元の世界へ帰るため、世界樹の迷宮攻略をはじめて三日……。彼らは新人とは思えないほどの快進撃を続けていた。
最初は第3迷宮。このダンジョンの最奥部に龍獣エタラガムラというのがいるというので、それを討伐するという依頼が出た。これは本来、中堅以上のギルドに頼まれる依頼だったのだが、人手が足りないのとデビルメイクライ一行の目まぐるしい活躍があり、挑戦させてもらえたのだ。
もちろん結果は成功。その時はネロ、ダイナ、おっさん、二代目という、若者二人を年長二人組が引率しての勝利だった。
街に帰れば、新人なのにエタラガムラ倒すなんてすごいねー! とか、新人で第3迷宮を踏破した人間はいないんだよ! とか……。
事実として人間ではないから、なんて思う一同。そんな時、謎の酒酔いにからまれ、酒場へ。そこで、金を貸してくれだのとたかってきた。
もちろん断ると、先輩冒険者の言うことが……! とかどうとか言い出すので全員が思いっきり睨み付ける。バージルに関しては瞳が赤くなっているほどだ。そんなに腹が立ったのか……。これにはむしろ仲間たちが止めに入ったぐらいだ。
その時の会話は……こんな感じだっただろうか。
「ま、待てバージル! 腹が立ったのは同じだが、何もそこまで怒らなくてもいいだろ!」
「おいあんた! 悪いことはいわねえからさっさと消えな! 死にたくなけりゃな!」
「バージルが暴れたら二代目とおっさんで止めろよ! 俺はもう串刺しは嫌だからな!」
「若だけ逃げるのが許されると思ってるのか?」
「私も……やだ……!」
「ダイナ、逃げることは許さん」
「Dei.」
「わああああああ!」
ネロの止めの言葉や、初代が先輩冒険者を気遣う言葉。後はバージルを止める人選の擦り付け合い。言葉で止まるような男だったならばどれだけ楽だっただろう……。
結局ほとんどがハリネズミにされ、これを目の前で繰り広げられた先輩冒険者は一目散に逃げていった。
また、一部始終を酒場にいる者たちに見られたため、彼らを怒らせてはいけないという暗黙のルールが出来たそうな。
そんな中、彼らに果敢にも声をかけてきたのはアントニカという物凄く背が高い女性だった。2メートルは優に超えていると思われた。
「随分と度胸のある新人だな、歓迎するよ」
といった感じで歓迎されたデビルメイクライ一行。軽く話をした後アントニカは酒場を出ていった。
そこへムッコランがやってきて、彼女たちは凄腕のギルドであることや、世界樹の到達は彼女たちが一番近いのではないかと噂されているなど、いろいろ教えてくれた。
酒場で大騒ぎした次の日からは、第4迷宮の踏破を目指した。第4迷宮からはDungeon On Enemy,通称D.O.Eが出現する。そしてヌシは密林の王者猿王魔というそうだ。
まあ……ちょっと骨のあるモンスターだな! ってみんな楽しそうにボッコボコにしてしまったのだが。
その時の踏破メンバーはネロ、ダイナ、バージル、若という若者四人衆。
道中が長いだのボスはまだ見えてこないのかだのと、とても賑やかな迷宮攻略だったそうだ。また、この迷宮から出てくると言われていたD.O.Eだが、こちらは二匹同時に相手をして感じた事としては、対して強くない……だったらしい。
彼ら曰く、ヌシ、D.O.E、モンスターハウスの三つの中であれば、モンスターハウスがまだやり応えがあったそうな……。やはり戦いを制するのならば、物量作戦が一番効くようだ。
そんな感じの報告をすると、おっさんと二代目にこっぴどく怒られる羽目になったダイナ。いくらなんでも緊張がなさすぎると言われ、今後若者四人衆でダンジョン攻略は禁止というお達しが下った。唯一静かだったバージルはいいとばっちりである。
少し時が過ぎて第5迷宮への挑戦許可が下りる前夜。
ダイナとバージルというなんとも珍しい組み合わせで夜の街を二人が歩いていると、何やら路地裏から悲鳴が。バージルは興味なさそうだったがダイナが見に行ったため、渋々ついて行くことに。
路地先を見れば、街に来て間もない頃に会ったナディカが、男たちに追われているところであった。ダイナの姿を見つけたナディカは助けてと駆けてきた。
それに対して敬遠な顔をする二人。だが、ナディカを襲っていた男たちも、その女を庇うなら容赦はしないといった感じで襲い掛かってくる。
やられっぱなしは性に合わないのでこれに応戦し、追い返す形となった。
「助けてくれてありがとう!」
ナディカはそうお礼を伝えてくるが、助けた当人たちはいまだ怪訝そうだ。
「貴様を助けた覚えはない」
「お礼はいいから」
かなり距離のある返事をされて、ナディカはふてくされる。
「助けてくれたことは嬉しいけど、そんな冷たい態度を取られると、私でも悲しいんだよ?」
「悲しい……だと?」
ナディカの言葉にバージルが苛立ち、殺気を放つ。
「ひっ……」
「目的は知らないけど。……貴女みたいな存在は、私たちに関わらない方が身のため」
「──っ!」
言葉の意味を理解したナディカはじりじりと二人から離れる。赤いコートの男たちなら話を聞いてくれそうだが、この二人は絶対に無理だと判断したようだ。
こんな感じで、ナディカを追い払ってしまったのだった……。
そして次の日。早速冒険者ギルドに向かい、第5迷宮の説明を聞く。
最奥部には砂塵の魔物サッピアオルコンという、砂中に引きづりこんで息の根を止めるのが得意なヌシが潜んでいるらしい。
そしてこの迷宮を踏破しているのはアントニカのギルドのみ。挑戦しているギルドもデビルメイクライを含んで三つのギルドだけだという。
またここで、サブクラスが解禁される。色々と説明を受けた感じ、メイン職業の長所を伸ばせるものを選ぶか、苦手な部分をカバーできるものがよいと判断したおっさん。……もちろん、メンバーには内緒で選択したようだ。
なんとも不安が残る出だしだが、第5迷宮に挑んだのはネロ、ダイナ、初代、二代目。どうしてもみんな脳筋職業ばかりなため、唯一補助を行えるダイナは外せない様だ。……本人はやっているつもりは一切ないのだが。
ダンジョン攻略を行うにあたって最近辛くなってきたのは、持続させることだった。
最初の迷宮はそこまで長くなかったため、目まぐるしい速度でクリアすることが出来たが、第4迷宮あたりから随分と最奥部が遠くなった。いくらバカみたいに強い彼らでも、休憩を一切挟まずに永遠と敵と戦い続けることは難しい。
その対処として選ばれたのはダイナだ。彼女の選択されているダンサーというのは、長期の戦闘に向いている。ダイナ自身には毎度ダンジョンに向かってもらうことにはなるが、基本軽く戦っているだけで周りがバカみたいに強くなるので、そこまで大変ではないそうだ。
そんな感じで今回も無事に第5迷宮を踏破。……だったのだが、何やらネロが干からびている。
毎度向かうダンジョンだが、階層が変わるたびに環境も大きく変わるのが特徴的だ。今までは森林やら洞窟の中、峠に樹海と続き、この第5迷宮は砂丘だった。
暑いのがあまり得意ではないネロにとってこの環境はかなり堪えたようで、帰ってきた頃には足がふらふらで、即行ベッドにダイブしていた。
ネロを宿に預け、次の日。
冒険者ギルドで話を聞くと、第6迷宮の事前情報は何一つとして存在しないと言われた。アントニカたちが挑んでいるというのに情報がないというのは変な話だが、何故か第6迷宮の内容だけは、トラオレですら教えてもらえないそうだ。そして昨日、先にアントニカたちが第6迷宮に向かったという話だが、彼女らは帰ってこない。
普段の彼女たちならば成功するなり失敗するなり、音沙汰があっていいはずだ。それがないことをトラオレは心配し、危険を承知でデビルメイクライ一行に頼むことにした。
これを受けたのは若、おっさん、二代目、ダイナ。バージルは人助けに関してはまっぴらごめんだという様子だったため、置いていくことに。初代はネロの看病があるのでお留守番だ。
そうして挑んだ第6迷宮。どこまで続いていく白い森はまさに幻想的だ。しかしどこか、この光景には恐怖のようなものが感じられる。
慎重に進み最奥部。そこにはアントニカがいた。見る限り外傷はなく、無事だったようだ。
「おいおい、そんなので俺らを騙してるつもりか?」
「舐められたもんだぜ」
突然、若とおっさんが目の前のアントニカに攻撃を仕掛けた! ダイナと二代目もそれを止めるどころか、追撃をかける。攻撃を受けたアントニカは距離を取ると、みるみる姿が変わっていく。
そして、大量の蔓を身に宿したでかい植物が現れた。
「よ、よく分かったな……。そいつが第6迷宮のヌシ、幻影樹ヤテベオだ!」
「美人の顔は見間違えないさ」
木の陰から姿を現したのは、ボロボロになったアントニカだった。そんな彼女に声をかけたのはおっさん。
そう、このヌシはアントニカに化けていたのだ! 敵に幻影を見せて油断させ、襲う。さらには戦った時の記憶を消し去ってしまうという。これが原因でアントニカたちは対策が立てられず、第6迷宮を踏破できなかったようだ。
踏破するには今、この場で叩き潰すしかない!
そうして──。
ダンジョンからアントニカをつれ、無事に帰還したデビルメイクライ一行。
未開の地を新人たちが踏破した! という噂で街は大賑わいだ。この日からデビルメイクライ一行は、街の人々の希望となった。
しかし、本人たちにそんなことは関係ない。元の世界へ帰る為の方法が、今のところ世界樹の麓へ行く以外に見当がついていないから攻略しているだけで、他意はない。それでも街の人たちは彼らに夢を託した。
第7迷宮は、前人未到。文字通り誰も行ったことがない。今まで以上の困難を極めるだろう。だが、世界樹までの距離を考えると、恐らくこれが最後のダンジョンになる。これを超えれば、世界樹は目前だろう。
ようやくかよ、なんてデビルメイクライ一行はやはり緊張感がない。それでも、彼らなら踏破できる……。そう町中の人たちは信じているだろう。
世界樹の麓には、神々の国の入り口がある。……なんて、この街でまことしやかに噂されている。
もしそれが本当ならば、自分たちが元の世界に帰る手立てになりえるかもしれない。元の世界に帰るため、最後の迷宮踏破に挑むはおっさん、初代、バージル、ダイナの四人。
最後の迷宮は流石に大変だった。道中に湧き出るD.O.Eすべてを薙ぎ倒していたからだ。……というか、道行く道に点在しているため、邪魔だったので倒したといった方が正しい。
その時、彼らは初めて砦というものを活用した。そこで二代目、ネロ、若が待機し、七人で二匹のD.O.Eと対決。
このとき大暴れしたのは二代目で、一人で一匹仕留めたそうな……。なんて頼もしいんだろう。
そしてたどり着く最奥部。そこにいたのは第7迷宮最後の番人、ゲシュペンスト。
強力な三属性すべての魔法攻撃を行うヌシだったが、バージルの次元斬とダイナのレヴェヨンにすべて拒まれ、おっさんのギルガメスと初代のイフリートにより沈められることになった……。
神の国への入り口。そう呼ばれている場所へようやくたどり着く。そこには世界樹の麓の美しい光景が広がる。
……はずだった。
デビルメイクライ一行が見たもの。それは……一面の荒野であった。
ここが……世界樹の麓……?
これには驚きを隠せない。神々の国への入り口はおろか、世界樹さえどこにも見当たらないからだ。とても理解しがたいこと……信じられないことだが、考えた末に……これはひとつの結論にたどり着くしかない。
すべては幻だった。
街から見えていた世界樹は蜃気楼。幻影だったのだ。未踏の世界樹にロマンを求め、これまで数多くの冒険者たちが挑んできた。彼らは、その初めての踏破者だ。誰も見たことのない光景を君たちが初めて、今その目に焼き付けることになる。
しかし、それは何もない荒野であった。
まさかこのような結末が待っていようとは……。世界樹をめぐる冒険物語は……今、終わりを告げようとしていた。
その時、いつの間にかつけられていたようで、後ろにはナディカいた。彼女はその目の前の光景に怒りのような、悲しみのような表情を顔に浮かべる。そして感情が乱れ、本来の姿を現した!
ダイナとバージルが感じていたのはこれだったようだ。だが、彼女がこちらに何か仕掛けてくる様子はない。彼女もまた、あると思っていた世界樹がなかったことに落胆しているようだった。
そんな変わり果てたナディカを置いて、彼らは荒野を後にした……。
なんてことがあって数日。急に二代目が気になることがあるとか。
言われたとおりみんなで世界樹が見える船着き場へ行くと、二代目は湖畔に映る世界樹の方を指さし、ここが変だと言った。
みんな、何が……? と首を傾げていると……本当に世界が回ってしまった! どうなっているのか? なんて話しながらも、ここが本当の入り口だと、誰もが確信した。
さあ、ここからが本格的な世界樹の麓への冒険だ!
第8迷宮のことはギルドには報告せず、自分たちだけで攻略することにしたデビルメイクライ一行。足を踏み入れたのは若、ダイナ、初代、二代目。
そこは湖中なのにそうでないような不思議な空間だった。壁面は水のような、それでいて空のようなもので覆われていて、なんとも表現しがたい。しかし行く道は世界樹へとしっかり延びている。
ここでは若が大活躍した。大量の魚類をネヴァンでばったばったと倒していく姿は痛快だ。雑魚自体の質は確かに上がっていて、苦労する場面もあったが、なんとか最奥部へたどり着く。
そして彼らは、真の世界樹を目にする。
とうとうここまで……世界樹の麓まで来た。キラキラと光が反射して、美しくそびえ立つ世界樹。ふと根元を見ると、根と根の間に隙間がある。まるで入口のように……。
「この中に……世界樹の中に、入っていける」
二代目の言葉に、誰もが頷いた。もしかしたら、これが神々の国への入り口なのかもしれない……。
だが、特にヌシのような存在がいなかったため、彼らには選択肢がある。いったん街へ引き返してもいいし、このまま世界樹の内部に挑んでもいい。
「引き返すか。流石に疲れただろ?」
「俺は別にまだまだ……」
「無理は禁物。……それに、おっさんたちにも知らせないと」
「ここが本当に最後だとすれば、帰るための手がかりが得られるかもしれないからな。置いていくわけにもいかない」
こうして一旦、引き返すことにした……。
街へ戻り、待機組に第8迷宮のさらに先への道の話をするとおっさんが口を開いた。
「……今回のことは俺たち以外誰も知らない。なら、多少目立つだろうが七人で攻略しないか?」
「いいのか? そんなことして……」
冒険者ギルド側が四人編成のチームを薦めていた理由は、短い冒険の間でもよく理解できるものだった。何事も人数が多ければいい、というわけではないということだ。
迷宮である以上、狭い通路での戦闘も少なくない。その時に数が多いと、逆に足を引っ張る危険性がある。それが起こらないぎりぎりの人数が四人だ。統制が効きやすいのも良いところである。
「だが、俺たちはこの世界から事務所のある元の世界に帰るのが目的だ。どのみち全員行かなきゃならない……。そうだろ?」
「どちらでも構わん。俺は行く」
「そう焦るなよバージル。おっさんの言い分はもっともなんだ。誰も従わないなんてことは起こらないさ」
「なら決まりだ……とは言っても二組に分けるがな。後は組み合わせだが……」
二組に分れるとすれば、四人と三人の二チームになる。どう分けるのが最適かおっさんが悩んでいるのをよそに、みんな好き放題に決め始めた。
「ダイナは四人の方だな。その方がいろいろ安心だろ」
「若も打たれ弱いから四人のほうか?」
「いや、俺は三人の方だ! そっちの方が暴れられそうだからな!」
「ルーンマスターとは思えない脳筋発言だな……」
ダイナの心配はするのに自分の心配をしないのは若らしい。どこまでも血の気が多いのは心配だが、言い出したら聞かないのも周知の事実なので、若は三人の方で確定だろう。
「俺が若と共に行こう」
「そっちのリーダーは頼むぜ二代目。四人の方は俺でいいよな」
「ならば今回は貴様に同行してやろう」
おっさんの方にバージルはついていくようだ。……というよりは、若と一緒なのが嫌なのだろうということはなんとなく分かる。
「だったら俺は二代目のバックアップだ。必要はないだろうが、一応な」
「いや、助かる。なにせ若だからな」
「なんだよ二代目! 俺だってやれるってところを見せてやるからな!」
「そういうところが問題だって、いつ気づいてくれるのかね」
なんて過去の自分に苦言を申す初代。自分がいつ頃から周りを見れるようになったかを考えれば、若がまだまだ制御が効かないことは明白だろう。
「なら、残りの私とネロは、おっさんに続く」
「あー……。よろしくな、バージル」
「足を引っ張ってくれるな」
「何故、私に向かって言う……」
ネロがバージルに声をかけたというのに、冷たい言葉はダイナに向かって放たれた。随分とひどい扱いだが、彼らが複雑な親子関係に悩んでいることは知っている。これも照れ隠しの一種なのだろうと割り切り、ダイナはそれ以上言い返さなかった。
世界樹の不思議なダンジョンに挑み続けて二週間。彼らの最後のダンジョンへの挑戦が、はじまる──。
世界樹は幻などではなかった。真の世界樹はそこにあった。その内部に見えたものは、まさに不思議な光景であった。
壁面は水晶なのか、あるいは金属でできているのか。床にははめ込みガラスのような部分もあり、光を反射させている。なんとなく神々しさを感じさせる……そんな場所だ。
壁面をよく見ると、文字のようなものが書かれている。読むことは出来ない。だかこれが意味するもの……。つまりは、内部の構造も含めて……樹の形はしているものの、ここは人工的なものを感じさせる。
そう。世界樹は自然物ではない。意図的に作られたものなのだ。
しかし誰が、何のために? ……神々が造ったものなのか、それとも……。
「二代目。無用な心配だとは思うが……気を付けろよ」
「また最奥部で会おう」
二組のチームリーダーが軽く言葉を交わし、それぞれが世界樹の入口へ足を踏み入れる。チームが違うため、入った瞬間に別々のダンジョンに挑むことになる。これこそが不思議のダンジョンと言われるようになった理由だろう。合流できるのは二代目の言ったとおり、最奥部だ。
第9迷宮、超古代の脈流。
ここがデビルメイクライ一行の最後の冒険地となるだろう。
勇気をもって挑みたまえ。
ダンジョンに入るや否や、おっさんが無尽剣ルシフェルを使い、触れたら爆発する剣を十五本空中にセットする。バージルも自身の周りに左右四本ずつ、幻影剣を待機させている。
一瞬反応の遅れたダイナとネロは何事だとレッドクイーンとレヴェヨンを構えるがそれは若干遅く、飛び掛かってきていた敵はルシフェルに触れ爆発四散。遠方から属性攻撃をしようとしたものたちはバージルの幻影剣に貫かれている。
「気を抜くなよ……とは言っても俺たちはチームだ。ミスぐらい拾ってやるさ」
そう言ってルシフェルをしまい、先頭を歩くおっさん。それに続くようにネロとダイナを歩かせ、バージルがしんがりを務める。バージルは先ほどからずっと気を張っているが、おっさんは言うほどいつもと変わらない。それでもダイナとネロは彼を頼もしく感じるのと同時に、敵への意識を高める。
ここは今までのどことも違う独特の雰囲気がある。それを入った瞬間に洗礼という形で受けることになるとは思っていなかったが、おかげで二人も気合を入れるいい機会になったようだ。
今、このチームに油断の文字はない。
この世界樹の内部にもD.O.Eは存在している。それも、侵入者を見つけたら襲い掛かってくるほどに好戦的なモンスターばかりだ。その戦いへの意志の強さは、この世界樹を守る故か……。
そんなD.O.Eたちと、ネロとダイナが万全な戦闘態勢でない状態で遭遇していたなら、苦戦を強いられただろう。そういう意味では敵の先制攻撃はある意味よかったのかもしれない。
「そこ、罠がある。気を付けて」
「お……っと。こうも罠ばかりだとうんざりしてくるな」
「腐るなよ坊や。罠が増えるってことは、それだけ重要な場所に近づきつつあるってことさ」
「分かってるって。……若の奴、突っ走って罠にかかったりしてなきゃいいけど……」
「ありえるから、心配」
先に進むにつれ、敵の攻撃以上に罠の多さが気になる。ここに来るまでの道中、地面が掘り返された後のようなものがいくつも見受けられた。その数は罠と大差がない。
こうなってくると出発当初、敵を倒すことに燃えていた若が心配になってくる。二代目と初代がついているが、どこまでカバーしきれるかは分からない。無事だといいが……。
そんな心配をされているとは知らない二代目の率いているチームは、世界樹の中層階までやってきていた。
「やはり……お前たちが……!」
不意に誰かが声をかけてきた。
二代目が止まれの合図を出すと、初代と若は足を止めた。どうやら世界樹の中に入ってから、二代目と初代に無言の威圧をかけられたようで、若は落ち着きを取り戻していた。そのおかげですぐに攻撃を仕掛けず、きちんと指示どおり動く。
彼らに声をかけたのは、異形の者へと変わり果てたナディカだ。いや、正しくはこれこそが本来の姿なのだろう。
「三人だけか……? だが、ここにいるということは……そうか。やはり湖畔の歪みはお前たちが発見したことで出来たものなのか」
どうやらナディカも世界樹の秘密に気がつき、ここまで下りてきたようだ。
「だいたい世界樹が蜃気楼だなんてことはありえない。絶対に、どこかにあるはずなのだとずっと思っていた」
デビルメイクライ一行が荒野を去った後、ナディカも諦めずに世界樹へつながる場所を探していたようだ。そして湖の空間に歪みがあることに気付いたのだろう。
それは誰かが通ることで出来た道。……つまり、二代目が見つけたことによって偶発的にだがナディカが後を追える環境を作ってしまったようだ。
「そしてようやくここまでたどり着いたのだ。邪魔ものには消えてもらう」
ナディカが戦闘態勢に入る。
「どうやら話が終わったようだぜ?」
「そうか。ならば始めよう」
「俺はよく喋る方だって自覚してるけど、ベラベラと一方的にしゃべり続ける奴は嫌いだな!」
三人も戦闘態勢を取ったかと思えば、いつの間にか若がナディカの懐にまで入り込んでいる。
「Freeze!」
ケルベロスを巧みに使い、ナディカの足を凍らせて身動きを取れないようにする。戦闘の構えを先に取っていたのはナディカの方なのだが、速攻をかけてくるのは予想だにしていなかったようで、完全に体勢を崩す。
「Continue it.」
そこへすかさず初代もイフリートを装着して、ナディカの顔面めがけて拳を叩き込む。強烈な一撃をノーガードで受け、ナディカは人とは思えない悲鳴を上げる。
しかし彼女もやられっぱなしではない。人ではなくなった長い腕で、一旦離れようとしていた若を捕まえ地面に叩きつけるために腕を振り上げる。
「ぐっ──!」
掴まれただけでもかなりの衝撃で、若は顔を歪ませる。そして地面に放られるのが嫌でもわかるほど、身体に風を感じる。痛みに備えて目をきつく閉じていた若だが、いつまでたっても痛みが襲ってくる気配がない。それどころか、人肌の感触がある。
「無茶をするな」
「……ほんとかっこいいよな、二代目は」
間一髪、地面につく前に二代目に横抱きされて助けられる若。未来の自分の顔をばっちり視界に入れ、自分もいつかこうなると思い自惚れているようだ。
「集中しろ」
「悪かったって。助かった」
若をおろし、二代目はすぐさま初代の援護に入る。初代はいつの間にかイフリートからエボニー&アイボリーに切り替えている。やはりメインウェポンの方が得意なようだ。後は手数で攻めて、若と二代目にターゲットが向かないようにするための工夫だと見て取れる。
「Follow me.」
「All right.」
二代目がリベリオンで前線に立ち、初代が援護射撃に切り替える。相手の腕を何度も撃ち、注意を自分の方に向けている。硬い鱗に覆われているせいでダメージは与えられないが、注意が引ければそれでいい。
初代に動きを合わせてもらい、いつも以上に速度を上げて敵に斬りかかる二代目はまさに圧倒的だ。
これに続かんとばかりに若も駆けだそうとすると、誰かに腕を掴まれた。瞬時に若は振り返り、ケルベロスを突きつける。
「落ち着けよ若! 俺だって!」
「な、なんでネロがここに!?」
「そんなもの、中層が一本道だからに決まっているだろ」
気付けばネロだけでなく、バージルも若の傍にまで来ていた。どうやらすぐに暴走する若を抑えるのにこの二人が選ばれたようだ。
「加勢する」
なんて声をかける前からダイナはレヴェヨンの持ち手をばらし、ナディカの全身を縛っている。……とはいえ、自分よりも何倍もでかい相手を縛り続けるのは難しく、すぐにほどかれてしまう。
勢いよくほどかれた反動でダイナはよろめく。口元に軽く笑みを浮かべながら。
無理をさせてでもほどかせる、これがダイナの狙いだ。
束縛から抜け出すために勢い余ったのはナディカの失態だった。一瞬よろめいたナディカは次の瞬間、三人からの集中砲火をもろに浴びることになった。
……とはいえ、束縛から抜け出すのに時間がかかれば、結果的に同じことになっていたであろう現実は覆らない。
「遅れて悪いな!」
「詫びとして合わせてくれるんだろ?」
いつもの軽い口調でナディカの懐から声をかけるのはリベリオンを持ったおっさん。初代もリベリオンを手にして右側から、二代目は左側から突撃する。
「Stinger!」
三人の掛け声が重なり、ナディカを貫く。
「ぐうっ──! おのれぇ……!」
苦しそうに地面に伏せるナディカだったが、思わず先の階へと逃げていく。間違いなくかなりのダメージを与えたようだが、仕留めるまでには至らなかったようだ。
「くそ、逃がすかっ!」
「そう慌てるな若。どうせ下まで行けばまた会えるさ」
ナディカを逃がしてしまったことを焦っているのは若だけ。他の全員は特に問題ないといった様子だ。
「これからどうする?」
「もう七人で行動すればいいんじゃねえか?」
それよりもこれからは全員で行動するように提案する初代。特に異論も上がらないので、決定のようだ。これには二代目ですら少し安堵の表情を浮かべたそうな。
やはり、若を抑えるのは相当に骨が折れるのだろう。……無言の威圧をしていただけのようにも感じるが。
とにもかくにも、七人で最奥部を目指すことになった以上、これからは敵がかわいそうだと言わざるを得ないだろう。
罠を仕掛けようが身を固めようが、罠は踏みつぶされ、固めた身体はそれごと叩き割われるのだから。
案の定、道を塞ぐD.O.Eはねじ伏せ、雑魚モンスターたちは七人に蹂躙され見るも無残な姿に変わり果てていた。
そうしてかなり奥深くまでやってきたデビルメイクライ一行の前には、異様な景色が広がった。そこは物が壊され壁が腐敗し、かなり荒れた階層だった。
これはどう見ても、外部からの攻撃によるものだ。そもそも、D.O.Eがこの世界樹を守ろうとしているのに、世界樹自身が傷つける理由がない。
そしてこんなにも荒れた土地にしてしまう力を持っているのは、そんな守護者すら退ける強者だ。
「……暗くなったぞ?」
突然、世界樹全体の明かりが消えた。まるで機能が停止したようだ。
「気を抜くなよ」
「流石にこんだけ変な感じがしたら、嫌でも気合が入るぜ」
だが、何かが襲ってくる気配はない。最奥部も目前だ。ここに留まるよりも下りたほうが早いと判断したため、警戒もほどほどに次へ進む。
……そうして最奥部。……本当にここが? と疑いたくなるほどにあたりは真っ暗で、何も見えない。
腐敗の臭いが漂う暗闇の中で、女特有の高い声が響き渡る。
「ギャハハハハッ! これが神なのか……!」
狂気の声だ。望みの物を見つけ出し喜んでいるのか、はたまた落胆か……。
「こんなのが……神……!?」
声は聞こえど、暗すぎて何も見えない。
「グオオオオオ!」
突然、誰のものでもない雄たけびが響く! すると部屋に明かりがつき、雄たけびをあげた正体が目の前に!
「なんだこいつ!?」
全員の心の内を代弁した若の渾身の叫びがこだまする。
みんなが捉えた正体は、全身紫色の……なんとも比喩しがたい巨大な……生き物? だろうか。果たしてこれが神なのか、はたまた怪物なのか……。
体は腐敗しており、まわりもあらゆる場所が破壊されている。腐った部分はヘドロのようにボタボタと崩れ落ち、それがとてつもない異臭を放っている。
「こいつ……カエルの比にならねえぐらいクセェな!」
そんなおっさんの悲鳴をよそに、ダイナはふと別の場所に視線を向ける。
ナディカだ。ナディカが倒れている。すでに戦いに敗れ傷ついているのか。……というより、デビルメイクライ一行に負わされた傷の方がはるかに深そうだ。
しかし倒れながらも、その目は相手を一直線に睨み付けている。
「前にも自称神様と戦ったが、あっちの方がまだそれっぽかったぜ」
こんな得体のしれないものが神だったならば、どれだけの人が悲しむのか。恐らくこいつは外部のどこからか侵入し、腐敗させているのだ。
「……こいつが地震の大元か」
確かに、これだけの化け物が地下で大暴れしていたとなると、オーベルフェで地震が頻発化しているのも頷ける。
ここ最下層は世界樹の中枢。まだ荒らされきってはいないようだが、腐敗が進んでしまえばこの世界樹そのものが崩れる危険性が極めて高い。そうなれば中にいるデビルメイクライ一行はもちろんのこと、この地域一帯にも多大な被害が出るだろう。
「ま、俺たちはこの先に用があるんだ。お引き取り願おうか」
全員が武器を構える。……最後の戦いが、始まる。
敵は巨大だ。顔と両手の三か所を狙うように全員がばらけて動く。
「顔面は譲るぜ、若い衆! 俺は右手に続くぜ、おっさん!」
「それだと手への人数が足りないぞ? 二代目は左手を頼む」
「俺も左手でいい。さっさと行け」
「了解」
どうやら顔はダイナ、若、ネロの三人。右手へおっさんと初代。左手は二代目とバージルが向かうようだ。というか、動き出しの速かった二代目はもう化け物の左手を斬りつけている。これに遅れないようにとバージルは幻影剣で急襲をかける。
左手組も負けじとルシフェルやらイフリートやら引っ張り出して、こちらもやりたい放題だ。
痛みに耐えかねた化け物は両手をさげる。これには四人とも拍子抜けといった様子で、顔に向かった三人に託す。
「若、ネロ、乗って」
ダイナはレヴェヨンを極限まで伸ばし、四方八方に持ち手部分で作った道を作る。二人がそれに乗り、縦横無尽に駆け抜ける。
化け物は最初、素早い二人を目で追おうとしていたが、無理だと判断してダイナに照準を合わせ、口やら目からビームを放つ。
「ハッハッハ! おい見たか? 顔のいろんなところからビーム出してるぜ!」
「戦隊に出てくる、怪獣みたい」
自分の持ち場が終わったことをいいことに、腹を抱えて笑うおっさん。ダイナはそれに対して軽く言葉を返し、レヴェヨンの槍先を地面に突き刺して持ち手を離す。それでもレヴェヨンはまるで意志があるかのように二人の道を作っている。
空いた両手で腰に提げてあった二丁拳銃のノワール&ブランを引っ掴み、目に向かって乱射する。しかし、ダイナが正面に立っている以上、放つ弾は全てビームに溶かされてしまう。
……だというのに、化け物は両目を閉じて苦しみだした! どうやらネロと若が横から撃ち抜いてくれたようだ。これを機にダイナは足で巧みにレヴェヨンを引き抜き、そのまま足で操作する。
ちょうど化け物の顔の前に誘導された若が大きくジャンプ。
「Lift off!」
双剣アグニ&ルドラで顔面へバツ印の傷をつけ、そのまま下へ落ちて綺麗に地面へ着地する。
そしてワンテンポずらして、これまた真正面からジャンプして飛び掛かったネロ。デビルブリンガーを使い、今までにないほどの巨大な青い魔人を背に纏い、化け物の顔を掴み……。
「Checkmate!」
思い切り化け物の顔を握りつぶした! 化け物は感情を表現するための機能全てを失い、息絶える。
ついに腐敗生物を倒したデビルメイクライ一行。……どうやら、世界樹を守ることが出来たようだ。
「これで……終わったのか……」
そう声をあげたのはナディカだった。彼女に戦意は感じられず、あの化け物が倒れたことに安堵しているようだ。
「……襲ってこない?」
「そもそも、私は神に用があるだけだ。……いないと分かった以上、争う理由はない」
「ならば去れ。貴様に用はない」
バージルのきつい一言にナディカは眉をひそめるが、コクリと頷いて去っていく。……前に、一度こちらを振り向いた。
「最後に、この奥にはなにやら荘厳な鏡があった。……どういった代物かは知らないが、お前たちの好きにするといい」
そう言って今度こそ、ナディカは去っていった。デビルメイクライ一行は最初、鏡があっただけなのかと顔を見合わせ頭にクエスチョンを浮かべるが、次第に鏡の正体が分かったようだ。
彼らがこの湖畔の街オーベルフェに来る前にしていたことは、何やら珍しい鏡があるという話を聞いて、みんなで美術館に向かっていたのだ。
何故彼らが美術館に行こうなどと言い出したのか? 確か……その鏡が魔具なのでは? という話を耳にしたとかしなかったとか。そんな話につられた結果、こうして世界樹と不思議のダンジョンに巻き込まれたわけだ。
この二週間、不思議のダンジョン攻略に明け暮れた彼らだったが、その旅もこれで幕を閉じる。
後日、デビルメイクライ一行を街で一度として見かけることが出来なくなり、住人たちは随分と心配したそうだ。そのことについては、どうやら気を利かせたナディカが人間の姿で街の人々に伝えたようだ。
真の世界樹到達を果たしたデビルメイクライ一行は、次なる冒険を求めて街を旅立ったのだと。
「やっと帰ってこれたか。……やっぱ、自分の事務所が一番だな」
「ネロとおっさん以外は、自分の場所とはいいがたい」
「そんなつれない事いうなよダイナ! 折角帰って来たんだからパーッとやろうぜ!」
「貴様はもう少し自分の世界に帰ることを意識しろ、愚弟が」
帰ってきて早々に揉めているが、これが彼らの日常になりつつある。問題もあるとは思うが、まんざらでもない様子。
「そういや、街の人らにあいさつできなかったな」
「なんだネロ。寂しいのか?」
「そうじゃねえけど。……礼儀ってのがあるだろ」
「世界樹を守ることであの街には恩義を返せているはずだ。問題ない」
「……それもそうか」
オーベルフェの住人達には、なんだかんだで冒険の援助をしてもらった。それなのに何の挨拶もなしに去ってしまうのはどうなのだろうかとネロは思っていたようだが、彼らは街を守るという大義を果たしたのだ。
感謝の一つぐらい、聞いて言ってくれても良かったのに……。なんて、小言はあったかもしれない。