第3話

──ダイナたちを見送った後の妖精郷にて。

「あの二人、大丈夫かな?」

「どうだろうな。真面目に仕事をこなすフリーランス、さらに裏切りの心配も無い。……こんな人材を欲しくないというところなんてそうはいないから、失いたくないというのは本音だが」

「流石だよね。自分を売り込む着眼点をきちんと分かってるっていうか。こういう人ばかりなら、もっとメシアンの人を雇ってもいいなって思うんだけど」

「そうだな」

佐倉はかなりダイナのことを買っているようで、心配そうにソワソワしている。野崎はそんな佐倉を見ながらダイナの話を続ける。

「とはいえ、メシア教徒は秩序に従う志向を持つし、メシア教はメシア教団内部で自己完結してる。彼女のようなドロップアウト組、それも義理堅さはそのままであれくらいの使い手となるとそうはいないだろう。それにメシアンも、一部の過激なとこは相当だからなあ……」

「そうなんだよねえ。だから尚の事、彼女のことを贔屓目に見ちゃうっていうか。……そういえば、ダイナさんはどうしてメシア教団を抜けたの? 礼儀正しくて、真面目で、信仰もある感じだし。教団の中でも尊敬されてたはずだよね?」

「両親と同じくして聖堂騎士の道を辿った名家の生まれ。歴代最年少にして隊長に抜擢。ただ、その頃の思想は現過激派の人物たちも真っ青の過激さで、二年と経たずして表舞台から姿を消したんだとか。かと思えば今みたいな温厚な性格になってフリーサマナーとして活動を始めたと、とんでもない経歴持ちだ。そんな彼女がメシア教を抜ける原因となったのは、ある人物と揉めたからだとか」

「ある人物?」

野崎の話に佐倉は首を傾げる。
ダイナ自身もかなりの信仰心を持っている。そんな彼女が聖堂騎士を脱退することを決意するほどの人物なんて、そうそう思い浮かばないからだ。

「帝都のメシア教団でも指折りの使い手にして、リーダー的存在──アデプト、ゲイリー」

「狂信的なまでの信徒にして、実質としてメシア教のまとめ上げをしてる人だね。そんな人と何かがあったってことは、知らない方が身のためかな……」

「ああ。俺たちにも立場ってものはあるからな」

立場という言葉に佐倉は瞳を伏せ、静かに頷く。
悪魔といえど、感情もあれば思いも抱く。もちろんそれが人間と同じ思考を持っていることとは決してイコールではないが、それでもある程度は歩み寄れる余地を残しているのもまた、事実だ。
しかし、だからこそ己の立場を見極め、世を渡っていく必要がある。
それをしっかりと理解しているから野崎王も佐倉女王も自分たちの立場を揺るがすことはしない。それをすれば、自分だけでなく、自分たちの下についている者たち全てを危険に晒すことになる。つまりは種族自体の滅亡だ。

「今はただ、無事を祈って待つばかりだね」

これが、この帝都の闇の中に存在する立場というものである──。

 

「うわっ──!」

相手が悲鳴を上げ切る前に喉元めがけて矛先を突き立てる。

「ど、どこから──!」

もう一人の警備兵も同じようににして息の根を止め、騒ぎを起こされないよう処理する。

「入口の警備は撃破完了」

「こちらも。特に問題ありません」

マリアの足元にも二つの死体が出来上がっている。これで情報通り、異界の入り口を見張っている下っ端は片付いた。

「……本当は、弔うべきなのだけど」

「こちらとしてもそこまでの余裕はありません故、気持ちを切り替え下さい。ここから先は本格的な戦闘が待っています」

「うん、マリアの言うとおり。準備は万全。今必要なこと、それは戦い抜くこと。……問題ない」

「ええ。……往きましょう」

気を引き締め直し、私たちは異界へと足を踏み入れた。
そこに広がるのは特別変わったところはない、悪魔たちが住み着くのに快適であろうマグネタイトがたくさん溢れ出る、一本道の異界だった。

「綻びが生じて出来上がったような急造とは違い、しっかりと地上界に固着した異界ですね。……来る!」

「ヒャッハー! 侵入者だ! 容赦なくぶち殺せ!」

一本道であるということは、当然入口で迎え撃ってくることはこちらも入った瞬間に把握している。ただそれでも、先手は取れない。どこから引っ張り出して来たのか分からない火炎放射器から放たれる炎を避け、一旦距離を取る。

「前に出る。マリアは後衛で魔法展開を」

「了解しました。私もいつでも前線に出られます故、無理なさらぬよう」

「あれだけの重さの火器を扱っている。私の速さなら、抜ける」

レヴェヨンを構え直し、敵の懐めがけて走る。相手もそれに合わせて火器を向けてくるが──。

「焼けこげろー!」

火器を向ける速度も、トリガーを引く速度も遅い。
恐らく、相手は強い武器というものに頼り切り、鍛錬なんてものはしてこなかったのだろう。これでは武器を扱っているのか、扱われているのか分かったものではない。

「は、はやっ──!」

難なく懐に入り込めたので、渾身の突きを心臓に刺しこむ。一人……二人……。私自身は同じ手法しか使っていなくても、そこにマリアの魔術が加わるだけで戦場は数多もの可能性を生み出す。
敵側には見る限り、魔術に対しての対抗手段を持っている者がいない。そうなってしまった以上、戦いは一方的だ。

「ダイナ様、こいつで最後です。止めを」

「や、やめっ……! やめてくれ! 助けてくれ!」

「貴方……。仮に私が貴方の立場だったとして、命乞いをすれば助けてくれた?」

「え……? あ……ひ、ひいい!」

実に分かりやすい反応だ。……もっとも、それを見殺しにすれば、自分も彼らと同じわけだが。

「……私は貴方と違う。質問に答えて。そうしたら、考えてあげます」

私の言葉を聞いたマリアは眉をひそめ、私に囁きかけてきた。

「ダイナ様、よろしいのですか」

「こういった所業の一切を許すほど、私は寛容ではない。悪いことだと知っていて、それでもなお手を下した者には相応の罪を。……でも、今回一番被害を受けたのは妖精郷。だったら、生き証人ぐらいは準備せねば」

「妖精郷に手を出した者の末路を語らせる……ということですね。分かりました。ダイナ様のご意思のままに」

本来ならば、きちんとした司法が裁くべき案件だが……このような裏社会に法規も何もあったものではない。

「では、問う。嘘は論外。そこに関しての理解は、あると思っています」

「ヒィィッ! こ、答える! 答えるから!」

この業界に腐るほどいる下っ端の模範的な反応を見ると、何とも言えない気持ちになりますね。

「まず、本件の首謀者」

「赤司! 赤司征十郎様の命令だったんだ!」

【皇帝】赤司征十郎!
ガイア教団の王。人にして人を踏破した者。その気性は冷静沈着でありながら、何人たりとも逆らう者を許さない。私とはまさに正反対の思想を持ち、さらに付け足すなら圧倒的格上。……とんでもない厄ネタと言ったところか。

「この異界に居座った理由を」

「し、知らねえ……分からねえ! 儀式をするために俺らはただ、行って来いって命令されただけだ!」

「……そう。その調子」

マリアが魔術をちらつかせば、ガイア教団の下っ端は面白いほどにいろんなことを聞かせてくれた。
この異界の主であったセタンタは既に殺されて霧散。手を下したのは腕利きの雇われがしたらしい。残る敵はこの奥で儀式を行っている異能者や悪魔召喚師たちだが、腕はさほどでもないという。
儀式で何を呼び出すのかは本当に分からない、知らないの一点張り。ただ、ガイア系の悪魔を呼び出すにしては、妙に荘厳な感じがしたそうだ。

「戦力の要である、腕利きの雇われは誰?」

荘厳な感じの儀式だったなら、天使系の高位悪魔召喚だとでも? しかし、首謀者はガイア教団のトップだ。好んで天使系の悪魔を召喚するとは思えない。……いまいち、目的が見えないのが不気味だ。

「はっ、半人半魔だ! 悪魔と人間の間に生まれた化け物男、ダ──」

刹那、私の目の前で言葉を並べていたガイア教団の下っ端の胴体が、綺麗に縦割りされた。

「ダイナ様! お下がりください!」

私が急いで距離を取る中、マリアが前線に出てくれた。

「──俺はよく喋るが、俺より喋る奴は嫌いだぜ」