。ここを舞台にして、調停者が戦場に立ってくれて、初めて私たちに1%の勝率が約束される。……これは、そういった戦いよ」
「そんな……1%だなんて……。そんなの、負け戦と変わらないじゃないですか……」
「0じゃないなら、負け戦ではないわ。それにね、重大な戦いではあるけれど、気負う必要は何もないのよ?」
負ければ世界が滅ぶという状況で、気負う必要がないわけがない。だが、ラクアは本気でそう思っているようだ。
「何故、気負う必要がないのだよ」
「私たちが行動を起こさず、“新生メロド・メルギス”が地上界に来て人々を食らい尽くし、調停者が滅んだら?」
「……敵う者はもういないので、世界は滅びます」
「その通り。では私たちが戦いを挑み、負けたら?」
「……今現在分かっている調停者、真太郎さんが負けたら……次の調停者を見つける時間もなく、世界は滅びます」
「正解よ」
「行動し、結果として世界が滅んだのならば、そういう運命だったというだけだ。俺たちはそもそも、滅びが確定しているような世界に石を投げる程度のことをするだけだ。失敗を恐れる必要は何もない」
本来、知る機会も与えられず、気付いたら世界は滅んでいましたとなってもおかしくないような状況で、ここの4人には選択肢がある。それは他の者たちから見ればとても大きなことだ。他の者たちは、選ぶことも許されず、ただ死ぬ未来を進むしかないのだから。
「そういう、ものなのでしょうか……」
「そういうものだ、深く考える必要はない」
調停者がいるからといって、事態が大きく好転したわけではない。ただ戦いの舞台に立てる。それを手に入れただけに過ぎない。しかし、そこにすら立てないようであれば、世界は滅ぶしかないのだ。
「これから、俺とラクアは奴を呼び出すにあたって、海の上での戦闘を想定している。無論、地上界の者たちにできるだけ被害を出さないために、だ。そのため、戦地の足場を作ったり、そこにどうやって“新生メロド・メルギス”を引っ張り出すかの模索に入る予定だ」
「そこでね、ララクにはひとつ、重大な役目をお願いしたいの」
重大と聞き、ララクは一つ深呼吸をし……
「何をしたらいいですか」
ラクアの言葉を待った。
「調停者の……いいえ、緑間さんの力を引き出すお手伝いをしてあげてほしいの」
「真太郎さんの……力を?」
「これを」
そういってラクアは懐から、古びた紙を一枚、ララクに手渡した。
“調停者の心啓きし者。その者や調停者に有らずして、調停者なり”
古びた紙に書かれている内容を見て、ララクは頭に疑問符を浮かべる。緑間も読んではみるが、理解は出来なかった。
「調停者といっても、そもそもは人間よ。畏怖の対象として見られるより、一人の人として見られる方がいいに決まっているわ。そしてそれが出来るのは私でもアクセルでもなく、ララク。貴方しかいないわ。……あまりその紙の言葉に捉われすぎず、気負わず気楽にやって頂戴。方法はどんなことからでもいいから」
ララクは緑間とラクアを交互に見比べ、大きく頷き
「私に何が出来て、どこまで力になれるかは分からないですけど、精いっぱいやってみます!」
力強く言った。
「真太郎も気負いすぎるな。基本的には普段通り生活すればいい。世界が滅んだとて、誰も真太郎のせいだとは思わん。無論、事情を知っているここにいる者たち全員も、だ」
「……調停者と言われても、実感がない。普段通りでいいというなら、そうするのだよ。あまり、期待はしてくれるな」
「いきなり滅茶苦茶な話をしたのに、よく信じてくれたわね。私としてはそれだけでも、随分と救われた気分よ」
ラクアとアクセルは、一度対峙をしているのだ。二人以上に感じている恐怖は強いはず。それでも逃げ出さず、目の前の問題に果敢に立ち向かう姿勢は、まさに各国を収める王としての器が備わっていると言える。
「それじゃ、私とアクセルは行くわ。準備はいくらしても足りないぐらいだからね」
「もし、当日までに調停者としての力が覚醒しなかったときは、戦闘に参加するかどうかはそちらの判断に委ねる。出来る限りの時間稼ぎはして見せるつもりだ。ギリギリまでいろんな可能性を試すもよし。諦めて敵前逃亡をしたとしても、何も言わん」
「それに私たちの準備が終わる前に、向こうからやってくる可能性も捨てきれないし……そうなったときはお互い、腹をくくりましょうね」
それじゃ、と言い残してラクアとアクセルは家から出て行った。二人を玄関で見送ると、ララクは気が抜けたように座り込む。
「なんだか、とんでもないことになっちゃいましたね……」
「そう、だな……」
世界の命運をかけた戦いに巻き込まれる日が来るなど、誰も予想しきれないだろう。緑間は、いまだに自分が調停者である実感がないのか、何度か左手を閉じたり開いたりしている。
「出会った時、なんか変な力を感じるって思ったことがあったけど、まさか調停者だったなんて、思いもよらなかったなぁ……」
「変な力?」
力と聞いて、緑間は過敏に反応する。気負うなと言われてはいるが、自身の内にある力に興味がないわけではない。
「力っていうか、雰囲気? なんかこう、独特な……今までに感じたことのない……。でも、すごく強い! やばいよこれ! って感じじゃなかったんだよね。最近に関しては全然感じないし」
「感じない? なくなったということか?」
「うーん……。そこら辺はアタシにもあんまりよく分かんない。ごめんね、力になれそうになくて」
「いや……、焦っても仕方がないと言われたばかりだ。時間が許す限り、いろいろ試していくしかないのだよ」
アンカルジアの困った顔を見て、緑間も焦っても仕方がないと自分を諭す。時間がどれぐらいあるのかもわからない中で、悠長なことを言うしかないというのも、なんとも歯がゆいものだ。
「あの、真太郎さん」
「なんだ、ララク?」
玄関で座り込んでいたララクがすっくと立ちあがり
「真太郎さんが調停者って聞いて最初はすごくびっくりして、少し怖いと思ってしまいました。とっても強くて、誰も敵わないということしか知らなくて……。でも、真太郎さんは調停者である前に、緑間真太郎さんという一人の男の人で、その……えっとっ……」
始めははきはきと喋っていたララクは、後半につれどんどん声が小さくなっていく。頬は赤く染まり、耳もどことなく赤い。
「どうしたのだよ?」
「わ、私の大切な人……で、その……」
ララクがもじもじしているせいで上手く聞き取れず、話が進まない。痺れを切らした緑間は……
「だから、どうしたというのだよ」
ずいっと顔を近づけ、ララクの目線に高さを合わせる。突然のことにドキリとしたララクは勢い余って
「で、ですから! 真太郎さんのことが好きですから、力になりたいんです!」
目と鼻の先にいる緑間にそう言葉をかけた。好きと口にしたララクと、好きと言われた緑間の顔はこれ以上にないほど赤く染まっている。
「そ、そう、か。いや……うむ。頼むの、だよ」
「は……はい……」
ララクは恥ずかしさで気がどうにかなってしまいそうだった。緑間も彼女から改めて好きと言われ、爆発寸前だ。
「き、今日はもう遅い。ゆっくり休んで、3日後に始まる合宿に備えてほしいのだよ」
「あっ、はい! がんばらせていただきます!」
合宿と聞き、気持ちを切り替えるララク。世界の滅亡を食い止めるのはもちろんだが、今は目の前のことに集中しようとしていた。ここまで早く気持ちを切り替えられるのは、まだ彼の者に出会っていないのが幸いだったのかもしれない。
「では、また3日後なのだよ。……おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
玄関の扉が閉まるまで、礼儀正しくお辞儀をして緑間を見送る。バタンと扉が閉まる音を聞いてから、ゆっくりとお辞儀を解く。
顔の熱が冷めきらないまま、湯呑を片付け、ララクは布団へともぐりこんだ……。