第11話

「真っ白な空間だけど、夜になると暗くなって月だけは昇ってくれる……。

 おかげで体内時計はかろうじてイカれたりしないし、ありがたい話だよ」

「月齢は悪魔の凶暴性や、悪魔合体の事故率にも関わります。

 ですから、常に注意を払わねばならない重要事項……」

……マリアと、こうしてゆっくり話すのはいつ振りだろうか。

少し前まではこれが当たり前だったはずなのに、最近は忙しかったことと、

私の周りに少し、人が増えたこと。

この2つが重なって、本当に久しく感じる。

「ダイナさま」

「ん? どうかしましたか?」

「ダイナさまが『正義』を信じて戦うならば、

 私はその正義を貫けるように体現する。

 それが『権天使』の務めであり、誇りです」

「突然何を言い出すかと思えば……、マリアの意思の硬さには敵いませんよ。

 では私からも急ですが、改めてお礼くらいは言わせてください。

 涼太の件でも随分苦労をかけましたし、これからも苦労が重なるでしょうから……」

「いえ。重なりはしないでしょう。……重ねてはならないのです、我が主」

「マリア……」

「私はいずれ、貴女の成長に追いつけなくなる。

 悪魔とは基本的に完成度の高い存在、人間ほどの豊かな可変性を有しません。

 これから先も『天塔』を登られるならば、私のことも合体の素材として、お使い頂さい」

「い、いやでも、急にそんな……」

「足手まといを連れて登れる道行きとお思いですか?

 ……主ならば、分かっておいでです」
 
急にそういわれても、すぐに飲み込めない。

頭では分かっている。分かっているよ。だけど、マリア……。

「心配には及びません。私はしょせん分霊の身。

 他の悪魔との融合儀式に供されようと、なんら恐怖も嫌悪もありません。

 『その時』が来たらどうか、躊躇わぬよう。それが私の、最後のご奉公となるでしょう」

残ってほしいと思うのは、私のわがままだ。そしてそれを実現できる権限を、私は持っている。

だが、それをしてしまえばもっとたくさんのものを失う可能性が高く……いや、必ず何かは失う。

それに、マリアはそんなことをする私を望んではいない。

「貴女の言うとおり、です。マリア……。

 その時までよろしくと、そう言うしか……。

 ……マリアが居なくなると寂しくなりますね。

 それに家事をしてくれる者がいなくなってしまう。

 今考えると、私は女らしい事なんて何一つしてこなかったですから……」

「女だから、男だから。というものに縛られる必要はありません。

 どんなものも、適材適所です。家事のことは、今のうちに涼太さまにお願いしておきましょう。

 ……不思議なものです。

 私に消滅を恐れるような感性は、存在しないはずなのですが。

 それでも少し、寂寥(せきりょう)感のようなものは──あるような気がします」

「……悪魔召喚師などという職の宿業を、今ひしひしと感じています。

 出会った頃から迷惑をかけどおしで……沢山の負担も、かけてしまって。

 私は、マリアの忠義に相応しいものを、返せていましたか?」

「──……確かに、昔は大概でしたね。

 戦士としての完成度は高かったですが

 聖堂騎士としては、少々難アリというか……」

「あー……あの頃は本当その……お恥ずかしい」

「今だから聞きますが、あれはどうしてそうなったのです?」

「その……まぁ、別に珍しい話ではないのですが。

 生まれつき『風を操る能力』なんて持った子供が、どんな育ちをするかというと、ね?

 お察しというか、そんな具合でして」

どこかに自分の居場所があるわけでもなく。

ただ、たまたまふらりと入った路地裏で悪魔と対峙して。

で、たまたまそいつらを引き裂ける程度の能力はあったから、

『ああ、なんだ。これで食べていけるじゃないか──と』

「そういう独覚の異能者は、たいていどこかの組織が拾うわけですが。

 たまたま私を見出したのがメシアンだった。メシア教に属したのは、ただそれだけ。

 丸暗記のノリで教義も覚えて、適当にそれっぽいことを言えるようになって。

 “師匠”の教えよろしく、異能の制御技術を磨いた結果が……

 うん、大概へその曲がった子だったわけで……。

 本当、あんな状態の私を押し付けられて……マリア、大変でしたね」

「……そうとは知らず。当時はずいぶん無礼な言動を」

「確かに衝突もしたけど、マリアと、アティのおかげです。

 曲がり者なりに、まっとうな道に立ち返れたのは」

「……その、彼女のことは」

「……生きていたら、数々の無礼を謝罪したいのですが。

 一度、激昂して胸倉を掴みあげてしまったから……。

 時間はあったのに、あの時は素直になれなくて。

 だから謝って、それからどこかに連れ出して。

 ……なんて夢を見てしまいます」

あの時、彼女は許してくれた。なのに私は意地を張って、結局最期まで謝れずじまい。

「……彼女は死んだ。 認めていますよ、マリア。

 死体を見たわけではないとはいえ、特に偽報を流す理由も思い浮かびません……。

 当時の彼女は既に、『歌』に蝕まれて死に体だった。

 どう考えても、そのまま死んだと見るのが妥当なのも分かっています。
     
「私もまた……貴方を置いてゆくことに、なりますか」

「違いますよ」

単なるクズだった私に、まっとうな知識と教養を仕込んでくれたのも。

所作や立ち居振る舞いを教えてくれたのも。

すべて、マリアのおかげですから。

「貴女は私に『遺していって』くれる。

 断じて、『置いていく』わけじゃありません」

「…………」

「この振る舞いも頭の中身も全部、貴女が遺していくもの。

 まさに『権天使』という、名前のままに」

「そうですね。ええ、それでこそ、問題児を相手に苦労した甲斐があるというものです」

本当に、感謝していますよ。

だけどもう少しだけ、私の傍で、私とともに歩んでほしい……。