Vegetables also in a good balance

 今日もいつも通りに食卓を囲む七人。……というわけにはいかなかった。
 何やらサラダを挟んで睨み合う二人と、それを見て肩を震わせている三人。そして何やら血だらけの二人。
 片方がサラダに盛られている野菜へ箸を伸ばせば、もう片方がそれを阻止する。阻止されてしまった人物は阻止してきた人物をギロリとまた睨む。
 今この食卓では、そのやり取りが数十分と続いている。それを見守る三人は無言……というか、必死に笑いをこらえていた。血だらけの二人は気を失っている。
 何故このようなことになっているのか? それは少し時を遡る。

「ご飯、出来た」
「腹減った! 早く食おうぜ!」
「そう焦るなよ。逃げたりしねえから」
 今日も朝から寝坊助を起こすひと悶着を終えた後、全員で食卓を囲み、食事を始める。
 若とおっさんの皿に野菜を入れるネロ。それをやめろと嫌がる若と、渋々食べるおっさん。初代と二代目、バージル、ネロはバランスよく三角食べをする。そんな中、彼女は少し変わっていた。
 サラダに盛られている野菜を一つ、また一つと食べる。その野菜──トマトだけを。他の野菜には手を付けずに。
 決して、彼女に好き嫌いがあるわけではない。しかし、サラダが出るといつも彼女はトマトだけを最初に食べる。そのことにとうとう口を挟んだのはバージルだった。
「おい」
 バージルに声をかけられるなんて珍しい。なんて考えながら、ダイナはバージルに視線を向ける。その間も手は止めず、トマトを口元へ運ぶ。
「……何?」
「何故トマトばかり食べる」
「それは誤解。きちんと葉物も食べる」
 そう言ってまた、トマトを食べる。
「食べてないだろう。……というか、人が話しているときに口を動かすな!」
「……きちんと、飲み込んでから話してる」
 そしてまたトマトに箸を伸ばす。
「いい加減にしろ!」
 ついに怒ったバージルはダイナの箸を自分の箸で止める。予想していなかったバージルの動きにダイナは驚き、一度停止する。他のメンバーたちも先ほどまで騒いでいたのが静まり返り、何事だとバージルの方を見る。
「何故、邪魔をする?」
「トマトしか食わんからだ」
「え、なに。もめてんの?」
「どうしたんだよバージル?」
 状況がよく分かっていない若や初代は声をかけるが、当然の如くスルーされる。
「だから誤解。きちんと葉物も食べる」
「なら、今食え」
「後で食べる」
「そうやって言い逃れする気か?」
 一触即発。
 ダイナはまだ、バージルとだけはうまく距離が縮まっていない。だが、どちらもお互いに干渉しあわないような感じで、一番喧嘩はしない組み合わせだろうとも考えられていた。
 結果としては、今まさに喧嘩が始まろうとしているのだが……。
 これはまずいと思った若と初代、ネロは止めに入ろうとする。……その時、肩を震わせているおっさんにネロが気付き、声をかける。
「何してんだよおっさん! 早くバージルとダイナを止めてくれよ!」
 ダイナはともかく、バージルが暴れ出したらおっさんか二代目の力がないと止められない。こんな肝心な時に、おっさんは何をしているのか……?
「だ、だってよ……。トマトで喧嘩してるとか……わ、笑いが……!」
「……は?」
 おっさんは必死に笑いをこらえながらそう言った。ネロは一瞬言われた意味が分からなかったが、次第に理解し始めたようで……。
「トマトで……喧嘩してんの……?」
 凄まじくくだらない、と思ったが運の尽き。あまりにもくだらなさすぎて、ネロの顔も徐々に緩む。
「な……なんだよそれ……! トマトって……!」
 たかがトマト如きに真剣な顔をして言い争っているバージルとダイナ。その姿を見てしまったネロはおっさんと同じく肩を震わせ笑いをこらえる。おっさんの話を聞いた二代目も、密かに肩を震わせはじめていた。
「おいバージル! ダイナに何いちゃもんつけてんだよ!」
「そうだぞバージル。いくら野菜が好きだからって独り占めは……」
 ネロたちがそんなことになっているとは知らず、若と初代はバージルに詰め寄る。話を聞くこともなく、どうやら彼らの中ではバージルがダイナに嫌がらせをしていると解釈したようだ。
 在らぬ言いがかりをつけられたバージルは、怒った。
「喧しい!」
「ぎゃあああ! だからそれやめろって!」
「俺もかよっ!」
 二人は幻影剣にぶっ刺され、ギャーギャー言い出す。それがさらにバージルの気に障ったようで、さらに数本の幻影剣が追加された。
「これは私と、バージルの問題。邪魔、しないで」
 ダイナも、幻影剣を刺されてダラダラ血を流している二人になんとも冷たい言葉を言い放ち、再びバージルと睨み合う。
「そもそも、何故トマトだけなんだ」
「私には、私なりの食べ方が、ある」
 そう言い、ダイナは再びトマトへ箸を伸ばす。無論それが許されるわけもなく、バージルの箸で抑え込まれる。これを見た若と初代がまたぶーぶー文句を言い出し、その二人に完全に切れたバージルがベオウルフで裏拳を決めた。
 もろに顔面ヒットした二人はそのままノックダウン。ぶっ倒れてそのまま気絶。
 その隙をついてダイナはもう一度箸をトマトへ伸ばすが、またもバージルの箸に阻まれる。
 ……心底どうでも良いことに巻き込まれた二人はさておき、これが事の発端だ。もう食事どころではない。
 だが、サラダを挟んで睨みあうダイナとバージルは真剣そのもの。ここまでくると、何故ダイナはトマトばかり食べるのか。そしてバージルは、何故それを拒むのかというのが問題になってくる。
 何やら二人の気迫を見るに、ただの意地の張り合い……ではなさそうだ。なのだが、どれだけ大層な理由があっても、今目の前で繰り広げられているのはトマトの取り合いだ。これを永遠と見せつけられて笑わずにいられるほど、彼らの腹筋は強固なものではなかった。
「……フッ」
 とうとう誰かが鼻で笑った。これが引き金となり、おっさんが大笑いしだす。
「はっ……はっはっは! いつまでそんなくだらないことで……! に、睨み合いして……!」
「や、やめろおっさん! わら……ブフッ……笑うな!」
「笑うなって? 無茶言うぜ! はっはっは!」
 おっさんを止めるネロも笑いを堪えきれていない。引きつる顔を元に戻そうとしている努力は垣間見えるが、どうやら限界のようだ。二代目も顔をあげず、いまだに笑いをこらえているが先ほど以上に肩が震えている。
「Shut up!」
「Be gone!」
 ゲラゲラ笑うおっさんに向けてバージルが幻影剣を展開する。ダイナも武器にこそ手はかけていないものの、かなりのお怒りだ。ネロは自分に向けられてはいなくても流石に身の危険を感じたようで、すっと笑いが引っ込んだ。
 ……が、おっさんがその程度で笑いを止めるわけもなく、バージルの容赦ない攻撃がおっさんめがけて乱舞する。大笑いしているおっさんは避けられるはずもなく大量の幻影剣を浴び、ハリネズミになった。
 そんなハリネズミになったおっさんにダイナは目もくれず、二人はまた何度目か分からないトマトの奪い合いを始める。
「そこまでにしておけ。……何故二人とも、トマトにこだわる?」
 それを笑いの波が収まった二代目が止めに入った。そんなに好きなら、これから出す頻度を増やそうか……なんてのんきなことを考えながら、二人にエボニー&アイボリーを突きつけている。なかなかに荒っぽいが、事務所内にいる奴らにはこれが一番手っ取り早いだろう。
 二代目の静止によりダイナは目を瞑り、これ以上はしないという意思を示した。それに合わせてバージルも箸を引っ込める。二代目も銃をしまう。
「ダイナがトマトばかり食べるからだ」
「だから、誤解だと何度も……」
「今日はまだ、葉物を食べていないだろう」
「あー、分かったって。とりあえずダイナの言い分から聞こうぜ、バージル」
 堂々巡りを始めそうになる二人を今度はネロが止め、まずはダイナの話から聞くことに。
「トマトだけ先に食べる理由は、ドレッシングがかかっていないのがいいから」
「……それで?」
「それだけ」
 たったそれだけのために、あれだけ揉めたのか……。
 これにはネロはアホくさいといった感じで首を左右に振り、二代目も額に手を当て呆れかえっている。
「くだらん」
「くだらなく、ない。そもそもバージルが、すぐにドレッシングをかける。それが問題」
「貴様……。そんなくだらない事のために偏った食べ方をした挙句、俺のせいだと……?」
「私は、ドレッシングがかかっていないトマトが食べたい。だから、かけられる前に、食べているだけ」
「……でもよ。ダイナっていつも、ドレッシングがかかった後の野菜も食べてるよな?」
「葉物は、ドレッシングがかかっている方が、おいしい」
 どうやら、ダイナにはダイナなりの好みの食べ方があるらしい。トマトにドレッシングをかけるという発想がないそうで、今までに一度としてそのような食べ方はしたことがないそうだ。が、トマトとは逆に、葉物類にはかけて食べるのがお好みのようだ。
 もちろん、バージルたちはそんなこと知らない。だから普通にトマトがどうだの言わず、まんべんなくドレッシングをかける。それがあまり好きでないダイナは、ドレッシングをかけられる前にトマトだけを食べていたということだ。
「そんなことのために、おっさんら三人は幻影剣とかをあんなに浴びたのか……」
 話を聞くとなんともやるせない。……まあ、おっさんに関しては大爆笑していたので、自業自得な部分もあるように感じるが。
「……もういい」
 バージルもバカバカしくなったようで、黙々と食事を取り始めた。結局四人で食事を取り、床に倒れたりハリネズミにされている者たちを介抱することはなかった。

 サラダで大騒ぎした日のお昼。
 食事を終えた事務所内に残っているのはダイナとバージルだけ。流石に今朝のことがあったばかりだし、大丈夫だろうかと心配するのはネロぐらい。ダンテーズは、あの二人に限って根に持つことなんてないさ、とお気楽なものでそれぞれ出て行ってしまった。
 二人はお互いに干渉することはなく、各々がしたい事、すべき事をこなしている。
 時間が経って日が傾き出した頃。部屋や事務所内の掃除を終えたダイナは、冷蔵庫の中身を確認していた。
 手には紙とペンが握られている。紙には献立と、その料理をするために必要な材料が書きだされており、中身を確認して足りているものに丸を付けていく。
 その作業を終えると今度は買い物袋を取り出してきて、事務所の扉を開く。
 チラっとバージルの方を見やる。彼はいつも通り、読書に没頭している……と思ったら、バッチリと目が合った。
「どこへ行く」
「あっ……えっと……」
 まさか目が合って、さらに声をかけられるとは思っておらず、上手く言葉が出てこない。
「……買い物か。付き合おう」
「えっ」
 ダイナの持ち物で行先を把握したバージルからの申し出。どういう風の吹き回しだとダイナは目を見開き、驚きの声しか出ない。当の本人は手早く書物を片付け、扉に手をかけていたダイナの代わりにそれを開く。
「行くぞ」
「あ、はい」
 有無を言わさぬ気配に二つ返事のダイナ。
 バージルの真意が分からぬまま、買い物へ行くことになった……。

 スーパーに着いた二人は買い物かごを持ち、まずは野菜コーナーから回る。メモを確認しながら野菜を入れていくと、ダイナがある野菜を手に取り、固まる。
 その野菜とは何を隠そう、トマトだ。今朝のことを思い出し、少し気まずそうにバージルの方を見やる。
「なんだ」
「……なんでもない」
 バージルが何も言ってこない以上、わざわざ自分から蒸し返す必要もないと判断し買い物を続ける。野菜を揃えた後は、日常でもよく使う牛乳や卵、ウインナーやベーコンなどをかごに入れていく。
 次に手に取ったのは魚。事務所にいるメンバーは男ばかりなので、いつも肉がいいと騒がれる。……いや、ひどい奴らはピザかストロベリーサンデーしか言わない。
 共に住むようになった当初は相手の要望を叶えるべきかと悩んでいたダイナ。そんな彼女に助言をしたのはもちろんネロ。……と、意外にもバージル。
 まあ、バージル自身としてはピザとストロベリーサンデーしか出てこない食卓など、許容できるわけがなかったというのが理由だろう。そう言った助言があり、さらに最近は個性的な面々の扱いにも慣れてきたようで、彼らの要望に完全無視を決め込み好きな料理を作っているようだ。
 最後にお肉コーナー。七人分というだけで、一回料理するのにも結構な量が必要になる。それにプラス食べ盛りが二人。毎日作るのも大変だ。
 そうして詰め込まれた2つのかごは、もう入りませんと言わんばかり。それをバージルはもちろんだが、ダイナも平然と持っているのは女性とはいえ半人半魔である故か、純粋に彼女の鍛え方がいいだけか……。
「ありがとうございましたー」
 店員の間延びした声を背中で受けながら、いっぱいに詰め込まれた買い物袋を両手に持ち、二人は帰路につく。その帰り道で、ダイナは気になっていたことを聞いてみることにしてみた。
「今日はどうして、ついてきてくれた?」
「いつも買い物は誰かと行っていることを思い出した。それだけだ」
 もちろん誰かを連れていくのは荷物持ちをお願いするためだ。ただ、それは決してダイナが楽をするためではなく、一人で持ちきれないほどの量になるからだ。
 それでも毎回、必ず誰かを連れていけるわけではない。どうしても一人で買い物をせざるを得ないときは、購入する量を分けて何度か足を運ぶ。それが面倒であることは間違いないが、だからといってしないわけにはいかない。
 今回、ダイナは往復するつもりでいた。今までに一度としてバージルを誘って買い物に行ったことはないし、今朝に言い争いをしたばかりだ。流石に頼もうという気にはならない。
 そんな中でも彼はこうやってついてきてくれた。どういった心情であったにしろ、助けられているのは事実だ。まだうまく距離を縮められていないと思っていたダイナだが、今朝の些細なことでの喧嘩や、今こうして手伝ってくれていることを考えると、自分だけ距離が開いていると思い込んでいるだけなのかもしれない。
 そうやって考えてみるとなんだかバージルとも仲良くなれる気がして、ダイナは自然と口が開いた。
「バージル。今日の朝のこと、ごめんなさい」
「もういいと言ったはずだが?」
「私が、謝りたかった。あ、それで……」
 何かを言いたげにしながらもダイナは言葉を止め、悩む。
「……なんだ、はっきり言え」
「ん……、トマトにドレッシング、おいしい?」
「普通だ」
「……そう」
 会話はここで途切れ、その後も話すことはなく事務所に着く。
 買ったものをすべてしまい、そのまま二人は晩御飯の用意を始める。夜の食卓にも今朝の喧嘩の元凶となったサラダが出されたが、喧嘩は起こらなかった。
 この日、初めてダイナはトマトにドレッシングをかけて食べたそうだ。その結果、彼女の中でどちらもおいしいという答えで落ち着いたようで、バージルに指摘されたどおり偏った食べ方はしなくなったそう。
 最初はどうなることかと思われた一日だったが、結果としてはバージルとダイナの距離が縮まった……のかもしれない。