第2話

ダイナたちを見送った後の妖精郷にて。

「あの二人、大丈夫かな。うまく戻ってきてくれるといいんだけど……」

「ユウナはあの二人のこと、結構気に入ってるッスよね」

「真面目に仕事をこなすフリーランス、おまけに裏切りの心配無し。

 ……こんな人材を欲しくないというところなんて、そうそういません」

「(まぁ、流石ってところスかね。自分を売り込む着眼点は間違っていない)」

「あんな良い人たちばかりなら、メシアンをもうちょっと雇ってもいいんだけど……」

ユウナはかなりダイナのことを買っているようで、心配そうにソワソワしている。

ティーダはそんなユウナを見ながら、ダイナの話を続ける。

「まぁ、それは難しいッス。メシア教徒は秩序に従う志向を持つし、

 メシア教団はメシア教団内でかなり自己完結してる。

 彼女らのようなドロップアウト組──

 それも義理堅さはそのままで、あれくらいの使い手となると、
 
 いくら帝都でもそうゴロゴロと転がってはいない。

 それにメシアンも、一部の過激なとこは相当ッスから……」

「そっか。ならなおさらのこと、彼女たちは大事にしないと。

 でもあの二人は、どうしてメシア教団を抜けたんだろ?

 礼儀正しくて、真面目で、信仰もある感じだし……

 きっと教団の中でも尊敬されてたんじゃないかな?」

「そうッスね。衝撃使いの異能者にして、テンプルナイト。

 『神速の風』のダイナ。

 俺が調べた限りでも次代を担う有望な人材として、かなり期待されていたみたいッス。

 そのまま行けばメジャーアデプト階位みたいな、高位職も夢じゃなかったらしいッスけど……。

 ある人物と接触してから、ドロップアウトを決意したようッス」

「ある人物──?」

ティーダの話に、ユウナは首を傾げる。ダイナ自身もかなりの信仰心を持っている。

その彼女がドロップアウトすることを決意するほどの人物なんて、そうそう思い浮かばない。

「メシア教メジャーアデプト、ウォーリアオブライト。

 帝都のメシア教団でも指折りの使い手にして

 もっとも狂信的なグループの、リーダー的存在──」

鋭い風が戦場を駆ける。

「うわあぁ──!」

悲鳴を上げ切る前に身体は引き裂かれ、地面には血やら肉やらが飛び散る。

「まず入り口の警備撃破は完了……。

 死体は残ると面倒だから……、主よ、憐れみ給え、≪マハザン≫」

私が魔術の言葉を口にすれば、周りの風が刃となり、死体を跡形もなく粉々にした。

「決して人を切り刻む趣味はないのですが、異能力の性質上、

 どうしてもこうなってしまうのは……、分かっていても頂けないですね。

 と、気持ちを切り替えて……。さて、ここから突入です。

 本格的な戦闘になると思いますが、準備はいいですか?」

私の言葉に、仲魔達がそれぞれ大丈夫の意を示す。

「では行きましょう。……頼りにしています、皆」

そうして私は異界へと足を踏み入れた。そこには──

どこまでもどこまでも、まさに天を貫いていると言えるほどの塔が建っていた。

「っ……!

(一面の白い空間──天を貫くような、高い、高い塔……?)

 皆さん、全周警戒を!」

あまりの大きさに一瞬怯んでしまった。

すぐさま気持ちを入れ直し、仲魔たちに命令を出す。

「はっ──!」

マリアもすぐに臨戦態勢を取り、周囲を警戒する。

「既に異界が、“妖精郷のかたち”から大幅に変質している!

 遮蔽物もない、恐らくすぐに──」

「ヒャッハー! 侵入者だ! 容赦なくぶち殺せ!」

言い切るまでもなく、すぐに敵が現れた。相手はガイア教団の下っ端。

実力的には……油断しなければ勝てるだろう。

「マリア!」

「っ……! いけません!」

しかし、塔に圧倒されどこかまだ気を引き締め足りなかったのか……。

相手の先制攻撃が飛んでくる。

なんとかかわせたものの、魔術をうまく当てることが出来なかった。

「う゛っ……ぐ……」

魔術を外したせいで形成が崩れ、相手の攻撃をもろに食らってしまう。

敵の攻撃が緩むことはない。重い拳が、私の腹に穴をあける。

「(あ……、私……死──)」

「ダイナさま!」

顔から血を流しながらも、マリアは私を庇いながら逃げに徹する。

追ってくる敵に、私のほかの仲魔たちが果敢に立ち向かい、時間を稼いでいる。

「マリ……ア……」

「喋ってはいけません。もう少し、辛抱してください」

こうして私は、たくさんの仲魔たちを犠牲にし、辛くも戦闘を離脱した……。

「ガハッ! ふっ……はっ……」

「ダイナさま、よく耐えられましたね」

マリアに回復アイテムを使ってもらい、治療を受ける。

もう少し、マリアの撤退判断が遅ければ、私はここにいないだろう。

「油断していたわけではなかったのに……本当、ごめんなさい。

 私の状況判断の甘さが招いた結果だ……」

「いえ、こういう業界ですから。

 しかし、どうされますか? 任務内容は威力偵察。

 敵戦力と陣容を調査、できれば多少削って欲しいとのことですが

 ユウナさまたちが求めているであろう情報部分にすら、まだたどり着けていない状態です」

「……任務は続行。このままでは今後の仕事に影響を及ぼしかねません。

 それになにより、あれだけ大きな異界を見てしまった……。

 放っておけるわけがない、そうでしょう?」

「分かりました。では、今度はどのような方法で?」

さっきと同じ手順で向かったとして、また同じ結果になることは目に見えている。

とはいえ、なんとしても正面にいたガイア教団の下っ端は突破しなくてはならない。

ここは多少道具を多く使ったとしても……

「あまり使いたくはなかったのですが、道具をありったけ使って突破します。

 消耗が多いですが、必要経費として割り切ります」

こうして私たちは再度作戦を練り直し、もう一度突入を試みた。

物量の前では、ガイア教団に所属しているとはいえ所詮下っ端の彼らに対抗するすべはなく

「さっき勝利したから今度も大丈夫という、

 その甘い考えは、この業界では止めた方がいいですよ」

「てめぇら卑怯だぞ! あ、あんな大量に道具使いやがって!」

「それだけこちらも本気ということ。それにガイア教団は実力主義。

 なら、自分で集めた道具を駆使するのも立派な実力……そう認めてもらえますよね?」

卑怯という言葉はまったくもって否定できないけど、こちらも仕事である以上引けない。

それはお互いにそうであるはず……。

「ダイナさま、こいつで最後です。とどめを」

「ひぃぃ! も、もうだめだ! ゆ、許してくれ、助けてッ!」

まさか、ここで命乞いをしてくるとは……。

「貴方……。さっき私が命乞いをしたならば、見逃してくれました?」

「ぇ? あ……ひ、ひぃ!?」

分かりやすい反応なことで。

「……まぁ、私は貴方たちとは違います。質問に答えてくれたら考えてあげます」

私の言葉を聞いたマリアが眉をひそめ、私に囁く。

「(ダイナさま、よろしいのですか?)」

「(さっき一度負けた相手だから、心配は重々承知です。でも次はもう油断はない。

 それにまぁ、自分で決行しておいてあれですが、卑怯なことをしたのも否めませんから……。

 後は……そう。こういう所業の、何もかも許すほど寛容じゃないこと。

 でも、今回一番に被害を受けているのは妖精郷。

 尋問が終ったら、再起不能になる程度には関節を壊して、

 妖精郷に手を出した者の末路を語る生き証人ぐらいにはなってもらおうかなと。

 その程度はしなければ、いくらなんでも『吊り合わなさすぎる』

 さすれば妖精王ご夫妻にも、納得頂けるはず)」

「(なるほど。ではダイナさまのご意思のままに)」

本当はちゃんと司法が裁くべきなのだろうけど……こんな裏社会に法規も何もあったものじゃないし。

「では伺います。嘘はためになりませんから、正直にお願いしますね?」

「ヒィィッ! 分かった、こ、答える!」

最初の方の威圧はどこへやら……。されど私も一度負けた身。とやかく言える筋合いはないかな。

「まず本件の首謀者は」

「赤司! 赤司征十郎さまの命令だったんだ!」

「──……あの塔は?

(ガイア教団の王、人にして人を踏破したもの。【皇帝】赤司征十郎……!

 その気性は冷静沈着ではあるものの、何人たりとも逆らうものを許さない──

 私とは絶対相性悪い上に、圧倒的格上。

 まったく、とんでもない厄ネタってところですね……)」

「し、知らねぇ、分からねぇ! 俺らはただ、行ってこいって命令されただけだ!」

「……そう。ではその調子で話してください」

マリアが魔術をちらつかせば、ガイア教団の下っ端が面白いほどにペラペラと話し始めた。

セタンタの生死や所在は、殺されて霧散。やったのは腕利きの雇われとのこと。

なんの目的で来たのか? これについては何かしらの儀式のために、異界攻めを行う兵隊として引っ張られただけ。

最初は妖精郷らしい土地だったが、主をぶっ殺して儀式が始まると変質していったらしい。

残る敵は他に、中央に儀式を行なっている異能者や悪魔召喚師たちがいる。こちらの腕はさほどでもないそうだ。

何を呼び出す心算だったのか、これに関しては本当にわからない、知らない。の一点張りだった。

この者達が来てる事を知っている人物は赤司征十郎とほんの一部のようで、知ってる奴は少ないということ。

奇襲などをできるルートは、入り口をしっかり固めたぶん、中の巡回はいい加減なようで、奇襲は楽にできるみたい。

儀式の様態に関しては、なんだかガイア系の悪魔を呼び出すにしては、妙に荘厳な感じがしたそうだ。

「では、その戦力の要となっている、雇われの腕利きは?」

妙に荘厳だったとなれば、天使系の高位悪魔の召喚儀式?

だとすれば異界の表象が塔というのも理解できる。

「はっ、半人半魔だ! 悪魔と人間の間に生まれた化物男、ダ──」

刹那、ガイア教団の下っ端の胴体がきれいに縦割りされた。

「っ!? ダイナさま! お下がりください!」

マリアが前に立ち、私も急いで距離を取る。

「──俺はよく喋るが、俺より喋る奴は嫌いだぜ」