第2話

 妖精郷から連絡を受けて一時間かかるかどうか。帝都某所の裏路地を手順通りに曲がっていけば、開けた場所に出ることができる。

「到着」

「あ、ダイナだ! こっちこっち、王様と女王様が呼んでるよっ!」

 私の姿を見つけた1匹の≪妖精≫ピクシーが、こちらへ急ぎ気味に飛んでくる。

「マリアも久しぶりー!」

「ご無沙汰しております」

 マリアと私は軽く頭を下げ、ピクシーに声をかける。

「案内、ありがとう。……元気そうで、良かった」

「アハハ、相変わらず言葉がかたーい! ま、それがダイナらしいんだけど」

 幼い頃から言葉を発することよりも、鍛錬や祈りといった実用的なことにばかりかまけていたせいで、話をするというよりは要点のみを単語で伝えるという、変な癖がついてしまっていることは自覚している。自分が物心をついた頃にはそうだったため、今になって直すのはなかなかに難しく、またこの喋り方がこの業界で良くも悪くも相手の記憶に残りやすいので、取り立てて直す必要性があるわけでもない、というのが現状だ。
 とは言うものの、相手に高圧的な印象を与えすぎてしまうのもまた事実であり、難儀していることでもあるのは間違いない。

「二人の機嫌は」

 今から面接する相手は圧倒的に格上の悪魔。どちらかといえば友好的な関係であるとはいえ、相手側の機嫌を伺っておいて損はない。

「ダイナを呼んだ件でちょっとピリピリしてる。でも荒れてるわけじゃないから、とばっちりとかは大丈夫だと思うよ?」

「そう……。一安心」

 この『妖精郷』は帝都にあっても強力な、妖精王とその妻が治める大型の異界。その力ゆえに諸方面と無関係な孤立ではいられず、中立の緩衝地帯としてその立場を保っている。
 メシア教、ガイア教、ヤタガラス、あるいは犯罪結社、または自衛隊──。
 基本的にどことも浅くは繋がりがあり、逆にどこからも深い支援は受けていない。多少の情報交換、鍛錬、仲魔集め……あらゆる者が様々な目的で出入りする、全てにおいて中立の志向を有する、妖精たちらしいスタンスの異界がここ、妖精郷。
 改めて思うが、どことも浅く繋がりを持っているというのは……すごいことだ。
 ピクシーの案内を受けて奥地へ進めば、そこには──。

「ご無沙汰しております。妖精王ティーダ様、そして妖精女王ユウナ様」

 私のあいさつに合わせ、マリアもお辞儀する。

「ああ、よく来てくれたッスね。歓迎するッス……と、言いたい所なんスけど」

「早速ですが、依頼があります」

「伺います」

 ≪妖精≫オベロンことティーダ王と≪妖精≫ティターニアことユウナ女王が、私に依頼の説明を始めてくれた。

「えーっと、概略を説明すると……。『妖精郷』に属する異界の一つが、ガイア教団系の集団に襲撃されたという報が入ったッス。連絡は途絶してるんスけど、異界の主はセタンタだって分かってる。恐らくもう、やられて霧散していると思われるッス」

「なるほど」

 仲間の死に対する感傷の無さは“消滅”というものに関する価値観が異なるから、これは当然の反応だったりする。
 彼らはあくまで分霊であり、本体は魔界や天界と呼ばれる場所にいて、そこから弱体化させた己の身体一部分をこの人間界に現出させているような感じであるため、たとえ討ち取られて霧散したとしても、それまでに経験してきたことは本体の元へいずれ帰る仕組みとなっている……らしい。
 そこらに関しては残念ながら現代の科学をもってしても、証明し切れていないのが事実だ。
 とにかく、そういった存在であるためか、彼らは自己の存在が消滅することにもあまり頓着しない。悪魔同士を合体させるといった外法に供されることも、むしろ“より力が増す”と喜ぶフシすらある。

「……では、依頼内容として、参加者を探し出し“落とし前をつけさせる”と言った感じで?」

「普通なら、そういう依頼になる所なんスけど──奴ら【主を殺した異界に居座っている】らしいんスよ」

「殺して……居座った?」

 こちらの業界のことを知っている者であれば、妖精郷が治めている異界を襲う、などという発想には至らない。それをするのは強い力を手に入れて浮かれている、大馬鹿者ぐらいだ。
 それ以外で、となると、明確な目的がそこに存在することになる。つまり今回の首謀者は異界の主を殺すことが目的ではなく、異界そのものを手に入れる、または何かに利用することを目的にしている、ということだ。

「異界というのは、悪魔たちにとっては住み心地の良い家のようなもの。それは魔界に限りなく近い性質を持っているからです。あそこはセタンタに任せるには勿体無いくらい、かなり質の高い異界でした」

「住み心地の良い異界は概して、強力な悪魔が主。今回はミスマッチを狙って、奪いにかかった」

「多分、異界を通して何かしらの大悪魔を人間界に召喚したいんだと踏んでるッス」

「安定しない場所で呼び出しても力が削がれてしまうから、良い環境で呼び出したい……。理屈は分かります。ですが、こちらにも面子というものがありますから」

 ユウナ女王もティーダ王も、あからさまにしているわけではないが、怒っていることは見て取れる。それなりのお灸は添えてやる必要性がありそうだ。

「端的に述べると、セタンタを撃破するような相手は、荷が重い」

「殺してください。……とまでは言いません」

「ちょっと相手の動きが迅速で、今ひとつ状況が掴めていないんスよ。それで足回りが軽くて契約に忠実で、ガイアーズ相手に情にほだされないダイナに、偵察を頼もうってことになったッス」

 確かに秩序志向、善志向の自分は契約への忠実さが売りではある。
 しかし、どうしたものか。

「それはまた、ハードな依頼……」

「悪いッスね。報酬は弾むッス。依頼内容は威力偵察。敵戦力と陣容を調査、できれば多少削って欲しい。敵が儀式を始めている場合──」

「召喚妨害して一泡吹かせられれば、さらに報酬を上乗せします。これでどうでしょう」

 戻ってこればそれでよし。戻ってこなければ私レベルで対処できない強さの敵がいると“分かる”。二流やや上程度のフリーランスへの待遇としては、妥当な依頼内容である。

「説明は以上です。何か質問があれば分かる範囲でお答えします」

 一応の説明が終わると、マリアがそっと耳打ちをしてきた。

「条件的には厳しい所ですが、妥当な範囲かと」

「……うん。危険であることに、かわりはないけど」

 まず、威力偵察ということは一戦交えるのは確定。そうなると、いくつか知りたいことと、欲しいものがある。

「事件発生からの時間経過を」

「三時間前後ってとこッスかね? 向こうから妖精が逃げてきて発覚。興奮と混乱気味だったから、この場には同席させてないッス。刺激的なことが起こると感情的になりやすいのは、妖精の悪い癖ッスね」

「……では、戦力について」

「出入口を封鎖してたのは、数を合わせても二流程度のガイアーズ。それくらいしか分かっていないので、そこは問題なく突破できそうなダイナさんに連絡したといった流れです」

「引き際の判断は、独断でも? また、それに関して支援が貰えれば」

「撤退支援に関しては、姿隠しなんかが得意な妖精を異界の入口近くに待機させるッス。情報が入るに越したことはないッスから、逃げる分には支援するッス」

 攻める分の戦力は相手の戦力次第で動かすために温存したい。ただし情報が入る分には今後が動きやすくなるから支援すると、実に分かりやすい。後は……裏がない、というところも大きな利点として見れる。

「──最後に。報酬の具体額は」

「こちらの業界で重要視される物資を一通り。後は……儀式も妨害出来ればさらにこれを上乗せッスかね」

「随分と、豪華……」

 控えめに言って、贅沢をしなければ数年は軽く生活できる程度の額。とはいえ、この業界にいる限りは入用も多いから、この程度の額は数か月と持たずに消えるのが関の山。
 しかし、命を懸けている以上、そこの手を抜くとただでさえ短いであろう命をさらに縮めることになる、何とも世知辛い業界だ。

「危険も多いですから。出来ることなら、貴女とはこれからも仲良くしたいと思っていますし」

「それは、ありがたいお言葉」

 撤退は任意のタイミングで無問題。戦闘も出入り口のみであれば負けることも少ないはず。それに、この依頼を成功させれば妖精郷への信頼も上げられる。
 邪な考えと思われるかもしれないが、それでもこの業界でどこかしらの組織に貸しを作れるというのは、とても大きい。気に入られすぎるとそれはそれで別の問題を生んでしまうこともあるが、駆け出しから脱した程度の実力しか持たないような自分にとっては、またとない機会。

「質問は以上。……この依頼、確かに承る」

「必ずや、朗報を」

「ありがとう。期待しています」

 依頼を受け、妖精郷を後にし、早速例の異界へと足を運ぶ。

「今回、敵戦力を調査する時間はない。というより、敵戦力をぶっつけで調べるのが依頼内容。危険は承知の上、こちらから仕掛け、様子を見る」

「ええ。深入りしすぎなければ、問題ないはずです。慎重に判断しつつ、戦闘時は果断に……いつもどおりです」

 この業界にいれば罪を罪と思わず、弱き者を食いものとし、さらに罪を重ね続ける者の方が多く、事実として自分もそういった者たちを手にかけている。この世界に足を踏み入れてからどれほどの命を奪ってきたか、分からない。
 それでも、聖堂騎士を辞めた今でも神を信じ、困っている人がいるならば手を差し伸べ、罪を償おうとする人がいればその機会は与えられるべきだと思っているし、その考えが変わることは……ない。
 ──父と母から受け継いだ信条を胸に、私は戦う。