第4話

さらりとした、首元にまで伸びる銀髪。前髪は目にかかるかかからないかにまで伸ばされている。赤を基調としたロングコートが何よりも特徴的で、さらにはそれを地肌に纏うという、一般人にはとても真似の出来ない着こなし。
腰には二丁拳銃を提げ、手には大剣を握るその人物は──。

「っ……」

マリアの額から、一滴の血が垂れている。人を一人ぶった斬った勢いだけで、マリアにもかすり傷を負わせるその手腕……。

「まさか、貴方だとは……」

形だけ戦闘の構えを解き、あいさつをする。

「久しぶりです、ダンテさん。……いつかの仕事で協働して以来、ですね」

「──ああ、そうだな。覚えているぜ、ダイナ」

ダンテさんは手に持っている大剣──リベリオンに付いた血を振り落としながら、こちらを見据えている。
一応は同業者なのだけど、相手の方が格上。下手なことを言おうものなら先ほど斬られた人物と同じ末路を辿ることになります。
相手によって態度を変えるなんてことは普段からしないけど、いつも以上に言葉遣いを慎重に選ぶぐらいはして然るべきだ。
……ああ、胃が痛くなってきた気がする。

「再開を祝える空気でないことが、残念です」

「そう言いつつ、少しでも有利な位置取りを探してるって所か。ダイナが相手となれば流石に手は抜けねえな」

こちらにペースを掴ませないためか、それとも己の実力に絶対的な自信があるからか……。彼は臆することなく一歩、また一歩と私に近付いてくる。それに合わせて私とマリアも一歩、また一歩と距離を取っているわけだけど、このやり取りだけで寿命が縮んでいくのがよく分かる。
だが、ここで冷静さを無くしてはだめだ。
彼は基本的に単独行動を好む人だ。私とマリア、二人がかりで挑めば、分は悪いが勝ち目がない相手ではないと、そう言いたいところではあるけれど……。
はっきり言って、私の実力は全てにおいてダンテさんに劣っている。唯一こちらが勝っている点で挙げられるのはマリアの魔術だけど、それだけでは心もとないというのが現実だ。
ここでダンテさんと戦うぐらいなら、貸しを作ってどうにか見逃してもらえるように交渉した方が幾分か寿命を伸ばせる。
後のことは、腹をくくるしかない。それでも死を回避できるのだから、安いものだ。……全然安くないけど。

「ここにはどういった用事で来た?」

この問いへの答え次第で、命運が分かれそうですね。

「貴方ほどの方であれば、既に察しているはず。事が起きて、誰かが私に依頼した。ただ、それだけです。……そちらは?」

セタンタを討ち取った者を殺せという依頼は受け持っていない。つまりそれは、私側にダンテさんを狙う理由はないということ。しかし、相手側がそうであるかは別。問答無用で立ちはだかる者は全て討ち取れ、なんて依頼をダンテさんが受けていた場合は……覚悟を決めるしか、ない。

「事が起きて、誰かが俺に依頼した。ただ、それだけだ」

ニヒルに笑い、どちらとも取れそうな言い回し。
……ダメだ、分からない。今にも身体を貫かれるかもしれない極限状態の中では、彼の真意を推し量れない……。ならば考えろ。彼の性格を。
彼は単身で動き回る。それは身軽さを何よりも売りとしているからだ。さらに実力もあるから打撃力も期待できる。それが彼に仕事を依頼する者が望んだり、逆に自分を売ったりするときの商売スタイル。なら、そんな彼が嫌う依頼は何?
それは誰かを護衛したり、拠点を守ったりするような荷物が増える依頼。では、今この先に行われている儀式を守るような依頼は……。

「ダイナ様、決裂の際は全力でお逃げください。……一命に代えても、時は稼いでみせます」

「全ての実力において、私の上を行く彼から逃げるは至難。そこに加わるは根本的な考えの違い。……胃が痛いですね」

互いに白兵戦を得意としているが、純粋な力量差を知っているからこそ震えが止まらない。もしも一対一だったならば、私はただウサギの如く逃げまどうことしか出来ない──否、それすらもさせてもらえないだろう。それほどまでに、相性が悪い。
今この瞬間もマリアは戦闘態勢を崩すことなく、私とダンテさんの間に立ってくれている。それがなければ私は今頃、良くて地にひれ伏しているか、問答無用で肉片に変えられているかもしれない。

「ああそうだ。俺はどっちでもいいぜ」

今もなお口元に笑みを浮かべる彼はどちらでもいいと言った。
この言葉の真意は? 圧倒的までな優位に立っているはずの彼が、私に選ばせてくれている──?

「私はこの先の景色を見に、散歩を続けるつもりです」

「ほおー。こんなところで散歩とは、物珍しい趣味を持っているもんだ。この先に綺麗な花畑でも広がってれば、さぞお前は喜ぶんだろうな?」

「花は好ですから、ダンテさんの言う光景を見ることが出来れば確かに喜ばしい。そして私は、その光景を見るため“だけ”に、散歩をしています」

「なるほど……な。“良く分かった”ぜ? だったら俺はもう見終わったからな、一足先に帰らせてもらうとするか」

──私たちはここで出会わなかった。
彼は一足先に戦線を離脱し、後の惨劇は知らない。私は一足遅く突入して、儀式を滅茶苦茶にする。それで双方の依頼達成条件を満たせる。

「次にお会いするときは、本当の花畑の中であればと思います」

「そこでダイナが俺を口説いてくれるのか? 自分の好きなもので相手を包んで……なんてな?」

「え? いやっ、あっ……!」

迂闊だった……! 口下手なのに、それっぽいこと言うんじゃなかった! というか、本当にそういうつもりはないなんてことは分かっているはずなのにこの状況でからかってくるなんて、ダンテさんの方が有利であるとはいえいくらなんでも余裕があり過ぎません!?

「今度贈るお中元を豪華にしておきますからっ! 今日のところはそのっ……」

「おいおい、いくら青春時代を聖堂騎士で前線を張っていたとは言っても色恋の一つぐらい──いや、これ以上は散歩に支障を与えちまいそうだ。良い反応も見せてもらったし、それで手を打ってやるさ。ダイナのセンスは良さそうだしな」

「うっ、頑張ります。……それでは、私たちも失礼いたしますね?」

「ああ、次に会う時は手加減なしだ。じゃあな」

そう言い残して、彼は私たちに堂々と背を向けて帰っていった。彼の気配が完全に消えたのを確認し、マリアも戦闘態勢を解除する。
こちらの肝は冷えっぱなしだったというのに、どこまで度胸の据わった人だ。私だったならばたとえ自分が優位に立っていたとしても、1%でも負ける可能性があればあのように堂々と振る舞うことは……出来ない。
というか、なんですか最後のやり取りは! 口から火が噴き出るかと思うぐらい、恥ずかしかった……!

「ひとまず、契約の範疇で危険な戦闘は回避出来たようです。……ダンテ様は相当に女性の扱いも上手い方でしょうから、あまり意識しすぎない方がよろしいかと」

「わ、分かってるってばっ! 緊迫状態からの不意打ちと、その隙を作ってしまった自分に非があることはよく理解してるから! 後は、その……自分が色恋に対しての耐性が低いことも、きちんと……」

「であるなら、これ以上は止しましょう。情報によれば、残る戦力は少ないはず。切り替えていきましょう」

「……うん。マリアの言うとおりです」

今の邂逅だけでいろんな意味で寿命がいくらか縮む思いをしたけど、あくまでも仕事外の出来事だという事実が何とも。
本当、この業界は割に合わないことばかり……。