Encounter of the waterside

 ヴァンパイアが作ったとされる新種の魔法生物ケイルの討伐を目標に、一行はコロロポッカの森へ向かうためゲイリー宅を出発しようとしていた。
「全員、準備はいいな?」
 バージルの一声に全員が頷いたのを確認したので家を後にすると、何やら小動物が後を追いかけてきているのに気付き、足を止めた。先頭を歩いていたバージルが足を止めるのでつられて足を止めれば、ダンテたちも後を付いて来る小動物の正体に気付き、視線を浴びせた。
「気付くのが遅いぞ。私が敵だったらどうするつもりだったのだ?」
 視線に気付いた小動物──黒猫は聞き慣れない言語で口を開き、喋った。
「この黒猫さん、ファミリアでは?」
 魔法文明語で喋る黒猫にキリエが同じ言語で話しかけると、黒猫は自己紹介をしてくれた。キリエと同じく真語魔法と学んだネロと、操霊魔法を使えるリエルは魔法文明語を習得しているから黒猫の言葉を理解出来ているが、残りの三人は黙って見守るしかなかった。
「如何にも。名をゴウトと言う。主の命令に従って、君たちの旅に同行する」
 ファミリアとはつまり、使い魔のことだ。低級な魔術師のファミリアはそこまで多くのことは出来ないが、高名な魔術師のファミリアとなれば話は別だ。契約された動物自体がこうして自らの意思を持ち、魔法文明語で話し、有益なことを教えてくれる。
 また主となる人物と視覚、聴覚が共有されており、遠くに離れていてもファミリアが見たものは主にも把握できるようになっている。
「あー、監視されてるってことでいいのか?」
 今回はゲイリーの提示した条件があるから、それをきちんと達成できているのかを確認するためにゴウトと名乗った使い魔を同行させたのだとダンテが推察すると、否定された。
「我が主はその程度の些細なことを気に留める御方ではない。ただ純粋に、君たちの身を案じて私を寄越したに過ぎない」
 キリエに通訳してもらいながらダンテが話した感じ、本当にゴウトは監視が目的ではなく、旅が無事にこなせるようにゲイリーが寄越してくれたのは間違いなさそうだった。
 ダンテはどこまでも心配性なゲイリーのことを思い浮かべて苦笑いをした後、だったら断る理由もないとしてゴウトを抱きかかえた。
「じゃ、大いに知恵を借りるとしますか。つっても移動は馬だからな、しばらくの間は誰かの荷物の中にでも紛れていてくれ」
「安全な旅路を心がけると良い」
 ダンテはゴウトの言葉が分からなくてもゴウトにはダンテの言葉が理解出来ているようで、普通に返事がある。これに気を良くしたダンテが数回ゴウトの頭を撫でまわすと、少し嫌そうな顔をしていた。
 面白いことに、物腰から喋り方まで妙にゲイリーと被っているように感じるのはやはり彼の使い魔だからなのだろう。言葉を喋ると言っても傍にいるのは黒猫に変わりはないはずなのに、今から自分たちの目的に向かう第一歩を踏み出すという緊張感がほんの少し、解消された気がした。
 それだけゲイリーのことを自分たちが頼っているのだと実感もした。

 乗馬にも随分と慣れたもので、一週間かけてコロロポッカの森に入るまでの道中は問題に見舞われることなく、まさにゴウトが言ったとおり安全な旅路だったと言える。
 ただここからは森の中に入るため、視界も悪くなる。馬はあくまでもライダーギルドからの借り物なので、必ず返さなくてはならない。その時に不備があっては困るので馬に騎獣契約証を張り付け、彫像化して荷物の中に入れておいた。
「さあ、ここからは徒歩だ。……まずは川を探すとするか」
 ゲイリーから貰った地図を頼りに一行は森の中を歩き始めた。地図と一緒にダンテの荷物の中から出てきたゴウトも地に足をつけると一度身震いした後、皆の後ろをついて歩いた。
「あっちだ。微かに水気を含んだ空気を感じる」
 森の中に入ってから一時間ほど経ったぐらいか。バージルが感じたという水気を頼りにそちらへ方向を変えて、さらに一時間ほど歩くと見事、地図に書かれているのとよく似た場所に出ることが出来た。
「おおー、見事な川だな」
 水の高さは足首がつかる程度の浅さから始まり、真ん中に近付くにつれ泳げるほどの深さのある、まさに物語に出てくるような川だった。所々に飛び石に出来そうなのが埋まっていたりして、子どもが見ればはしゃぎそうな様相だ。
「なあ、少し休憩しようぜ。流石にこうも暑いとさ」
 季節は変わり、今は真夏だ。少し歩いただけで身体から汗は噴き出し、補給した水分はすぐに外へ排出されていく。森に入ったお陰で直射日光が緩和されたかと言えばそんなこともなく、むしろ湿気を含んだ空気がまとわりついてきて余計な暑さを感じるほどだ。
 だから、川辺にいる今は本当に生き返るようだった。
「坊やの意見に大賛成。俺はもうダメだ」
 言うや否や川のほとりに座りこみ水袋を補給し始めたダンテにため息を漏らすバージルだが、彼としてもこの日差しに参っているのは同じだ。しばらくの休息を許可すると皆も川辺に寄り、疲れを癒した。
「ここで休むのか?」
 唯一疲れを感じていないゴウトがネロに話しかける。
「ファミリアは主に何もなけりゃ無限に動けるんだろうが、俺達はそうもいかねえよ」
「いや、休息を責めているのではない。我が主が心配して私を寄越した理由が今、よく分かっただけだ」
 ゴウトの言っていることがよく分からないネロは怪訝な顔をしながら水分補給をして暑さを紛らわす。この間もゴウトは猫特有の縦長な瞳孔を忙しなく動かし、落ち着かない様子だった。
「キリエ様、不調などはありませんか?」
「大丈夫よ。ただこうも暑いと水浴びの一つもしたくなっちゃうね」
 暑さのせいで体調を崩した者はいないようだが、確かにキリエのいうように水浴びをしたい気持ちもよく分かる。とはいえ、今は冒険の途中だ。あくまでもこれはたらればに過ぎない。
「この後は遺跡の調査になります。恐らく、この旅の間では今の時間が最後の息抜きになるでしょう。ならば、水浴びも良いかと」
「えっ、今のはたらればで……」
 生真面目なダイナが一度採用すると言った以上、意見を変えさせるのは骨が折れる。というより既に行動へ移しているダイナを止める手立てがキリエにはない。あれよあれよと進んでいく話を聞いているしかなかった。
「ダンテ。キリエ様が水浴びを所望している。私としても汗を流せる機会はありがたい。だから少しの時間、離れていてほしい」
「水浴びですか? いいですね。……ああ、でも」
 リエルも水浴びと聞いて乗り気のようだったがバージルの方をそっと見た後、遠慮すると断りを入れた。それを聞いたバージルは首を横に振り、否定した。
「構わん。先に浴びてくるといい。ただし、下手な格好でこちらに来るなよ。どうなっても知らんからな」
 どうなっても知らないとはつまり、そういうことなのだろう。ただバージルが胸の前で腕を組み目を閉じているのは照れ隠しというよりは何か、衝動を抑え込んでいるような──どうにも表現しにくい何かが潜んでいる。そう、ダイナには感じられた。
「早めに頼むぜ。俺が干からびちまう前に」
 冗談っぽく言ったダンテも女性陣の水浴びに文句はないようで、ゴウトを抱きかかえて水浴びする場所から離れていった。
「おーい坊や! 覗きは感心しないぞ!」
「ばっ! 誰が覗くか! おっさんじゃあるまいし! なんかあったら大声上げろよ」
 茶化されて顔を真っ赤にしたネロも危険なことがあった時はすぐに呼べとだけ言い残し、駆け足でダンテの後を追いかけていった。無論バージルももう離れていて、川辺には女性三人だけが残った。
「では水浴びを済ませてしまいましょう。風邪を引かぬよう、川から上がったらすぐに水気を取ってください」
 人払いを済ませ、女性三人のみの環境になったとはいっても日光の下で直に肌を晒すというのはやはり恥ずかしい。キリエは照れくさそうにしながらゆっくりと服を脱ぎ、下着姿になった。
「ふう、気持ちいい」
 一方でリエルは素肌を晒し、既に川に体をつけて身を清めていた。しなやかな肢体に水滴がつき、それらが陽の光に照らされてキラキラと輝いている光景は中々に幻惑的だ。
「これを身に着けてください。最悪の事態が起きても恥部は隠しておけます」
 ダイナが手荷物の中から取り出したのは水着だった。今回は川の上流を目指すと聞いていたので念のためにと用意していたようで、キリエとリエルに手渡した。
「本当に、ダイナは細かいことにまで気を回してくれて……」
「気にしないで下さい。性分です」
「ありがとう。お借りするわ」
 ダイナは黒のタンクトップとビキニを身に着け、水着の中でも出来うる限り露出を控えたものに着替えていた。
 キリエには白のホルターネック水着で胸元の大きなリボンが特徴的なものを渡した。これを選んだのはキリエがニールダを信仰しており、色とりどりなリボンや布を身に付ける習慣があることに因んで購入した。
 リエルには小柄でありながら大人としての魅力が出るように、薄緑色のクロスホルタービキニを購入してあった。それにこれなら胸のサイズが分からずとも、ある程度の融通が利く。事実、ダイナが見立てていた以上の大きさがあったためか、リエルの谷間は予定していたよりも深さが出来ていた。
 ダイナの個人的な感想を述べるなら、旅の途中だから防水性に優れた布であれば何でもよいと思っている。しかし、自分の考えを他者にまで押し付ける気は毛頭ない。そして女性は水着というものに相応の情熱をかけて選ぶ人が多いことも知っている。なのでダイナの中ではそれなりのものを選んだつもりだ。これでお気に召してもらえなかった時は今だけ諦めてもらい、次回からは自分で用意してもらうしかない。
「可愛い水着ね。気にいっちゃった」
「私も、この色合いが好きです」
「気にいってもらえたなら何よりです」
 まるで川に遊びに来た旅行者のような装いにも見える光景だが、ここに来るまでも相当な距離を渡ってきたことは間違いない。だから少しだけ、自分たちへの息抜きというご褒美として水浴びを楽しむことにした。
 時間にして十分ぐらいであっただろうか。お互いに水を掛け合ったりして穏やかな笑い声を響かせながら体を清めていると、どこかから視線を感じた。
「──誰!」
 ダイナの鋭い声に二人も川辺に視線を向けると、そこにはゴウトがいた。そしてゴウトはファミリアであり、主と視覚が共有されていることを思い出し、三人とも慌てて手で体を隠した。
「案ずるな。今回の旅で主は私の視覚を通して君たちを見ることはない」
 ゲイリーに見られていると思うと相当に恥ずかしいが、猫であるゴウトになら別段構うことはない。実際本人も人族の肌になど興味ないと言っているので、本当に興味はないのだろう。
「それより、男たちが下流の方から歌声が聞こえると言って様子を見に行ってしまった。これ以上距離が離れるのは芳しくないと思い、警告をしに来た次第だ」
 歌声など、ここまで聞こえてきていない。そもそも、こんな森の中にある川で歌を歌っている人間がいるというのはどうにも考えにくい。何やらきな臭そうだ。
 ゴウトの忠告に従い川を出ると、まさにゴウトに指示された方角から大きな水しぶきが上がるのが見えた。つまりは歌っていた何者かとダンテたちが接敵したことを物語っていた。
「世話を焼かせる」
 着替えている暇はない。最低限の武器だけ持ってダイナは真っ先に駆け出していた。
「急ぎましょう!」
 この後を追うようにキリエとリエルも走り、下流へ急ぐ。最後にゴウトもわざと遅れるようにしながら三人の後を追った。
「敵の気配に気付かぬまま休息を取り出したから不安には思っていたが、案の定であったな」
 主が自分を旅に同行させていなかったらこの者たちはどうするつもりだったのかと、ゴウトは不安を募らせずにはいられなかった。

 ダンテたちの元に駆けつけると、既に彼らは何かと戦っていた。
 相手は薄衣をまとった美しい女性たちで、手にはそれぞれ楽器を持っており、器用に奏でながら歌声を響かせている。
「美人さんだと思って声をかけたらこの仕打ちってのはひでえもんだぜ」
「下らん。さっさと斬れ」
 水辺に棲む蛮族──ローレライたちと戦っている三人は特に苦戦を強いられている様子はない。ただ数が多いためか、純粋に手数で押されていた。
「喰らいやがれっ!」
 数が多いとはいえやることは変わらない。一体ずつ、確実に仕留めていくだけだ。ネロは最近になって随分と上達した投げ技を駆使して相手の体勢を崩し、一気に連続攻撃を浴びせる戦法を安定させたことにより、無茶が減った。
「俺も美女にならっ、組み付いてみたいもんだ!」
 下心全快のダンテではあるが決めることはしっかり決めていて、ローレライを一体亡き者にした。
「なに余裕かましてるの」
 声と共に聞こえてきた二つの風切り音はダンテの傍を通り抜け、別のローレライの肉を抉った。そのすぐ後に火炎球も飛んできて、銃弾を受けたローレライを焼き払った。
「みなさん、怪我はありませんか?」
「問題ない。すぐに片をつける」
 キリエの声に返事をしながら状況を見る。全員の無事が確認出来たことはバージルとしても心配の種が減って良いことだった。後は残りを片付けるだけだと武器を構えなおし、残りのローレライ共を駆逐した。
「ざっとこんなもんか」
 人族の男性を誘惑することで有名なローレライだが、隙さえ与えなければ大きな脅威ではない。先手を取れたのは大きかったと笑いながらダンテが振り向くと、息を呑む光景が広がっていた。
 ローレライなんて比にならないほどの美女が、そこにはいた。
 白く透き通る肌を際立たせる黒の水着は布面積が若干多いような気もするが、むしろ必要以上の露出を控えている姿が色気を醸し出している。また水分を吸って張り付いた水着のせいでうっすらと見える程よい筋肉の付いた太ももは健康的だ。
 そして、普段着の時は大して気に留めたことのなかった胸は大きさを主張し、ダイナが着痩せする方であるということを今になって知らしめていた。
 滑らかな肢体を見て意識をしてしまった瞬間から、ダンテは衝動的に動いていた。ダイナの腕を掴みあげ、抵抗できないように腰に手を回して抱き寄せる。何か抗議の声を聞いた気がしたが、耳に入って来なかった。無意識の内にダイナの首元に自身の口を近づけ、そして──。
「ダンテッ!」
 ようやっと耳に届いた声はバージルの怒号だった。バージルの振り上げた拳が視界に入り、避けることに全神経が研ぎ澄まされたお陰でどうにか自分というものを取り戻した。
「ダイナさん、大丈夫ですか」
「も、問題、ないっ。まだ、何も……」
 ダンテに手を放されたことで地面に倒れ込む。そんな自分に駆け寄り声をかけてくれたリエルに、何かされるにまでは至らなかったと呟くものの、動揺を隠しきれはしなかった。
 驚愕、当惑、羞恥、恐怖。それら全てが入り混じり、何が起こったのかを必死に把握しようと努めたが、何も考えがまとまらなかった。
 蛮族を倒し、ようやっと落ち着き始めた空気は先以上の緊張感に包まれた。一体、ダンテの身に何があったというのか、事態を把握しきれている者は少ない。
「この大馬鹿者が……。ネロ、お前はリエルたちについていって荷物などをまとめておけ。俺は少し、ダンテについている」
「あ、ああ。分かった」
 有無を言わせない迫力にネロはたじろぎ、言われたとおりリエルたちが水浴びしていた場所にまで戻った。この間、ネロも目のやり場に困る状況に陥ったわけだが、どうしても先ほどのダンテの行動が気になって、幸か不幸か、そこまで意識せずに済んだ。
 ネロにつれられる形で元の場所にまで戻った女性たちも着替えを済ませて荷物の整理に当たったが、特にダイナは心ここにあらずといった様子で、先ほど起きた出来事のことをずっと考え続けていた。

 ぼんやりと立ち尽くすダンテは一点を見つめているような、何も映していないような虚ろなものだった。己の欲のままに動けなかったことに怒りを覚えているようにも見えるし、とんでもないことをしでかしたと後悔の念に押しつぶされそうになっているようにも見える。
「こうなった以上、隠し通すのは不可能だろうな。覚悟を決めておけ」
 ダンテの顔が強張り、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。どうにか手を打たなくてはと冴えない頭で必死に考えるものの、先ほどの現実が鮮明に思い起こされるばかりで、もはや手遅れだと自分が納得する以外に出来ることなど何もなかった。
「完全に気を抜いていた。自分でも、驚いてる。まさか、あそこまでダイナに……その、だな」
「言い訳は後だ。今は、この後のことを考えろ」
 今後のこと。一体、どうなるのだろうか。怖いが、考えなくてはならなかった。
 まず、彼女たちの元へ戻った時に取られる反応は二つに一つだ。さっきのは何だったのかと説明を求められるか、触れないように気を遣われるか。
 前者であったならもう、包み隠さず話すしかない。話して、驚かれて……許容される未来は難しいだろう。正体を知れば拒絶するか、もしかしたら武器を向けられる。
 後者であれば、共に行動を続けるだけならば可能だろう。ただし、そこに信頼はない。利害が一致しているから一緒にいるだけの、他人。
「ダイナたちから今後も旅を共にしたいって提案された時、本気で舞い上がってる自分がいた。浮かれてたんだ。警告らしいこともしたが、本気で拒む気なんてなかった」
 それでも、自分の正体を明かすことだけは躊躇ってしまった。だからゆっくりと時間をかけて、きちんと順序立てて話していこう。そうすればいつかきっと、分かってもらえる。いつしかそのような期待を抱いている自分がいて、その為に焦らず、じっくりと一つずつ丁寧に事に当たってきた。
 だというのに、今回の件で全てが一瞬にして水泡に帰した。己の欲望を抑え込めなかったばかりに。
「俺達はこの忌々しい血を分けた仲だ。そして、こうなる危険性も考慮した上で二人の同行を最終的に了承したのも俺だ。お前だけの責任ではない」
 ダンテがダイナに対して強い想いを抱いていることをバージルは分かっていた。本人がそれに気付いているかは何とも言えない部分もあったが、間違いなく好意を向けていることは把握していた。
 そしてバージルはそれを否定することが出来なかった。自分にも妻がいるのだから、ダンテにだって恋人が出来る未来は──上手くいく、いかないは別──あって然るべきだと考えている。それが種別によって差別されることなど、到底許容出来ることではない。
「俺やバージルはどうにでもするとしても、リエルやネロまで巻き込んじまって……」
 何より、人族として人生を全うするために行動しているのだから、自分たち家族を理由にダンテの恋愛が否定されることがあってはならないと、少なくともバージルはそう考えている。
「ネロはこの後荒れるだろうが、少なくともリエルはこうなることも念頭に置いた上でついてきているはずだ。この程度の事態も予測できずして俺達の旅について来るなど、馬鹿なことを口にする女ではない」
 俺の妻だぞと自信ありげに言い切るバージルが、普段なら恥ずかしいからやめてくれと思うのに、今は凄く格好よく見えた。いつか自分も同じような相思相愛の妻が出来れば、と。
「ただし、お前があの二人からどう思われるかまでの責任は取れんぞ」
「ああ、分かってる。自分で蒔いた種だからな」
 もっとも避けたかった事態を引き起こしたのは自分だ。どう思われたとしても仕方ない。
 ようやっと腹をくくったダンテが立ち上がると、バージルにさっさと歩けと急かされた。ちょっと優しくしてくれたかと思えばすぐにいつもの兄貴に戻るので、小言の一つでも浴びせてやろうかと考えて、少しだけ自分らしさを取り戻せた気がした。
「なんだよそれ!」
 合流するために歩き出したと思えば、聞こえてきたのはネロの怒りの声だった。川で魚を取るために体を浮かせていた鳥たちが一斉に飛び立ち、逃げていく。
 こっちはこっちで解消しなくてはならないことが山積みだというのに、悩みの種は尽きないものだ。ネロが何に対して怒っているのかは大体予想がついてはいたが、二人は足を急がせた。