第6話

妖精郷からの依頼を終え、とりあえず塔へと足を運んだ私たち。

「ユウナ女王が依頼報酬として5資源、

 無利子無催促の借金として5資源を頂けたから、

 これが、現在の私達の総資産」

「先ほどの戦闘で多く道具などを使ったのは、少し痛手でしたね」

「まぁ、死んだら元も子もなかったですから、そこら辺は仕方ないと割り切りましょう」

「そうですね。差し当たっては、どうしますか?」

「悩むところですが、まずはこのダンジョン……『天塔』?

 ここを一つ【探索】してみようかな、と。

 難易度を把握しないと、どうにもならなそうですから」

ただその……うん。外からもざっと見たけど、この塔……。

「控えめに言って頭おかしいですよね、この規模。

 何階あるのか分からない上に、一層潰すのに一ヶ月はかかりそうですし……」

「今更、引き返せとは言わないッスけど……。

 あんま、気負いすぎはダメッスよ?」

まさかこうして、信仰しているお方に心配される日が来るとは……。

これはこれで悪くない……なんて、バチが当たっちゃいますかね。

「そこは心配ご無用。無茶はさきほど、十年分くらいしましたから。

 ダンジョン攻略は、当然ながら堅実にいってきますよ」

なんて、恰好つけたはいいものの……

「かなり嫌な予感がひしひししますが、一戦だけでもしてみないことには難度が分かりません。

【とにかく逃げ帰るつもりでぶつかってみる】か、

【それなりに資源を突っ込んで成功率を上げる】か……

 正直、悩みどころです」

「そうですね……」

「最悪、資源は借金とかも出来るんスよね?」

「まぁ……。借りられる相手がいないわけではないから。

 でも、どうしようか……」

そこまで資源が多くあるわけじゃないし、今回は……。

「逃げ帰る前提で行ってみます。

 脱出アイテムと回復アイテムはきっちり確保して……。

 油断せず、堅実に」

「Oh……」

「なんですか、ここは」

いや、あのね、うん。逃げ帰る前提で確かに来たんですけど……。

あの厳格なマリアですらドン引きレベルの強さってどうなんですか?

だがもう時すでに遅し。一歩踏み込んでしまっている。……やるしかない。

「全員総力戦! 前線を維持! マリアは私と後衛で魔法連打!」

「承知しています」

いや待って! 倒した矢先に増援とかバカなの!?

敵も普通に範囲魔法連打とかどーなの!

というかバステばら撒かないでぇぇぇぇ!

「あ、ここ……。すごいマクネタイトの量……」

「放っておけば悪魔たちのいい戦力強化ですが、

 こちらが確保してしまえば収入源ともなります。

 早いところ、探索拠点なども築きたいところです」

なんとか敵を薙ぎ払い、行けるところまで探索をしたところ、

マグネタイト(生体磁気、悪魔の肉体を構成する物質)の流脈を見つけられた。

今回の探索はここまで、ですね……。

「阿鼻叫喚でした」

「今生きて帰ってこれていることが不思議でなりません」

なんかもう、ヤバイとかいう言葉で表現しきれない。

今回あそこまで探索できたのは本当にたまたま運が良かったとしか言えない。

……あの地獄絵図ですら運がいいのか……、気が遠くなる。

「結論として【戦力を、大幅強化しないとまずい】

 皆さん、この結論に異論は?」

「い、異議なしだホー!」

「もうあんな地獄のような迷宮巡りは嫌だホー……」

特に、前線を支えてくれた仲魔たちの恐怖に怯え切った姿を思い出すだけで心が痛い。

「お疲れさまッス! ちょっとあれこれ借りて、あったかいシチュー、作ったッスよ!

 パンも焼いてあるから、ゆっくりしてほしいッス!」

「……まさか、神に食事を作られる日がくるとは夢にも思いませんでした」

あぁでもおいしい……。温かい……。

「あの……、ありがとうございます」

「いいんスよ、これぐらい! てか、そんな柔らかい顔もできるんスね。

 状況がいろいろアレだったからってのもあったんだろうけど、笑ってる方が可愛いッスよ?」

神に可愛いとか言われる日が来るとか、こっちのほうが夢にも思っていませんでした。

今の私は、ハトが豆鉄砲を食った時の表情でしょう。

それにこんな業界だから、そもそも他者にそういった言葉をかけてもらうこと自体があまり……

「その、可愛いとか慣れていないので、以後厳禁で」

「なんで!?」

じゃないと調子が狂ってしまいそう。

とりあえず、地獄から帰ってきて一日経ったわけだけど。

「フリーになってからは命を大事に、余力を残せる仕事を選んでいたとはいえ、

 ここまで圧倒的に歯がたたないと流石にちょっとショックですね……」

「しょーがないッスよ。塔と言ったらアレじゃないスか。

 あのー、アレ! えーっと、あれ? 確か、天に向かってそそり立つ……」

「ストォォォップッッ! 記憶が曖昧なら適当なこと言わない!」

神ともあろうお方がなんてことを口走ろうとしてるの!?

「えっと……そう。塔と言えば『天を目指す象徴』

 あるいは、タロットなどでは正逆いずれもネガティヴな『災厄』のカード。 

 相当にまずい構造物なのは、予想できていた……はずなんですけど」

「落胆せずとも、収穫はありました。

 もう少し戦力を強化すれば、探索できないこともありません。

 少なくとも、【後一人、主力級の人材がいれば】なんとか。

 それでも危ない橋を渡ることにはなるとは思われますが……」

「そうですね、既にこれ以上ない厄ネタも抱え込んでいますし。

 もう既に死んでるようなものだから、恐れるものは何もない……」

笑えない。なんのジョークにもなってない。

なんか自分で言って自分へのダメージが最大級だった。

「自分で自分をいじめてどうするのですか」

「え、そんな趣味があったんスか!?」

「断じて違うっ! あと今回の原因の大元は黙ってなさい!」

なんかもういつもの自分がどんどん壊れていく! だが突っ込まざるを得ない!

「さぁ。ここ数日の方針を決めましょう」

「そうですね、うん……。ああもうなんでこんなことに……。

 やりますけど! やらせていただきますけど!」

「なんかこう……『これは神の試練なんだ!』とか考えて、

 やる気を奮い立たせるしかないんじゃないスかね?」

「その神が今私の目の前にいるでしょうがっ!」

わざとなのか!? それとも本当に素でやってのけているのか!?

「……まぁ、アレです、マリア。少し調子を昔に戻しましょう。

 聖堂騎士で前線でやっていた頃の感覚に戻らないと、流石にここではポックリ逝きかねません」

「承りました」

「じゃあ明日まで、迷宮内に缶詰してきます。

 マグネタイトをごっそり持って行かせてもらいますね。

 マリアはこの拠点で待機、主の警護と周囲警戒を。

 仲魔の皆さん、昔のように行きます。

 ……悪いですが、ついてきてください」

今までの、ぬるま湯に浸かった状態はしばらく終わり。

今日からは……昔のそれで行く。

「昔のノリ──とか言ってたスけど。

 なんかあったんスか?」

「……昔はダイナさまも、もう少し尖っておりました。

 メシア教の奉ずる秩序のため、弱きひとの安寧のため。

 我が身を省みずに戦うテンプルナイトとして」

マリアはごく自然に振る舞いながら、紅茶を入れる。

「紅茶です、どうぞ。

 日常の影に暗躍する悪魔や、ガイア教徒の過激派たちと、

 常に危険な戦いを繰り広げ、望んで前線に立ち続けるお方でした。

 少々危うさもありましたが、なかなか立派なものであったと思っています」

「それじゃ……随分と丸くなったんスね」

「はい。……人に、影響されたのでしょうか」

マリアはふと、当時のことを思い出す。

思い浮かべるは、主を改心させた、どんな時でも他者への思いやりを持った、優しい女性。

「……よしましょう。 我が主にとっても、軽々しい話ではないのです、神よ」

「そッスか。なんかごめんッス。詮索して」

「いえ。しかしあれです。

 我が主が二人いるというのも、どうにも悩ましい状況です」

「ていうか、普通にヤーウェとか主とか呼んでたらバレる可能性あるし、色々まずいッスよね。

 えーっと、なんか偽名でも決めちゃいますか」

そういうや否や、うんうんと一人で唸りだし……

「そうッスね……涼太。黄瀬涼太って名乗るッス!

 ってことでよろしくッス!」

二日ぶり、かな……。ちょっと没頭しすぎて感覚がまだ抜けきらない。

「よくお戻りで。首尾の方は?」

「上々、といったところです。少なくとも、当時の速さは取り戻せたと」

「大変結構なことです。

 お風呂をご用意してあります。その後、お食事をどうぞ」

「心遣い、ありがとうございます。

 ……あまり殺伐としすぎないように注意しないと」

異界篭りを始めて一週間の半分が過ぎた。

「というわけで、天塔内の一部を制圧。

 生活物資なども運び込んで、住める程度にはできました」

「なせばなるものです」

「といっても、まだ本格的な拠点というわけではないから、

 それは【後ほど作らないと】いけませんが……。
 
 ここまでマグネタイトの濃い異界に常駐状態だと

 私たちの体も随分と強化される感じがして、悪くないですね」

「確かに鍛錬の効率としちゃ、めっちゃ良い場所ッスからね。

 けどやっぱ、篭りっぱなしは体に悪いッスよ。

 いくら鍛えてて、マグに体が慣れてるとはいえ、

 流石に人間が永続的にいられる環境じゃないッスから」

「ええ。というわけでそろそろ【外回り】をしようかな、と。

 情報収集とか、各組織との接触とか」

異界経営も始めたわけだし、色々と周りの情報にも気を配りたいところ。

変な悪魔が動いてるとかがあれば、私だって他人事じゃない。

「とりあえず、私がコネがあるのは……

 メシア教団穏健派、ヤタガラス、妖精郷。

 後は闇賭博場にガイア教団穏健派といったところですね」

「……闇賭博場とか、明らかヤバそうな名前なんスけど……。

 後、ヤタ、ガラス? ってのはなんスかね?」

「大丈夫です、説明しますから。主……じゃなくて、黄瀬君?」

「だからなんで疑問形なんスか! 後、涼太でいいって言ってるじゃないスか!」

「あ、あぁうん。気を付けます」

まだその呼び名に慣れていないのは頑張って善処するけど、どう見ても私より年下だし……。

でも主でもあるわけだから、ここが落としどころだと思うんだけど……。

まぁ主たっての希望だし、仕方ない。がんばって慣れよう。

それにしても、我ながら主とよくこんな砕けた話し方をするようになったものだ。

「と、この帝都についても含め、説明しますね」

この発展した、帝都と呼ばれる街の裏では、ひそやかに神話伝承の存在。

悪魔たちと、それに与する人間の勢力争いが行われている。

秩序と法、救世主による救済を説く、LAW(秩序)の最大勢力、メシア教。

「まぁ、これは説明するまでもないレベルですね。

 貴方を主神として奉ずる宗教ですし。

 私も過激なのとは縁を切ったりもしましたが、
 
 穏健な人たちとはそれなりにコネが残っている感じです」

対して自然との一体化を志向し、秩序や階級に囚われない自由な在り方を好む、

CHAOS(混沌)系の最大勢力、ガイア教団。

「悪魔との無制限の共生を掲げたり、弱者を省みない実利主義だったりで、

 私とはかなりスタンスが合わないのですが……。

 それでも、ある程度付き合える方はいる……と、思います」

妖精郷……は、もう知っている通りだと思うけど、

ユウナ女王と、ティーダ王の治める異界を中心に集まった、中立の緩衝地帯。

「どちらの組織にも属さない、フリーランスのサマナーなどがよく寄る場所。

 それなりに互助なんかをする場所でもあって。

 中立ということで、下手をすれば先述の2組織両方を敵に回しかねないところを、

 位置取りの上手さでやっている感じです。あまり大きな力はないのですが……」

続いてヤタガラス。天津神の系譜に連なり、この日本という国家を霊的に守護する組織。

「中立やや秩序よりで、なかなか悪くないように見えるんですけど……。

 戦後のあれこれや伝統で縛られることも多くて、少数精鋭主義。

 その都合上、問題解決が「突っ込んで殲滅」的な荒っぽいケース多々。

 別段、思想的におかしな感じはしないんだけど、

 社会秩序と日本国の維持のためなら容赦はしません。

 単体戦力が高くて小回りが効くぶん、うっかり敵認定されるとまずい相手です。

 ……具体的には、はい。私が自分から抱え込んだ爆弾のせいで」

「涼太様が引き金となって大抗争が勃発する可能性もある以上、

 彼らは【社会秩序の維持のため】に、涼太様を殺しにかかります。

 ユウナ女王のように、懇願が通用する相手でもありません」

「俺がバレたらほぼアウト、ッスか……」

「そういう意味ではまだ、ガイア教団の一部のほうが、

『お前が気に入ったし、俺の胸一つにおさめておいてやる』

 なんてなる可能性があるだけ、楽っちゃ楽……ですかね?」

「大のために小を殺す。社会を回すというのは、そういうことです」

マリアは天使ではあるけど、スタンスとしては中立も含まれている方だし、

そういう手段を取ることにもある程度の理解をしている。

ガッチガチに頭が固いと、それすら許せないってなるから、本当助かる……。

最後に闇賭博場。

所詮サマナーなんて基本、裏社会の住人。

それらが寄り集まって情報交換をしたりする場所があるわけで。

バックはヤクザ・マフィア、あるいは財産持ちの好事家……。

「悪魔を使っての見世物賭博とか、購入権をかけてのオークション、

 女悪魔を使った、人では与えられない快楽を与えてくれる売春のあっせんとか。

 正直、お世辞にもお行儀のいい場所とは言えません」

「なぁんか、イメージに合わないッスね。まさか、大人しそうに見えて実はギャンブラーとか?」

「大人しく見えるかはちょっと判断しかねますが、ギャンブルはそんなにしません。

 必要に迫られた時だけ。それでも出来るだけ避けますが……」

私の見た目、本当に並だし、大人しいとか可愛いとかっていうより、ザ・凡人って感じですよ?

「……まぁ、実際問題、私も稼がなくてはいけませんでしたから。

 この仕事を始めたばかりの頃は、知名度もなかったですし。

 数少ないガイア教団の知り合いの方から、

 仕事のあっせん所として紹介していただいたのです。

 以前、ダンテさんと一緒の仕事で動くことになったのも、

 そういえばここの依頼を受けたからで……あれ、いい思い出少ないですね。

 あと、この治安のいい法治国家で、銃器やら弾丸やら、

 そういう非合法なブツを提供してくれる数少ない場所で……。

 関わってしまったが運の尽き。

 利害の関係に引きずり込まれた感じです、不本意ながら」

「Dark-Neutral(中立かつ悪)、程度のスタンスです」

「まぁ、そんな感じで……あれ? どこの組織も色々ヤバいんじゃ?」

「……ホント損する性分ッスね」

「まぁともあれ、今月は軽く、【他の組織と顔つなぎ】と行きますか」

とはいえ、今のところ何か集めたい情報とかがあるわけでもないし……。

「少し、ガイア教の動きを探ってみましょう。

 今回の件でけっこう下っ端を殺してしまいましたし……(私も殺されかけましたけどね)」

「報復に突っ込まれてもかないませんし、妥当なところかと」

「気をつけて行ってくるッスよ?」

「ええ。……では、会いにいきますか」

『サイバー流の使い手』に……。