The unknown world also attack!

 湖畔の街オーベルフェ。
 今ここは、大いなる賑わいを見せていた。
 理由はふたつある。
 ひとつは湖に映りこむ世界樹の、圧倒的な景観を楽しみにやってくる観光客。そしてもうひとつが、一攫千金を求める冒険者たちである。冒険者たちの一番の目標は、世界樹への到達。まだ誰も成し得ていない、未知の領域だ。一説には神の国への入り口があるともいわれているが……本当のところは、どうなのだろうか……。
 その真実に迫ることを夢見て……この街オーベルフェには、腕利きの冒険者が集まってきていた。
 もちろん君も、その一人だ。
 街の門をくぐれば、大いなる冒険が待っている! さあ踏み出そう! 世界樹到達への第一歩を!

 本来であればそんな風に志を持ってやってくる場所なのであるが、ここにいる彼らは少し事情が違った。
「どこだよ、ここは……」
「おい坊や。ふらふら一人で歩くんじゃない」
「ふらふらしてねーよ! むしろあっちこっち歩き回ってるの、おっさんだろうが!」
 なんて騒ぎながら街に入った彼らは、人の多さに目を見張る。
 忙しそうに行きかう人々をつかまえ話を聞くと……冒険者として活動するためには、冒険者ギルドでの登録が必要だと言われた。何を勘違いされて冒険者と思われたのかは分からないが、彼らは冒険者ギルドの扉をたたくことにする。
“冒険者ギルド”
 オーベルフェに滞在中の冒険者が集う施設。冒険者の登録や、メンバー編成が行える場所だ。中に入ると赤髪をオールバックにした、少し細めの男がいた。
「おっ、冒険者だな。見りゃわかる。新入りだろ?」
「新入りなのは否定しないが、冒険者ってのは……」
 銀髪に赤いコートが特徴的な、無精ひげを生やした男が異議を唱えようとした。
「俺はトラオレ。ここでギルドを取り仕切っている。言っておくが、世界樹へのアタックは危険だ」
「おいおい、無視かよ」
 どうやら街行く人々だけでなく、トラオレと名乗った目の前の人物にも彼らのことは冒険者としてしか認識されていない様だ。
「勝手に行って勝手に倒れられたら、探索願も出せねえ。だから冒険者はみな、ギルド登録が必要なんだ」
「……オーケー分かった。話を続けてくれ」
 もうどうにでもなれといった様子で、銀髪の男は話を促す。
「分かったら、この台帳にお前達のギルド名を書いてくれ。冒険者グループの名前だ。リーダーであるあんたの名前を付けてもらってもかまわんが……」
「却下」
「つか、誰がリーダーだ?」
「そりゃあ……俺に決まってるだろ?」
「ここでもおっさんがリーダーすんのかよ」
 ギルド名を決める。そうなったとき、赤いコートの男の後ろに立っていた人物たちが一斉に抗議の声をあげる。人数は、赤いコートの男を含めて七人いた。
 どうやら今回の彼らはまた時空を超え、この湖畔の街、オーベルフェにやってきてしまったようだ。異世界旅行のし過ぎである。
「まあ、好きに決めてくれ」
「ならまあ、安定の『デビルメイクライ』でいいか」
 これには誰も抗議の声をあげない。なんだかんだで、まんざらでもないようだ。
「デビルメイクライ、ね。のちにこの名が、世界に轟くことになる……かもしれないな。ハハハッ!」
「センスある名前だろ?」
「次だ。デビルメイクライに属する冒険者を登録してくれ。もちろん、本人の登録も可能だ」
「ま、ここのメンバーで十分だろ」
 もう話を流されることには気を止めなくなったおっさん。いちいち突っ込んでいては話が進まないと悟った様子。……ぜひその行動は元の世界に帰っても続けていただきたいものだ。
「……よし、登録が終わったようだな。では、次はメンバーの編成だ」
「メンバー編成?」
 聞き慣れない単語に、ついついオウム返しのダイナ。
「ああ。ダンジョンには、最大で四人までしか入れない」
「そうなのか。じゃあ……最初は誰から行こうか?」
 どうしたものかね、とおっさんは首をひねる。
「編成が終わったら、晴れてあんたたちも冒険できるようになったってワケだ。ただ、長旅で疲れてるだろう? ここには多くの温泉宿がある。今日のところは宿を探して……」
「あ……兄貴! 大変だ!」
「むっ! ヨボか! どうした」
 突然、ヨボと呼ばれたトラオレに髪の色以外よく似た男が慌てて入ってきた。
「ああ、デビルメイクライ一行、すまない。こいつはヨボといって、オレの双子の弟なんだが……」
「双子……ねえ」
 確かに、トラオレとヨボはそっくりだ。髪の色が違わなければ、どちらがどちらか分からなくなってしまうほどに。だが、見間違えても仕方がないほどにそっくりな人物は彼ら一行の中にもいる。
 ……髪型が違いすぎるので、見間違えることはないのだが。
「客人か? 取り込み中すまない! それより……! ガラク工房ンとこの坊主が戻ってこないんだ!」
「末っ子のラジムか! また素材を採りに不思議のダンジョンに?」
 それを聞いたおっさんは、皮肉交じりにこういった。
「坊やってのは、どうしてこう一人で突っ走りたがるのかねえ」
「俺のこと見てるんじゃねえよ」
 何が言いたいのか分かったネロは不機嫌そうだ。
「ああ、たぶんな。まったく何度も迷惑かけやがって」
「だが困ったな。向かえそうなギルドは、今ここには……」
 そう言いかけて、トラオレは言葉を止める。なんとなく、デビルメイクライ一行は察する。
「そうだ。登録して早々悪いが、あんたたちが行ってくれないか? 人手が足りないんだ、頼む。アイテムを渡すから、必要な時に使ってくれ」
「まてまて、誰も受けるとはいってねえぞ」
「俺は行かん」
「私は、行く」
「俺も行く」
 なんとも協調性のかけらも感じられない、各々の自由な発言は飛び交う。
 結局、嫌がった初代とバージル、そしてその二人の保護者という理由で残された二代目を置いた残りの四人で、ラジムという少年を救出することに。
「不思議のダンジョンは湖畔から行ける。案内するよ」
 案内を受けた彼らはヨボと共に湖畔へと向かった。

「そうか。君達はまだ、ここに来て間もないんだな。……というワケで着いたぜ。湖畔だ、新人の冒険者さん」
 湖には奥にそびえたつ世界樹が綺麗に映し出されている。圧倒的な存在感を放ちながらもどこか儚げで、それでいて神秘的な美しさを見れば、観光名所になるのも頷けるものだ。
「湖の向こう岸に山々が見えるだろ? あそこに不思議のダンジョンがある。桟橋から船に乗って渡るんだ。さらにその奥に見えるのが、世界樹だ。つまりは……」
「世界樹は不思議のダンジョンを超えない限り、到達できないってワケか。ハッ! 腕がなるぜ」
 かなり壮大な樹木を見てテンションが上がっている若。ラジムを助けるという目的も忘れ、一人で突っ走っていきそうだ……。
「そも、不思議のダンジョン……とは?」
 不思議のダンジョンなんて言葉は生まれてこの方、一度も聞いたことがない。ダイナは疑問を投げる。
「不思議のダンジョンってとこは、これまた厄介なところでよ……。行くたびに地形が変わるし、倒れると持ち物がなくなったりする」
「そいつは厄介だ」
 なんて厄介と一ミリも思っていないようなおっさんが両手を広げて困ったのポーズを取る。
「ラジムが向かった先は森林の遺跡というダンジョンだ。ここから一番近いダンジョンだから、そんなには危険じゃないと思うが……それでも注意してくれよな。すまないが頼んだぜ」
「了解。対象を保護し、帰還する」
 こうして、デビルメイクライ一行の不思議のダンジョン攻略が始まる。
 彼らは船に乗り、湖の向こう岸へと渡る。そこには数々の迷宮が広がっているのだ。ちなみに、この地域の不思議のダンジョンはアリの巣構造になっている。
 朽ち果てた遺跡を無数のマングローブの木々が覆う。植物の生命の根強さと、時の流れの残酷さが対照的に色濃く、光と影を放っている。
 第1迷宮、森林の遺跡。
 ここ第1迷宮での目的は、ラジムという少年を探すこと。それがデビルメイクライ一行の初めての仕事だ。
 勇気をもって挑みたまえ。

「つーわけで、サクッとクリアしちまおうぜ」
「まあ待てよ、若。実はな、一つ話しておかないといけないことがあるんだ」
 ダンジョンに入るなり意気揚々と先行する若を止めたのはおっさん。
「話? わざわざダンジョンに足を踏み入れてから?」
「むしろ、ダンジョンに足を踏み入れたからこそ、だな」
 どういうことだと首を傾げるダイナ。そんな中、ネロは違和感を感じておっさんに聞いた。
「なあおっさん。なんか……いつもと動きが違うんだが」
「お、もう坊やは気づいたか。なんか、ギルドでメンバー登録するときに職業とかいうのがあってな」
 職業。つまり、自分たちは何かの職種に振り分けられたということを察したのか、三人は戦慄する。何の相談もなしに、おっさんの独断で決められた職業。一体、自分たちは何に振り分けられたのか……。
「一応、イメージに合いそうなのは選んでやったぜ」
 安心しろよ、なんて顔をしているおっさんの表情がさらに三人の不安を煽る。
「ちなみに、おっさんは何」
 しかし、聞かなければ。……聞かなければ、戦いようがない。まずは無難におっさんの職業を聞く。
「俺か? 俺は“フーライ”って職業だ」
 聞いたことのない言葉に三人は顔を見合わせる。どう判断を下せばいいのか分からないためだ。
「俺たちは知ってのとおりだが、同一人物だからな。戦闘スタイルが同じだろ?」
「まあ、当然だな」
 ネロ、バージル、ダイナの三人は差別化できても、ダンテは四人ともダンテなわけで戦闘スタイルはみな同じだ。派手に二丁拳銃で銃弾をぶっ放し、リベリオンで大暴れする。……そう、四人とも。
「戦闘に関して遅れを取ることはないと思ってるが、ここは不思議のダンジョンなんだろ? だったら、いろんなことに適応できる職業の方がいいと思ってな」
「おっさんが、まともなことを言ってやがる……」
「不安」
 ネロとダイナは聞き間違いではないだろうかと自分の耳を疑う。
 つまりはみんな、バラバラの職業ということだ。本来であれば正しい判断であり、おっさんは褒められてもいい。……はずなのだが、こういった風な言葉しか投げかけられないのは日頃の行いが原因だろう。
「ちなみに、私たちは」
「坊やは“パラディン”で、ダイナは“ダンサー”だ。そして若は……」
 言葉のニュアンスで、大体分かる。
 パラディンということはネロは防御特化型だ。まだ彼自身は年のせいもあり、無茶な戦い方をすることが多い。打たれ強くなるというのは純粋にプラスだろう。
 ダイナのダンサーというのは一見、そんなので戦闘とかできるのかと疑問に持ちそうだが、彼女のメイン武器は多節槍レヴェヨンという槍だ。持ち手の部分を自在に伸縮させて戦うその姿はまさに踊り子と比喩するに遜色ない。そういった観点で見ればこちらもイメージに合っている。
 おっさんが自分に選択したフーライという職業は、まさに不思議のダンジョンを探索するための職業と言ってもいいぐらいにいいとこどりをした能力を持ち合わせている。若干火力が低いのは気になるが、まあ……おっさんならそんなの関係ないだろう。
 そして最後は若だ。彼は……。
「“ルーンマスター”だ」
「ふざけてんのかおっさあああぁぁん!」
「何故、バカに知的な職業を選択する」
「お前ら好き放題言い過ぎだろ!」
 ルーンマスター。その圧倒的なまでに高い知力から放たれる、各属性攻撃はトップクラスの火力を誇る。
 高い攻撃力、という点だけを見れば確かに若……というか、ダンテたちには持って来いの職業だろう。しかし、そこじゃない。もっと、もっと大事なことを忘れている。
 この職業のみそは『高い知力』だ。
 そんな職業を、突撃しては敵をなぎ倒す、謎解きはそもそも解く気がないと言わんばかりの物理解除を繰り返すような若に務まるわけがない。
 これにはネロもダイナも大口論。というよりは鉄拳制裁。ネロの背中から現れた青い魔人のような悪魔が、思いっきりおっさんの顔面を殴る。ダイナも辛辣な言葉を並べ続けている。あまりの言われように若も異論を唱えるも、おっさんへ怒りをぶちまける二人の耳に届くことはなかった。
 ……そうしてしばらく、ダンジョンで好き放題暴れた後、おっさんの言い分を聞くことになった。
「まあ聞けって! これにはきちんとした訳がある!」
「どんな理由があったら若を“ルーンマスター”に選ぶんだよ!」
「属性攻撃ってところさ! 俺たちに、属性を纏った魔具を持ってるのは若だけだろ? だから適任だと思ったんだよ」
 おっさんの言い分は、想定していたよりはすごくまともだった。だが、本当に適任だろうか……?
「知力がないのに、属性だけ打てても、威力が皆無」
「ま、普通の冒険者ならそうだろうが……俺たちは半人半魔だぜ? そんなもん覆すほどの威力で殴ればいいのさ」
「……やっぱり、バカ」
 結局は脳筋戦法で解決するつもりだったらしい。
 つまりおっさんは属性の威力をあげるためだけに若をルーンマスターにし、戦闘スタイルとしては従来通り殴ればいいだろう、という考えだ。これにダイナは呆れかえり、ネロは諦めモード。肝心の若は。
「まあ、いつも通り敵と戦っていいってことだよな?」
 とりあえず、そう解釈したようだ。
 圧倒的な物理攻撃に、ただ属性を乗せるためだけに選ばれたルーンマスターがここに爆誕。……なんと不憫な。なんてあーだこーだと言い争っているうちに、気付けば大量のモンスターに囲まれてしまった一行。
「と、おでましのようだぜ?」
「お手並み拝見……ってな」
「好き放題言われたからな。丁度憂さ晴らししたいと思ってたところだ」
「殲滅する」
 いろいろ言われた若はフラストレーションが溜まっているのか、ケルベロスを振り回す。ネロもレッドクイーンを構え、おっさんは背負っているリベリオンを。ダイナはレヴェヨンを手に持つ。
「Let’s rock!」
 若とおっさんの声を合図に、各々が動き出す。
 それに合わせて、モンスターたちも襲い掛かってくる。人ほどの大きさがある赤いアリや、稲妻をあちこちに落とすウサギ。トカゲというより、幼少ドラゴンのようなモンスターに、赤い甲殻に七つの黒反転のついている虫。
 メンバーを組んでいる彼らだが、一緒に敵を倒す……という発想はないようで、各個撃破していく。
「Catch this!」
 ネロは本当に防御特化のパラディンなのかと疑ってしまうほどの高火力で、モンスターを一匹、また一匹と片していく。
 彼の右腕は赤い鱗のようなものに覆われており、それはデビルブリンガーと呼ばれている。デビルブリンガーからは青い魔人の手が現れ、遠くにいる敵を引き寄せたり掴んで振り回したりとやりたい放題だ。
 だが、範囲という意味ではダンサーである彼女もおかしかった。
「Mow down!」
 ダイナは火力という意味であればメンバーの中で一番劣っている。……パラディンのネロが火力が高いというのがおかしいだけだったりするのだが。
 しかし、その足りない火力を補うほどの広範囲で敵を薙ぎ倒していく。そもそも、ダンサーは攻撃兼支援型という味方を鼓舞するのがメインなのだが、そんなことはお構いなしだ。
 また、これは本当に偶然なのだろうが、彼女が戦う動きそのものが舞いのようにも見える。結果、自然と味方の能力をあげる“踊り”となり、元からおかしい火力持ちのメンバーたちはさらに強い攻撃をポンポンと繰り出していく。
「Too easy!」
 若は三節根のケルベロスを振り回し、戦場をかき回していく。素早い切り返しで右、左とテンポよく敵をつぶしていく。
 これは結果論だが、おっさんの選択は悪くなかった。事実、氷属性を持つケルベロスは今まで以上の火力を叩き出している。ルーンマスター本来の戦い方は何一つとして活かされてはいないのだが、若にとっては近接で戦う、このスタイルの方がいいだろう。
「Break down!」
 その中でも一際破壊力の高い攻撃を放っているのは、やはりおっさんだった。
 前方の敵へ五月雨突きをしたり、投げたリベリオンで敵を一か所に集め、リベリオンが手元に戻ると集めた敵を脳天割りしたりしている。無論、モンスターたちは逃げることも許されず、全て討ち取られていく。
 そんなでたらめな強さで、四人はどんどんダンジョンを降りていく。
 第1迷宮はそもそもが深くない。そんなダンジョンで、敵を一発で葬るレベルの火力の持ち主たちが潜れば、必然的にサクサククリアできてしまうのだった。
 そしてダンジョンの最奥部まで来た彼らは、ここで異臭を感じる。
 これは……甲虫が腐ったような……独特の匂いだ……!
「こういう臭いを嗅ぐと、あいつを思い出すぜ」
「ああ、あのバッチイカエルか」
 おっさんとネロは何やら臭いで嫌な思いをしたのか、お互いに肩をすくめている。その臭いカエルとやらにあったことのない若とダイナは、クエスチョンマークを浮かべる。
 なんて流暢なことを話している間に、目の前には先ほどのモンスターたちとは比べ物にならないほどの強大なモンスターが立ちふさがった。
 どうやら、ここに侵入してはいけなかったようだ……!
「なんだよあの、アリに蝶の羽が生えたような赤い化け物は」
「大きさはアリの比じゃないがな」
 見た目の感想もほどほどに、それぞれが武器を構える。
 第1迷宮のヌシ、大顎マントンマとの対決が始まる!
「Come on!」
 最初に突っ込んだのはネロと若だ。パラディンのスキル……というよりは元々の性格なのだろうが、ネロは挑発する。どうやら効果はあったようで、マントンマはネロの方に鋭い顎を向ける。
 マントンマの視界から消えた若は一発、高威力の技をお見舞いする。氷属性はどうやら普通に効くらしく、マントンマにダメージを与える。
 一瞬怯んだマントンマに、すかさずダイナとおっさんが続く。
 持ち手を伸ばしたレヴェヨンで、舞うようにマントンマの全身を切り刻む。そして素早く持ち手を元に戻し、マントンマの脳天めがけて飛び掛かり、突き刺すモーションを取る。
 おっさんはダイナを援護するようにリベリオンで突撃し、足元を崩す。そこへ、ダイナの槍が刺さる。……のだが、突撃の威力が高すぎて想像以上にマントンマが体勢を崩してしまった。そのせいで槍はマントンマの背中にしか刺さらなかった。
「やりすぎ」
「わりいわりい」
 ダイナが不満を洩らすと、おっさんはひらひらと手を振って謝罪の意を示した。
 自分たちの何倍もある大きさのモンスターを相手にしているというのにこの余裕、やはり強さがデタラメだ。
 しかし、マントンマも第1迷宮とはいえ、伊達にヌシとは呼ばれていない。大きく体を振りダイナやおっさん、若を吹き飛ばし、再びネロへ鋭い顎を向ける。
 挑発によっていまだ攻撃対象として見られていたネロ。あれだけの攻撃を浴びせられたのだから、完全に自分はノーマークだと思っていたネロは抵抗する間もなく打ち上げられてしまう。
「ネロ!」
 若が叫ぶ。そんな若にネロは安心しろ、と言わんばかりに青い魔人の手を使い、辺りに生い茂る蔓を掴んで華麗に空中で体勢を整える。そして、アントンマの頭にめがけて青い魔人を纏い、思いっきり上空から殴りつけた。
 避ける暇もなくアントンマはネロの殴りをもろに頭蓋骨で受け、地面に叩きつけられる。
 言いようのない、声とも響きとも取れる音を発し、マントンマは去っていった。
「流石だな、坊や」
「ひやっとさせてくれるぜ」
「誰があの程度でくたばるかよ」
「無事で、よかった」
 マントンマを追い払った彼らは一息つく。すると森の奥から、一人の少年が現れる。
「いや~! ありがとう! 助かったよ!」
 茶色髪をバンドで止め、オールバック風にしている少年が続けて喋る。
「オレはラジム。武具の素材採りで、ここまで来たんだけど……妙なところに来ちまって、動くに動けなくなってさあ……」
 どうやら、先ほどの巨大モンスターのせいで、ラジムは帰るに帰れなくなってしまっていたようだ。
「ったく、手間かけさせやがって」
「みんな、心配していた。……街に帰ろう」
 おっさんが小言を言う中、ダイナは事のあらましをざっと説明する。
「……え? 助けてにきてくれたの? そうなんだ! ありがとう!」
 こうして、無事ラジムを救出したデビルメイクライ一行は街へ帰還する。

「そっかー! 街にきてまだ間もないんだね! 道理で見かけない顔だと思った!」
 ラジムを船に乗せた一行は、不思議のダンジョンを後にする。
「……ってか、わわ! 太陽がだいぶ傾いてる! もうちょっとしたら日が暮れちゃいそう!」
「そんなに俺らは、あのダンジョンを探検してたのか」
 傾く陽を見てネロが驚く。
「来たばっかだし、宿はまだ決めてないんだよね? だったら助けてくれたお礼に、いいとこ紹介するよ! ついて来て!」
「なら、待機してるやつらも呼ばないとな」
「他にも仲間がいるの? 分かった。じゃあその人たちと合流してからね!」
 そう言ってラジムはこっちこっちと手招きしながら、デビルメイクライ一行を宿に案内するのだった。
 冒険者ギルドで待機をしていた三人と合流し、ラジムの案内で宿に着く。
「コアヌねーちゃん! お客さん連れてきたよー!」
「あらラジム。どうしたの?」
 コアヌと呼ばれた女性が姿を見せる。可愛らしいピンク色に、フリルのついた洋服に身を包んだ、おっとりした印象を与える女性だ。
 どうやらここはラジムの姉、コアヌが切り盛りしている温泉宿らしい。そして、ことの成り行きを聞いたコアヌは、デビルメイクライ一行にお礼を言うのであった。
「まあ、そんなことが……! ラジムを助けていただいて、本当にありがとうございました。小さい宿ですが、今日はここでゆっくりしていってくださいね」
「街に温泉宿はたくさんあるけど、ここは格別なんだぜ!」
「ああ、確かに格別みたいだ。なんせ、こんな美人な女性が経営してるんだからな」
「おっさん、迷惑を掛けてはいけない」
 すぐに手を出そうとするおっさんを止めるダイナ。どこに来ても、おっさんは通常運転だ。
 ラジムはまだ幼いためか、よく分かっていない様子だ。
「そうだ! おねえちゃん! 今日のこと、父ちゃんや兄ちゃん達には内緒だよ!」
「内緒にしといても、すぐにバレちゃうでしょ? 冒険者さんに助けられてるんだから。早く帰って怒られなさい」
「やだな。……でも仕方ない。じゃあ!」
「フフッ。相変わらず、せわしないんだから」
 今、さらっと怖い事を言ったコアヌにダイナは最初の印象と違うものを感じるが、すぐにその顔も無表情に戻る。
「とにかく、デビルメイクライさん達にはお世話になりました。すぐに温泉の用意を致しますから、ゆっくり休んでくださいね」

 辺りもすっかり夜になり、彼らは温泉で汗を流す。こうして露天風呂につかっていると、一日の疲れがとけていく……。
 こじんまりとはしているが、確かに静かで、いい宿かもしれない。彼らは思う。とりあえずはこの宿を起点に、自分たちの世界へ帰る手がかりを探すのにいいかもしれないと。
 今日は休んで、また明日から、がんばろう。
「露天風呂、初めて」
 ダイナは一人、女風呂。横にある男風呂からはいつもの賑やかな声が……。
「いつもシャワーだからな。こういうのも、たまにはいいかもな」
「Huu! ちょっと大きさは物足りねえが、人がいないから泳ぎ放題だぜ!」
「若やめろ! ここはプールじゃねえ!」
「騒々しい!」
「バージルも幻影剣やめろよ!」
「二代目、背中流そうか」
「頼む」
 大騒ぎする若をハリネズミにしようとするバージル。そんな二人を止めるネロ。おっさんは興味なさそうに風呂につかり、これまた知らん顔で初代と二代目が洗いっこをしている。
「……お店の人に、怒られそう」
 ダイナは一人、そんなことを考えていた……。

 次の朝……。
「おはようございます。デビルメイクライ一行の皆さま。昨夜は、ゆっくり休まれましたか? 何かありましたら遠慮なく……」
「遠慮しなくていいのか? だったら今晩俺と一緒に……」
 その時、彼らは小さな異変に気付く。
「あ、あの……そういうのはちょっと……」
「おい」
 おっさんのお誘いを止めたのは、珍しくもバージルだった。しかし、眉間にしわを寄せたその顔はおっさんの品のない台詞が理由ではなさそうだ。
「あれ? 皆さん。どうかされましたか……?」
 コアヌが、デビルメイクライ一行が警戒していることに気付き、声をかける。すると……。
「……あっ!」
 揺れを感じる……地震のようだ……!
「……おさまったようですね。よかった……」
 しばらくすると収まり、コアヌは安堵のため息をつき、話し始めた。
「驚かれましたか? ここではよく地震が起きるんですよ。最近特に多くて」
「へえ……」
 ネロが適当に相槌を打つ。
「街の皆はもう慣れっこみたいですが、私はいまだに、ハッとしちゃいますね」
 本来、地震とは危険なものだ。それに慣れてしまうほどに、数が多いのだろうか……。
「それはともかく、今からお出かけですか?」
「そのつもりだ」
 結局、今回の未知の世界でもおっさんがリーダーということなので、おっさんがそうだと言えば皆も頷く。
「でしたらラジムがいる、ガラク工房へ行かれてみてはいかがでしょうか? ラジムもきっと、喜ぶと思いますよ」
「昨日の坊やか。ま、これも何かの縁だ、顔を出してやるか」
「あと……不思議のダンジョンで倒れると、アイテムやお金が無くなると聞いています。弟を助けてくれたお礼です。こちらをどうぞ!」
 そうして手渡されたのは、ラジムを救出するときにも渡されたアリアドネの糸だ。
「結局これ、なんなんだ?」
 ラジムを助けてくれ、という依頼を受けた時に渡されたいくつかのアイテム。彼らは何一つ使うことなく、その身体1つでクリアしてきたため、さっぱり用途が分からないでいた。
「このアリアドネの糸は、不思議のダンジョンから安全に脱出できるアイテムです。冒険には、ひとつあれば十分かもしれません。残りは、私共の倉庫に預けていただければ、大切に保管いたします」
「なんだ、ここは倉庫もあるのか」
「はい。アイテムだけでなく、お金を預かるサービスもやっておりますので、その際には遠慮なく、お申し付けください」
「致せり尽くせり」
 結局アイテムは預けても、お金は預けなかったデビルメイクライ一行。貯蓄しようという発想がまるでない。そんなのだから、借金生活が終わらないんだな……。なんて考えてるのは、ネロとダイナぐらいだった。

 場所は変わり、ガラク工房。コアヌに薦められたとおり、ラジムに会いに来たようだ。
「あっ! デビルメイクライの皆さん! 来てくれたんだ、ありがと!」
 元気に顔を出してくれたのは、もちろんラジム。
「あの後、父ちゃんから大目玉食らってさあ。まいったよ。でもダンジョンで素材が採れたから、よかった。これがないと武器や防具が作れないからね」
 父親の話をしていた時の嫌そうな顔はどこへやら、素材の話をすれば安堵の表情。ころころ変わるのは、やはり年相応だ。
「武器や防具の作成に、ダンジョンで取れた素材を使うのか?」
 彼らには、武器や防具といえば魔具しか出てこない。魔具とはそもそも悪魔が宿っているもので、作ったというにはほど遠い代物だ。ダンジョンで見かけた素材というもので、武具が作り出されるというのは興味深い。
「うちは、冒険に必要な武器や防具を作って売っているんだ。父ちゃんや兄ちゃん達は、奥で鍛治仕事。んでオレは、ここで店番ってワケ。でも、素材がないと作れない。だから、ダンジョンで採れた素材を冒険者さん達から、いつも買い取っているんだ」
「ほー。ま、俺たちにとっちゃ、こんなのはただのガラクタだ。買い取ってくれるってなら、売らせてもらうぜ」
 そう言っておっさんが取り出したのは、昨日ダンジョンで倒したモンスターたちから手に入った素材の数々。
「あと、うちで作れる武具もリストにしてまとめてあるから、確認してみてね。じゃ、早速買い取らせてもらうよ」
 武器に関しては、彼らは愛用している物以外は使うことはないだろう。防具? そんなものは必要ない。
「これからもガラク工房をごひいきに!」
 それでも彼らは、ここを利用するだろう。自分たちにとって使い道のない素材を売るのにはもちろん、消費アイテムはきっと必要になるだろうから。
「じゃあな坊や。もうあんな無茶すんなよ」
「気を付ける! ……あっ! そうだ! もう冒険者ギルドには行った?」
「いや、まだだ」
「だったら、一度ギルドに寄ってみるといいよ! オレを助けてくれたお礼がもらえるんじゃないかな!」
「そういうことなら、足を運ぶか」
 こうして、次の行き先が決まった。

 昨日と同じく冒険者ギルドにやってきた彼ら。それに気づいたトラオレが出迎えてくれる。
「おっ、デビルメイクライ一行だな。昨日はラジムを助けてくれたそうだな。ありがとう。これは報酬だ、受け取ってくれ」
 そうして渡されたのはお金と、アイテムをいくつか。
「ま、大して苦労もしなかったしな。こんなもんだろ」
 相場が分からない、というものあるが、あの程度の依頼にお金とアイテムまでついてきたのだ。文句はない。
「ここ冒険者ギルドでは、冒険者たちをサポートするだけでなく……。街で困ったことがあったら、それを仕事として冒険者たちに斡旋しているんだ」
「なるほど? だったら、金に困ったらここに来ればいい、ってことか」
「そういうことだな。後、もっと細かい仕事なら、黄金の麦酒場でありつける。弟のヨボがコックをやっている酒場だ。後で行ってみたらどうだ?」
「あんたの弟、料理が上手なんだ」
 少し意外だな、とネロが一言。それにはダイナと初代も同意していた。
「情報が集まるといえば、やっぱ酒場か。なら一度、行っておくのもいいか」
「トラオレさんいる!? ちょっと来て!」
 そこに慌ててやってきたのは、一人の女ガンナーだった。
「むっ、どうした?」
「さっき地震があったよね? たぶんそのせいだと思うんだけど、探索に出ていた冒険者たちから報告が」
「分かった、案内してくれ」
 トラオレが出て行ってしまったので、ここには誰もいなくなってしまった。仕方がないので、彼らも出ることにした。

「お客さん! いらっしゃーい! 好きなテーブルにどうぞ!」
「あー……、俺たちはトラオレって人から聞いてきたんだ」
 オレンジ髪のおさげに、鼻の上にそばかすが印象的な、笑顔の良く似合う女性にそう伝える。
「トラオレさんから……? そっか、冒険者の人達か!」
「おおっ、君達か! ラジムを助けてくれたそうだな! ありがとう!」
 そう言って店の奥から顔を出したのは、昨日ギルドへ慌てて駆け込んできたトラオレの弟、ヨボ。
「あれ? マスター、この人たちと知り合いなんですか?」
「ああ、昨日ちょっとな。新人のデビルメイクライ一行だ」
「そっかー。私はムッコラン。よろしくね」
「よろしく」
 彼らは軽く自己紹介を済ませる。
「ここは、マスターの料理が評判のお店なんだけど……やってきたお客さんから、クエストと呼ばれる仕事がいつも集まってくるの。内容は素材探しから魔物退治まで、様々よ」
「魔物退治一択だな」
「まあ、そうなるだろうって予想はついてたけどよ……。俺も異論ねえけど」
 素材集めなんて、そんな面倒なことはしていられない。と言わんばかりに満場一致の様子。
「何を選んでもらっても自由だよ。よかったら、食事ついでにクエストを引き受けてみてね」
「だったらとりあえず……飯でも食うか」
「はーい! ご注文が決まったら呼んでくださいねー!」
 こうして一通りを見て回った彼らは食事を取り、もう一度冒険者ギルドに顔を出すのだった。

「……あっ!」
 中に入ると、見慣れぬ女の子がいた。赤い布に白の水玉模様が目立つ髪留めで、クリーム色の髪をポニーテールにしている。
「はじめまして! こんにちは! てへっ!」
 そういうや否や、少女は出て行ってしまった。
 ……今のは少女? ……だったのだろうか……?
 入れ替わりに、トラオレと女ガンナーが戻ってくる。
「おおっ、デビルメイクライ一行。よかった、まだいてくれたか。頼みが出来た」
 今度はなんだ、と言いたげなメンバーたちにトラオレは、砦を立て直してくれないか? と言った。
「ゴメン。私が行ければいいんだけど、今は手が離せなくて」
「砦は、冒険者たちみんなで立ててきた拠点だ。世界樹までの道は、不思議のダンジョンが阻んでいる。一足飛びには行けない」
「それで?」
「そこで、世界樹に少しでも近づけるよう、ダンジョンに拠点を築いてきたんだ。山登りで言う、山小屋みたいなもんだな」
「そいつは分かりやすい例えだ」
「さっきの地震で、第2迷宮の砦が壊れちゃったの。申し訳ないけど引き受けてくれない?」
 この依頼に、メンバーたちはどうする? といった感じで顔を見合わせている。
「……ま、しばらくの間、この街には世話になるんだ。引き受けるさ」
 帰る目途がたっていない以上、恩を売っておくのも悪くないというおっさんの判断で、依頼を受けることが決まった。バージルは若干嫌そうな顔をしたが、それは軽くスルーだ。
「おおっ! 引き受けてくれるか! ありがたい! このアイテムを持っていけ、砦を建てるには、このアイテムが必要でな。なくすといけないから、きちんと管理しろよ」
 トラオレからアイテムを受け取ったのはもちろんダイナ。ダンテーズに渡そうものなら、どうなるか分かったものじゃない。ダイナは言われたとおり、アイテムをなくさないようにしまう。
「ありがとう。ホント助かる。目的地に着いたら、砦を建ててね。あと地震のせいか、第2迷宮のヌシが暴れているの」
「ヌシ?」
 ヌシと聞くと、昨日の最下層で出会ったでかいアリを思い出す。悪魔たちにも下級や上級といったランク付けがあるように、ここにいるモンスターたちにもそういったのがあるのだろうか。
「ちょっと気が荒くなっているだけだから、倒せば正気を取り戻しておとなしくなると思う。だからヌシを見つけたら、それも鎮めるようにしてね、お願い」
 殺しても構わない。だったならば簡単なのにとか、気絶程度にとどめるのは面倒だなと考える彼らはやはり、常軌を逸した強さを持っている故か……。

 さて、今回の探索メンバーを決めた彼らは、船着き場に向かう。
 湖畔に着けば、誰かが近づいてきた。
「あっ! さっきギルドで会ったね!」
 それは、髪留めが印象的な少女だった。ずいぶん、馴れ馴れしい態度で君たちに接してくる。
 バージルはかなり殺気立っており、それを落ち着かせているのは初代だ。
「私はナディカ。カナハルタから取材でやって来たの」
「取材? 何のだ」
 二代目は淡々と尋ねる。
「世界樹に挑む冒険者たちの取材。ワタシ、記者をやってるの。君達、これから不思議のダンジョンに行くんでしょ? 私も連れてってくれないかなあ?」
 これには、ダイナも嫌な顔をする。
「迷惑かけないから! お願い!」
 現在進行形で、迷惑をかけているということが分かっていない少女──ナディカはお願いしてくる。そもそも、記者というにはずいぶんと幼い感じがするし、何よりも怪しいが……。
 どうするかを決めるのは、彼らだ。
 ナディカを冒険に連れて行ってもいいし、断ってもらってもかまわない。
「断る」
 断ったのは、ダイナだった。
 この少女が少し苦手……という感情論を抜きにしても、危険な場所へ連れていく理由はない。
「どうしても……ダメ……?」
 だが、ナディカは食い下がる。これにダイナは怯む。迷惑をかけないという言葉はなんだったのだと、困惑してしまう。
「……しゃーねえ。いいぜ、お嬢さん」
 やり取りを見ていた初代が、渋々了承する。これにはバージルも不服そうだったが、泣きつかれた挙句に連れていくよりはまだマシだと自分に言い聞かせたのか、何も言いださなかった。
「連れて行ってくれるの? わーい! ありがと! 私、ダンジョンでは後ろから隠れて、見えないようについて行くから」
 潜伏は得意なのだろうか。それは少し、ありがたい。
「えっと……ワケあって目立てないんだ。そんなこともあって絶対迷惑かけないから、よろしくね!」
 気になることをナディカは口走ったが、誰もそのことには興味がないようで、問うことはない。
 こうして、二度目のデビルメイクライ一行の、不思議のダンジョン攻略が始まる。

 洞窟内はとても美しく、無数の鍾乳石と、エメラルド色に輝く湖群が神秘的な光景を紡ぐ。ただし油断してはならない。奥にはヌシが棲むからだ。
 第2迷宮、森林の遺跡。
 ここ第2迷宮での目的は、B1Fに壊された砦を建設すること。そして、ヌシと出会ったならば鎮めることだ。これがデビルメイクライ一行の二回目の仕事だ。
 勇気をもって挑みたまえ。
 第2迷宮に足を踏み入れた彼らはとりあえず最初の依頼、砦を建てることにする。
「確か、ダイナが受け取っていたアイテムを使えば、勝手に建つんだったか?」
「話の限りでは、そう。……少し、時間がかかるとは言っていた」
「便利なものだな」
 なんて呑気な話をするのは初代。今から最奥部に出向いてもう一つの依頼、ヌシを鎮めに行くというには、どこか緊張感がない。
「おい、これはどうなっている」
 今度ダイナに声をかけたのはバージル。
 何やらいつもと感覚が違うことに気付いたようで、いつにも増して機嫌が悪い。
「俺も気になった」
 二代目も身体を動かし、違和感を訴える。
 彼らの行動で、何が言いたいのか察したダイナは話す。
「おっさんから、伝言」
 今回、おっさんはダンジョンについてきていないため、前回一度ダンジョンに潜ったダイナに一任されていた。なのでダイナは、職業のことを説明する。
 それに理解を示した三人は、本題に入る。
「なら、俺らの職業ってやつは何だ?」
 若の悲劇まで聞いた彼らは、戦慄していた。……結果だけを言えば悲劇ではなかったのだが、いつもの戦闘スタイルと真逆の職業を割り当てられるというのは、彼らにとっては悲劇以外の何物でもない。
 過去の自分にそういったことをしたということは、初代も二代目も例外ではない。だが、それ以上に双子の兄である彼はもっと危険だ。間違いなく、嫌がらせをされるだろう。
 話を聞いてそう考えたバージルの眉間には、これ以上にないほどにしわが寄っていた。
「職業を伝える」
 ダンジョンに足を踏み入れた時の軽い気持ちは、どこにもない。
 彼らの真剣な顔が、ダイナに向けられる。
「初代は“パイレーツ”で、二代目は“ソードマン”。そしてバージルは……」
 パイレーツ。突剣と銃を巧みに扱う海賊。
 初代……というかダンテは海賊ではないし、突剣ではなく大剣使いだが、遠近両用の攻撃型。そう言い換えれば、まさにイメージ通りだ。これならばリベリオンも、エボニー&アイボリーも、最大限生かせるだろう。
 二代目のソードマン。こちらはもう言葉通り、剣を使って戦う近接攻撃型だ。近接攻撃という中でも、守備もそこそこにあり、打たれ強い。
 これは誰にでも合いそうな職業だが、打たれ強いというところに注目をするならば、若や初代より二代目向きだ。
 円熟の域に達している彼は、若のような無茶はしない。
 打たれ強いから、多少食らっても大丈夫……みたいな甘い考えは絶対に持たないからこそ、体力切れを起こすことはないだろう。
 ……まともだ。今、ダンテ組にはまともな職業の名前が挙がっている。どちらも、彼らの戦闘スタイルに合ったものだ。だからこそ、さらに嫌な予感がする。
 まともな職業が挙がったということは、まともでない職業が残っている可能性がぐっと上がったからだ。
 緊張がさらに高まった中……一拍置いて、ダイナが伝える。
「“ケンカク”……という職業」
 沈黙。
 聞いたことがないために、まともかそうでないかの判断がつかない。そのためバージルは依然、険しい表情のままだ。
「俺と二代目のはまあ……言葉通りだろ? 兄貴のそれはなんだ、ハズレか?」
 ハズレという言葉に、バージルがギロリと初代を睨む。だが、聞かなくては話が進まない。
 もし、明らかにバージルの不慣れとするようなスタイルのものであれば、守らなくてはいけないからだ。まあ、守ろうなどとすれば、逆に邪魔だと斬り刻まれそうだが……。
「聞いたところ、防御を捨てた、超攻撃型。……しかも、一刀でも二刀でも可」
 ところが意外や意外。話を聞く限り、一番アタリだった。
 これには初代と二代目は驚き、思わずバージルも目を見開く。
「なら、このメンバーは防御を捨てた、超攻撃型……ってことか?」
 パイレーツもダンサーも、守備の面では心もとない。ケンカクに関しては、殺られる前に殺るが基本になるだろう。唯一守備があるといえば二代目だが、決して彼の職業も攻撃を受け切るようにはできていない。
「そうなる。事実、私を除いた三人は高火力。短期決戦型……かな」
「ハッハー! そいつはいいぜ! なあバージル?」
「フン……。お前と同意見というのは癪だが、無駄な時間がかからないというのは確かに好ましい」
 実際ここにいるメンバーは、元の世界にいるときでもかなり実力がある。
 言わずものがな、一番強いのは二代目だ。次点でおっさんか初代。僅差でバージルが続く形だ。
 もちろん、若やネロ、ダイナが弱いというわけではない。常人と比べれば、その三人も十分おかしいレベルで強い。しかし、二代目やおっさんといった、さらに頭が一つ抜きんでている人物と比べると、どうしても劣ったように見えてしまう。
 ……やはり彼らは、常軌を逸している。
「だったら、こんな雑魚共なんて片づけて、さっさとそのヌシとやらを鎮めに行こうぜ?」
 そう言って初代はエボニー&アイボリーを構える。
 前方にはオレンジと紫色の、なんともハイカラなスライムのようなモンスター二種類がうじゃついている。
「試し斬りにはいいだろう」
 バージルは閻魔刀を構え、後方にいるライオンのようなモンスターに視線を向ける。
「なら、後方の敵は俺とダイナで受けもつとしよう」
「了解。接近後、速やかに討伐。そして戦線から離脱する」
 ダイナは初代の後ろに、二代目はバージルの後ろに立ち、二人はモンスターの後ろにいる白銀の銃兵に備える。
「Let’s start the party!」
 初代の声を合図に、まず初代とバージルが動き出す。それに一歩遅れるようにしてダイナと二代目がそれぞれに続く。
「Open a way!」
 そう言って初代はエボニー&アイボリーで、白銀の銃兵の前に群がるハイカラなスライムたちを撃ち抜いていく。何十発という銃弾を即座に、何十匹というモンスターたちにプレゼントしている。
 初代に開けてもらった道をダイナが突っ切る。狙うは、後方で銃を構える白銀の銃兵のみ。
 他の倒しきれていないスライムには目もくれず、一気に銃兵たちとの距離を詰める。だが、モンスターたちも距離を詰められまいとし、ダイナに発砲する。
 それを右へ左へと身体を切り替えしてかわしたり、レヴェヨンで弾き返したりしている。そして高く飛び上がり、レヴェヨンの持ち手をばらす。
「Dance to dance!」
 白銀の銃兵は、空から舞い降る縦横無尽に動く槍先に次々と引き裂かれ、バラされていく。
 だが、機械のようなこのモンスターにも感情というものがあるのだろうか。まるで死にたくないと言わんばかりに、上空にいるダイナに向かって発砲する。
 ダイナはそれに構わず、地上にいる銃兵たちを減らしていく。発砲された銃弾が、ダイナに近づく。
 しかし、その銃弾たちは決してダイナに届くことはなかった。何故なら、スライムたちを全滅させた初代の援護射撃によって、銃兵たちが放った弾は全て撃ち落とされたのだから。
「援護、感謝」
「分かってて避けなかっただろ? ったく、相変わらず危なっかしいぜ」
 掃討完了だ。
 時を少し遡って、初代が動き出した頃。同時に動き出していたバージルはまず、一匹のライオンのようなモンスターに刀を収めた鞘で殴りかかった。
「Die.」
 そして一瞬怯んだライオンは次の瞬間、バラバラに斬り刻まれていた。
 鞘で殴った後、バージルは右手を柄にそえ、鞘を腰元に戻す動作を取った。そして、鞘が腰元に戻ったと同時に抜刀。目にもとまらぬ速さで四方八方を斬り刻んでいた。
 さらに、バラバラに切り刻まれたのは一匹だけではなかった。周りにいたライオンたちも、見るも無残な姿になっている。
 神速なだけでなく凄まじいほどの威力、それに加えて広範囲。ただでさえ強いというのに、火力に特化したケンカクという職業により、今のバージルの右に出る者はいない。……というか、やりすぎである。
 しかし、二代目はそれを想定内としていたようで、バージルの作ったチャンスを無駄にすることはない。
「That’s all.」
 リベリオンを突き出し、一気に後方にいる白銀の銃兵との距離を詰める。その距離を詰める動作の間に何匹かのライオンと、白銀の銃兵を串刺しにしている。
 すぐにモンスターからリベリオンを抜き、銃を撃とうと構えを取った白銀の銃兵から順に倒していく。
 一瞬の判断。そして距離を詰め、倒す。あまりにも滑らかすぎる一連の動作。一匹として、二代目の前で引き金を引けた銃兵はいなかった。
「悪くない様だな」
「貴様もな」
 二代目とバージルは今まで通りの戦闘が出来て不満はない様子。知らない人が見れば、仲が悪そうな会話に見えるが、あまり喋らない二人が言葉を交わしているのは、むしろ上機嫌と取っていいだろう。
 なんだかんだで、おっさんの職業選びは悪くなかったようだ。
「終わったな」
「次に、進む」
 第1迷宮を突破したときよりも、さらに強くなっているメンバー。とても初めてダンジョンに足を踏み入れたとは思えないほどだ。
 一度ダンジョンに足を踏み入れているダイナとしては、彼らより一回分経験が多いはずなのに自分が一番弱いということが、なんだか情けない。だが彼らはそんなことは露知らず。立ちはだかるモンスターは、全てを平等に切り伏せるのだった……。
 そうして第2迷宮の最奥部。そこに、ヌシはいた。
 ヌシはサルのような生き物で、何やら甲羅と思えるようなものを背負っている。
「これが、ヌシ」
「依頼通り、鎮めるとするか」
 初代の言葉に二代目は頷く。バージルも閻魔刀に手をかけている。準備はいいみたいだ。
 第2迷宮のヌシ、甲羅獣ベスマオとの対決が始まる!
「Go earlier.」
 そういうのと同時に、気付けばヌシと正面から戦っている二代目。
 見事な剣捌きでベスマオの鋭い爪を防ぎ、体に傷をつけていく。それに続くように初代、バージル、ダイナも攻撃する。
 初代はある程度距離を保ちつつ、エボニー&アイボリーでベスマオの顔を狙う。
 バージルは一瞬でベスマオの背後に回りこんでいる。その回り込む間に、数え切れないほどにベスマオを斬り刻んでいた。次元斬を連打するとは、どこまでも恐ろしい男だ。
 さらにバージルは、いつの間にやら自身の周りに幻影剣を作り出し、それをベスマオに放っている。
 ダイナはそんな彼らの邪魔にならない位置を探す。そして見つけたのは、ベスマオの背後の首回り。
 走り高跳びの要領でレヴェヨンを棒代わりに使う。思い切り地面を蹴り、身体が宙に浮くのを感じたらレヴェヨンの持ち手部分をばらし、さらに高度を上げる。
 そうして高度が上がり切ったところで地面に刺さっている槍先を引き抜き、持ち手を戻して器用に甲羅を避け、ベスマオの首元に突き刺す。
 これがベスマオにはかなり効いたようで、身を守るように甲羅をかぶり、そこら中に突進をし始めた。
 ダイナは振り落とされ、正面で戦っていた二代目は距離をとる。距離を保っていた初代は落ちるダイナを助け、ベスマオの突進を避ける。
 初代も二代目も命を大事にしている間、あの男……バージルは違った。
 撃たれ弱いことなど知らんと言わんばかりに避けようなどとせず、突っ込んでくるベスマオに向かって閻魔刀を振る。そこから放たれるは、無数の次元を斬る斬撃──次元斬。
 図体のでかいベスマオは、真正面からそれを直で受け、転倒する。
 その様子だけを見ると、ひっくり返ってしまった哀れな亀そのものだ。……顔はサルだが。
「Scum.」
 そのなんとも情けない姿が、バージルの気に障ったのだろう。気付けば、まるで障害物をすり抜けて回り込んだような速度でベスマオの反対側に立っている。もちろん、次元斬を喰らわせながら。
 信じられないほどにコテンパンにされたベスマオは、どこへともなく去っていった。
「流石だぜ兄貴。また強くなったんじゃないか?」
「黙れ。斬るぞ」
「勘弁してくれ。冗談抜きで、今のあんたに勝てる気がしねえ」
 元の世界にいた時でも、一度切れたバージルを止めるのは至難だ。それが、今はさらに切れ味を増している。兄弟喧嘩を始めたら最後、今の初代に勝ち目は薄い。
 自分の戦闘スタイルに近いというだけで、ここまで力を発揮するとは……職業、恐るべし。
「帰るぞ」
「任務、完了」
 そんな二人の言い合いを横目に、二代目が声をかける。
 バージルはしばらく初代を睨んでいたが、それを止めて帰り道につく。それに初代は少し大げさに息を吐きながら、彼もまた、帰路についた。これから大丈夫だろうかと、一人不安になるダイナだった……。

「第2迷宮踏破おめでとーー!」
 街に帰って来ると、ナディアに祝われた。そういえばいたんだっけ……みたいな表情をする一同。……後ろからついてきていたことをすっかり忘れていた。
「バッチリ、取材させてもらったからね! さ、日が暮れちゃう前に帰ろ帰ろ!」
 そう言い終えると、ナディカは先を急ぐ。もしかして、この少女は宿までついてくる気じゃ……。
 ……とダイナは思ったが、いつの間にかナディカの姿が見当たらない。どうやら、杞憂だったみたいだ。
「おかえりなさい。お疲れさま。お風呂の用意が出来ていますよ」
「どうだった?」
「問題、なし」
 おっさんに、手短に今日のダンジョン探索の内容を伝えるダイナ。その内容を聞いておっさんは大笑いしながらも、どこか安心した様子だった。
 温泉で一日の疲れを癒やす一同。今回は砦も建てたし、第2迷宮のヌシも鎮めることが出来た。そのこと自体は順調であり喜ばしい事なのだが、彼らの目的はこの街にとどまってダンジョン攻略をすることではない。
 元の世界へ帰ること。
 それこそが、彼らのすべきことだ。だが、そのためには何をするべきなのか見当がついていない。焦っても仕方がないことなので、彼らはこう決めたようだ。
 元の世界に帰る手がかりを見つけるまでの間、暇つぶしに世界樹へと辿り着いてみるのも悪くないと。