「ふぅ……。今週は本当、長かったなぁ」
本当にたくさんのことがあって、流石に気が滅入ることがなかったとは言わないけど。
でも、なんだかんだいって、充実し始めたように感じてる自分が怖い。
「大丈夫ッスか? 疲れてない?」
「あ、黄瀬君。大丈夫ですよ、むしろ本番はこれから」
「また黄瀬君って言ったッスね! 涼太だって言ってるじゃないスか!」
いや、黄瀬君なんて呼ぶのもすごく抵抗あるんだって。
これでもだいぶ慣れてきたのだから、今は勘弁してほしいところ。
「明日から気を付けます」
「それダメな流れじゃないッスか! てか何いじってるんスか?」
「あぁ、これはCOMP(コンプ)という代物でって……。
本当に何も分からないぐらい、力を失ってるのですね……」
「そうッスねー……。つーか、逆に中途半端に力ある状態で出てたら、
それはそれで余計に大惨事になってたんじゃないッスか?」
「それは、確かに。『大惨事世界大戦』とか冗談で済まなくなる……」
「つーわけでさ。悪いんスけど、ちょっとこの時代について概説してくれねーッスか?
分かる限りで、俺もそっちの質問に答えるからさ。
特にその、あれッス、えー……LAMP周りの技術とか!」
「COMPです。まぁ、いいですよ。
こっちも聞きたいこといっぱいありますから。
黄瀬君……じゃなくて涼太とはゆっくり話してみたかったですし」
黄瀬君って言おうものならすんごい顔で睨んでくるようになった……。早く涼太って名前に慣れよう。
「……えーっと。まず、これはCOMP(コンプ)。
COMPとは【悪魔召喚プログラムがインストールされた機械】の総称。
銃型、パソコン型、色々あるけど、私のは割と一般的な携帯電話型ですね」
黄瀬君の新しいことを知るその好奇な目を見てると、やっぱり高校生ぐらいにしか見えない……。
「このCOMPには様々な機能が内蔵されています。
昔であれば悪魔を呼び出し、契約するには、高度な魔法知識と霊力を有する人物が、
準備も煩瑣(はんさ)で再現性も低い、時間のかかる儀式を行わねばならなかった。
だけど、この悪魔召喚プログラムは、この儀式をコンピュータ上でエミュレーションして自動化処理してくれる。
それだけでも凄いシロモノなんだけど、さらに数多のオカルティストによるアップデートを経て、
現在では、悪魔言語の翻訳機能、契約、管理、報酬取引を自動化する機能などが備えられた。
『悪魔使役の総合補助システム』として、ほとんど完成されたといってもいい状態ですね」
「儀式ってあの、俺を呼んだときみたいな奴ッスかね?」
「その通りですね。
COMPの主要なところとしては、DDS(デジタルデビルサモン)、悪魔召喚機能。
DCS(デビルコミュニケーションシステム)、悪魔会話機能。
補助的に識別用のアナライズに、悪魔感知のためのエネミーソナー。
他にもまぁ、ごちゃごちゃと山ほどの機能がついて、悪魔召喚師を支援してくれます。
これが、アンダーグランドとはいえネットに流出しているんだから末恐ろしい。
機械技術の進歩で悪魔召喚の機械化が可能になり、同時にネットワークの進化に伴いオカルト知識の共有化が進み。
その結果として生まれた……ある意味、機械文明の鬼子のようなものかな……」
「よく分かんねぇけど、すげぇってことッスね!
それ、俺も契約で縛ったりできるんスか!?」
「えっ、あー……どうなんですかね、試してみたいような、怖いような……」
「男は度胸! なんでも試してみるッス!」
「私は一応女ですけどね。うーん、どうしようかな……」
怖いもの見たさの気持ちが勝った。
「それじゃぁ、やってみよしょうか。……えっと、少し待ってくださいね?
……行きます。 ≪マッカあげます、仲魔になってください。≫」
「≪俺、地霊ヤーウェ! コンゴトモヨロシク!≫」
うわっ、COMPの画面がエラーの文字でいっぱいになった。
なんか普通にガーガーとか壊れそうな音してるし。
「……うん、まぁ。やっぱり無理ですね。
流石に格が高すぎるのと……
多分、黄瀬君……じゃなくて涼太の存在が【この異界の主】として、ここに固着しているので、
機械プログラムによる汎用の契約じゃ、とても引き剥がせない……」
「……そうッスか。まぁ、仕方ないッスね」
──ん? 明らかに残念そう。
「どうかしましたか?」
「いや、別に……」
「黄瀬……涼太は分かりやすいですから、隠さずにどうぞ」
「あーっと、その……外の街とか、賑やかなんだろうなぁー……っと」
っ──。
そう、ですよね。異界の主ってことは、この天塔から出ることは出来ない。
たとえそうでなかったとしても、『在りて在る』お方を外に連れ出すなんてことは……。
記憶があるならそんなこともきっと考えなかったんだろうけど、ないというのであれば、
知りたいって気持ちが出るのも当然……。
「出られねー分さ、なんか、気になっちゃうっていうか……。そんだけッス!」
「すみません……、気付いてあげられなくて……」
いくら忙しかったからって、相手の気持ちも考えずに……。
何してるんだ、私は。
「あーもうほら、すぐそうやって暗い顔して謝るんスから。
異界の主って、そういうものなんだから、ね?
もともと無理言ってるのは俺の方なんスから」
無理なのだろうか、本当に……。
「……直接的な外出は無理ですが、手がないこともない……ですよ?」
「マジッスか!?」
本当にこの人神様なの? って疑っちゃうくらい、眩しい笑顔してくれちゃって。
出来る限り力りなりたいと、本気で思う。
「ちょっとお金と手間がかかりますが、通信環境とか発電機とか引っ張ってきて、
私がカメラとマイク持ってうろつけば、【外を歩いてる気分】くらいは味わえる……はず」
「んー……じゃ、いいッスわ。気を使わせてごめん」
「ここで遠慮って……。そのこころは?」
「ダイナは俺っつーか、俺の本体の信徒じゃないスか。
そのせいでこんなややこしいことに巻き込んだのに、
娯楽分まで金出せーなんて……流石にちょっと、どう考えても駄目ッスわ」
「私が涼太のために嫌なんて、言うはずがないでしょ?
貴方のためならば、その程度惜しくもなんとも……」
「それが駄目だ、って言ってるんス。
ダイナの都合じゃなくて、俺の都合。
無制限に身を削って施されても、施される側が居心地悪いんスよ?
ダイナはさ、こう……、ちょっと克己心と自己犠牲が強すぎるから」
「そんなこと……」
「ない。なんて言ったら、本気で怒るッスよ?」
『ダイナは少し、克己と自己犠牲に走り過ぎです。そういうのは、かえって周りが辛くなるんですよ?』
昔、とある女性にも、同じことを言われた。
気を付けているつもり……だった。
でも、再びこうして言われてしまうということは、結局私自身、それを良しとしているから。
ダメだな。大切な人たちを困らせてばかりだ……。
「……ごめんなさい、悪い癖が出ました。
昔、人にも指摘されたことがあるのになかなか治せなくて……。
ありがとうございます、涼太」
「いや、こっちこそ。偉そうなこと言ってごめん」
「ですが、私の悪い癖はさておき。実際問題、設置はしようと思います。
涼太には、世界の現状をある程度知ってもらわないと困りますから」
「無理はダメッスからね?」
「はい、そこは気をつけますから。ですが、遠慮は無用です。
実際、けっこう楽しみなんですよ。涼太が今の世を見てどんな表情をするのか。
何を思い、何を楽しみ、どんなことに気づくのか……。
それを知ることができるというなら、こっちも十分な対価を頂いてるのと同じです」
「そッスか。そういうことならお願いするッス!」
「任せてください」
本当に……最高の相棒です。