United front

 六月十五日午前八時五十七分。
 大方クリフォトの根を駆除し終えたことをお互いに把握したのか、ネロと二代目の元へVと若が合流した。
「クリフォトは近い。ここからは共に行くとしよう」
 Vの言葉に誰よりも胸を躍らせたのはネロだった。全員で足並みをそろえて行く遠足のような楽しみではなく、一か月前に味わわされた屈辱を晴らせる機会がやっと近付いてきたことを実感できたからこそ、気の高ぶりが心地よかった。
 クリフォトの元へ辿り着くために通ることとなった最後の大きな道は地下鉄だった。レッドグレイブ市の地下鉄はそれなりの規模があり、通常であれば迷うこともなかったが瓦礫によって一部の道が閉ざされていたり、電車が潰されたりしていて反対側の出口に向かうまでに多少の時間を有した。またプラットホームと線路の境界線がなくなっていたり、線路同士の間に敷居があって渡れないようになっていたので、結局は二手に別れての進行となった。
「先に行ってるぜ」
 仕切られた二つの線路を先に進んでいったのはネロと二代目だった。たまたま現れた悪魔の数に偏りがあったので出遅れる形になってしまうのも仕方のないことだったが、何よりもVの戦い方が最初の頃よりもさらに不安の増す動きのせいで、若は気が気でなかった。
 依頼主とはいっても気を遣ってやる義理まではないのだが、短い間でも共に戦い抜いてきたからなのか、別の理由が何かあるのか。とにかく若自身もよく分かっていないというのに、どうにもVを見捨てては行けなかった。
「おい、しっかりしてくれよ。置いてかれちまう」
「……ああ、やれる限りのことはしている」
 Vとしても自分が足を引っ張りつつあることを自覚しているようで、強くは反論してこない。湧き出てきた最後の悪魔に止めを刺したことをきっちりと確認して二人も先を急ぐ。
 ホームの中もクリフォトの蔓によって荒れ放題で、血を抜かれた人間の残りカスも点在している。
 一体、どれだけの人間が今回の事件で命を落としたのだろうか。正確な数字は分かるはずもないが、全く考えないようにするにはあまりにも被害が大きすぎた。
 今回の首謀者である悪魔の名と、被害を受けている都市の名を聞いて考えられることなどそう多くはない。クリフォトの最上部に鎮座しているあの悪魔は間違いなく自分──正確にはおっさん──と因縁があって、このレッドグレイブ市で事件が起きることは必然だった。
 あいつは、ダンテという存在を痕跡一つ残すことなく消し去ろうとしている。だから、ダンテが自分を偽るために名乗っていたかつての名残すらも消そうとしている。
 二代目は今回の事件をどう思っているのだろう。おっさんが居たら何を語っただろう。初代が姿を現したら、その時は何を瞳に映しただろう。他のダンテたちのことは分からないが、少なくとも若はそのように考えていた。
「レッドグレイブ、か」
 幼い頃は何も考えずにつけたこの名前が、今となっては嫌いだった。母を奪い、兄を歪め、共に仕事をした人間たちを消しただけに留まらず、再びこうして関係のない人間すらも巻き込むこの名前が、堪らなく不吉なものにしか思えなかった。

 長かった地下鉄構内を抜けた先には、見上げるだけで首が痛くなるほどにまで成長を遂げたクリフォトのたもとがすぐ近くにあり、目の前の下り坂を一気に駆け抜けていけば目的の場所に出れそうだ。
 一本道の急斜面を下っていくとネロと二代目がいた。二人とも大きな赤い垂れ幕のかかった舞台の上で待っていて、若とVの姿を認めると前へ進みだす。
 追いついた二人も速足でついて行こうとすると、舞台のど真ん中に何かが落ちてきた。
 それはどこかで見たことのある、鎧を纏った悪魔たちだった。中央に降りてきた一体だけは大剣を手にしていて、残りの四体は片手剣と盾を装備している。
「前にも、こんなのいたな」
 ネロが思い出しているのは、かつてフォルトゥナでとあるイカれた研究者に作られた魔剣士たちのこと。若干の差異はあるものの、確かによく似ていた。
「目障りだ。粉々にしてやる」
 四人の中で、この悪魔たちに明らかな殺意を向けたのはVだった。ネロとしては懐かしいものを見た程度でしかなかったし、若に関してはフォルトゥナで作られた魔剣士なんていうのも見たことがないから特に何か思うことはなかった。
 だが、Vがこれらの悪魔たちを見て殺意を向けるのは自然なことだと受け入れている二代目の態度は、ネロにとって不思議だった。
 二代目はフォルトゥナの事件を知らない。だから、作られた魔剣士たちのことも若と同じで知らないはず。なのに何故、自分と同じように懐かしいものを見たという表情と、Vがこいつたちに怒りを向けて当然だと考えたのか、これらがどうしても分からなかった。
 悪魔たちが上から落ちてきた衝撃で辺りの瓦礫が崩れ、地面に乗っているだけに過ぎなかった建物が滑り出す。動く舞台というこれ以上にない洒落た場所で、魔剣士との舞踏会が開かれた。

 六月十五日午前九時五十六分。
 早朝からここまで約五時間弱。ようやくクリフォトのたもとに辿り着くことの出来たネロは今からが本番だと言わんばかりに気合を入れなおしている。だがここに辿り着いてクリフォトを見上げているのはネロただ一人で、他の三人はそれぞれがまるで別の物を見ていた。
「なんだよ、バテたのか?」
 クリフォトに興味を示さないVにちょっとした軽口を叩けば、予想に反したものが返ってきた。
「昔を思い出していた。この街は以前にも、悪魔に襲われている」
「そうなのか?」
「その時、俺もここに居た。ここが遊び場だったからな」
 好き放題に生い茂った草の中にある寂れた馬のスプリング遊具を懐かしそうに撫でながら、杖でクリフォトの蔓によって崩落しかけている地面の上にある家を指し、言った。
「……俺の家だ」
 とても住めそうにはないが、外観はきっちり家だと分かる程度に残っているのは今の現状を鑑みると奇跡に近い。よく残っていたなと純粋に思ったネロはじっとその家を見つめようとした時、若が驚きの声を上げた。
「そんなはず……!」
 あり得ないと、言葉にはされなかったが若の顔にはそう書かれていた。動揺する若を宥めたのは二代目で、一言だけヒントめいたことを伝えていた。
「一つの可能性を飲みこめれば、分かるはずだ」
「だったら、あいつはどうなるんだよ」
 若が見つめる先はクリフォトの天頂部。話の見えないネロにはさっぱり分からないが、当人であるVは若が何に驚き、否定したがっているのか手に取るように分かった。
「どちらかが偽物か、或いは──どちらも本物なのかもしれないな」
 二代目に示唆されたことはあまりにも現実離れしていたから、若は自分の中でうまく消化することが出来なかった。
「……二代目はどう考えてるんだ」
 ぶっきらぼうに聞き返せば、抑揚のない声で返事が寄越された。
「どちらでもいい。そう思っている」
 全てが夢幻であったとしても、どちらかが偽物だったとしても、はたまた二つの存在が同一のものであったとしても、それらは大したことじゃないと二代目は言い切る。
 何故なら、二代目自身がVと同じような経験をしてきているからだ。もっと言ってしまえば、今も自分と同一でありながらそうではない相手と生活し、溢れかえった悪魔どもをぶちのめしている。ならばこれ以上、何を語れと言うのか。
 一見複雑に聞こえる言い回しも、二代目が何を言いたいのかが分かれば、Vに対する考え方がどちらでも良いというものになることに納得がいった。
「ハッ。相変わらず口下手だよな、二代目は」
 息を吐くように笑い、適当に喋りながらもう一度考え、納得した。若の行き着いた答えは二代目と同様、たとえVが何者であったとしても大した問題ではないというものだった。
 現時点で、今回の事件が解決した時の結末がどうなるかは誰にもわからない。だったら、解決し終えた時にまた考えればいい。
「ここで別れよう。先に行け」
 若が悩みを振りきったのを見計らって、Vは切り出した。ここまで来て、一体どこへ何をしに行くのかが分からないネロが逃げるのかと問えば、魔剣スパーダを探しに行くと言い出された。
「はあ? 今更あんなもん必要ねえよ」
「俺も昔はそう思っていた」
 一蹴したがVも意見を変える気はないようで、使えるものは使うべきと言い残し、結局はクリフォトのたもととは別の方角へと進んでいってしまった。
「ネロ、二代目、クソ野郎のことは頼んだぜ。俺は危なっかしいVのエスコートにいかなきゃならねえ」
「ついて来ないのか?」
 Vはともかく、若は一緒に来てくれると思っていたネロは意外だという顔で若を見つめる。
「俺がいなくて寂しいのは分かる。が、Vもほっとけねえからな。……安心しろよ、魔剣スパーダを見つけてすぐに合流してやるから」
 そう言って、緩い表情でネロの左肩を叩いた後、真剣な表情で二代目と視線だけ交わし、急いでVの元へと駆けていった。
「さあ、俺たちも急ごう」
 またも別れてしまった二人の背中を見ることなく、二代目はクリフォトの内部へと続く道を歩いていく。これに釣られるようにネロもまた、ユリゼンが鎮座している天頂部を目指すべく足を進めた。
「二代目も若も、Vの正体に気付いたならなんで教えてくれねえんだよ」
 そんな、晴れない想いを胸に抱きながら。