Poem

 一体誰が言いだしたのか。そんなことは考えるまでもなく、奴しかいない。
「暇つぶしに何か綴らないか? テーマを決めてさ」
 何の前触れもなく無理難題を言いだしたのはもちろんおっさんだった。何かを綴るという適当にもほどがある提案に誰もがやる気を見せず、聞き流していた。だから、おっさんは無視をされたことを逆手に取って一人で勝手に話を進め、飛躍させていった。
「……ああ! あれがいい、詩だ。つまり、ポエムだな」
 誰もやるなんて言っていない。それでもおっさんは一人で話を盛り上げていく。
「テーマは愛でどうだ? もちろん、坊やたちにもやらせるから安心してくれ」
 この場にいないというだけで好き放題に決められた謎の遊びに巻き込まれることが確定したネロとVを憐れむ者は現時点ではいなかった。それもそのはずだ。だって、誰もやるだなんて言っていないのだから。
「拒まれれば拒まれるほど燃え上がる。それが愛ってものさ」
 本当に一人で最後までやり切っているおっさんのことを構う者は残念ながらいなかった。だからこそ、奴は好き放題やり始めた。
 なんと、構ってもらえるまで全員の耳元で自分が先ほど考えたポエムを永遠と聞かせ始めたのだ。普通ならポエムを読みあげている方が恥ずかしい思いをするのだが、今回は考えたおっさん本人がノリノリなわけなので、恥ずかしがるわけがない。
 何人からか手痛い反撃を受けながらも懲りないおっさんとの根競べに負けた者が一人、また一人とポエムを綴らされていくのだった。
「一時間以上経ってるのにずっと耳元で同じことを言ってくるとか、マジで信じられねえ……」
 根負けした若がげんなりした顔で嘆いている。同じく耳にタコが出来たと愚痴る初代と、妙にねちっこい声で囁かれ続けて顔を真っ赤にしているダイナも苦言を申していた。
「さあ、誰から愛のポエムを聞かせてくれるか決まったか?」
 依然として折れることのない二代目とバージルはタッグを組んでおっさんと交戦中であるわけだが、魔剣ダンテを使って二人の猛攻を防いでいるおっさんは観念した三人を急かすという余裕っぷりだった。
「時に激しく、時に大胆に」
 言い切った直後、若は顔を両手で隠して縮こまってしまった。相当に恥ずかしかったらしい。
「どれだけ求めても、小さな隙間からさえも零れ落ちていく」
 それっぽいことを口にした初代も本調子ではないからなのか、違う、こうじゃないと壁に手をあてて落ち込んでしまった。
「まだまだだな。ほら、後はダイナだぞ」
 息を詰まらせたダイナの顔は色白とは思えないほどに赤い。しかし、根負けした手前もあるし、何より二人が言い切ったのに自分だけ勘弁して下さいと言える空気ではない。
「考えるほどに分からなくなるのに、気付くと染め上げられている」
 どうしてこんな、罰ゲームのようなことをやらされているのだろう。あまりの恥ずかしさにダイナの思考は遥か彼方、全くもって訳の分からないところへ飛んでいってしまった。
「思った以上にそれっぽいのが出て──」
 一瞬の油断が命取りだった。本気を出した二代目の一撃がもろにおっさんに当たり、騒動の元凶はノックアウト。完全に意識を手放している。
「もう少し早く倒してほしかったぜ……」
「そう言われてもな。髭を相手にするのは骨が折れる」
「馬鹿真面目に答えるからだ」
 意気消沈している初代の苦言に対し、二代目はこれ以上早くは無理だときっぱり伝え、バージルも蔑んだ瞳を向けている。そして初代と同様、馬鹿正直に愛のポエムを口にした若とダイナのことも見て、ため息を吐いていた。
「愚弟はともかく、ダイナ。お前もこいつに燃料を注ぐな。本当に手が付けられなくなっても知らんぞ」
 放心状態のダイナにバージルの言葉が届いているかは些か怪しいが、今回のポエムに関してはダイナの述べた物が確かに一番それっぽさがあるように感じられるものだった。だからバージルとしては愚弟どもが色めきだたないか心配の様子。
 もっとも、まともな者がこれらを聞いていたら、陳腐なポエムだったと酷評する程度にはひどいものだったように思われても仕方がないほどに、出来は悪かったと言う他ない。
 これに懲りて金輪際、バカなことを言いだすのはやめていただきたいものだとバージルは頭を抱えるのだった。