「それでは、報告を聞かせてもらえますか？ まず、依頼自体はどうなりました？」
あの後。
間一髪のところで異界を飛び出ることが出来た私とマリアは情けなくも地べたに座り込み、ただただ息を整えることしか出来なかった。そして今は様子を見に来たユウナ女王に助けられ、ある程度の体力を回復して頂いた。
「身柄の保護、助かりました。……異界内部に入り込んでいた敵は掃討。手下人はガイアーズ。【皇帝】赤司征十郎の意図だと」
「そうですか。……セタンタを倒すほどの相手を、ダイナさんだけで倒せたのですか？」
ここに関しては当然の疑問。依頼を受けるときに、自分からも荷が重いとは発言している。
「手下人によれば、倒したのは外部からの雇われ者。しかし、侵入した時には既に姿がなかった」
「なるほど。……それは運が良かったですね」
「本当に」
ここまでは妥当な報告内容。仮にユウナ女王が気づいたとしても、フリーの同業者同士の庇い合いはよくあることであり、それ自体は無害であるはず。
「それでは、もういくつか質問を。この異界の状況はどうなっているのか、分かりますか？」
「召喚の儀式を行っていた。そのため契約に沿って攻撃を仕掛けたところ、魔法陣が暴走。結果、異界内の構造が変容するほど」
「異界が変容した、ですか？ それが本当なら、高等な儀式であったことは間違いなさそうですね……。しかし、異界自体を管理する者がいないのに、ここまでの規模になるはずが……」
言い切る前にユウナ女王は思案した後、何かを思いついたようにさらりと言った。
「先ほど、何かを召喚する儀式に使われていた魔法陣が暴走したと、そう仰いましたよね。もしかしたらその誤作動で、貴女が召喚されたとご認識してしまったとか？」
「…………ユウナ女王。お言葉ですが、それはどのような悪い冗談ですか」
「いえ、仮説ではありますが、ないとは言い切れません。一度妖精郷に戻り、しっかりと検査してみましょう」
「検査に関しては異論なし。ただ……もし、その仮説が立証された場合は？」
「異界を他者に譲る場合、異界の主である者は最下層に辿り着いていなくてはなりません。そうなった場合は、ダイナさん自身が一度最下層まで降りていただき、その後返していただければ」
あまりの衝撃的展開に、この時の私はただただ仮説が外れてくれていることを願うことしか出来なかった。
ほぼマリアに引きずられる形で妖精郷へ戻り、ティーダ王へ依頼報告もほどほどに検査を受けることになった。
端的に言えば、ユウナ女王の仮説は大当たりだった。
「なんていうか……控えめに言ってご愁傷さまッス」
「ティーダ王。畏れながら、私はどうなるのでしょうか」
「ダイナはしっかり依頼を果たしてくれたッスから、報酬はきちんと払うッス。……それで、異界の事なんスけど」
「ダイナさんに委託することにしました。無期限であの異界はダイナさんの好きなように使っていただいて構いません。そしていつの日か最下層に辿り着き、異界探索に飽きた頃に私たちに返していただければ、と」
「全貌は分からないッスけど、見た限りでも相当にでかいッスから、うまくやればいろんな物資とかがタダで手に入る。決して悪い話ばかりではないと思うッス」
こんな仕事をしている以上、金銭的な理由やその他諸々の事情で定住なんて夢のまた夢。そう思っていたところに家をタダであげますと言われれば、とても魅力的な話だ。しかし、それが本当に魅力的であるかは、家の状態も加味しなくてはならない。
家をやると言われて現場に向かって見れば、屋根と壁に穴が開いていました、では貰ったとしてもただ荷物が増えるだけだ。
とはいえ、今の自分にそれを断れるだけのそれが何もない。そもそもとして、家の方から貴女を主人として迎えますと足を掴んできているのだ。断れるわけがない。
「異界の主とは、具体的に何を」
「基本的には家として寛げる空間を作って、そこで生活すればいいッス。後は何層まであるのかを把握しておくこと。当面は探索が仕事になるんじゃないスかね」
「気を付けるべき点としては、異界を留守にし過ぎるのは避けた方が良いでしょう。空き巣を狙っている悪魔は意外と多いものですから。それを抜きにしても、異界の主になってしまっている以上、長くの間戻らないと体に異変が起きます。使役している悪魔たちとは違った、別の種類の契約を結んでいる状態ですから、一か月以上異界に戻らないと、恐らく異界そのものがダイナさんを食い殺してしまうでしょう」
「生命力を契約に沿って異界が奪い取りに来る、と」
「とはいえ、逆に異界はマグネタイトの他にも道具や魔貨の宝庫でもあるッスから、ダイナの都合のいいように利用してやるのが賢い経営方法ッスね」
まとめると、私は先ほど変容を来たした異界の主となってしまった。その異界を妖精郷に返す必要があるが、そのためには一度最下層にまで辿り着かなくてはいけない。
また、異界そのものと契約を結んでいる状態なので、異界に干渉しないなどといった抵抗を一ヶ月ほど続ければ、契約の力を使って異界そのものが私の生命力を文字どおり死ぬまで奪い続ける。
ただ、メリットを上げるとすればマグネタイトが潤沢なので訓練場としては持って来いの場所であることと、そこ自体に便利な道具やこの業界での通貨である魔貨なども稼げる、ということ。
控えめに言って、迷惑極まりない。
あんな地獄と化した場所で住み込みで働くなど、一体なんの冗談だろうか。壁紙は今にも呪詛を吐き出しそうな人の顔で、床は赤黒いと来たものだ。……気が狂いそうだ。
「新居祝いは俺たちもするッスよ。異界といえど、きちんと作ればそこらの家より立派な内装に出来るッスから」
「それを聞けて、安堵している。結果として主になってしまった以上、引き受けざるを得ない。……いつになるかは分からないけど、必ずお返しします」
「ダイナさんは義理堅いですから、そこに関しては何も心配していません。……どうぞ、うまく切り盛りしていってくださいね」
「善処する」
こうして、私は異界の主となってしまい、流れるがままに異界経営をすることになった。
……この時はまだ、全貌の分からない大きな異界であると思っていた。しかし、ここが異界ではなく、さらに別のものへと変容していようとは私を含め、誰一人として知る由はなかった。