Devil May Cry werewolf

「また負けかよ!」
 何やらボードゲームで連敗している若。相手をしているのはネロのようだ。
「いい加減諦めろよ」
「勝ち逃げする気か!」
「逃げるも何も、もう二十戦はしてるだろ!」
 朝からずっと若の相手をしていたネロは飽きたといった様子だ。……朝からしているのにまだ昼にもなっていないというのは、どれだけ若が弱いのかが語られている。
「ったくしょうがねえ奴だな。……自分の過去だが」
 やり取りを見ていた初代が溜息を吐きながら一旦自室へと引っ込み、何かを持って帰ってきた。
「勝てないなら、これでもやるか?」
「なんだそれ?」
「ボードゲームで勝てないんだろ? だったら、他の奴らから知恵を借りればいいのさ」
 初代の手にあるのはワンナイト人狼というタイトルの書かれた箱。中には何枚かカードが入っているようだ。
「お、人狼か! 懐かしいな」
 これに食いついたのはおっさん。箱からカードを取り出して眺めている。
「これだけの人数がいるから、結構楽しくなると思うぜ?」
 なんて流れで仕事に出かけている二代目と、俺はやらんと断ったバージルを除いた五人でワンナイト人狼が始まるのだった──。

 平和な村に流れたのは人狼がいるという恐ろしい噂。恐ろしいだけであれば良かったのだが噂は現実であった。それを物語るように次々と人狼の餌食になってしまう村人たち。
 やがて人はみな疑心暗鬼になり、誰も信じられなくなる。騙し、騙されの推理ゲームが今、幕を開ける。
 ルールは簡単。
 村人、人狼、占い師、怪盗という4種類のカードがあり、それを適当に配る。
 今回は五人なので、配分は村人3、人狼2、占い1、怪盗1の計7枚。余った2枚は中央に置き、各人が配られた役を確認したらゲームスタートだ。 ゲームが始まって最初にやってくるのは夜のターン。このときに占い師、人狼、怪盗の順で一つ行動を取る。
 占い師は誰か一人のプレイヤーのカードか、中央に置かれている余りの2枚を見ることが出来る。次に人狼はお互いに誰が人狼であるかを知ることが出来る。協力して村人たちを騙すのが真骨頂だ。最後に怪盗。他のプレイヤーのカードと自分のカードを入れ替え、入れ替えた後の役として活動することになる。人狼と交換したら、自分が人狼だ。
そうして夜が明け、昼になれば議論が始まる。
 議論時間は3分。それが過ぎたら最後は誰を吊るすか投票する。村人、占い師、怪盗の勝利条件は一人でも人狼を吊るし上げること。逆に人狼側は自分たちが吊るされなかったら勝利だ。ちなみに、同票数だった場合は二人とも吊ることになる。その時に人狼を一人でも吊れていれば村人側の勝利だ。また、人狼がいない「平和村」というものも存在することがある。その時は全員を同票数にすれば全員の勝利となる。
「ざっとルールはこんな感じだが……まあ習うより慣れろだ。早速始めようぜ」
 ということでカードを配り、皆が自分の配役を確認してからゲームが始まった。今回は初回なので、全員の配役を教えたいと思う。疑心暗鬼になるみんなの姿を見ていってほしい。
 若、ダイナが人狼。おっさん、ネロが村人。初代が占い師で、あまりは村人と怪盗だ。
 それでは3分間の議論、お楽しみください……。

「とりあえず初めての奴らもいるから、今回は俺が進行させるがいいか?」
「助かる」
 初代は占い師だが、ここでのゲーム進行はフェアに行うので安心しほしい。……いや、若干言葉で誘導することはあるかもしれないが、そこはゲームなので大目に見てあげよう。
「まずは占いCO……宣言のことをCOっていうんだ。さっきの夜の時間で占ったことを言ってもいいし、言わなくてもいいってことだ。もちろん嘘だっていい」
 基本的には占い師が情報を多く持っていると言って過言ではないので、占い師から情報提供するのが議論をスムーズに展開するために必要なことだろう。
 もちろん、言うタイミングや順番も大切だ。
「占い師が最初に言いだす、なんてルールもない。が、占い師が沈黙した時は、大体余りの場に行っちまった時だ」
 とんとんと誰のものでもない2枚のカードを叩きながら初代が言う。
「初回だから占いCOからでいいんじゃないか?」
「今回はそうしようか。で、俺が占い師なわけだが、ダイナがクロ(人狼)だ」
 おっさんの意見に同意を示し、さっそく初代がダイナを人狼だと宣言した。
「……占いCO、で合ってるかな? 私も占いで、おっさんが村人」
「俺のカードを見てくれるとは、嬉しいねえ」
 もちろんダイナは出まかせを言っているわけなのだが、どうやら今回は偶然にもあたった様子。
「俺は初代の方が信ぴょう性を高く感じるな。村人って言っとけば結構無難だけど、人狼ってのは本当に見てないとなかなか宣言できない気がする」
 ネロは二人の占いで、自分なりの信用理由を提示。
「まあ焦るなよ坊や。まだ怪盗COが出ていないからな」
「そうだな。怪盗COはあるか?」
 全ての情報が出きっていない中で答えを固めてしまうのは得策ではない。ということで、次は怪盗がいるかどうかだ。
「怪盗は俺だったぜ。ダイナと交換して、今は占い師をしてる」
 これも大嘘である。が、ダイナが吊られた時点で若も負けが確定するので、ここで庇うのは当然と言えば当然か。
「他に怪盗COはあるか?」
 そして訪れる沈黙。今回は本物の怪盗がいないこともあり、対抗が出てこないのは大きい。
 少しまとめてみよう。
 初代はダイナが人狼だと知っているので、そのことを信じてもらうためになんとか他の皆を説得している状態。ダイナは若と結託して、適当な誰かを吊るために奮闘中。
 村人であるおっさんとネロは、そんな三人からの情報を元に誰が人狼かを見極め中だ。果たして、見破れるだろうか?
「占い師が二人ってことは、どちらかは間違いなく人狼だが……」
「ダイナが人狼だったら、それを庇ってる若も人狼ってことだよな?」
「そういうことだ。飲み込みが良いな」
 初めてするという割には理解力が高いネロ。流石、バカな誰かさんと違って頭がいい。
「俺としてはそのままネロに信じてもらいたい所だけどな」
 そういって初代がネロにウィンクする。それを見たネロはスッと身体を引いた。
「おいおい、引くなよ。傷つくだろ?」
「いや、今のはねえよ」
 なんて冗談も交えつつ、議論はさらに加速する。
「初代が一人で人狼しているということもありえる」
「怪盗が若以外にいないから、それも十分あり得る。ダイナの占いも俺が村人って言ってくれてるし、俺としてはダイナを信用してもよくはある」
 おっさんの信じてもいいという言葉に、ほんの少し顔をほころばせるダイナ。嘘をついているのだが、その状態で信用を得られるのは嬉しいものだ。ということは、笑っているというよりはほくそ笑んでいるといった方が表現としては正しいのだろうか……?
「3分経ったぞ」
 読書に勤しんでいたバージルが時間を教えてくれた。参加しない代わりにと、時間を計る役を頼んでいたようだ。
 さてさて……ネロとおっさんは初代を信じるか、ダイナを信じるか? ここが勝敗の分かれ目となるだろう。
「誰に投票するか決めたか? 行くぞ……せーの」
 議論時間が過ぎたら、それ以上相談をしてはいけない。最後は自分の考えを信じて、相手を選ぶのみだ。
 結果は……?
「……私が吊られた」
 どうやらネロ、初代、おっさんに指をさされたダイナが吊られることに。ということは、人狼であった若とダイナが負けということになる。
「負けか……。わりいダイナ、庇いきれなくて……」
「ううん。占い師に見られたのは、かなり痛手。……ただ、おっさんにまで裏切られた」
 大嘘をぶっこいたわけだが、結果としておっさんは村人だということは当てていたダイナ。何故裏切られたのだろうか?
「ああ。坊やの言った“クロは本当に見ていないと出しにくい”ってのがかなり説得力あったからな。その時点で初代の方を信じてたってだけさ」
 ダイナの方を信じてもいい、なんて調子の良いことを言っていたわりにこの手のひら返し……。おっさん、恐るべし。
 ──さて、少しわかりにくかったかもしれないが、ゲームの進行的にはこんな感じだ。
 どうやら彼らはまだ遊ぶ様子。……今度は皆様と一緒に誰がどんな配役か、考えてみるとしましょう。

「議論開始だ」
 夜が終わりを告げ、昼がやって来た。
 さて、今回は誰から発言があるだろう? 先ほどのことも加味するとなると、本物の占い師というのも結構リスクが高い。……名乗り出てくるだろうか?
「俺から占いCO。おっさんを見て、村人だった」
「なんだなんだ、そんなに俺の手札が気になるのか?」
 果敢にも最初にCOをしたのはネロ。対象となったのは今回もおっさんのカード。前回のプレイでは厳密に言うとダイナは覗いていないが……。
「おっさんが村人とか、ただの詐欺臭しかしねえ」
 普段の印象で物事を決めてはいけないのがこのゲームではあるのだが、先ほどの熱い手のひら返しを目の当たりにしたら確かにおっさんが人狼だった場合は是が非でも止めたい所ではある。
「おいそこ。イメージで語るなよ」
 なんてにこやかに言葉を返すおっさん。……やはり、普段の行いから無理があるというものだ。
「俺は怪盗CO。ダイナと交換して、今は村人してる」
 若が怪盗だったようで、ダイナと交換したらしい。村人ということだが、果たして……。
「……あ? これで終わりか?」
 占い師も怪盗も対抗はなし。みんなの発言どおりに物事を見るとすれば初代以外の配役は確定だが、そう簡単な話で終わらないのがワンナイト人狼だ。
「となると……怪しいのは占い師のネロか怪盗の若かってことになるんだが」
「どっちが本物かってことが大事か」
 おっさんと初代は役持ちの二人を怪しいと睨んでいる様子。
「私は村人だから、若は信用できる」
「そういう理論で行くなら俺も坊やのことは信用できるが」
「おっさんから信用得てもなんも嬉しくねえな、これ……」
「ひどい言われようだぜ」
 前科があるから仕方ない。
「人狼……一人だから、潜伏?」
 ジッと初代の顔を見つめて言うのはダイナ。誰からも情報がなかったため、疑っているようだ。
「おっと、信用がないな。これでも村人してるんだ、そう目の敵にしてくれるなよ」
「初代も村人とか言ったら、平和村になっちまう」
「いや、平和村っていいことだからな?」
 本当に若は血の気が多い。どうしても人狼がいるということは前提らしい。
「だけどやっぱり、確率は低いと思う。……ここまで動きがないから、人狼は一人で潜伏。たまたま占い師も怪盗も引けなかっただけ」
「待て待て、俺は村人だ。だから今回は平和村だと考えてる。仮に人狼がいたとしたなら、一人ってことには賛同だ。占い師も怪盗も、どちらも統率性がまるでないところを見るに本物って感じがするからな」
「二人とも人狼だったらもう少し話を合わせる、か……。初代の言う通りだな。まあ役職2枚が真ん中に埋まってる絶望村って可能性も否定はできないが……ダイナの言葉を借りるなら、確率が低いってやつか?」
 ダイナは初代を人狼読み、初代は平和村提示、おっさんは……どれかははっきりとしない言い方だが、少なくともネロと若の発言は信じているように見受けられる。
「俺は……うーん。平和か……?」
 ネロは自分とおっさんがシロであるという主張を通しているが、怪盗と言っている若を信じ切れる材料がなく、困っているみたいだ。
「本物の占いだけがいなくて、ネロが人狼なのに出まかせでおっさんから信用を得ようとしただけじゃないのか?」
「んなことしねえよ! つーか信用を得たいと思って何が悲しくておっさんを占うんだよ!」
「おいこら坊や。それは普通に俺を貶してるだけだぞ」
「はしゃぐなって。とにかく俺は平和村を通したいんだが……ダイナは信じてないよな」
「うん」
 即答である。これはひどい。
「そもそも、平和村を勧めたがるのは人狼の方がメリットでかいからな。やっぱ初代が人狼か?」
「いやだからよ。全員人間だったら平和村じゃないと勝利条件にならないんだから、そうしようぜって言うのは当たり前だろ」
 どうやら人狼疑惑は初代へ濃厚な様子。誰からも何も言われないというのも、ある意味こうして疑いの目にかけられて大変そうだ。無論、ダイナの言うとおり初代が人狼で潜伏という可能性が捨てきれない以上は、当然の疑いでもあるわけだが。
「3分経ったぞ」
 残念、時間切れ。
 さてさて、皆さまは誰がどの配役か、お判りだろうか……? そして当人たちはどんな結果を導くのか?
 ……覗いてみるとしよう。
「決めたか? 行くぞ……せーの!」
 ダイナと若は初代を。おっさんはネロ、ネロは若、初代はダイナを指さしている。ということで、初代を吊し上げ。
「だから村人だって言ってるだろ?」
 なんて言いながら自分のカードをめくる初代。そこには“村人”の絵が描かれている。
「……本当だったの?」
「ダイナから俺への信頼がこんなに低いのは、何が原因だ……?」
 別段ダイナをからかったりは……時たまぐらいの初代。ここまで信じてもらえなかったのが少しショックな様子。
「他の奴らはなんだったんだ?」
 おっさんは村人のカードを見せながら、他のもめくっていく。
 ダイナは怪盗で、若は村人になっている。どうやら若の怪盗は本当だったようだ。
 最後にネロ。……これは占い師だった。
「ほらな? 俺の言ったとおり、平和な村だっただろう?」
「ご、ごめん……。本当、その……」
「初代の必死さが本当に村人っぽかったからな。俺も平和を信じてたが、ダメだったな」
 そうして手際よくカードを再び配るおっさん。その顔はどこか微笑ましそうだ。……主にダイナを見ながら。
「おっさん、そんな目で見られると心にくる」
「ん? なんのことだか」
 そんなこんなでワンナイト人狼は大いに盛り上がったそうだ。
 しかし、ダイナにとっての本当の悲劇はこの後に起こるのだった……。

「大分遊んだな。俺は夕飯の準備があるからこれで抜ける」
 気付けば夕暮れ時。ネロは一足先に抜け、夕飯の支度へ。
「I’m home.」
「おかえりなさい」
 仕事から帰ってきたのは二代目。そんな彼をネロの代わりに誘い込む初代達。彼らはまだまだやる気のようだ。
「人狼か、懐かしい」
 おっさんと同じ反応をしながら腰を下ろした二代目。どうやらネロの代わりに参加するらしい。
「なあ、ここまでダイナ全敗だろ? 次も負けたらなんか罰ゲームな!」
「急にそういうのを言い出すのはズルい」
「いいねえ……。内容はそう……だな、ストサンを食べさせてくれるとかだとやる気が出る」
「おっ、それいいな。おっさんの案に俺は乗りだ」
「勝手に話を進めてるけど、しないから」
 これだけ遊んで全敗というのも相当だが、今頃になって罰ゲームを言い出すのもひどい話だ。これを断るのは当然だろう。
「ストロベリーサンデー、作ってくれないのか?」
「二代目までっ……!」
 まさかのまさか、おっさんの提案した罰ゲームに二代目までもが乗ってきた。これにダイナは完全に動揺する。唯一味方になってくれると思っていた二代目にすら裏切られた。
 まだワンナイト人狼が始まっていないというのに、出だしが不安だ。
「ほら、あの二代目が罰ゲームに乗ってるんだぜ? これを断るなんてことはないだろ?」
「そうだぜ。“あの”二代目がストサン、食いたいってよ?」
 ダイナが二代目に対しては特別甘いということを知っている初代とおっさんは、これ見よがしに畳みかける。
「……分かった、二代目の頼みだし……。その代わり、勝ったら食べさせないから」
 ワンナイト人狼でこんな約束事をしたら、この後どうなるかなんていうのは言わずもがな。そういったことに気付けないあたり、ダイナがバカと言われる原因の一端だろう。
 結果をあえて言うならば、人狼というゲームをそっちのけでとにかく全員がダイナを吊るして負けさせるという、ゲームもへったくれもあったものじゃないものとなった。
 皆はルールを守って、楽しく遊ぼうね!

「ダイナ、手が止まってる」
「……あーん」
「もっとこう……感情込めてさ」
「いいから、食べて」
「おま……っ! ゲホッ、無理やり……んぐっ! 入れるなよ!」
 ぼんやりとどこを見るわけでもなく、淡々と作業のように若の口へストサンを運ぶダイナ。若がむせているというのに、さらにその口へストサンを押し込む。
「若があんなこと言い出すから」
 罰ゲームの言い出しっぺは若だが食べさせる提案をしたのはおっさんなので、半々といったところではある。
「最後にオッケー出したのはダイナじゃねえか。二代目のためなら……とか言ってよ」
 とはいえ、今回に関しては若の言うとおりだろう。二代目には何かと弱気なダイナが悪く、挙句に了承してしまったのだから。
「二代目……どうして私なんかに食べさせてもらいたいんだろう。そんな人じゃないと思ってたのに……」
「いや、ダイナは何かと二代目のことを過大評価すっけど、元は俺だからな?」
 元は俺。
 その言葉を聞いてダイナはぴたりと動きを止め、まばたきを繰り返す。
「言われてみれば、そうだった」
「そこ忘れることじゃないだろ」
「忘れちゃうぐらい別人……でもない。みんなストサン好きだし、二代目も唐突に変なこと言うことある」
 絶対数が少なすぎて若やおっさんとは比較できないけど、なんて付け足すダイナ。……いやいや、突っ込みどころはそこではない。
「……ま、今は俺と二人きりなんだ。いいこと、してくれるだろ?」
「今してる。早く食べきって。……後がつかえてる」
 ダイナはこの後初代、おっさん、二代目とストサンを食べさせに行かなくてはならないのだ。若を相手に手間取っている場合ではない。
「今は俺のことだけ見ろよ」
「あっ、若っ……!」
 それでも自分のことを見ようとしないダイナの頬を両手でつかみ、瞳を合わさせる若。
 突然のことでダイナは驚いてしまい、スプーンを落としてしまう。地面にスプーンが当たり、金属特有の音が部屋に充満する。それでも若はまばたき一つすることはなく、ダイナをじっと見つめている。
「わ……か……」
「ダイナ、本当にいい目をするようになったよな。生き生きしてるっつーか、そう……。魅力的になったっていうか」
「なに……急に、どうしたの」
 いまだにガッチリ顔を両手で固定されているため、ダイナもじっと若の顔を見つめ返すしかない。その頬が赤く染まっているのは羞恥のせいなのか、押さえつけられているからなのかは定かではない。
「いい女だなって」
「すぐそういうことを……。いいから早く……ひぁっ!」
 何を言い出すのかと一蹴したら頬に冷たい何かが塗られ、なんとも情けない声をあげてしまった。
「いい反応するぜ、本当に」
「ストサン……?」
 冷たかった正体は溶けたストロベリーサンデー。頬を掴む前に指で器用にすくい取り、イタズラする機会を図っていたようだ。
「ダイナにだけだぜ? こういった言葉をかけるのは」
「そういうことじゃ……んんっ」
 ぞわりとしたものが背中を走り、ダイナは身をよじる。
「甘い」
「アイスだから」
「そういうことにしといてやる」
 頬に付けられたバニラを若に舐めとられても、ダイナは平然としている。
「……溶けちゃった」
「後は飲んどく。……初代にイタズラされんなよ?」
「うん、また明日。……おやすみなさい」
「おやすみ。美味かったぜ」
 落としたスプーンをもってダイナは若の部屋を後にし、キッチンへ初代用のストサンを取りに行った。
「もっと動揺するかと思ったんだが……押しが弱かったか」
 残りをぐっと飲み、ポツリと言葉を漏らす若。
「だからこそ、からかいがいがあるってもんだ」
 口元に悪そうな笑みを浮かべながら……。

「本当にドキドキした……。バレてなければいいんだけど」
 一方ダイナはキッチンから新しいスプーンと初代用のストサンを運びながら、先ほど若に舐められた頬にそっと手を当てていた。
「からかわれているのは分かっているけど、あそこまでされると意識してしまいそう……」
 口にした言葉を否定するように何度か首を左右に振る。
 ダイナにとって、共に生活している彼らに優劣はない。ダンテーズはもちろん、バージルとネロの間にも。皆が平等に守りたい大切な人たちであると同時に、自分を支えてくれる仲間だ。
 そこへ生まれている別の感情に気付いていないわけではないが、うまく表現できないのが現状だった。
 恋ではない。
 母性……というものでもない。しかし、そうでないならばなんという感情なのか。きちんと消化しきれていない感情が渦巻いている中で、ダンテーズのからかいは心臓に悪い。
「好き、という感情であるのは違いない。けど……」
 全員を等しく好きであるというのも恋の一環に含まれるのか、それともこれが家族愛というものなのか。
 そこがダイナには分からないでいる。
「初代の元へ行こう」
 この言い知れぬ感情は今に始まったことではない。仲間たちに大切にされたり、今日のようなからかいを受けた時にいつも湧き上がっているものだ。
 結論を急くものでもないとして、今は罰ゲームを早く終わらせることにするのだった。

「待ってたぜ、とりあえず入れよ」
 初代に促されるままにダイナは部屋に足を踏み入れる。扉を閉めた初代がベッドに腰掛け、横に座るように手招きする。どうしたものかと悩んだダイナだったが、初代が何もしないと両手を挙げてアピールしてきたので、信じて横に座ることに。
「じゃ、さっそく頂こうか」
「うん。……あーん」
 ダイナはすくったストサンを初代の口元へ運ぶ。
 食べさせるというのが罰ゲームの内容なのでこの行動は至極当然であるはずなのだが、初代は目を丸くした後、頬を緩ませてそれを口へ含んだ。
「……ん、美味いな。しかし、まさかそこまでサービスしてくれるとは思ってなかった」
「サービス?」
「“あーん”までは想定してなかったってことだよ。……若にやらされたんだろうが」
 指摘されて、一気に顔を赤く染める。
 先ほどまで若に食べさせていて、それが当たり前のように接されていたせいで、つい初代にも同じことをしてしまったようだ。
「ご、ごめんなさい! こんな恥ずかしいこと……!」
「むしろ嬉しい誤算だから謝るなって。……ほら、もう一口くれよ。あーん」
「あっ……あーん」
 やってしまったと後悔するも、時すでに遅し。恥ずかしさを堪え、初代にストサンを運んでいく。
「この恥ずかしい時間を早く終わらせる、いい方法があるが……知りたいか?」
「……あるなら、知りたい」
 先ほどから一度も初代と顔を合せないダイナが、小さな声で早く終わらせる提案を聞く。
「ダイナも食べれば二倍の速度でなくなるぜ」
「理屈は通ってる。だけどこれは初代のために作ったもの……いいの?」
 筋の通った、しかもまともな提案にダイナは驚きつつも、この恥ずかしい環境を早く終わらせられるのならと乗り気のようだ。
「俺がいいって言ってるんだ。あんま気ばっか遣うなよ」
「なら…………ん、甘い」
 こうして、初代の口が塞がっているときはダイナが食べることで、ストサンはすぐに空となった。
「……まさか、本当に食べるとはな」
 空っぽになった入れ物を見ながら、初代が含みのある言い方をする。
「やっぱり、食べたりない?」
「そういうことじゃない。……気付かないのか? 間接キスしたってこと」
 一瞬理解が追い付かなかったのか、じっと初代を見つめ返す。
 そして……。
「あっ……あっ! そういう……! 違う……その、そんなつもりは……!」
「本当にいいリアクションするな、ダイナは」
 豪快に笑われてしまったが、そんなことは問題ではない。
 早く終わらせたいということで頭がいっぱいだったダイナは一つのスプーンでストサンを食べあったということがどういうことがを理解し、必死に弁解の言葉を探す。
 だが終わった後で何を言おうが、事実は何も変わらない。初代と間接キスをしたという現実は変わらないのだ。
「ぅ……あ……っ! おっさんのところに行く!」
 見事にはめられたことに腹を立てる以上に、今はこの場を去りたくて、スプーンと器をもって慌てて初代の部屋を後にした。
「俺なんかでそんなになってたら、おっさんの相手が務まる……わけないか」
 最高の反応をみれたと初代はご満悦。
 そして次はダイナにとって強敵であるおっさんがどういった行動を取るのかを想像し、また口元を緩める初代であった……。

「完全に私のミス……。初代が私にだけ都合のいい提案を出すわけないって、いつもなら分かったはずなのに……」
 先ほどの自分の失態を思い出せば出すほど、情けなさと恥ずかしさが湧き上がる。
 見た目を除いておっさんと初代のことを語れと言われたら、初代の方が間違いなく大人と言えるだろう。というかおっさんがはっちゃけすぎている。
 そのことも相まってか、ダイナは初代から理屈として通っていることを言われるとつい頷いてしまう傾向にある。
 幾度となくそれに引っかかっているのだからいい加減学べとも思うものだが、初代の巧いところは一定間隔で本当にメリットのあることを言うところ。馬鹿正直なダイナはこれに何度も助けられ、何度も陥れられている。
「次はおっさん……。絶対に気を許してはいけない」
 おっさんの後は二代目が残っているが、彼が何かしてくるということは到底考えられない。若にも初代にも好き勝手された後ではあるが、今度こそが間違いなく正念場。今まで以上に気を張り詰め、危険な部屋へと向かうのだった……。

「ようやく俺の番か、待ちわびたぜ?」
 扉が開くと同時に現れたのは口元に不敵な笑みを浮かべるおっさん。しかし今回のダイナに油断はない。引き締めた表情は崩れることなく、するりとおっさんを避けて部屋に入る。
 そんなダイナの行動に何か言葉をかけることはなく、静かに扉を閉める。
「さあ、早く食べて」
 ダイナは振り返るなり、扉を背にして立っているおっさんにストサンの乗ったスプーンを突きつける。
「やけに急かすじゃねえか。どうした、俺に何かされるから早く出ていきたいって腹積もりか?」
 これに対してもダイナは何も言わず、スプーンをおっさんの口元に近づけている。ただ、身長差がありすぎるせいで、おっさんが屈まないととてもじゃないが届きそうにない。それを解消するためにおっさんが取った行動は、ダイナの腕を掴んで引き上げることだった。
「ふっ……これ、以上……は……」
 腕を引き上げられ、つま先立ちでギリギリまで背を伸ばさざるを得なくなったダイナ。それでもまだ、届きそうにない。また、腕を掴まれているということは服の裾も掴まれているということで、丈が足りなくなったお腹部分がチラチラと見え隠れする。
「腹チラってのもそそるよな」
「どこ……見てっ……」
 もう片方の手にはストサンの入った器を持っているため隠すことも出来ず、おっさんの視線に晒され続けるしかない。
「……ま、これぐらいで許しておいてやらないと、後が怖いからな」
 そういっておっさんが少し屈み、ストサンを口に含むとダイナの腕を放す。重力に反発して引き上げられていた身体が一気に解放されたためふらつきはしたが、倒れることなく地に足を付けた。
「おっさん、座って」
 これくらいのことで取り乱してしまえば、それこそおっさんの思う壺だ。ここはぐっと堪え、先ほどと同じことが起こらないように一つずつ対応策を提示していく。
 とりあえずはおっさんが席に着けば、先ほどのようなことはされずに済むだろう。
「構わないが……ダイナの提案を受け入れる以上、俺の提案も受け入れてくれよ?」
「罰ゲームでそこまでの指定はされていないから、却下」
「だったら、俺も却下だ。……大体、こんなものを使ってることにも納得していないんだぜ」
 言うと同時に、おっさんはダイナの手からスプーンを取り上げる。
「どうするつもり?」
「どうもしないさ。……さて、と。続きと行こうか」
 ニヤリと笑っておっさんが屈み、わざとダイナの顔に自身の顔を近づけ、口に入れてくれと指で指示する。
「……何で食べさせたらいいの?」
 なんとなくおっさんの意図を汲み取ったダイナは、出来るだけ無表情を装って尋ねる。
「そうだな、何がいいと思う?」
「スプーン」
「それはいただけないな。指か……ここだろ?」
 顎を持ち上げ、親指でダイナの唇をなぞるおっさん。これにはいくらなんでも身の危険を感じたのか、ダイナが慌てだす。
「それはいくらなんでもっ……! 指で……指で許して……」
「よーし。交渉成立だ」
 結局はおっさんのペースに飲まれてしまった。ここから、恥ずかしい時間が始まる。
「どうした? 早くしないと溶けちまうぞ」
「本当に……するの……?」
「俺が嘘をついたことがあったか?」
 今回ばかりは嘘であってほしいが、それが通らないのがおっさんだ。そしてダイナが行動を起こさない限り、この時間が終わることはない。ストサンとおっさんを交互に見てから、意を決したように人差し指ですくい取る。
「冷たい……」
 すくわれたストサンはダイナの指の体温を奪いながら、徐々に溶けだす。ポタポタと他の指や地面に滴り落ちながら、ストサンはおっさんの口元に運ばれる。
 だが、そんなことはお構いなしにおっさんはストサンを口に含む。……ダイナの指ごと。そしてあろうことか、音を立てて舐めとりはじめる。
「おっ……さん! や、やめっ……ひっ……」
 アイスと唾液の混じる液体の音と指を這う舌に、なんとも言えない感覚を覚える。やめてと懇願しても当然のように放してもらえず、ゾワゾワとしたものが背中を駆けあがる。
「うぁっ……ダ、メ……」
 初めて襲い来る感覚に抵抗できず、ダイナは力の入りきらない首を左右に振ることしか出来ない。
「……あんま……誘うなよ」
 しばらくして、一際大きな水滴音をたてながらおっさんはわざとらしくダイナの指を口から出す。
「これ以上、は……いけない……」
 からかわれることは今までに数え切れないほどされてきた。しかし今回は明らかに限度を超えている。ダイナの第六感が、おっさんから離れろと警報を鳴らし続けている。ただそれを実行するには、この場はあまりにも分が悪い。
 出口は一つだけ。さらにそれはおっさんの後ろにある。挙句、右手はいまだにおっさんに掴まれたままだ。
「……くっ……はっ……はっはっは!」
 逃げられないと悟り、小刻みに震えるダイナを見たおっさんは何を思ったのか、声をあげて笑いだす。
「悪かった。あまりにもダイナが良い反応をするから、つい調子に乗っちまった」
 掴んでいた手を放し、そっとダイナの頭上に手を持っていく。
 一瞬身体を後退させたダイナだったが先ほどまでのおっさんの気配が違うことと、今までにも何度もされてきたことで覚えた仕草に気付き、頭をもたげさせた。
「……やりすぎ」
「だから悪かったって」
 おっさんに頭を撫でられ安堵したのか一つ息を吐きだし、身体の強張りを取ろうとするダイナを見て、ばつが悪そうにおっさんは困った表情を浮かべる。
「もう、平気か?」
「二代目に言いつけるから、平気」
「それは勘弁願いたいものだ」
 なんて軽口をたたきながらも頭を撫で続けるおっさんと、それを甘んじて受け入れているダイナ。
「俺に頭を撫でられるのはいいのに、さっきのはダメなのか?」
「ダメ。さっきも言ったけど、やりすぎ。……頭を撫でられるのは、安心する」
「初代もたまに撫でてるよな」
「うん。どっちも好き。だけど、おっさんの方が心地いい。……手が大きいから、かな」
 ダイナはどこか懐かしみを含んだ言い方をする。
「……そうか」
 それ以上は何も言わず、頭を撫でながらダイナの持っているストサンの入った器を渡すように、もう片方の手を差し出した。
「どうするの?」
「溶けちまったからな、後は飲んでおく。……まだ二代目が残ってるんだろ?」
 二代目のところにまだ行っていないという言葉にハッとして時計を見れば、かなり遅い時間になっている。
「楽しみにして起きてるはずだ、行ってやれよ」
「……分かった。さっきのことは、黙っておく」
「それはありがたいことだ。……悪かったな」
 コクンと一つ頷いて、ダイナは部屋を後にする。
 静かに閉められた扉を見つめながら、おっさんが息を吐き出す。
「今回ばかりは反省だな。……だがまあ、女としての自覚はあるってことの確認は取れたし、よしとするか」
 やりすぎたと思っているのは本当のようで、ぐっとストサンを飲み干すおっさん。ただ、そこまでした甲斐があったとも捉えているようだ。

 キッチンには水道で手を洗いながら、ぼんやり考え事をしているダイナの姿があった。
「……おっさんが本気じゃなくて、本当に良かった」
 蛇口をひねって水をとめ、先ほどまで舐めとられていた指をじっと見つめる。
 もしあそこで、おっさんがダイナをどうにかしてしまおうと考えていたならば、抵抗したとしても逃げることは不可能だっただろう。力量に差があることを理解し、覆ることがない事も分かっているからその答えにたどり着く。
 もちろん、追い越すどころが横に並ぶことすら程遠いからといって鍛錬を怠ったことはないし、今でも彼らと同じだけの力を身につけ、対等に戦いの場に立ちたいと願ってやまないのは事実だ。
 とはいえ、それが叶う日は先が見えないほどに遠いだろう。
 ……では何故、そこまでの差が生まれているのか?
 昔のダイナであれば、純粋に自分の努力不足だと考えていただろう。だが今は違う。いろんな要因が重なって、どうしても避けられない力量差があることを理解している。
 元々持っている、生まれながらにしての魔力差。そして性別。
 こればかりはどうしようもないもので、努力がどうこうの話ではない。そして、どうしようもないものだからこそ諦めるのではなく、自暴自棄になるのではなく、正しく違いを理解し、違いを活かすことが必要なのだ。
「私が女として生まれたことは変えようがないこと……。大丈夫、頭でも心でも、理解している」
 そしてそれを否定せず、受け入れること。
 もし男だったなら……なんてたらればを話す暇があるなら、今の現実を受け入れる努力をした方が何十倍もマシだ。
「だけど、あれは流石にやりすぎ……」
 異性同士だからああしてからかわれるのだと最近ようやく分かったダイナだが、それでもある程度限度は守って欲しいと思うのは当然なわけで。見つめていた手で握りこぶしを作って自分の考えを振り払い、最後のストサンをもって二代目の部屋へと向かうのだった。

「遅かったな」
「遅れてごめんなさい」
「いや、とりあえず入るといい」
 最後は二代目。彼ならば他の三人のようなことにはならないだろう。
 しかし……。
「っ……」
「どうした?」
「あ……いや……」
 部屋に入ると実感が沸いてくる。
 今からダイナは、あの二代目にストサンを食べさせなくてはならないのだ。
「腰掛けるといい」
 サイドテーブルの傍に置かれている椅子にダイナが腰掛けると、二代目ももう一つの椅子に座る。
「冷たいだろう? 置いていいぞ」
 言われたとおりに置くと、スプーンもよこすように言われ、ダイナは少し不思議そうに思いながらも言われたとおりにする。
「食べていいか?」
「あ……どうぞ」
 どういうことだと考えているうちに、二代目は自分でストサンを食べだす。
「ダイナが作るのは、やはり美味いな」
「口に合うなら、よかった」
 褒められたことが素直に嬉しくて、普通に言葉を返す。……が、そうではないと気づき、恐る恐る尋ねる。
「それより……その……いいの?」
「何がだ?」
「罰ゲーム」
 食べさせるというのがワンナイト人狼に負けたダイナへの罰ゲームなわけだが、二代目が自分で普通に食べていては意味がない。
「ああ、ダイナの作ったストサンが食べられると思ってつい乗ってしまってな。……すまなかった」
「え……あ、いや……作るぐらいなら、いつでも……」
「そうか? なら、今度も作ってほしいものだ」
 なんて言いながら一人ストサンを頬張る二代目。
 普段クールな彼だが、やっぱりダンテなわけで。好物がストサンとピザというところは変わっていないので、この二つには目がないようだ。
「食べさせなくて、いいの?」
「……何の話だ? ダイナの罰ゲームは“ストサンを作ること”だろう?」
 二代目が大きな勘違いをしていることが発覚。
 これに毒気を抜かれたダイナはヘナヘナとテーブルに突っ伏す。
「四人分作るのは大変だっただろう。ゆっくりするといい」
「……うん。ありがとう、二代目」
 憧れの二代目に恥ずかしい事をしなくていいという安心感は半端なかったようで、このまま黙っておくことにしたダイナ。そうして気が緩んだのか、いつの間にか夢の中へと入っていってしまった。
「……美味かった。ダイナ、無理を言って…………寝てしまったか」
 デザートまで作って相当疲れたのだろうと二代目はダイナをそっと抱き上げ、ダイナの部屋のベッドに運ぶ。起こさないようにそっと下ろし、布団をかける。
「おやすみ」
 そうして音をたてないように部屋から二代目は出て、扉を閉める。
 同じ部屋にいたのが他のダンテであったなら、ダイナは決して気を許して寝ることはなかっただろう。つまりはそれだけ二代目のことを安心できる人物だと思っているということだ。それに関しては素直に嬉しいわけだが、二代目だって男なわけで。
「あそこまで無防備に眠るとは。……俺もダンテなんだかな」
 もう少し警戒心を持たせるべきか? なんて一人悩む二代目であった。