Temporary sabbath

「今回は本当によくやってくれた。君たちが来てくれていなかったらこの勝利はなかった。今宵はゆっくりと休むといい」
 今は異伝の方で砂の砦を防衛した後。大きな仕事を無事に成し遂げたということで、細やかではあるが酒が交わされていた。そこにはおっさんとダイナの姿もあり、ストックやロッシュたちとともに出席していた。
「今日の勝利に……」
「かんぱーい!」
 それぞれが手に持っていた酒を、各々のペースで呷っていく。そんな中ダイナだけは酒に手を付けず、おっさんが飲み切るのを静かに待っていた。
「……ん、どうしたダイナ。飲まないのか?」
 最初の一杯を一気飲みしたおっさんがジョッキから口を外し、ダイナに声をかける。
「酔ったの?」
「バカ言え。一杯で酔うわけないだろ。俺の普段の飲みっぷりを忘れたのか?」
 初代と飲む時でも最低三本は開けているおっさん。それでも彼が酔っているところは見たことがない。なのにダイナが酔ったのかと聞いたのは、もちろん彼女なりのジョークだ。……下手すぎて伝わっていないが。
「あれ、どうしたのダイナ。お酒、苦手?」
 ダイナがお酒に口を付けていないことに気づいたレイニーが声をかけてきた。まだ飲み会が始まって十分と経っていないが、彼女の頬は赤く染まっている。
「苦手というより、未成年だから飲めない」
「未成年? うっそ……そんな歳であんな槍捌きしてんの?」
 レイニーの大きな声につられて、マルコとロッシュがやってきた。どうしたと問われたのでレイニーに言ったのと同じように説明をすれば、やはり彼らにも驚かれるのだった。
「若いだろうとは思っていたが、まさか成人してないとはな……」
「こんなこと聞くのもあれだけど、ダンテさんとはどうやって知り合ったの? すごく歳が離れているよね」
「あ、あたしも気になる!」
 周りから見たって二人が一回り以上の年齢差があるというのは言わずともわかる。しかし親子というにはダイナが少し大きすぎる。他の可能性を考えていくと……恋人になるのだろうが、それも当てつけ間が否めない。
 素直に答えるなら世界線を超えて、なんて話になるが、そんなことは口が裂けても言えるはずがない。ダイナは慎重に言葉を選びながら、話題が別の方に行くようにと誘導をかける。
「居候かあ。その年で苦労してるんだね」
「苦労……。確かに、おっさんと会うまではそれなりに大変、だったと思う」
 事実として居候なのだが、家事だけでなく仕事も手伝っているというか、現在の家計をぎりぎり成り立たせているのは間違いなくネロとダイナだ。これではどっちが居候なのか分かったものではない。
 ある意味で今も別の苦労をしているが、それでも自分が元居た世界と比べれば、これ以上の幸せはない。
 大切な人たちに囲まれて毎日を過ごせているこの日常に、一体どんな不満を持つというのだろうか?
「ま、若い者同士で話してな。ロッシュ、向こうでストックと飲もうぜ」
 傍にいるからこそ話しにくいこともあるだろうと気を使ったおっさんが、ロッシュとともに席を外す。その心遣いに気づいたダイナは、後で何かお礼をしようと心の片隅に留めるのだった。
「……それで? ダイナはダンテさんのこと、どう思ってるわけよ」
 完全にお酒で出来上がってしまったレイニーは乙女モード。マルコは何度も経験しているため、また始まったとあきれ顔。ただ、ダイナにとってこういった話は生まれて初めてだ。
「すぐに周りを煽るし、無茶もする、困った人。……だけど、帰る場所を与えてくれた、安心させてくれる人でもある、かな」
 在りし日の面影を憂いながら、少し離れた場所で談笑しているおっさんをそっと見やる。自分よりも十以上離れている年上の相手にこんな感情を抱くのも失礼な事なのだろうが、他のダンテたちと違って七人が集まっている世界の本当の住人であるという事実は、おっさんは“絶対に居なくなったりしない”ことの証明であり、ダイナにとって何よりも嬉しいことだった。
「ふーん……。ダンテさんのこと、そんなに大切なんだ」
 ダイナの素直な答えに機嫌を良くしたレイニーは、もう一杯貰ってくると言って席を立った。彼女がいなくなったのを確認してから、マルコが小さな声でダイナに耳打ちした
「ごめんね。レイニーってばそういう話、大好きだから」
「そういう話、とは」
「えっ、気づいてなかったの? だって、そんな風にダンテさんのことを語るってことは、やっぱりその……恋、してるんだよね?」
 恋、という言葉にダイナは目を丸くする。先ほどの返答の中に、そのような意味合いとして取れるような言葉を言っただろうかと思い出しては、別段変なことは言っていないという自問自答を繰り返した。
「恋ではない。だけど、家族でもない。……どう、表現したらいいか……うまい言葉が見つからない。だけど、本当に大切な人」
 これ以上にいいようがなく、ダイナは自分の伝え方の下手さが嫌になる。うまく伝えられない自分に苛立ちを覚えていると、ふいに後頭部を軽く撫でられ、慌てて頭上を確認すればそこにはおっさんの姿があった。
「悪いな、ダイナは見てのとおり口下手なんだ」
「ははは。どうやらそうみたいだね。ロッシュ隊長とストックは?」
「完全に出来上がったロッシュを部屋まで運びに行ってる。そっちこそ、酔っ払いはどうしたんだ?」
「……どこかで居眠りしてるかも。ちょっと見てくるよ」
 一体どこまでお酒を取りに行ったのか、いつまでも戻ってこないレイニーを探しにマルコは部屋を出て行った。代わりにおっさんがダイナの隣に腰を下ろし、その手にある物を寄越すように催促した。
「もう、温い。美味しくないと思う」
「俺はダイナが手に持ってるそれが飲みたいんだ」
 本人がそう言うならということで、ずっと持っていたビールジョッキを渡すと、おっさんはそれを一気に呷った。
「温いな」
「だからそうだと言った。まだ飲むなら、取って来る」
 お酒なんて何がいいのか良く分からないが、いつも初代と飲んでいるおっさんは楽しそうだ。そういった姿を思い出すと、今渡したもので締めというのも気が引ける。ついでにマルコとレイニーの様子も見に行けると考えたダイナが立とうとするとガッチリと腰に腕を回され、立つに立てない状態になってしまった。
「待て待て、話があって来たんだ。聞いてくれ」
「伝えるべき事柄があるというなら、無論耳に入れる」
「言い方がかたいって。話ってのはな……」
 そっと耳打ちされた伝えたいこと。ほんのりとお酒の匂いを漂わせる優しい言葉はダイナの胸の奥深くに響き、彼女の幸せそうな笑顔を引き出した。
 ──俺たちはもう、家族なんだぜ。