昨日酒場で共に酒を飲んだ男たちに言われたとおり冒険道具街区で必要なものを揃えた後、入門街区にある灯火の守り手という名の冒険者ギルドに立ち寄った。
ギルド内は至って普通で、今までに立ち寄ってきた冒険者ギルドとさほど違いがあるような場所ではなかった。強いてあげるなら魔剣の迷宮への入り口がギルド内に存在していることだが、無断で人が出入りできないように門番が常に目を光らせている。ただしこの光景も、グランゼール内にある冒険者ギルドという観点に絞れば別段珍しいことではなかった。
一行は受付に向かい、時渡りと呼ばれている魔剣の迷宮に挑戦したいと話すと新人だと勘違いされた。ただこれを好都合だと思ったダンテはあえて訂正せず、受付の話に適当な相槌を打って話を流した。
聞くと、迷宮<時渡り>は探索されつくしており、貴重な財宝などはおろか、ちょっとした道具すらほとんど残っていないという。
魔剣の迷宮の特徴として不定期に内部構造が変わったり、罠が再配置されたり、何処からともなく蛮族などが湧き出ることもあるがこの時渡りに至ってはそれすらも稀なことであり、ここ最近も特に内部の変化は認められていない。
グランゼールでは魔剣の迷宮に挑戦するとき、入場料としていくらか納めなくてはならないという規定がある。これは財宝などが多く眠っていると予測される、未探索の階層が多い迷宮であればあるほど高額に設定されているが、もちろんそれだけの見返りを期待出来るわけでもあった。
しかし、今回ダンテたちが向かおうとしている迷宮は残念ながら、冒険者たちが一攫千金を目指して向かうにはあまりにも魅力がない場所になり果てていることもあり、特に入場料を求められることもないままに迷宮へ入ることを許されている場所だった。
そういうわけで迷宮<時渡り>に足を踏み入れた一行は自分たちの目的、魔術師ギーシェを探すべく、他の冒険者たちに探索されつくした内部ももう一度、自分たちで捜索し始めるのだった。
捜索を始めてから三十分ほど探しただろうか。蛮族に襲われることもなければ凶悪な罠があるわけでもなく、貴重な遺物どころか薬草一個見つからないほどに探索され尽した迷宮内に、ギーシェの姿はなかった。
「最後に見たのがここだとは言っても、それも一か月前の話だって言ってたしな。やっぱ家に帰っているとみるのが正解だったか」
昨日の男たちから聞いた話を嘘だったと断定するわけではないが、見つからなかった以上無駄足だったと言う他ない。よくよく考えれば迷宮内を探しに来る前にギーシェの自宅を訪ねるべきだったと今更なことを思いついたダンテは迷宮内を捜索することに飽き始めていた。
バージルも飽きたわけではないがこれ以上は無駄だと判断して撤退を命じた。他の者たちも見つからなかったことを残念に思いながら、迷宮を出るため、元来た道を戻り始めた。
「こんな道、あったか?」
もうすぐ迷宮から出られる手前で疑問を抱いたのはネロだった。入った最初にはなかったと思しき道が一本、地下に続いていたからだ。
「全部見て回ったと思ったんだがな」
おかしいと思ったダンテが何気なく足を伸ばすと、その先には明らかに行ったことのない地下へと続く階段があった。知らぬ間に迷宮が構造を変えたのか、それとも何かしらの要因で隠れていた道が出現したのかは分からないが、調べる価値は十分にあるものだった。
先に進むということで意見を固めた一行が階段を下るとまだ誰も探索していないようで、松明などの灯りも置かれておらず、未知の階層であることを物語っていた。
「なんで、今更になって誰も探索してない階層が出てきたんだ?」
疑問は残るものの、ここで立ち往生していても仕方ない。リエルが確保した明かりを頼りに先へ進むと、少し広めの開けた場所に出た。
そこには焼けた蛮族の死体が無数に転がっていた。どれも下級の蛮族ばかりだが、見た感じ火災などが起きたというよりは魔法の力で生み出された炎に巻かれて死んでいるようだった。
「随分と古い……大体ですが、一ヶ月ほど経っているように見受けられます」
ひどい臭いに顔をしかめながら、死体の状態を確かめたリエルは状況を口早に伝え、罠などに警戒しながらもすぐにその部屋を後にした。これにダンテたちも続き、真正面にある部屋で一度呼吸を整えることにした。
「蛮族の死体とギーシェが見られた時期が一致してるってことは、この階層のどこかにいるかもな」
先ほどの情報から推測出来ることを口にしながら、この部屋には何があるかなと物色していたダンテは何かを見つけ、ちょっと嬉しそうにしていた。
「ふむ、宝は開けられているが中身はそのまま。つまりこれは、金銭に欲のない人物がここに足を踏み入れていたって事だ」
言って、さらっと中身を失敬しているダンテをバージルは横目に見ながらこの階層をくまなく探索すべきだと決め、再びギーシェ捜索に本腰を入れるのだった。
今になって思えば、ギーシェの捜索を続けるという判断はあまりにも愚策であったというしかない。一ヶ月もの間帰って来ていないギーシェという人物が高名な魔術師であるということを失念していたのか、或いは国宝のネックレスに付けられていた血塗られた手紙のことを軽く見ていたのか。どちらにせよ、ギーシェという人物がどうなってしまったのかをもっと慎重に把握するべきだった。
──全ては今更か。最早何を言おうが栓無きことだ。
迷宮<時渡り>の新たに開かれた階層を探索した一行は一か所、豪勢な魔法の扉で閉ざされた場所を見つけた。魔剣の力で守られている扉は正規の方法以外で開くことはなく、鍵穴が二つあることから適正の鍵を二つほど見つけてくる必要があった。
そうでなくてもギーシェがどこにいるか分からない以上、回れる部屋は行くしかない。結果だけを言えば成果は上がらなかったのだが魔法の扉を開くための鍵が二つ見つかったことと、幾つかの財宝がそのまま放置されていたこともあって冒険者としての成果は上々だった。
魔法の扉の前に戻ってきた一行が鍵をはめ込むと扉が開き始めると同時に、差しこまれていた鍵は何処かへ消えてしまった。恐らく、先ほど鍵が置かれていた場所に戻るよう特殊な魔法がかけられていたのだろう。一応内側からは再び開くことが出来ることを確認した一行は慎重に、それでいてギーシェがこの先にいることを願って足を踏み入れた。
足を踏み入れた瞬間扉は閉ざされ、先ほど内側から開くことを確認したというのに再び開くことは叶わなかった。
どうやらまた特別な魔法が作用したようで、何かをこの部屋で達成しないと外に出ることは出来ないらしい。もしかしたらこの魔法のせいでギーシェも出られなくて困っているだけなのかもしれない──なんて楽観しきった考えは一瞬にして吹き飛んだ。
オーガより二回りも大きく強靭な肉体と怪力を持ち合わせた、亜種とも呼ぶべき存在が二体と、その亜種すらも上回る実力を備えた存在が二体、だだっ広い部屋にひしめきあっていた。
何より恐ろしいことは既にオーガたちがこちらの存在を認め、戦闘態勢に入っているということだ。逃げることは許されず、間違いなく敵う相手ではない存在に、目をつけられている。
──殺される。
誰もが悟った。ここで死ぬのだと。そしてようやっと理解した。ギーシェはこの場所で、こいつらに──今から自分たちの命を奪おうとしているオーガたちに殺されたのだと。
強靭な肉体を持ったオーガから繰り出される一撃は非情なものであった。こちらが武器を構えた時には既に振り下ろされていて、ダンテとバージルが地に伏せた。あまりの早さに理解出来なかったネロも別のオーガに襲われたが相手が手元を狂わせたのか、奇跡的に当たらなかったから助かった。ただそいつは知性も兼ね備えており、高等魔法がネロの体を切り刻んだ。
声を上げる暇などなく、痛みに顔を歪めた次にはもう一体の知性あるオーガの持つ武器が自分に叩きつけられた衝撃が走り、意識を失った。
凄惨な光景だった。息を呑むことすら許されない、強者による一方的な蹂躙が行われている。無論、前線に立っていた者がいなくなれば、次に狙われるのは後方にいる者たちだ。恐怖に立ちすくむキリエを守るように立つダイナも、家族を全員血の海に沈められたリエルも、オーガの使う魔法の前に痛めつけられ、膝を折った。
額から血を流しているダイナは最期の抵抗だと二丁の銃から弾丸を撃ちだす。そんな小さな抵抗すらも嘲笑うようにオーガたちは躱していた。
キリエとリエルも最期まで諦めず、魔法を行使した。だが彼女たちの力量で発動される神聖魔法も妖精魔法もまるで歯が立たず、当たっているはずなのに蚊に刺された程度だと言わんばかりの涼しい顔を向けられるだけだった。
そしてオーガたちは弱者の足掻きに飽きた。だからゴミを払うように手を振って、魔法で残りの人族を蹴散らした。
──これが先を見通せなかった者たちの末路か、それとも冒険者の宿命とも言うべき現実か。
どれだけ抗おうともひとり、またひとりと終わりの時を迎えていく。
何を以って彼らは抗ったのであろうか? それももう、知り得る術はない。