第8話

 しばらく歩いて、ガイア教道場に辿り着く。久しぶりに来たわけだけど、いつ見ても立派な偶像が並んでいる。外観に関しては、はっきり言って綺麗なものではない。どう見ても、破れ寺。
 しかし……。
 ひとたび中に入れば、一体どこにこれほどの空間を隠しているのか、目を見張るほどに荘厳な空間が待っている。流石は【超人】の住まい、といった具合か。

「失礼します」

 堂々と入ってみたはいいものの、内心は冷や汗が止まらない。

「ん? 珍しい客が来るものだ。久しぶりだな、ダイナ」

 【超人】丸藤亮。別段、威圧をされたわけではないというのに、いざ面と向かうと鼓動が早くなる。
 見た目は温厚そうな方ではあるのだが、少し目つきが鋭い。生まれながらの物だから、そこに何を言うわけでも、思うわけでもない。……が、業務の話をしに来ているこちらとしては、それがなかなかに堪える。

「最近は随分とご無沙汰だったが……今日はどういった用件だ?」

「あ……その」

 目的はあいさつ回り。礼儀と節度を守れば、取って食われるようなことはないはず。

「本日はあいさつに。新しい事業として、異界の管理を任されることになった」

「ほう? それはまた……。ひとまずはおめでとう、と言えばいいか? となれば、住所も変わったのだな?」

 そこらは妖精郷で調べればすぐに分かること。黙っていて、変に痛くない腹を探られる必要もない。

「はい。×××街あたりの異界に拠点を構えることに。……その任に就くにあたり、少しそちらと揉めて」

「ああ……そういうことか。新事業を始めるというのに、揉め事は気を遣うだろうな。少し待っていろ」

 言うや否やカードを取り出し、何かを確認しているようだ。恐らく、私に対しての……何かなのだろうけど、この沈黙は精神的にくるものがある。

「……今のところ、お前個人をどうこう、という話にはなっていない。ガイア教団は個人主義だ。下部構成員が抗争でやられた程度では、そうそう組織だっての報復、とはならない」

「それが聞けて、一安心」

 現段階では報復される心配はない、と知れただけでも大きな収穫だ。それが立場ある人からの言葉であれば、なおのこと価値がある。

「しかし、これは俺個人の見解だが、むやみな殺生はいただけない。それがメシア教であっても、あるいはガイアの者でも、悪魔でも」

「無論、むやみな殺生は私個人、望んではいない。出来る限りは回避する。……こちらが信じる秩序に反しない限り」

「やはりその点──分かり合えないな」

「悪魔の力の乱用を野放しにすれば、多くの被害をもたらす。【悪魔との共生】という思想に、私は賛同できない。一定の秩序の元、弱者は保護されるべき。……その考えは、今も変わらない」

「その秩序という枠組みこそが悪魔を虐げ、押し込める檻。我々と悪魔は本当の意味で、共に在ることが出来るはずだ」

「それは貴方のような強者の理屈で──……申し訳ない、言葉が過ぎた」

「……いや、こちらこそすまなかった。戯言だと流してくれ」

 主義志向が違うということが、如実に出てしまった。
 象が蟻の踏みつぶさずして歩けないからと、その蟻を守るために象を一方的に縛ることは許されるのか? これはそういった話で、この場ではいくら議論をしても答えが出ることはない。
 何故なら、お互いに〝歩み寄りの余地が少ない”部分だから。
 ただ、それでも会話が成り立っているのは、良い意味でも悪い意味でも〝人と悪魔を区別しないほどの許容性”を、目の前にいる方が持ち合わせているから。正当防衛や緊急避難ならともかくとして、無駄な理由で殺生はしない。それこそ、本人が口にしたように。

「お互いのスタンスが確認できた。そう思います」

「ああ。だが、考えを変えたくなったなら、いつでも歓迎しよう」

「……貴方ほどの凛々しい男性にそう言われたら、きっと相応の効果があるのでしょう」

「ふん。そういうお前が参ってくれれば良いのだが。……しかし、こんな風に見えても、随分と長く生きてはいる」

 見た目だけで言えば二十代前半か、二十歳と言っても通るほどに若々しい。しかし、見た目で相手を判断するようでは、三流もいいとこだ。自分のような二流やや上程度の人間でも、体がマグネタイトに順応したため老化は止まり、十代後半か、良く見積もっても二十歳にしか見えない。……これは単純に身長が伸びなかったせいでもあるが。
 摩訶不思議なものが溢れかえっているここでは、常識にとらわれると足元をすくわれる。

「実際、悪くない誘いだとは思っている。しかし、神への信仰とは、曲がらず在ることに意味があると、そう考えている。後は……付け足すなら、こちらも、いつでも歓迎します」

「……本当に、惜しい人材だ」

 一切の意志が感じられない威圧であれば、たじろぐことはない。居心地が良いと思うことはなくても、こちらから別の何かを仕掛けるほどの必要もない。

「話題を変えよう。仕事は充足しているか?」

「正直に言えば、立ち上げたばかり故、利益を上げるには程遠い」

「初めてならそうだろう。……何か依頼を紹介しよう。物資の調達や戦闘、または調査の依頼といったところだが」

「依頼リストの確認をしても」

「構わない。物によっては詳細を受けてからでないと出せないものもあるが」

 大きな勢力はそれ故に動きづらい面がある。何故なら、自分たちの勢力が大きく動けば、間違いなく敵対している勢力を刺激することになるからだ。たとえそれが最初は小さなものだったとしても、積み重なればいずれ肥大化し、最後には破裂する。そうなったら、帝都全土を巻き込んだ大戦争に発展するだろう。
 言ってしまえば、それを望んでいるような危険分子も少なからず存在しているのは間違いない。だからこそ、そういった者を狩り出したりする依頼をフリーの者に頼んだりする。もちろんそれだけでなく、純粋に足りないものがあるから物々交換してほしいとか、はたまた奇妙な噂があるので真偽を探ってほしいとか、中身はまさに多種多様だ。
 手渡された依頼リストを確認すれば特に変わったところのない、今までどおりの物だった。内容は先ほど説明してもらったものが主で、罠だと感じられるものも見当たらない。

「悪くない内容。どれも、難度に見合う報酬。罠依頼も、別段見当たらない」

「ダイナを陥れようとするほど、俺も性格は悪くないつもりだ。仲介する時点で、一目見てまずいものは除外してある。もっとも、まともそうに見えて実は……なんてものもあるかもしれんが、そこまでは俺も区別がつけられない」

「ガイア系列の依頼は久しぶりだけど、形式が変わってなくて安心。他の組織も基本同じ形式だから、フリーの身としてはありがたい」

「ああ、特に独自色を主張する必要があるものでもない」

 出された依頼のうち、何を受けるかは自己判断。もちろん相手側から依頼してくるものも今後出てくるとは思うが、それを受けるかの最終判断は自分がする。また、複数個の同時受注も可能。もっとも、受けたからにはきっちりとこなすのが当たり前。
 失敗したときは相応の責任を払うことになる。罰金とか、もしかしたら厄介な依頼の特攻隊、なんてことにもなるかもしれない。
 罠依頼を踏んだら自己責任。失敗しても自己責任。失敗が重なれば信頼を失い、まともな依頼を回してもらえなくなる。逆に、同じ組織の依頼を多くこなせば繋がりが深くなり、より込み入った依頼を回されることもあるかもしれない。ただし、それは他の組織からも見られていることを念頭に。

「さて、どの依頼を受ける?」

 『調達代行もとむ』『調査代行願い』『EXCEED DEFENSE!』
 この三つが今の自分でもこなせそうな範囲だろうか。現状で言えば何も依頼を受けていないから、全部を受け切ったとしてもこなしきれるだろう。ただ少し、気になるのはこの『調査代行願い』だ。
 詳細については受注後でなくては聞けないが、概要の部分にはとある人物の戦闘情報を調べてほしい、というもの。これがもし、この周辺で何かしらの噂になっているような人物であったなら、個人としても調べておきたい案件ではある。
 しかし、こういった受注後でないと詳細が聞けない依頼はろくでもない内容であったりすることも多いから、何とも……。

「ここの三つ、全部」

「いいんだな? なら早速『調査代行願い』の詳細についてだ」

「伺います」

 もしも罠だったら腹をくくるしかないが、たとえそうだったとしても報酬は十分だし、今は色々と物資が乏しい。今が少し無理をする時だ。

「どうやら最近、妖精郷辺りでうろついているメシア教の人物がいるらしくてな」

「……メシア教?」

 確かに妖精郷は中立であるから、サマナーになりたての新米やフリーの者がよく利用しているが、メシア教やガイア教の者も利用することはある。だから別段、不自然なことではない。

「名前はキリエというそうだ。外見は十七歳程度の女性だと聞いている。身に纏っている衣装が純白のカジュアルな衣装というから、ほぼ間違いないだろう」

「恐らく」

 こちらの業界にいながら純白系の衣装を好んでいるとなれば、十中八九メシア教団の者で間違いない。それに、信仰心も高い方だろう。

「で、ここからが本題だ。このキリエという女性の傍には何者かがボディガードとしてついているらしいが、その人物が何者なのかが分かっていない」

「名前や外見すら?」

「ああ。どうも気性が荒い人物らしくてな。こちらの構成員が返り討ちにあって帰ってきたため、そこらが一切分かっていない。だから調べてほしいというのが今回の依頼だ」

「……キリエという女性よりは力を持っている人物である、ということはよく分かった」

 これ以上にないほどの罠依頼だった。しかし、悲観的ばかりなことではない。少なくともキリエなる人物はメシア教団の方であるから、私であれば話を聞いてもらえる可能性は十分ある。

「報告した後、その人物の処遇は」

「特別危険でなければ、何も。返り討ちにあったのは実力が足りなかったからだ。それは構成員たちが力をつけなおす他あるまい。先に手を出したのもこちらの者だしな」

 もしも何かしらの危険因子を孕んでいる人物であった場合、ある程度の情報規制をかけて渡すことも視野に入れておいたほうがよさそうだ。そんな人物であったなら自分としても他人事ではないが、だからと言って素直に情報をそのまま渡せば、そのボディガードをしている人物だけでなく、キリエという女性まで危険な目に合わせてしまう。
 まだ話したことどころか、顔すら合わせたことのない人だが、それでも知らぬ間に情報を流されて、気づいた頃にはガイア教団の者に取り囲まれ……なんてことになれば、その情報提供した私としても目覚めが悪い。
 相手がメシア教の者である以上、ガイア教自体も大きく動いてどうこう、とはならないとは思うが、だからこそ隠密にことを遂行することは十分にあり得る。
 とにかく一度接触して、自分の目でどんな人なのかを確かめないことには何も始まらない。ボディガードに利用されているようなら助けたいし、逆にボディガードを使って必要以上にガイア教団の者に襲い掛かっているというなら、お灸を据える方が必要になるかもしれない。
 そうすれば自然と、ボディガードとキリエという女性の戦闘能力も手に入る。

「最終確認。情報提示をするのは、ボディガードなる人物の物だけで?」

「ああ。女性の方自体は大した力も持っていない、駆け出しのサマナーだということは既に掴んでいるので必要ない」

「把握した。依頼として請け負ったからには、きちんと遂行する」

「ああ、期待している」

「それでは、本日はありがとうございました」

「……一つ、言っておこう」

「まだ、何か?」

「俺は個人的にダイナのことを買っている。何かあれば頼るといい。その時は色々と無理を言うだろうが、門前払いはしないと約束しよう」

「お気遣い、感謝。そうならないよう、善処する」

 こうやって個人的に目をかけてもらえるというのは、純粋にありがたいことだ。……スタンスのことさえ目を瞑れば。
 とにかく、明日からは依頼のこともきっちりと視野に入れながら活動していく必要がありそうだ。