All as before

 ストックとロッシュの殺し合いを止めた後、全部を話す羽目になってしまったダイナとおっさん。
 何とか信じてもらえることができ、今はヒストリアへと帰ってきていた。
「おかえりなさい、守護者たち」
「どうやら、色々と話さないといけなくなってしまったみたいだね」
 ティオはさっきまであったことをすべて知っている風に──それが当然のことのように言った。
 だが、この言葉は明らかにおかしかった。本来ならば……いや、彼らの前に言ったことが本当ならば、この事実はリプティやティオにとっても驚くべき事であるはずだからだ。
「やっぱり俺らのこと、知ってたんだな」
「……はい。あなた達が何者で、何故この世界へ来たのか、それをわたしたちは知っています」
 そうだろうな、なんて様子のおっさん。ダイナも薄々勘付いていたようで無表情のままだ。
「呼んだのはお前らだな? 理由は……聞くまでもないか」
「本当に申し訳ないと思っている。だけど彼を……ストックを守るには、こうする他なかった」
 異世界を繋ぎ合わせる。言葉にするととんでもないようなことだが、幼い二人はヒストリア──操魔の力によって生み出された時の狭間の世界──の案内人なのだ。
 つまりここ自体が作り出された世界。そしてこのヒストリアを知り尽くしている幼い二人ならば、異世界を繋ぎ合わせることも可能なのだろう。さらに付け足すならば、異世界を繋ぐことはおっさんの世界で言えば大して珍しい事ではない。
 悪魔がそれをしているからだ。
 もちろん簡単に事をなしているわけではないが、魔界と人間界を繋いでやってきているのだから、やっていることは同じ原理だろう。規模が少しばかり違うだけだ。
「こっちとしては言いたいことが山ほどあるが、それはおいといてだ。今伝えることがあるとすれば、そうだな……」
 明らかにリプティとティオを試す口ぶりで言葉を濁すおっさん。普通の人間であれば訝しんだり、苛立って言葉を催促したりするものなのだろうが、この幼い二人にそういった手合いは効かない。
 ただ静かに、次の言葉を待つのみ。
「依頼はここまで。……ストックを守るという仕事は、終わり」
「どうしても、ですか?」
「流石に裏のある仕事を請け負い続けるほど、俺らもお人好しじゃないんでな」
 便利屋を善人だと思われては困る。そして何よりDevil May Cryの店主は気まぐれだ。
「君たちがそう決めたなら、ボク達から言えることは何もない。……今まで、ありがとう」
 事情を知って決断した相手だ。何を言っても意見を変えることはないだろう。それを分かっているリプティとティオは残念そうにしながら、それでも引き留めてくることはなかった。
「そこで、だ。今度は俺から提案がある」
「提案、ですか?」
 これは想定していなかったようで、幼い二人はおっさん達の言葉に耳を傾けた。
「この大陸全土を砂漠化させている元凶。それを教えてくれれば、私たちがなんとかする」
「それはっ……。キミ達、自分が何を言っているのか、分かっているのかい?」
 幼い二人からすれば思っても見ない提案だった。だが同時に、それはあまりにも危険なことを請け負うと言っている。
 ストックを守ること以上に、危険なことを……。
「分かるも何も、そもそもそれを期待して俺たちをここに呼んだんだろ? だから前も帝国跡地に俺たちを連れて行った。……もっとも、他の奴らも呼んでくれてたら今頃解決してそうな事件でもあるが」
 若が来たらむしろ大暴れして面倒ごとが増えそうだが、二代目や初代がいればな……と考えるのは、自分が楽したいからなのか否か。
「貴方達がストックを守る理由。それは儀式というものを行うにあたって重要人物であるから。……そこまでは私たちも知った」
 しかし儀式は一時的なものであって、解決には至らないということも同じく知っている。
 だったらそんなまどろっこしいことはやめて、大元そのものを取り払えばいい。この大胆かつ大雑把な意見を出したのはもちろんおっさんだ。もっとも、それに二つ返事したのはダイナでもある。
 ただ一番いい方法であることに変わりはなく、またそうするしかないなら、そうすればいい。
 そして本当にそれを成し遂げてしまうのがダンテという男だ。ならばそれについて行かない道理が、一体どうして生まれるというのか。
「問題はただ一つ! 元凶の情報がない、それだけだ」
 この大陸の真実を提供するだけ。それだけすればこの世界を救ってやると、この悪魔たちは口にしているのだ。
 リプティとティオは、ひどく思案した。
 ながく、ながく、ながく──。
 微動だにしない幼い二人を待っている間、二人も微動だにしなかった。
 どれぐらいそれが続いたかなんて分からない。分からないほどに、幼い二人の返答を待った。それでもここ、ヒストリアでは時間が流れていないというのだから、不気味なものだ。
 同時に、この間にもストックは正しい歴史のために前へと進んでいる。
 砂漠化を止めるという、正しい歴史のために……。
「分かりました。……あなたたちをもう一度、今から帝国跡地へ送ります」
「そこで、真実を見てくるといい」
 ようやく決意した幼い双子。
 ダイナが軽く頷き返すと二人は光に包まれ、ヒストリアから姿を消した。

 目を開ければ帝国跡地。しかし前に来た時とは少し様子が違う。
 ボロボロの廃墟に変わりはないのだが、まだ砂に埋もれていない。さらには何人も人がいる。人がいるというのはあり得ないことなのだが……考えても仕方がないことはもう経験済みだ。とにかく話を聞いて回ることにする。
「おい、あんた──」
「最近の暮らしはどうかって? 魔導技術のおかげで、前とは比べ物にならないほど豊かだよ。陛下にはお子さんが二人もいるし、帝国の未来……は……明る、い……。え、話が……飛躍して……る……?」
 まだ何も聞いていないというのに、勝手にしゃべりだした男。最初は流暢だったのに、最後の辺りでは言葉は途切れ途切れで、最後には消えてしまった。
 だがそのことに周りの人間は気にしていない。……いや、そもそもいなかったような態度だ。
「……これは、過去?」
「さあな。話を聞いて行けばそのうち分かるだろ。……聞くっていうよりは、一方的に投げかけられてるだけだが」
 そもそも、これだけ荒廃した場所に人がいること自体がおかしいのだ。いまさらこの程度のことで驚いていては話が進まない。
 気を取り直して、二人は当時生きていたであろう人間たちから話を聞き出していく。
「皇帝陛下自身が魔術士なのでね、魔導の研究については積極的だ。様々な操魔の秘術を研究させている。操魔の……秘術が、完成……すれ、ば……」
「小国だった我が国が大陸を統一できたのは魔導書のおかげだ。黒い装丁なので『黒示録』と呼ばれている。民草でも……名前、く……らい……」
「皇女さまと家庭教師の魔導学者は、ちょっと歳は離れているけどとてもお似合いのカップルなのよ! でも……皇帝、は……二人の仲を……認め……」
「ローダンがネメシア様に勉強を教える時って、本当に見てて微笑ましいわ。あの二人が……いつま、で……も……しあ……わ……」
 とりあえずここまで聞いて、二人は一度話を整理した。……というか、完全に興味なさそうなおっさんへの状況報告といった方が正しいか。
 前にも訪れた帝国跡地でのことも合わせ、分かったことはこうだ。
 元々小国であったこの国は、魔導書のおかげで大陸全土を統一した。その時の魔導書は『黒示録』と呼ばれ、今もストックの妨害を企んでいる人物の手元にある書物だ。
 また、皇帝皇后には二人の子どもがいる。それが皇子アリウムと皇女ネメシア。皇女ネメシアに関しては、どうやら魔導学者のローダンという男と仲が深かったらしい。無論これを皇帝はよく思っていない。
 前の帝国跡地で見つけた紙切れには、そんな皇帝と皇后、そして皇女の三人は突然姿を消してしまったと書かれていた。……ここまでくれば、大体どういった経緯でいなくなったのかは安易に想像できる。
「ま、どこの時代も身分違いの恋ってのは、問題が起きるものだ」
「それをとやかく言えるのは、当人たちだけ」
 想いさえあれば……なんて綺麗ごとが通らないから、こういった問題は永遠と繰りかえされている。そしてそこに正解がないのもまた事実だ。
 感想もほどほどに、再び人々から話を聞くことにした。
「アリウム皇子はまだお若いのに、早くも政治面で優れた手腕を発揮されているわ。民の声に耳を傾け、公共事業や慈善事業を発案し、獣人との交流にも努め……。いずれ……アリウム皇子……が、表……舞台……」
「皇帝皇后両陛下は魔導を極め、時空を支配する超越者。言わば神であらせられるのだ。おお……我らが神アキレジア……そしてルピナス……よ……永久なる……栄光……」
「魔導の研究は全て最高機密で、僕たち民間人にしてみれば何をやっているのか、想像もつかない。まあ、研究成果がしっかりと僕たちにもたらされている限りは、別に構わないけどね。噂によると……地下に……巨大な施設があって……そこには……」
「この前、仕事に向かう途中で実に不思議な光景を目撃した。中年や老人ばかりの高位な術師たちの集まりに、何故か幼い二人の子供がいてな。もしや……あれが……魔導の天才と……うたわれ……」
 これですべての人から話を聞き終えた。
 ここですることは後一つ。噂としてまことしやかに囁かれた、地下にある巨大施設。恐らくそこが全ての元凶を生み出した場所だろう。そうして地下へ降りると、リプティとティオがいた。
「真実を……知ったのですね」
「皇帝アキレジア、そして皇后ルピナスが何を行ったかまでは分かっていない。……それでも、皇女の想い人であった魔導学者ローダンを……何か恐ろしい存在へ変えてしまったということは、よく分かった」
「そしてそれこそが、大陸全土を脅かしているってこともな」
「その通りだ。……それでも、戦う覚悟があるかい?」
「今更それを確認するのか? それにこうすることは、お前たちが俺たちと初めて出会った時から言い続けていることを果たしてもらえる、いい機会だろ?」
 リプティとティオが二人にお願いし続けてきたこと。
 それは、ストックを守って、という言葉。
 確かに今からすることは、大陸自体を救うことだ。助けられるのはストック以外にもごまんといる。しかし、本質的にそういう意味ではないと察したヒストリアの案内人は、帝国の過去を語ってくれた。

 今から百五十年ほど前に帝国が行った魔導実験の事故が、大陸に砂漠化を引き起こした。
 皇子アリウムは黒示録と白示録という二冊の魔導書を手に大陸中を旅し、砂漠化を止める方法を探した。しかし、彼が方法を見つける前に帝都は砂に飲まれ、この技術を途切れされないようにとグランオルグという国を作った。
 そして国を作った後も研究を重ね、砂漠化を食い止める方法は命を懸けた操魔の術しかないと悟り、王家に伝わるニエの儀式を作ったという。
 帝国が行った魔導実験の事故。
 これこそが解決すべき問題である。
 悲劇の元凶。それは皇帝アキレジアと皇后ルピナス。……そう、帝国をまとめ上げた二人だ。魔導学者ローダンに非道な実験をした張本人。皇帝アキレジアは皇女と魔導学者の恋を引き裂き、学者に対してある実験を行った。
 それは最強の魔導書である黒示録と学者自身との融合実験だった。
 時の流れさえ操作する、黒示録の強大な魔力を流し込まれた学者は自我を崩壊させた。そして黒示録の魔力が暴走し、学者を『時の怪物』へと変貌させてしまう。
 時の怪物となった彼は周囲のマナを無尽蔵に吸収し始めた。
 これこそが大陸を砂漠化させている元凶だ。
 時の怪物を止めるため、皇子と皇女は白示録を使って戦った。結果、怪物の身体から黒示録を取り戻すことが出来たが、倒すことは叶わなかった。黒示録の力を吸収した時の怪物は、自分の周囲の空間を歪めてしまう。
 仕方なく皇子たちは時の狭間に牢獄を作り、怪物を底に閉じ込めることにした。
 時の牢獄。これを維持するのが操魔の……ニエの儀式である。
「この儀式に使われる生贄が、あいつってことだろ」
「…………」
 双子は答えない。とはいえ、聞かずとも分かっていることだ。
 生贄としてストックを守って欲しかったのか、本当に言葉の意味どおりにストックを守って欲しかったのか。そのことはおっさんとダイナには関係ない。
 仕事としてストックを守るのは、もう終わっている。
 今彼らが助けたいのは、仲間であるストックだ。
「ここまで来て、案内してくれない……なんてことは、ないと思ってる」
「キミ達ですら、生きて帰ってこれる保障はない。……本当にいいんだね?」
「構わないさ。さっさと“時の怪物”とやらの元まで案内してくれよ」
 再三の注意喚起をこれだけ突っぱねるんだ。どう足掻いても彼らは“時の怪物”の元まで行こうとするだろう。
 それでも幼い双子は、それに賭けたいと思った。
「私たちの……そして皇子アリウムの願いが、やっと叶う時が来たのですね」
 リプティはポツリと言葉をこぼした。
 過去でも未来でもない、全ての時間が存在する場所。それらを管理するために作られた魔導空間──ヒストリア。
 そこで永遠とも思える時を過ごし、白示録の使い手を導き、大地を救う。根本的な解決ではなく、ただ一時的な時間稼ぎの儀式を行うためだけに、何度も正しい歴史を求め、繰り返す。
 帝国時代に魔導の天才と謳われた幼い双子──リプティとティオ。
 その二人に今、本当の意味で、大陸を滅びから救う希望が目の前にある。
 異世界からやって来た悪魔であるダンテとダイナならば、あるいは──。
「ただ、時の怪物を倒すには白示録が必要だ」
 これには少し拍子抜けな二人。元々サクッと倒してさっさと帰るつもりだったため、まさかここで共闘することになるとは思っていなかったのだ。とはいえ、白示録がないと倒せないと言われてしまっては、連れて行かないわけにもいかない。
「だったら、そこらの準備は任せるぜ。時の怪物と殺り合うってなったら呼んでくれ」
 了承の意を示したリプティとティオと共に一旦ヒストリアへと戻り、時の怪物と戦うその時を二人は待った。

 そうして幾許かの時が過ぎ、ストックが久しぶりにヒストリアへやってきた。どうやら彼自身も、大陸を救うために何が必要で、自分がどういった立ち位置なのかを知ったようだ。
 それでも彼はこの世界を救いたいといった。誰かのために自分の命すら差し出せる心。……それこそが、ニエの悟り。
 ニエの悟りを開いたストックならば、今の彼らにもついて行けるかもしれない……。
「異世界の者たちよ。準備が整いました」
 リプティの声に微かな反応したダイナは、ゆらりと身体を起こした。その姿を見たストックは唾を飲み込む。
 初めて出会った頃とはまるで違う。彼女の周りに漂うは気。それも、人のそれとは違うものだ。だが、こんなものは可愛いものだということをすぐに思い知る。
「──っ!」
 肌が引きつり、本能が逃げろと警告を鳴らす。
 その気配を漏らすのはダンテ。……ダイナがおっさんと呼んでいた人物に違いない。違いないはずなのだが、ストックはこう思った。
 悪魔がいる、と。
 見た目が変わっているわけではない。殺気を向けられているわけでもない。ただ気迫を高めてそこにいる。それだけのことが、人とは違いすぎるものだった。
「ストック、先ほど話した通りだ。今から時の怪物の檻を開く。そうしたら、彼らと共に戦ってほしい」
「白示録と、今の彼らがいれば、必ず正しい未来を勝ち取れるはずです」
 息をするのも苦しいと思ってしまうほどの気迫を前に、リプティとティオは淡々と説明する。だが確かに、そんな彼らが味方だと聞けば、例え相手が時の怪物だろうとも負けるとは思えない。
 それほどに異世界の者たちは、圧倒的だった。
「君たちに幸運と、輝ける未来を」
 双子の言葉と共に送り出された三人。前方が一瞬光ったかと思えば、目の前には文字通りの怪物が、そこにいた。
「恨みはないが……俺たちも元の世界へ帰るためだ。手加減は出来ないぜ」
 それだけ言っておっさんはリベリオンを手に持つ。ダイナもケースからレヴェヨンを取り出し、準備が出来ている。
「正しい歴史を巡る旅も──これで終わらせる!」
 ストックの力強い言葉を合図に、二匹の悪魔が時の怪物と刃を交える──。

 ──激闘の末、ダイナとおっさんの身体は透け始めていた。
「……どうやら、終わったみたい」
「ようやくか……。俺としてはダイナと二人きりってのは中々に良かったんだがな」
 ストックと共に無事、時の怪物を倒した二人には帰りの刻が迫っていた。
「それにしてもストック。よく俺たちと一緒に戦ったもんだな?」
「……仲間、だからな」
 最後の最後にストックを試した二人。
 化け物のような力を持つ自分たちと、本当に協力できるのか……。だがそれは杞憂だった。それどころか最後にこうして仲間とまで言われてしまっては、少しやり過ぎたと居心地悪そうだ。
「時の怪物を……倒したのですね」
「ストックに、異世界の者たち。……キミ達に頼んで、正解だった」
「この大陸は俺も生きている場所だ。礼ならダンテとダイナに」
「全くだぜ。あずかり知らないところの世話までこっちはさせられたんだ。なんか報酬はあるんだろうな?」
 先ほどまでの気迫が嘘だったように、出会った頃と同じように軽口を叩く。
「元の世界へ帰す。……これが報酬では、足りませんか?」
「……待って。そもそもこっちに呼んだのは貴方達じゃ──」
「おいおい! そんな言い分が通ってたまるか!」
「とは言ってももうお別れのようだ。……本当に、この世界を救ってくれてありがとう」
「何も渡せるものはないが、俺からも礼を言わせてくれ。この世界を……そして俺を何度も守ってくれて、ありがとう」
 シャイで無口なストックから、まさかありがとうの言葉を聞けると思っていなかったダイナとおっさんは顔を見合わせる。全身ほとんどが見えなくなっている。まもなく消えるだろう。
「助けるのは当たり前。……私たちは、仲間だから」
「ま、それなりに楽しかったからな。チャラにしといてやる」
 こうして滅びゆく大陸ヴァンクールから、おっさんとダイナは姿を消した。
 彼らのことを覚えているのはリプティとティオ。そして白示録の使い手であるストックの三人だけだ。

 何とも言えない浮遊感のようなものがなくなり、ゆっくりと目を開けば、見慣れた事務所と看板が見える。
「I’m home.」
「ただいま」
「だーかーらー! 俺じゃねえって言ってんだろバージル!」
「ならば誰がやったというのだ!」
「聞きながら幻影剣を俺に向けてくんなよ!」
 帰ってきて早々これか……。
 しかし今は、これが少し懐かしくて、嬉しい。
「今度は何やったんだよ、若。バージルの秘蔵のエロ本でもなくしたか?」
「あ、おっさん! なんかバージルが俺に言いがかりをつけて──あぶねっ!」
 若が寸でのところで避けた幻影剣は見事おっさんの眉間にクリーンヒット。……というか、恐らく先ほどの幻影剣はおっさんに向けてのものだったと思われる。
「Scum.」
 完全に切れてしまったバージルはそのまま自室へと篭ってしまった。だがこれも、いつも通りだ。
「あ、ダイナ帰ってたのか。悪いけど料理手伝ってくれねえか? 今初代と二代目いなくてさ。バージルもあの調子だし」
「分かった」
 血まみれのおっさんとふてくれされている若を素通りし、ネロの手伝いにキッチンへ入る。
 このいつもどおりが懐かしくて、それでいて仲間の温かさを肌で感じられて……。
「ネロ」
「なんだ?」
「ただいま」
「……? ああ、おかえり」
 もう一度、帰って来たときの挨拶をした。
 後日、おっさんに事の全てを報告されてしまったダイナはそれはもう思い出したくない程に二代目に怒られた。
 正座をさせられ、一時間以上二代目に視線を向けられ続けるというものだ。
 最初は何故無茶をしたとか、他に手段はなかったのかと問いていたのだが、それよりも無言で視線を注いでやる方が効果的だと思い至った二代目。
 それはもう絶大な効果を発揮した。
 冷汗を流し、身体を震わせるダイナ。もちろんそんな彼女を救えるものは誰一人としていない。……という地獄のような説教を味わうはめになったのだった。
 説教が終わった瞬間の彼女が一番面白かったと語るのは若。
 痺れる足に構わず、何度も転びながら階段を這うように駆け上がり、自室へと滑り込む姿に笑わざるを得なかったという。
 なんて帰ってきてからはまだいい思い出がないダイナだが、それでもここが自分の居場所だと思うと、いけないことだと頭では理解しながらもこの暖かさに今は身を委ねても良いとし、甘んじて受け入れていた。
 予期していないことだったが、図らずも仲間が傍にいる大切さを改めて感じることが出来たのは、ストックと出会ったからだろう。
 ダイナは大切な仲間を守るために、これからも精進する。
 もちろん、二代目に喋ったおっさんには何か嫌がらせをするそうだ。そうして返り討ちにあって、逆に恥ずかしい思いをしたとかしなかったとか……。バカは当分直りそうにない。