Fate

 五月十六日、午後四時四十四分。
 レッドグレイブ市の中央に、突如として出現した謎の樹木に現在突入しているのは依頼人であるVを含め、おっさん、二代目、若の計四名であった。集合場所に来ることのなかった三人を待つことなく樹木の内部へと侵入したのはVの進言があったからだ。曰く、早ければ早いほど勝率が上がる、とのこと。
 Vの言い分に異論はなかった。事実、侵入してから強く感じるようになった魔界に近い雰囲気が、残された猶予は残りわずかだと教えてくれているようなものだった。
「何だここ。換気も出来ねえ構造とか欠陥住宅だろ。おまけに、趣味も最悪だ」
 悪態をつきながら顔をしかめ、手で臭いを払うような動作を取る若。二代目も口を開くことは無いが表情は険しい。
「掃き溜めのゴミの臭いだな」
 おっさんも頷きながら内部を見渡し、同じようにセンスがないと愚痴をこぼした。
 Vが、いま目の前を歩いている三人のダンテの内、若と二代目を見たのは集合場所に指定した中央広場が初めてだった。それぞれが赤いコートを身に纏っているとはいえ、デザインは多少の差異が認められるし、何なら歳が明らかに違うことぐらいは見れば分かる。だからこの三人が別人である、ということは理解出来たのだが、よもや”自分の知っている”ダンテ以外にも複数のダンテが、どういった経緯を経て出会ったかはさておき、歳の違いを活かしてあだ名をつけあい、挙句には共に生活をしていると話すのだ。これには眩暈を覚えた。
 だがこれは、嬉しい誤算でもあった。本物なのかはさておき、伝説の悪魔狩人と名を馳せるダンテが三人もいるのだ。これを万全の状態と言わずして何と呼ぶのか、クリフォトの内部に入るまでVはそんなことを考えていた。
 皆が先へ歩を進めようとした瞬間、不気味な唸り声と共に周囲が揺れ始めた。これは約三時間ほど前にも感じたものと同じで、明らかに魔王復活の余波であった。
「ここまでの力とは……」
 余波を通して、魔王が急成長しているというのが嫌というほどに伝わってくる。この時初めて、Vは自分の考えを改めなくてはならなくなった。
 ……どうにかなるものだと思っていたのだ。
 ダンテ──Vの指すダンテとは、おっさんのことである──であれば、天頂にて待ち受ける魔王を討てると、ここに来るまではそのように考えていた。だがその考えはとても甘いものだったと、楽観視していたと言う他ない。
「V、逃げたきゃ逃げろ。お前にゃ荷が重い」
 以前のVであれば、かけられた言葉に苛立ちを覚えていただろう。しかし、今は自分自身でも驚くほど素直に、ダンテへ頷き返していた。
「悪いがそうさせて貰おう」
 実のところ、今回の騒動となった謎の樹木が魔界の樹であることも、今まさに進もうとしている内部の先が魔界へと通じる穴でもあることを承知しているが、誰にも説明はしていない。
 この場所で魔王が復活しようとしている。ダンテ達が知っているのはこの事実だけだ。
 踵を返して来たばかりの道を引き返し始めるVは、最後までその事実を伝えることは無かった。
「おいおい? マジで逃げンの? なあ?」
 呆れたように口を開いたのはVの傍を飛んでいる鳥──Vの使い魔と呼べる存在──であった。大型の猛禽類に近しい姿ではあるものの、一般的な鳥と区分するには異様な点がいくつかある。
 そもそも鳥は流暢に、はっきりと、自分の意志を持って喋らない。嘴が三つに割れたりもしない。他にも当然のように隠しダネを持っていることを考慮すると、別の生き物だと言い張った方が幾分か理解も得られそうだ。とはいえ、やはり“鳥”という表現も言い得て妙なのも事実ではある。
「保険が必要そうだ。あの小僧を連れてくる」
 使い魔でありながら必ずしもVの意に沿うばかりではない鳥の、人を小馬鹿にしたような発言に対してもVは極めて冷静な状態を保てていた。かつて己の中に存在していた過ぎた自信も、過度なプライドも、ある日を境にきれいさっぱりなくなった。だから鳥の発言に目くじらを立てることも、まして噛みつくこともなかった。
「小僧? まさかネロってガキか? そりゃ無茶だ! ヤツは右腕を持ってかれちまったんだろ? 戦う力なんてねェって!」
 鳥の意見はもっともであった。今のネロを連れてきたところで、果たしてどこまで戦えるのか……。だが悲しいことに、そんなネロでさえも力を失ってしまったVと比べれば、遥かに戦うことに長けている。
「それでも、いないよりマシだ」
 自分がダンテに助力したところで、ただ足を引っ張るだけだろう。
 本音を言えば、集合場所にやってくるはずであったという残りの三人を探しだした方が勝率は上がると思われる。しかし、その三人が一体どんな奴らなのか聞いていない以上、探すことは不可能だ。だったらネロを、スパーダの血を引くあの青年を連れてくることに力を注いだ方が、魔王を倒す可能性をほんの僅かでも上げられるはず。魔王をよく知るVにとってはそれに賭けるよりなかった。
 おぼつかない足取りで魔界へと続く穴から脱出したVは急ぎ、フォルトゥナへ足を向ける。鳥に掴まったとしても常時空を飛び続けられるわけではないが、多少の跳躍であれば可能だ。この力を利用して、熱心に、他局よりも良い報道をするためにと無理やり降ろそうとしている報道用のヘリをかっさらうことにした。
「ハッハー! まさか人間を叩きだして乗り物ジャックする日が来るとはなぁ! ちなみに、Vちゃんはヘリの運転出来んの?」
 当然、ヘリなんてものは操縦したことなどないが、今は死ぬ気でやるしかない。でなければ、世界が終わるのだ。
 ヘリからつまみだされた報道記者が何か騒いでいる。ただ残念なことに風の音で全くといっていいほどに聞こえない。聞こえないということはつまり何も言われていないということだとVは無視して、不安定ながらもヘリを操縦する。
「ひょっとして……思ったよりヤバイ感じ?」
 道中、珍しく不安げに尋ねてきた鳥に対して反応を示したのは不安定に揺れる機体であった。

 五月十六日、午後六時三分。
 突入が早かったお陰か、悪魔たちからの熱烈な歓迎を受けることなく天頂に辿り着いたのは若と二代目であった。実際のところはおっさんに擦り付けて先行しただけに過ぎないが、それでも悪魔の数自体が少なかったのは紛れもない事実であるとともに、おっさんが天頂につくのが遅くなることに問題などなかった。
 ──伝説の悪魔狩人が二人も目的地に到達したのだから。
「随分と醜い姿だな。本当にアイツなのか?」
 目の前に座している魔王は若の言葉に反応せず、動かない。何なら視野にすら入れようとしないところを見ると、意に介していない様子だ。
 依然として大きな態度を崩さない魔王に対し、二代目は何も発することのないまま、おもむろにリベリオンの柄に手を伸ばした。すると魔王は瞳を二代目に向けて手を払うような動作を取り、魔王の周りにあった不気味な蔓とも触手とも呼べる物体が三本ほど動き出して二代目を襲った。
 いきなりの攻撃に怯むような者たちではない。何事も無かったかのように二代目が一本、若が二本の触手を両断する。
 先ほどの攻撃と呼べるか些か怪しい、はっきり言って舐めているとしか言えないぬるい攻撃など、二代目一人で全て払い除けられる程度のものであった。それでも若が手を出したのは、俺もいるんだという苛立ちをぶつけたに他ならなかった。
「昔も大概だったと記憶してるが、さらにイケ好かなさが増したんじゃねえのか?」
 もう一度挑発するが、やはり反応は無い。魔王が視界に入れているのは二代目だけだ。
 とうとう堪忍袋の緒が切れた若は魔王に向かって突撃する。腹立たしい魔王の態度を抜きにしても、この数週間は若にとって愉快なものではなかった。今から二週間と少し前にかかってきた電話をきっかけに、とにかく面白くないことの連続であったからだ。
 フォルトゥナ行きへは指定されず、Vと名乗る謎の依頼人から受けたらしい仕事の話も、二代目は早々に知らされたというのに、自分はレッドグレイブ市に行く前日に聞けた始末。二代目が言うにはたまたま帰ってきた時に人が出ていくのを見かけたので、おっさんに聞いたら依頼人であったことを知ったに過ぎないと言っていたが、だったら依頼を受けた次の日にでも自分に話してくれていいはずだ。だから納得もしていないし、不服だった。
 自分だけ蚊帳の外に追いやられているというのが嫌というほどに伝わってくる。直接言われたわけではないにしろ、そう考えないとおっさんや二代目の行動に説明がつかない。もしも無自覚でやっていたなんて言おうものなら、張り倒してやるところだ。
 若の苛立ちはレッドグレイブ市に足を運んだ時点でかなり募っていた。それでもついてきたのは、これ以上のけ者にされてたまるかという反骨精神と、依頼人の言葉が真実であるかを見極めるため。だというのに、敵である魔王すら自分をまるでいない者のように扱ってくるのだから、怒りをぶつけずにはいられなかった。
 リベリオンを使って突撃した若は魔王への行く手を阻む触手数本を引き裂くものの、魔王の傍に近付くことが出来ない。原因は明白で、触手とは別の奇妙な物体が若の突貫を阻んだからだ。
 ある時はオレンジよりも澄んでいて、またある時は赤に近い色にも見えるガラスのような、それでいて水晶とも比喩できる奇妙な物体はまるで意思があるように自動的に動き、若の行く手を遮る。何度か放たれる斬撃も事もなげに防ぎ切ったそれは若が後退したことを理解したように、魔王の元へと戻っていった。
 リベリオンの斬撃で傷つけられないものなど、簡単に存在するようなものではない。しかし、目の前の奇妙な物体は事実としてひびはおろか、傷一つついていない。つまり、あの奇妙な物体は最低でもリベリオンと同等の力を有した物であるということだ。
 数多く存在しているわけではないが、リベリオンと同等の力を有した物に心当たりはある。そして自分たちと同等の力を有している人物も知っている。これだけの事実を見てしまった以上、認めたくはないがVの言葉が正しかったと言わざるを得ない。
「手心は要らなさそうだ」
 魔王と同じぐらい無口であった二代目が呟く。これに対しても魔王は口を開くことは無かったが、代わりに微かな笑みを浮かべた。
「笑ってられるのも今のうちだぜ」
 再び若が突撃するのに合わせて二代目も動いた。二方向からの攻めには流石の奇妙な物体であっても防ぎ切れないようで、若の攻撃を受け切るために二代目の攻撃へは一切向かうことがなかった。しかし、魔王を守っているのは奇妙な物体だけではなく、目に見えない障壁のようなものが隔てられており、あの二代目が攻めあぐねていた。
「相変わらずタフな奴だ」
 二代目がぼやくのと、若が体の奥底に眠る力を解放したのはほぼ同時だった。人から悪魔へと真の姿を晒した若は先ほどまでとは比べ物にならないほど苛烈に攻撃する。もちろん魔王には未だ近付くことすら出来ていないが、奇妙な物体が若干ではあるが欠けてきているようだった。
「俺を無視したこと、後悔させてやる……!」
 力を込めた一撃を入れる。さらに奇妙な物体が大きく欠けた。
「若、下がれっ!」
 ──ように見えた。
 二代目の叫びを耳で捉えた時にはもう遅く、ハリネズミが身を守るように突きだした無数の針が眼前に迫っていた。
 奇妙な物体は微量の傷を認めて守りに徹することを止め、意思を持って攻撃を仕掛けてきたのだ。先ほど大きく欠けたと思ってしまったのは、水晶体とは思えないような収縮を見せたからであった。
 体中に鋭い痛みが駆け巡る。あまりの衝撃に魔人化が解け、後ろへ吹き飛び地面に叩きつけられた。
 負けてたまるかと己を鼓舞して起き上がろうとするものの、体が言うことをきかず若は意識を手放してしまう。最後、視界に捉えられたのは一度として見たことのない二代目の姿と、そんな二代目すらも簡単そうにあしらっている魔王の姿であった。

 五月十六日、午後六時十二分。
 ネロが目覚めると、知らない男が傍に立っていた。
 男に気付いたネロはすぐさま身構えた。理由は単純なもので、この男が自分の右腕を奪った人物ではないかと疑ったからだ。しかし、相手はベッドの上で身構えるネロを見てただただ微笑むばかりであった。
「……その様子なら、大丈夫そうだな」
 敵意は感じられないため、ネロは警戒もそこそこにざっと男の様子を窺った。男は全身に刺青を施し、生気を感じさせないほどに青白い顔をしていた。手にした杖に体重をかけ、もう片方の手には古びた本を抱えている。背後には窓があるが、それは開け放たれていた。
「表の入り口は閉まっていたんでな、窓から入らせてもらった」
 窓に注がれた視線に気付いた男はそう言いながら、男はネロの許しを得ることもなく、気怠そうにベッドの端へ腰を下ろした。
「Vと呼んでくれ。それが俺の名だ」
 今のところ、全てが男の一方的なものだった。だからネロはベッドの上で身構えたまま、Vと名乗る男に対して警戒を解くことはなかった。また、ネロが無意識の内に右腕へと視線を向けたのはこれまで相手が悪魔であるかどうかの判断を、悪魔の力を持つ右腕に委ねていたが故の癖だった。
 だが残念なことに、視線を向けた先には包帯が厳重に巻きつけられた、肘から先を失った自分の右腕だけであった。
 改めて自分の右腕がなくなっているという現実を直視した時には自然と舌打ちが漏れていた。
 右腕を奪われたネロは十日以上もの間、昏睡状態にあった。そしてようやっと目覚めた時、自分が本当に──おぼろげに残っている記憶どおり──右腕を失ったことを知った。だから今でもまだ、自分が右腕を失ったという事実を受け入れられてはいない。
「……何者だ、お前」
 苛立ちを隠せぬまま、ネロはVを睨み付けた。
「お前の右腕を奪った悪魔を、俺は知っている」
 Vはネロの問いに答えることのないまま、伝えるべきことを淡々と口にし続けた。
 悪魔はネロの右腕に眠っていた閻魔刀を吸収し、強大な力を身に付けたこと。その悪魔の元に今、ダンテが向かっていること。自分はダンテと同じ悪魔狩人で、ずっとその悪魔のことを追っていたから右腕を奪われたことを知っていたと捲し立てた。
「俺だけでは到底、その悪魔に勝てない。だからダンテの力を借りて倒すつもりだったが……ヤツは俺の想像以上の力をつけていた」
 ここまで言い切って、Vはネロと初めて視線を合わせる。そしてついてこいと言わんばかりに立ち上がった。
「ダンテだけでは勝てないかもしれん」
 まさかの言葉に、ネロは思わず苦笑していた。
「ダンテじゃ勝てない? マジで言ってんのか、それ?」
 聞いた話をまとめると、恐らくだがVは悪魔を倒してほしいという旨の依頼を事務所の方へ何らかの方法で出したのだろう。悪魔絡みと分かれば報酬の有無に関わらず二つ返事なのは誰であっても変わらないことを知っているから、受けたと考えるのが自然だ。
 Vが先ほどから口にしている“ダンテ”が一体どのダンテを指しているのかまでは分からないが、どいつだって構わない。誰であったとしても、悔しいことではあるが全員が自分よりも実力が上なのだ。何も心配はいらない。さらに付け足せば、危険な仕事だと分かれば複数人で依頼元へ向かうことだって出来る。それこそ“伝説の悪魔狩人が四人揃う”という、どちらが悪の組織なんだと思われても仕方がないような光景だって起こせるのだ。
 真剣に話しているVには悪いが、とても信じられなかった。
 あからさまに疑いの視線を向けてくるネロに対してVは無言のまま、ゆっくりと右腕を前に突き出した。何だと目を細めて訝しむと、突如としてVの右腕に入った刺青が動き出し、やがては刺青が一羽の鳥になって、初めからそこに居たかのようにVの腕に止まってネロを見つめていた。
「分かんねえ坊やだな! とにかくヤベえんだ! さっさと来い、ノロマが!」
 流暢に言葉を発した鳥を見て、ネロは思わずVに視線を向けていた。
「……あまり猶予はない。最悪の事態を想定するなら、黙って俺に従うべきだ。それとも、自慢の右腕を奪われては、悪魔に勝てる自信がないか?」
 挑発的な物言いについカッとなり、気づけば奥歯を噛みしめていた。
 どう見たって怪しさしかない男の言いなりになるのは癪だ。ただ、自分の右腕を奪っていった相手に──Vが言うには悪魔らしい──借りを返したいという気持ちは大いにあった。Vの言葉が真実なのであれば、Vに従うことは、自分の右腕を奪った相手の元へ辿り着ける唯一のチャンスかもしれない。だったら今は、ついて行くのが得策だと思うしかない。
 残る問題とすれば、キリエのことが気がかりだ。
 キリエはきっと、こんな体で悪魔退治に出かけることを許してはくれないだろう。ダンテが向かっているとなれば尚更だ。
「武器を取りに行く。少し待てるか?」
 自分を見つめ続けているVに尋ねる。流石に得物もなしに悪魔と戦っては時間がかかり過ぎるし、大物相手では勝ち目がない。だからキリエにばれぬよう、ガレージに置きっぱなしになっているレッドクイーンとブルーローズを持ってくる必要がある。
 ネロの言葉にVと鳥が急げよと声を揃えた。

 五月十六日、午後七時二十分。
 行く手を阻もうとする悪魔共を蹴散らし、おっさんも天頂へとやってきた。
「お前が掃き溜めの王様か?」
 言いながらそれとなく周囲に目を向けると、先行して魔王の元へ向かった若と二代目が倒れて意識を失っていた。
「おいおい。猪突猛進の若はともかく、あの二代目すら歯が立たなかったとなりゃ……」
 これにはおっさんも驚愕する。同時に、目の前に鎮座する魔王が間違いなくヤツであることを確信するとともに、勝てるかどうかという不安と、絶対に勝たなくてはいけないという気持ちを抱く。
「どうやら“大当たり”らしいな」
 今なお無言を貫く魔王を前に、おっさんはホルスターから二丁の愛銃を引き抜き、構えた。
 Vが魔王の名を口にした時から意識はしていた。しかし、心のどこかで告げられた存在を否定したい気持ちがあったのもまた、事実だ。
 “ヤツ”はもう二度と復活などするはずがない。出来るはずがない、と。
「ダンテ……」
 ずっと無言を保っていた魔王が初めて口にした言葉はおっさんの名であった。
 やはり、魔王は自分を知っている。それが分かってしまった以上、確かにVの言ったとおり、魔王はおっさんが戦うべき理由(your reason)に違いなかった。
「かなり昔にかけた言葉、覚えてるか? ……こういうのを“感動の再開”っていうらしいぜ」
 言いきるのが先か、魔王に向かって駆けだしたおっさんは双銃の引き鉄を引く。常人ではあり得ない秒間十数発の弾丸を撃ちだすだけの連射力も当然ながら驚くべき事実だが、その衝撃に耐えきる拳銃もこの世にいくつも存在しない逸品物であることを主張していた。
 相手にしているのが悪魔でも、大抵の奴ならこれだけで事足りるほどの銃弾の雨であった。しかし、発射された弾丸はことごとく魔王の傍に浮かぶ奇妙な物体に遮られてしまっていた。それをよくよく見ると、奇妙な物体は所々破損しているのが分かる。誰がやったかなど考えるまでもなく分かり、あの奇妙な物体が厄介極まりないものであると理解するのに時間はかからなかった。
「面倒くせえな……!」
 銃の威力ではどうしようもないと悟ったおっさんは二丁拳銃を素早く仕舞い、背負っている大剣リベリオンの柄に手をかけた。そして躊躇うことなく更なる力を解放し、完全な悪魔へと姿を変える。
「さっさと終わらせるぜ。遅刻したバカ共を叱ってやらないといけないんでな」
 自分の中にある最大の力を引き出して魔王へ突進する。それを阻もうと再びおっさんの前に障害として立ちはだかる奇妙な物体とぶつかった瞬間、凄まじい爆風が舞い上がった。