バレンタインデー。
あれほど私と無縁な行事は、そうそうないと思う。私は今まで、一度もチョコを誰かにあげたことがない。
それはお父さんとか、友人も含めてだ。上げたことがないから必然的に作ったこともない。さらに言えば店に足を運んで市販のものを購入したこともない。
ただ、自分自身は何度かもらったことはある。
きちんとバレンタイン数日前に、親しい友人には自分のスタイルを伝えておく。
「私は返さないけど、渡してくれる分は貰うよ」と。
これにはきちんと理由がある。
もし、バレンタインでチョコを上げるのなら、好きな人にしか上げない。と、小さい頃から言い続けてきたからだ。
私自身、固い考えを持っているとは思うが、こればかりは譲れない。どれだけ親しい友人だろうと、家族であるからノーカンと言われそうなお父さんにでもダメだ。
だが、自分は好きな人が出来た試しがない。誰かに告白したこともなければ、されたこともない。片思いという甘くて苦しい経験もしたことがないのだ。
そのせいか、バレンタインという日自体に年々興味がなくなり、今では周りが騒がしくなる迷惑な一日、という認識しか持てなくなっている。
実を言うと友チョコという物自体も迷惑な風習だなとすら感じている。こういう時にはイベントをただ楽しみたいという輩も出てくるのが原因で、ほとんど面識のない子からも貰うことがある。私は一応防止策として、クラスの女子には自分のスタイルを伝えている。
それでも貰ったら返してよと思う子もいるようで、必ず陰で「あいつは返さない」と言われる。
私としては「返してもらうのが目的なら最初からくれなくていいよ」と言いたい。が、これが理解してもらえないから親しい友人にはなれなかったんだな……、と割り切るしかない。
そしてここからが地獄だ。私は体調不良とかでなければ食べ物を残すということが嫌いで、貰ったものは当たり前だが食べる。
おいしく作ってくれている子のは全然平気だ。むしろこんなにいいものをくれてありがとうと感謝の気持ちでいっぱいになる。だがこの世の中、みんな料理がうまいわけではない。むしろ絶望的に下手な人だっている。
とんでもなくまずいものを食べたことも、何度かある。それでも美味しいと引きつる顔を無理やり笑顔に変えて返答するのが女子というものだ。
それで体調を崩したこともある。一体何を入れたんだと問いただしたいぐらいだった。
小さい頃は親と一緒に作るから美味しいが、中学生ぐらいになると自分一人で作るほうが自然になる。常日頃から料理をしている子ならともかく、こういった日にしか作らない子の手作りチョコはとんでもない。
だから手作りチョコがまずくなるのは年を追うごとにひどくなるのではないかと、自分は考えている。
……私が今、こんなことを考えているのは言うまでもなく、今日がそのバレンタイン当日だからだ。
一週間前から私は「返さないからね」と、しつこいぐらいにクラスの子には念を押している。
それで印象が悪くなっても構わない。むしろその後に起こるであろう面倒ごとを今回避できるのならば、言わない手はない。
しかし、自分の考えに揺らぎが出てきているのも少しある。
こんなことを言い回らないでも、友チョコぐらい準備して返せばいいだけなのではないか、と。
自分ももう高校生になった。貰ったら返すというのも、世間の体裁的にこれから必要になってくるだろう。それに好きな人がこれから先、出来るとも思えない。ここまで意固地にならなくてもいいのではとすら思えてくる。
「はぁ……。バレンタインのチョコは結局お店の経営戦略として利用されてるだけじゃん。まあ、だからって別にクッキーだろうとなんだろうと、下手な子の手作りなんてごめんなわけだけどさ……」
「まーたそんなこと言って。はいこれ、私からね。今年も自信作よ!」
友人の沙希といつも歩く通学路。私の口からはバレンタインデーに向けられる恨みつらみばかりだ。それを中学時代から知っている沙希は軽く流しながら、今年も手作りの友チョコをくれる。
ここまで私が文句を言っているのに、懲りずに毎年渡してくる沙希も、結構物好きなほうだと思う。
「ありがと。みんな、沙希みたいに料理が上手かったら最高なのになぁ」
「あんたに渡してくる見ず知らずの子らが極端に料理下手なだけじゃない? チョコで腹壊すとか相当だよ」
「全くだよ。何混ぜたんだって聞きたかったぐらいだわ。しかも、あれだけ私は返さないって言ってるのに渡してくるの? 仲良くもないのに……。わけわからん!」
「まぁまぁ。で、深央は今年も誰にもチョコ渡せず終わるの?」
「う……ぐっ……。仕方ないじゃん、好きな人いないんだし」
私だってイベントごとが嫌いなわけではない。むしろ出来るなら参加してみたいとは思う。しかし、小さい頃から好きな人にしか上げないと豪語してきた以上、いまさらになってやっぱり友チョコぐらいなら……。というのも気が引ける。
それにバレンタイン自体にうんざりしているというのも嘘ではない。気にはなるけど嫌いといった、曖昧な感じだ。そんな態度をとってきた以上、それを崩すなんて自分のプライドが許さない。
好きな人さえできてしまえば解決される問題ではあるが、その好きな人が出来た試しもないし……。変に意地を張りすぎて、後戻りも出来ないところまで来てしまった自分がなんだか情けなくて、道端にあった小石を蹴り飛ばす。
するとそれは想像以上によく飛んで……。
「いってっ! なんスか!?」
前を歩いていた、同じ学校の制服を着ている男子生徒にあててしまった。
「わっ……、ごめん! 怪我してない!?」
そんなに飛んでいくとは思わず、自分でもびっくりした。
急いで当ててしまった男子のところまで走り、ハンカチを取り出しながら、体に傷が出来てないか聞く。
「んや、ちょっとびっくりして大げさに騒いじゃったっスね。なんともないっスよ」
そういって平気そうな顔をして振り向いた男子を見て私はこれまたびっくりした。まさか同じクラスで学年一モテるといわれている、黄瀬涼太だとは思わなかったからだ。
「わああ深央! なんでよりによって黄瀬君にあててんのよ! こんなのファンの子に見られたら、あんたの思い描いてた平和な学園生活がなくなっちゃうじゃん!」
後ろから追いかけてきた沙希も、小石に当たった人物を見て顔色を変えている。
私は特に友達運というものがなく、中学時代は何かと変なのに絡まれては苦労をしてきた。そんな苦労していた私のことを知ってくれているのが唯一無二の友人、沙希だ。だからこうして心配してくれている。沙希に心配をかけないため、そして私自身も苦労することにうんざりしていたからこそ決めたのだ。
絶対に問題ごとを持っていそうな人には近寄らない、と。
そしてこの黄瀬という男はモデルをしていて、さらにはバスケ部のエースとまで呼ばれている。私から言えばもう爆弾だ。入学したての時は、人生で初めて仲良しといえるほどの関係を築けた沙希と同じクラスになれたことが嬉しくて周りのことが見えてなかったが、授業が始まるようになってクラスの人に目を向けるようになり出した頃から、この黄瀬という男は異質だった。
とにかく女子にモテまくる。いやもう、嫌みかってぐらい。そして私の中で危険人物として取り上げられることになった男子でもある。
関わったあかつきには、私の夢である平穏な学校生活は木っ端微塵になるだろうと。
「ちょっ、その言われようはひどくねーっスか!? むしろ脈略無く石をぶつけられて、平穏な学校生活が崩されたのはオレの方なんスけど……」
「沙希、余計な事言わなくていいから! いやあの、本当すみませんでした。出来る範囲でならお詫びするんで、出来ればこういった出来事があったって、誰にも言わないでほしいんですけど……」
故意にしたわけではないとはいえ、石をぶつけてしまったのは紛れもない事実だ。とにかくここは、手短かつ穏便にやり取りを終え、早くこの黄瀬という男子の前から姿を消したい。
こんな日の朝に、教室へ入る前からこそこそと話しているなんてファンの女子に見られでもしたら、間違いなくこれからの学園生活、楽しい楽しい波乱万丈な日々がやってくるだろう。
「ぶつけておいてお願い事までするなんて、結構自分勝手なんスね?」
「うっ……、すみません……。ちょっと、言われると困るんで……」
あれ……。黄瀬って実は結構嫌な奴?
同じクラスだから嫌でも視界に入ることはあるし、授業でグループを作ったときに一緒になることもあるにはあった。
そのときはまあ、本当無難に過ごしたと思う。授業を真剣に聞いている振りをして出来るだけ黄瀬のことを避け、自分から会話を振ることは絶対にせず、とにかく接点を減らす努力をしてきた。
だからこうしてまともに会話をしたことがない。まあ、自分から避けまくってるから当たり前だけど。
ただ、今まで教室での黄瀬と他の女子の会話のやりとりを思い出してはみるが、こんな嫌みというか、含みのある話し方をしているところはみたことがない。
むしろ爽やかというか、あぁ……まぁモテるのも納得かな。とは思う程度に見た目も性格もイケメンな印象があった。
それがいざ面と向かって話してみるとどうだろうか。いや、実際石をぶつけたのは私だから何も言い返せないし、下手に出るしかないんだけど。
「えっと、沙希さん……だっけ? 悪いんスけど、深央さんと二人きりにさせてもらえないスかね?」
は? ちょっとちょっと、何言い出してくれてるの?
「えっ……、深央……、平気……?」
平気じゃない平気じゃない。え、沙希、待って。本当に先に行っちゃったりしないよね? 小石ぶつけただけだよ?
「ぷっ。深央さんなんつー顔してんスか。別に取って食おうってわけじゃないスから、ね?」
誰が私をこんな顔にさせてると思ってるんだ。
「深央……。今年はもう残りわずかだから、来年度から頑張って……」
「あ、沙希! ま、待って! 行かないで! 私を一人にしないでええええ!」
私の叫びも空しく、沙希は先に学校へと向かっていってしまった。
そして今からは、黄瀬と二人きりの時間だ。
「そんなにオレのこと毛嫌いしなくてもいーじゃないっスか」
「いやもう、本当許してください。石をぶつけてしまったことは100回でも1000回でも謝りますから……」
なんでこうなっちゃったの? もう少しでクラス替えもあって、それで黄瀬とさえクラスがバラければ、これから1年間は安泰が約束されるはずだったのに。
「別に石をぶつけられたことはなんとも思ってねーっスよ」
じゃあなんで沙希を追い出したの!? なんともないならもう許してよ! この煮えくり返ったはらわたのもの全部吐き出したい!
しかしここは我慢だ! ここで切れようものなら、たとえ黄瀬とクラスがばらけたとしても、ファンの子からの猛攻があと2年間続いてしまう……。
ただでさえ黄瀬とクラスが同じというだけで変な因縁つけられたり、ストーカーまがいの子に黄瀬のこと聞かれたりと鬱陶しいんだ。
まあ、私は極力接点を減らしてきた甲斐あって、そういう被害はおそらくクラスの女子の中で一番少ないと思う。
「じゃぁ、どうしたらいいですか」
ぶっきらぼうに言ってしまった。でももう何聞いたらいいのか分からん。石をぶつけられたことに怒りがないなら、何故こんなことをするんだ。
お願いだからもう、私の平穏を崩さないで……。
「んー……、そうっスねぇ」
待て待て、何をそんな考え込んでいるんだ。理由ないのに二人きりになったの?
もうここまで来たら恐喝とかされてるほうが私としては気楽なんだけど。
「あの、早く決めてくれませんか」
ダメだ、周りの目がすごく気になって無駄にきょろきょろしちゃうし、自分でもイライラしてるのが分かるから、発言が雑になってくる。
幸いにも朝めちゃくちゃ早く登校してるから、まだ周りに人がいないのがせめてもの救いだけど……。
そうだよ、朝早く登校したのになんで黄瀬はいたんだよ。あぁ、理不尽な怒りがわいてくる……。
「うし、決めた。深央さんのチョコ、オレに下さい」
「…………、はっ?」
自分でもびっくりするぐらい素っ頓狂な声が出た。
「今日はバレンタインっスよ? だから、チョコ下さいって言ったの」
どういう思考回路してんの? え、チョコとか君、この後登校したら、おそらくこの学校に居るほぼすべての女子から貰うよね?
それに申し訳ないが……。
「ごめんなさい。私、チョコ持ってないです」
上げる予定のないものなんか、持ち合わせているわけがない。
「本命じゃなくても、義理チョコとか、友チョコは?」
「いや、持ってないよ」
今私のカバンにあるチョコは、沙希から貰ったものだけだ。
「あれ、マジだったんスか!? オレてっきり冗談で言ってるもんだと……」
「冗談……? なんの話?」
「ほら、クラスの女子に一人ずつ回って言ってたじゃないスか。チョコはくれるなら貰うけどお返しはないから、それでもいいなら貰うよ、って」
あぁ……。そんなことか。まあクラスの女子に言い回ったことだし、自分で言うのもあれだが声を小さくして喋るのは少し苦手だから、黄瀬の耳にたまたま入っているのも不思議ではない。
「まぁ、そういうことなので、チョコ以外でお願いします」
折角解決案が出たのに、くそっ……! もういっそのこと沙希に貰ったチョコを渡してしまうか?
いやダメだ、沙希はクラス全員分を準備してあるはず。絶対に黄瀬の分もある。そこでバレる。
「ヤダ。オレ深央さんからチョコをもらわないと、今日のことうっかり口走っちゃうかも」
「はぁぁぁ!? 冗談じゃない!」
「じゃあ下さい」
「ないものはやれん!」
「じゃあ言うっス」
「それはやめてください、お願いします!」
「んじゃぁ深央のチョコ、下さい」
「だからぁ! ないから上げられないの!」
……ん?今さっきさらっと私のこと呼び捨てにした?
「あったらくれたっスか?」
「いや……、分かんない」
「なんでっスか」
なんでって、作るどころか買うことすらしたことないし……。
実際、私は本当に好きな人が出来たときって、渡せるのだろうか? こんな年になって義理チョコも友チョコも上げたことない中で本命チョコって、貰う側は滅茶苦茶重くない?
いや、言わなかったらわからないだろうけどさ。
「うー……ん、分からないものは分からないとしか言えない」
もうこれ以上の答えは浮かばない。これで黄瀬は引き下がってくれるのだろうか。
「じゃあ今日の放課後、付き合ってくださいっス」
「それは無理です」
今こうして君と話していること自体が、私にとってはもう絶望へのカウントダウンなんだ、冗談じゃない。
「付き合ってくれないなら言うっス」
「ぐっ……くぅ……」
こっちの弱みに付け込みやがって……! しかし、火種をまいたのは私だ。もう、腹をくくるしかない……。
「さ、どうするっスか?」
「……付き合わさせて、もらいます……」
「そうこなくっちゃ! それじゃ、今日の放課後……は、部活があるから、待っててくれるっスか?」
「もう……なんでもいいよ。私の平穏な学園生活のためだ……。そのためなら今日一日ぐらい我慢する……」
「深央さん、本音がダダ漏れっス……」
こうして私は爆弾である黄瀬と放課後を過ごすことになった……。
「いやぁ、今日は本当すごかったね」
「まぁ、うん。想像通りではあるけど、教室にいるのが苦痛だったね」
黄瀬にとんでもない約束を取り付けられた後、何もなかった顔をして教室に入ると沙希がいて、どんなことがあったかを大まかに説明したら、肩にポンと手を置かれ「お疲れさま……」と言われた。
私はこの言葉を聞いて平穏はなくなるんだなと覚悟した。
その後はぞろぞろと登校してきた女子生徒たちがそれぞれの教室ではなく、黄瀬のいる教室、つまり私のクラスにやってくる。義理なのか本命なのかは分からないが、あんなチョコの山に囲まれてる奴なんて、後にも先にも見ることはもうないだろう。
それは朝だけでなく昼休みも、挙句には放課後の部活中にまで、女子生徒のチョコを手渡すという行為は続いた。
「あのチョコ渡しはなんかの行事かよ……」
部活ももうすぐ終わりに差し掛かる時間。2階の見学通路からボーっと見学をしていて、ついつい本音が口から洩れてしまう。
休憩時間の合間を縫って女子生徒がチョコを渡すせいで、黄瀬はほぼ休憩が取れていない状態だ。
流石に少しかわいそうだと思う。いやホント、よく怒らないなって尊敬するレベルで。
それでも練習に手を抜かないのはなんていうんだろ。それだけ真剣なんだなって感じる。
私はそういうの持ってないから、ちょっと羨ましい。さらには全くバスケに興味のない私が見ていても、かっこいいなって思えるぐらいに巧い。エースって呼ばれるのはやっぱ、それに見合うだけの努力はしてるんだなって、初めて黄瀬のことを少し知った気がする。
今まで避けてたから、知る由もなかっただけだけど。
「今日はこれまでだ! 明日に備えてしっかり休んでおけよ!」
「「お疲れさまでした!」」
時刻は19時。私は帰宅部だから授業終わったら速攻帰って家でゴロゴロしてるタイプだったから、この時間まで学校に残ったのは初めてだ。
てかこんな時間までやってるんだな。伊達に全国まで行ってない、か。
「うぉ……いてっ……」
そんな下らない事を考えていたら、私と同じように見学通路にいた女子生徒たちは一斉に黄瀬に向かって走り出す。だからって人にぶつかっていくなよ。
てかまだ渡してない人こんなにいるの? 黄瀬はどうやってチョコを持って帰るんだ……。チョコだけで何十キロってレベルか?
いや、それ以上にまずいよね、この状況。私この後黄瀬に付き合えって言われてるんだよね。いや、だから私は今こうして残ってるんだけど。
これ、誰かに見られてもアウトだし、というかこのチョコを渡す行事が終わるまでずっと待っていないといけないよね。
わー、何時に帰れるんだろ。嫌になってきた。小石を蹴り飛ばす瞬間にまで戻れるなら戻って自分を思いっきり殴って止めたい。
考えてももう過ぎ去った過去は変えれない。
私ものそのそと下の階に降りると、思った以上にスムーズに進んだのか、女子生徒からチョコを受け取った後だった。
おそらくその原因は女子生徒たちの動きだ。朝も大概だったが昼は特にひどく、チョコを渡しても離れようとしない女子が黄瀬を囲みこみ、その状態でさらに女子がチョコを渡そうと集団が出来る。
当の本人なんてもう人波にのまれてもみくちゃだった。しかし今は違う。
放課後ということだけならおそらく昼と同じことになったのだろうが今は部活後で、しかも夜の7時だ。流石に女子生徒は帰りたい時刻だろう。私が一番帰りたいと切に願っていますけどね。
それはさておき、私としては好都合だ。これ以上無駄に時間を割かれることはないし、みんなが足早に帰るのならこの後の黄瀬の用事に付き合う姿を見られる危険性もぐっと減る。
周りに女子がいないことをこれでもかと確認をしてから黄瀬に近寄ると、向こうも私に気づいたようで、荷物をまとめて速足で寄ってきた。
「ごめん、お待たせっス!」
「自覚があるなら、是非とも朝のことは許していただきたいかな」
いやもう本当、小石1個でこんなことになるとは思っていなかったよ。
「最初に仕掛けてきたのはそっちからっスよ? じゃ、いこっか」
「故意じゃないから。まぁ、ぶつけたのは事実だから言い訳はしないけど……。で、なんの用事に付き合えばいいの?」
「今日はまだバレンタインっスよ? チョコを買いに行くに決まってるじゃないスか」
「……正気?」
本気で言ってるの? 黄瀬は無類のチョコ好きなの? あんだけ貰っておいてまだ買って食べるの? 私だったら苦痛すぎて軽く吐ける自信あるよ。てか1年かけて食べきれるか分からないわ。
人生でチョコに自分でお金を出して買うことはなくなるレベルだよ。
「ホラ、急がないとお店閉まっちゃうから、少し走るっスよ」
「私は別に走れるけど……って、はやっ!? さっきまで部活してて、しかもあんだけ貰ったチョコを持ってるのになんでそんな速いの!?」
そんなにチョコ持ってて走れるのかって心配する前に普通に走り出したし、これがまた速いのなんの。
荷物が少ない私のほうが息切れしてんのに、黄瀬は平気そうだし……。鍛え方が半端ないのね。
「ちょっと飛ばしすぎたっスね、ごめん」
「いや……、普段……、運動してない私が……はーっ、悪いだけだから」
息が乱れすぎて変なところで息継ぎをしてしまった。いやこれはちょっと、少し体力つけようかな。店前で息切れ起こしてる女子高生と平然としてる男子高生とか、シュールすぎ。
「んじゃ、ここで待ってるっス」
「……ごめん、意味が分からない」
頭に酸素が回ってないから理解力が追い付いてないのは否定しないけど、黄瀬は一体私に何をさせたいのかがさっぱり分からない。
これはなんか誤解がありそう。これ以上の面倒ごとなんて心の底から勘弁だ。ちゃんと誤解をなくしておこう。
「チョコをくれないと朝のこと言うって言ったっスよね」
「うん。でも私は持っていないから上げられないって言った。そうしたら放課後付き合えって」
「だから、今ここで買ってオレに下さいってことっス」
「なるほど。……なるほど?」
何となく話は見えてきた。チョコがないなら今ここで買って渡せということか。確かに、そうすれば黄瀬が求めるチョコは手に入るし、私としても黄瀬の要望をこなすわけだから、今朝のことは黙ってもらえるということだ。
「ダメ……っスかね、やっぱ」
「んや、あー……、うーん。ダメじゃないけど……」
朝から今までずっと強引だった黄瀬が突然弱々しく放った言葉に不覚にもドキッとした。何で俯いてさみしそうな顔してるわけよ。
まあ、ドキッとしたのはおいとくとして、全面的に非があるのは私の方だ。ここまで来て、相手の申し出を断る理由はない。適当なチョコを買って渡したらこの話は終わりだ。
でも、気になることがある。何故ここまでして私のチョコに拘るのか。
あれか? 学校の女子生徒でチョコを渡してくれてないのが後は私だけで、コンプリートしたいとか、そういった心理なのか?
「ダメじゃないけど……?」
「いや、まあ、コンプリートしたい気持ちは汲まないこともないよ」
「コンプリート? なんの話っスか?」
私はゲームをよくするから、コンプリートしたい気持ちはよく分かる。序盤で1度しか手に入らないアイテムを取り逃したときなんか、発狂しちゃうね。
しかし、次は自分との戦いだ。チョコを買って渡せばいいだけだが、これは俗に言う、義理チョコというものになってしまうのではないだろうか。そうなると、今まで好きな人にしか上げないと豪語してきた自分が恥ずかしくなってくる。
これはイレギュラーなことだったし仕方なかったと割り切ればいいだけだが……まあ、それが出来るならもうとっくの前に友チョコぐらいは交換し合ってるはず。
だがそんな贅沢なことを言っていられる状況でもない。くだらないプライドのために、これからの残り2年間を波乱万丈な人生に投げ出すなんてバカすぎる。
「いいよ、渡す。適当なの買ってくるから待ってて」
「待ってるっス!」
たかだか私からチョコをもらう程度で、何故そこまで目を輝かせるんだ。チョコは今日の朝からこれでもかってぐらい貰ってるくせに。
ま、でもそんなに嬉しそうにしてもらえるなら、私の人生で初めてのバレンタインチョコの相手にしてあげてもいいかな。
なんて、上からものを言えるほど偉くないけど。むしろ私が悪いんだけどね。それどころか、初めての相手がオレなんだから感謝してほしいっス、とか言われそう。
店に足を踏み入れるともうすぐお店が閉まるからか、店員さんが2人以外見当たらない。商品自体もほぼ売り切れで、残っているのは生チョコタルトとフォンダンショコラ、そしてバニラ味のクッキー。
「お、いいのあるじゃん。分かってるねぇ」
まさに私好みのものが残っており、迷わずそれを手に取り商品をレジへと持って行った。
「すみません、これ下さい」
「はい、こちらですね。すみませんね、こんな残り物しかなくて」
「いえ、むしろこんな閉店間際に滑り込んで仕事増やして申し訳ないです」
もうすぐ閉店というのもあり、店員さんの気も緩んでいるのだろう。普通なら仕事中喋ったら怒られるよね。私としては気さくな店員さんは好きなほうだからこういう雑談もっとしたいけど、流石に仕事の邪魔出来ないし、自分から声をかけることない。
「高校生がそんなこと気にしなくていいんだよ。それにしてもこんな遅くになんて、やっぱり気持ちを伝えたい相手がいた?」
「あー、いや、渡す予定なかったんですけど、ちょっと他人様に迷惑かけちゃって。まあ、バレンタインの日ってことを利用して、謝る感じですかね」
こういう言い方ばっかするから、かわいげがないってよく言われる。
「ははは。まあ、これを機に来年から渡せるようになるといいね」
「最初で最後になる気がしますけど……。まあ、来年も渡す予定が出来たら、このお店にまた来ることにします」
これはお世辞じゃない。まさか私が望んだとおりのものが置いてあると思っていなかったから、本当に来年来ることがあれば是非またここで買いたい。
「嬉しいこと言ってくれるね。……はい、ちょうどだね。毎度あり」
「あ、ラッピングまでしてもらって……ありがとうございます」
「仲直りできるといいね」
どうやら彼氏と喧嘩したと思われたらしい。別に弁解するようなことでもないし、私はそれに反応することなく店を後にした。
外に出るとチョコがいっぱい入った紙袋を足元に置き、制服のポケットに手を突っ込んで待っている黄瀬と目が合った。
そういえば今は2月だ。そりゃ外なんかで待ってたらすぐ体は冷えるか。そう考えるとさっさと買ったのは正解だった。
「随分と早かったっスね」
「ま、そんな悩むほど品物があったわけじゃないからね。売り切れ御免! って言われなかっただけよかったよ」
会話が途切れた。あぁ、今から渡すのか。人生で初めてだからすごいドキドキするな、義理だけど。
「んじゃ、まぁ、はい」
「ありがとっス」
初めてだろうと何十回目だろうと、恐らく私はこんなぶっきらぼうにしか渡せないと思う。折角かわいくラッピングまでしてもらったのにな。ちょっと、今買ってきた物に悪いことしたかな。すまんな、私に買われたことを恨んでくれ。
渡すときに、手と手が当たった。冷たい手してるな。やっぱ外で待たせすぎたかな。
「今日の朝は本当、すみませんでした」
「それはもういいっスよ。開けてもいいっスか?」
「あ、うん、どうぞ」
これで私が黄瀬と絡むことはもう二度とないだろう。まあ、これで私の平穏が戻ってくるかは分からないけどやれるだけのことはやった。
もし誰かに見られていて、明日から絡まれたらもう仕方ない。黄瀬は悪くない。
「これ……クッキーっスか?」
「そそ。日本ではバレンタインはチョコを贈るべきと推奨されてるけど、実際のところは、クッキーとかでもいいんだよ。私としてはチョコに拘りないし。それに黄瀬、今日大量にチョコを貰ったでしょ? 特に生チョコ系の甘ったるい奴。だったら少しでも味が違うのがいいなと思ってね。でもまさか、ピンポイントでバニラ味があるとは思わなくてさ。しかもこれ、カロリー控えめにするために、油を極力使ってないからさっぱりしてるんだって。だからもう、躊躇うことなくこれにしたってわけよ」
あんだけチョコを貰って、さらにチョコはきついだろうって思ってたから、バニラ味って見たときにこれって決めた。我ながらいいアイデアだったと思う。
「……しいっス」
「え、何?」
自画自賛してたせいで聞き逃してしまった。今度はきちんと聞けるように黄瀬に目線を合わせると……、え? なんか目、潤んでない?
「嬉しいっス! そんなにオレのこと考えてくれてるなんて……。その、自惚れてもいいっスかね」
「えっ、まあ……。かっこいいし、バスケ部でもエースって言われてるなら、多少自惚れてもいいんじゃない……?」
「オレのことかっこいいって、深央は思ってくれてるんスか!?」
「そ、そりゃまあ、うん。普通にかっこいいと思うよ」
むしろそのせいで私は君と距離を取っているんですけどね。面倒ごとは勘弁して。
「どこがかっこいいスか!?」
「えぇ、どこって……。あー、今日初めてバスケの練習してるところ見たけど、うん。真剣に打ち込んでる姿は本当、かっこよかったよ」
って、聞かれたままに答えたけど、何こんな恥ずかしいこと言ってるんだ私! というかこんな恥ずかしいこと聞いてこないでよ!
「じゃあ、その……、オレと付き合ってくれないっスか?」
「はぁ……。…………、はぁぁ!?」
今なんて言った、付き合う? 私が? 黄瀬と?
「オレもう我慢出来ないんスよ! ずっと避けられたままなんて……」
「待て待て待て、落ち着け黄瀬。何を言っているんだ君は。こんなイケメンに告白されるなんて、ゲームの中だけだぞ」
「深央のほうが落ち着くべきっスよ。深央、お願いだから茶化さないで。オレ、本気なんだから」
本気と書いてマジと読む? 待って、本当に理解が追い付かない。何故私は今、学年一のモテ男、黄瀬涼太に告白をされているのだ?
でも本人は真剣だっていうし、嘘をついているわけじゃないってのが眼力でビシビシ伝わってくる。
だが待ってほしい。今まで接点なんてないよね。クラスが同じってことしかないよ? だって私がおもっくそ避けてきたんだから。
「本気って言われても……。なんで私なの?」
これが一番の謎である。別に頭がいいほうでもないし、美人でもない。クラスでも極力目立たないようにしてるし。てかさっきからさらっと呼び捨てだけど、そんな親しい間柄じゃないよね。
「なんでって、入学してクラスに馴染めるようになって、みんなと仲良くしようとしてたら、深央だけすごいオレのこと避けてくるから……。最初は嫌な奴だとしか思わなかったんスけど……」
「お、おう」
あれ、どうして好きなんですかって聞いてるのに、これ貶されてるよね?
「あまりにも露骨に避けられるから、理由が知りたくて、自然と目で追うことが多くなって。そしたら、授業も遊びも、いつも全力で楽しんでる深央の顔が忘れられなくなってたんス。だから、もっと話して仲良くしたいと思ってたんスけど、俺のこと見るとすぐ姿を消してしまうから、どうしたらいいかなって時に、今日の出来事が起こったんスよ」
「あぁ、小石事件ね」
たまに視線を感じるなって思うことあったけど、あれ黄瀬のだったんだ。
てか私、こんなイケメンに見られてたんか。あー、だからめっちゃ避けてるはずの私に対してもたまに黄瀬のことを聞きにくる女子がいたのか。
それに避けてること本人にもろバレじゃん。そりゃ何もしてないのに避けられてたら理由知りたいよね。よく不快に思わなかったな。むしろよくそんな私のことを見ようと思ったな。
とんでもない物好きか? ――私に告白してくるんだし、物好きか。
「これ逃したら、もう話せる機会がないような気がして。だからちょっと強引だったけど、こうやって放課後の時間を貰えてすごい嬉しかったんスよ」
「……うん、言いたいことは分かった。でもそれならさ、どうしてオレのこと避けるの? ってことを聞くのが普通だよね」
「えっ、あ……。そうっスね」
「いやいやいや! 今の流れ的にそれしかないからね!? 告白する流れじゃないし!」
「でも、今逃したらもう話せないじゃないっスか! 理由も教えたからもういいでしょって言って、またオレのこと避けるでしょ!?」
「う……、まぁ、うん。避ける」
気付かれるような避け方をしたのは本当に申し訳ないと思うけど、だからといって避けない理由にはならない。
「じゃあ、まず避ける理由を教えてほしいっス」
「あー、すごい身勝手なそれだけど、怒らない?」
「……内容次第っス」
「うぐっ。まぁ、不快な思いをさせてしまっているから理由は言うよ。中学時代に何かと変なのに絡まれることが多くてさ。それでちょっと、友達付き合いに疲れちゃったから、最初から問題を持っていそうな人とは関わらないことにしようって、自分の中で決めてたのよ」
「問題を持っていそうな人?」
「そう。黄瀬はモテるでしょ? さらにバスケ部エースでしょ? 自然と人気者になるし、今日みたいなイベントの日はすごいことになるし、そういうのに巻き込まれたくないわけよ。とまぁ、そういった具合で君が完全一致で該当しちゃったから、避けてたってわけ」
「じゃぁ、オレのことが嫌いだから避けてたわけじゃないってことっスよね?」
「まぁ、そうなる。というか、うん。完全に私個人の理由で避けてただけだね」
「なんスかそれ! 滅茶苦茶オレの取り越し苦労じゃないっスか!」
「何に苦労してたかは知らんけど、露骨な避け方したのは悪かった! 反省する!」
「イヤっス! お詫びにオレと付き合うまで許さないっス!」
「小学生みたいなこと言うな!」
おかしい! 何故避けられてる理由が身勝手な内容だったと分かって幻滅しないんだ!? というか本当に私を付き合う気か!?
「深央は本当に好きな人にしかバレンタインでチョコは上げないって、言ってたじゃないスか!」
「えっ、なんで黄瀬が知ってるの? 私それ言ったっけ……」
「クラスの女子になんで返してくれないのって聞かれたときに、本当に好きになった人にしか上げないって決めてるからって、堂々と言ってたじゃないスか」
確かに一人だけ、なんで返さないのって言ってきた子がいたっけな。みんなは陰でコソコソ言い合ってるしてる中で、あそこまではっきり聞かれたのは、なかなかにパンチがあったから、私も堂々と言い返したのは覚えているが、まさか黄瀬の耳にまで届いてるとは思わなった。
ってことはそれ、ほぼクラスの全員に聞こえてるってことだよね、恥ずかしいな……。
「ということは……、あの……。後は私の返事待ち……ってことですかね?」
「期待するじゃないスか、好きな人にしか上げないって堂々と言い放った子が、オレにバレンタインでくれたんスよ? そりゃ、若干強引なことしたっスけど。でも、本当に嫌なら深央なら断ると思ってたから……。だからくれるってことは、オレのこと、その……」
やめろ。その切なさと期待の混じった眼は私に効く。
確かに今回にしたって、そりゃ波乱万丈な日常はもう勘弁っていうのも嘘じゃないが、好きな人にしかチョコは上げないっていうプライドもそれと同じぐらい大事なことに変わりはない。
いつもの私だったら、どちらも条件としてのめないので、別のことで埋め合わせしますと全力で土下座するはずだ。
それをしなかったのは……うん。まず、まさかここまで私のチョコに執着されているとは思っていなかったのはある。ただそれ以上に……、それでも最後に、渡してもいいかなって思えたのは、間違いなく相手が黄瀬だったからだ。
渡すって決心して言葉で伝えたとき、本当に嬉しそうな顔をしてくれたのは、今でもすぐに思い出せるぐらい輝いてた。
それに、本当に手渡すってなった時にドキドキしたのも間違いない。それもこれも全部、相手が黄瀬だったから……、なのかな。
ということは、これがみんなの言う恋ってやつなのかもしれない。いや、恋とかしたことないから分からないけど。
「……うん、分かった。告白の返事、するよ」
「っ……。深央、好きです、オレと付き合ってください!」
まさかのもう一度きちんと告白してくる……だと!?
あ、やばい。すごいクラッときた。私の手が震えてる、滅茶苦茶心臓がうるさい。
はぁ……、参ったな。自分から波乱万丈な日常が嫌だからって避けてきたのに、自分から飛び込む日が来るとは……。
「私も黄瀬のこと、多分、好きだと思う? ので、よろしくお願いします……?」
疑問形になりまくったけど、黄瀬は気にしてない様子で、すぐに私を抱きしめてきた。
「嬉しいっ……やっべ、オレ泣きそ……」
「黄瀬……、あったかい……」
こんな2月の夜に、ずっと店先で言い合ってるとか最高にバカだな、私たち。
「深央、もうオレのこと避けないでくれるっスよね」
「えっ? あー、癖で避けたらごめん」
「ひどいっス! もうオレたち、恋人なんスよ?」
「そう言われても、私初めてだし……、全然実感湧かない……」
「……、分かったっス。じゃあ……」
「ん? ……んんっ!?」
何された何された何された。
なんか当たった。唇に、柔らかいものが当たった。そして物凄く黄瀬の顔が近い。どうなっている!?
「ちょっとは実感、湧いたっスか?」
「お……う……。多分……?」
「まだ湧いてないって顔してる。じゃぁ実感湧くまでキス、しよっか」
そうか、今さっきされたのがキスってやつか。
「待て! 湧いた湧いた! めっちゃ湧いてきた! あー、私たち恋人だね!」
いきなりとんでもないことしてくれるな!? 一気に実感出てきたわ!
これは……絶対苦労するな……。恋人とか初めてだから仕方ないか……。
「まだ湧かなくてもいいっスよ?」
「いーや、湧いたね! もう夜も遅いし帰ろ! そうだ、家に帰ろう! あー、お風呂に入りたいなぁ!」
「ぷっ。深央、面白すぎ! はぁ……、最高っスよ」
いきなり甘い吐息を出したと思ったら、そんな色っぽい声で言うな! 意識しちゃうでしょ!
「本当、恋愛ごととか今までしてこなかったし、手加減して……」
「初めてってことは、今のファーストキスってことでいいんスか?」
「う……おぉ! 言うな、恥ずかしくなる!」
「やっべ、マジ嬉しい……。ねぇ深央、オレのこと、涼太って呼んで?」
「ちょっ、注文多すぎ! 私、今いっぱいいっぱいだから勘弁して!」
「呼んでくれたら家に帰ってもいいっスよ」
もうこれ以上私を追い込まないでくれえええ!
「りょ……、涼太……。ああああ! もう、これでいい!?」
「これから学校でもそうやって呼んでくれていいっスからね。それじゃ、もう遅いし送ってくっスよ」
「呼ばない! 絶対呼ばない! あと誰のせいで遅くなったと思ってるんだ!」
「責任持って家にまで送らせてもらうっス。深央、道案内して?」
送ってくとは言ってくれるけど、そりゃ私の家を知るわけないもんな。……分かってる。一緒にいてくれるって意味だよね。
「はぁ……、私これから大丈夫かな……」
「ん、なんか言ったっスか?」
「なんでもなーい。んじゃお言葉に甘えて送ってもらおうかな……。こっちだよ」
「了解っス!」
まぁ……、こういうバレンタインも……悪くない、かな。