「ぅ……? 身体、だるい……」
ダンテに倒れこんで眠ってからどれぐらい経ったか分からないが、ダイナは目を覚ました。寝起き特有のボンヤリとした頭でゆっくりと前を見ると、何故か景色が浮いているように見えた。さらに中央には煙を放出している壺がある。もちろん、その横には蓋も。
「目が覚めたか?」
「ダンテ……? どこ……?」
どこからかダンテの声が聞こえる。だが、視界の中にはいない。
「上だ。気付いたら捕まっちまってたぜ」
声のとおり上を見ると、全身蔓によって繭巻きのようにされているダンテの姿がある。どうやら二人とも寝ている間に蔓に捕まったようで、四か所目の寺小屋に連れられ、繭巻きにされてしまったようだ。
「……事態、把握。私、脱出は困難。ダンテはどう?」
「出来ないことはない。が、最悪あの壺を割る可能性がある」
「困った」
あからさまに置かれている蓋を無視して壺を割ってしまえば、それこそどうなるか分からない。割ったら封印できなくなりました。なんてことになれば、それこそ万事休すだ。
「ダンテが後先考えて行動を自重する、すごく珍しい」
「言うじゃねえかダイナ。後で覚えとけよ」
かなり切迫した状況でありながら、二人は特に焦っている様子はない。
「で、どうする、ダイナ」
「睡眠により、体力回復。また、私たちを束縛しているのは、蔓。触手でなければ、恐るるに足らず」
「ああ、まったくだぜ!」
声と同時にダンテに巻き付いている蔓が内側から破裂する。結局壺に当たる危険を顧みず、蔓の中から銃弾をありったけ撃ったようだ。ダイナはその行動に別段驚くこともなく、ダンテによって自身に巻き付く蔓を打ち抜いてもらい壺の近くに着地する。
人に気づいたのか、壺は煙をさらにまき散らすが……。
「色には、大分慣れた。それに、今は体調も良好。……意識は、とられない」
そっと、ダイナによって蓋を施された。
「随分と楽になってきたな」
「……次で、最後。油断禁物。……ただ」
「何か気になることでもあったか?」
「蔓たちが、私たちをここに連れてきた理由」
この森が存在していられる理由は五つの色欲の壺があるからこそだ。それならば、普通は守る為に近づけまいとする。だが、今回の行動は真逆のものであった。それがダイナには引っかかった。
「さあな。植物に考える知恵なんてのがあると思うか?」
「……考えにくい」
「なら、最後の壺をさっさと封印しちまおうぜ」
ダンテのもっともな言葉にダイナはそれ以上何か言うことはなく、最後の壺がある五か所目へと向かうのだった。
ガサガサと森の中を駆ける足音が二つ。時折その音がなくなったかと思えば、力強く地面を踏みつける音。後は銃音と、植物が切れる音。
二人は後ろから追いかけてくる触手には見向きもせず、前からやってくる触手だけを木々の合間を縫って退治していく。睡眠をとったことで二人の判断速度が上がり、さらに何度も襲われてきたことで行動パターンも把握済み。
たとえ蔓から触手になったところで動きに大差はなく、ただダイナを執拗に狙い続けるだけ。時折ダンテへは媚薬効果のある液体を散布するが、当たることはない。
「もうそのダンスは見飽きたぜ」
「最後の寺小屋。入る前に、殲滅」
ダイナの言葉通り、目の前には最後の寺小屋がある。そこを背に、二人は今まで追いかけてきていた触手たちを一匹残らず仕留めていく。
「掃討、完了」
圧倒的なまでの武器捌きで、二人は難なく触手の猛攻を鎮める。
「これで陰気な森ともおさらばだな。……ま、いろんな意味で役得だったが」
「ダンテは、やらしい私の方が、好み?」
「あ? いや、否定はしないが……」
まさかダイナが反応するとは思っておらず、ダンテは言葉を詰まらせる。
「この森を無事出られたら、一つ相談事」
「ああ、なんでも聞いてやる」
ダンテの言葉に一瞬頬を緩めたダイナだったがすぐにいつもの無表情に戻り、最後の寺小屋の扉を開いた。刹那、二人は同時に左右に飛びのく。
ダンテは類まれなる身体能力により足で地面に付き、即座にリベリオンで迫りくる触手を薙ぎ払う。ダイナは地面を何度か転がりながらも体勢を整えレヴェヨンを構える。そして触手に絡めとられないように断ち切っていく。
寺小屋の中は壺の姿が見えないほどに蔓と触手がひしめき合っていた。煙を放出しているおかげで辛うじて位置が分かる状態だ。しかし、どう足掻いてもこのままでは蓋が出来ない。
「……若干の媚薬液と接触。戦闘に支障、なし」
「ならこのままパーティと行こうか!」
小屋の床は触手が分泌している媚薬液で滑りがよくなっている。ダイナは転がったせいで服にべったりと液がしみ込んでしまったが、今のところ異変はない。
壺の全貌を明らかにするため、襲い来る触手を二人は片づけていく。
「……! ダンテ、あれ」
その時、ダイナは自分が見たものに驚愕し、ダンテに声をかけた。なんと、蔓が壺から出ている色欲の煙を浴び、触手に変わっていくのだ。
蔓が四か所目にダイナたちを連れ込んだのは、触手になる為だったようだ。
「どこまでも厄介な壺だな!」
悪態を吐きながらもダンテは壺を避け触手を撃退していく。小屋の中は切られた触手が散らばり、生きている触手は数えられる程度しか残っていない。
「残り少し。油断なく」
ダイナは残りも掃討すべく、レヴェヨンを構え直し撃ちに行こうとした。
「……っ!?」
油断はなかった。だが想定外のことにダイナは一瞬怯む。触手たちはその機を逃さず、ダイナに纏わりつく。
「ダイナ!」
「足元!」
「なっ──! こいつら、まだ動くのか!」
触手に締め上げられていくダイナは助けに来ようとするダンテに注意を促す。そのおかげでダンテは間一髪、切れている触手に足元を掬われずに済んだ。
「ダンテ、触手は全部、ひっ……、私を嬲る……んっ、みたい……。だから、ダンテが……壺に蓋を……んぐっ!」
触手たちはもう残り僅か。その戦力を分散させても勝ち目がないと察したように、ダイナへと群がる。それならばと、ダイナはダンテに壺の封印を頼む。
幸い、壺を避けて戦闘していたため中央付近には触手の死骸がない。ここでダンテがダイナを助けるために動けば最悪二人とも捕まり、それこそ森からの脱出が不可能になる。
ならば一か八か、ダンテが壺を封印する方がいいとダイナは結論づけた。
「……どうなっても知らねえぞ」
「んぶっ……! ゲホッ、ダンテなら、大丈夫」
喋っていたせいで口に入り込んできた触手を噛みちぎり、ダイナは託す。ダンテもそれ以上口を開かず、ゆっくりと壺へ近づいていく。
今までと同じように、壺は煙とさらに多く放出しだす。
「ぐっ……なんだ、これはっ……!」
ダンテはガクリと膝を折った。体中から湧き上がるのは性欲。ダイナを抱きたい。ダイナを犯したい。ダンテの頭の中が色欲で満たされていく。
「ふっぅ……! んんっ、あっ……あっ、んんっ……!」
さらに頭上から聞こえてくるのは、愛おしいダイナの喘ぎ声。触手の媚薬液によって全身が敏感な彼女を自分が抱いたなら、快感に打ち震えてくれるだろうか?
否、答えは知っている。ここに来るまでに再三抱き倒し、その度に悦びよがる姿を幾度となく見ているのだ。
ゆらりとダンテの身体が起き上がる。進む先は壺へではなく、触手に持ち上げられているダイナの方へ。
「ひぅぅ、くぁ……ダン、テ? こっち、違っ……! んぁぁ、やめっ、ダンテっ……!」
服の上から愛撫され、ダイナは快感に身を捩りながらもダンテに声をかける。助けてという声色ではない。壺に向かってという願いを込めた声。
ダイナの声は理性を失いかけているダンテを一瞬、正気に戻すほどの力があった。それを無駄にしないためにダンテはエボニーを手に取り、自身の掌を撃ち抜いた。
「ダンテ──ッ!」
「……助かったぜ、ダイナ。もう少しだけ、待っててくれ」
ダンテは激痛を自分の身体に与え、色欲を抑え込む。
そして壺へ一歩、また一歩と進み壺に蓋を置く。
「これで、終わりだ」
すると地響きが起こり、ダイナに絡みついていた触手たちが枯れだす。ダイナは感じ過ぎて身体に力が入らず、そのまま床へと落ちる。
「うぐっ……ふぁっ……」
本来なら痛みしか感じないはずなのに、身体はそれすらも快感と誤認識し、やらしい声が漏れる。
「ダイナ、無事……なわけねえな。家に帰ったら、もう一回たっぷり抱いてやるからな」
壺を閉じたことでダンテも色欲から解放され、ダイナを支える。いつもの皮肉たっぷりな言葉を口にしながら。
「んっ……、そんなにしたら、バカになりそう」
「たまにはいいだろ? そういうのも」
ダイナはそれ以上何も言わなくなったが、まんざらでもなさそうに頬を染めながら一度だけ頷いた。
森が枯れていく。
五つの色欲の壺が封印され、異界が消えていく。この森の主であった女も、成仏するだろう。こうしてまた、二人の悪魔によって、危険な異界は口を閉じたのだった。
The end……?