Violence devil’s, hand to tear it

 予定外の戦闘や真実の露呈はあったがお陰で憂いもなくなり、今まで以上の強い連帯感を確かに感じながら川の上流にある遺跡を探すことに意識を向けられた。
 川の流れに反するように水辺を歩いていくとだんだん川は細くなり、水の量は減っていくかわりに速さが出てきた。さらに進むと岩のように大きい石から角ばった小さな石がまばらに水の中に沈殿している。
「ここまでに何か感じたか?」
 バージルがネロとキリエに声をかけると二人は気を緩め、首を横に振った。
「いや、何も」
「特に魔法がかけられているような場所はなさそうです」
 真語魔法を使える二人は川の上流部に来てから遺跡のありそうな場所に目星をつけて、手分けして魔法が使われているかどうかを感知する魔法を使っていた。結果としては何も得られずじまいだったが、これだけやって見つけられないのなら、魔法で隠されているわけではないのかもしれない。
「だったら、地道に探すまでさ」
 ここまで来て諦めるなんて選択肢はない。どれだけ時間がかかろうとも、草木をかき分けて遺跡を探し当てるまでだ。探索範囲を徐々に広げていき、上流近くの森だけの目を向けるのではなく水の流れで不自然な場所がないかなど、考えうる限りの場所を探し回った。
「この倒木をどけたい」
 川の上流をあらかた探しても見つからないなら、もっと視野を広げていくしかない。自然の一部となっている大きな倒木をどけたいとダイナが申し出ると、ダンテがいつもの大剣で叩き斬ってくれた。
 倒木が破片となって流されていく。すると倒木があった場所から見慣れない地下へ続く階段が姿を現した。
「これでは?」
「ははー。肝心の遺跡自体が地面に作られたもので、偶然にも倒木で遺跡への入り口が隠れちまってたんだな。森の中を探しても入口が顔を隠してるんじゃ見つからないわけだ」
 実際にこの遺跡が地下深くへ姿を隠すように作られていたのか、長い年月の末に埋まってしまったのかは内部を探索してみれば判明するだろう。
「地下遺跡か。規模が分からないのは厄介だな」
 構造はもちろんのこと、いつ頃に建てられた遺跡なのかも入ってみないことには分からない。事前情報として分かっていることは、ヴァンパイアがこの遺跡を利用してケイルという魔法生物を生み出したことだけだ。
「どんな場所でも危険は付きものだろ。……行こうぜ」
「必ずケイルを倒して、皆でゲイリーさんの元へ帰りましょう」
 ネロとキリエの言葉に頷いたバージルが先頭を務め、遺跡へ足を踏み入れた。最後尾はダンテが担っている。
 内部は暗く、まだ全容はつかめない。とりあえず最初の部屋に罠などはなさそうだが、暗闇の中ではバージルの赤い二つの眼が存在を主張していて、辺りを警戒していた。
「明かりを頼む」
 暗視能力を持つバージルとダンテにとって暗闇は大した問題にはならないとはいえ、仲間への不利益の方が圧倒的に多い。それに明かりがあるからといって二人の視力が下がるなんてこともない。太陽の光は勘弁願いたいが、人口の光であれば大歓迎だ。
 バージルの指示に従ってネロが真語魔法で光を作ると部屋の様子が暴かれた。入口に繋がる部屋は特に何かあるわけではなく、目立つものといえば支柱ぐらいのものだった。後は次の場所へ続いている廊下ぐらいか。
「進みましょう。ここにいても仕方がありません」
 リエルの進言にバージルが頷き、先頭に立って廊下を進む。
 ケイルが遺跡のどこら辺にいるのかも分からない以上、遺跡内部の全貌を明らかにしていくしかない。まずは地下一階層の行ける限りの部屋を見て回り、それでケイルが見つからなかったら更なる地下があることも念頭に、最悪の場合は遺跡からケイルがどこかへ出ていってしまっている可能性も考慮しなくてはならない。
「今は遺跡の中にケイルがいるものとして動け。いなかった時のことはまたその時に考えればいい」
 問題を先送りにしているようにも聞こえるが、現時点ではこの判断が正しいものだとして動く方が一行にとっては大切だ。
 いないかもしれないという可能性が脳裏をちらつけば、ケイルを見つけるのが遅くなればなるほどに懸念が強まっていく。見つけられるのがただの偶然で遅くなっただけでも懸念は徐々に確信へと姿を変え、結果として気の緩みを招き、隙を生む。
 そんな状態でケイルに出会えば、当然必要以上の危機に陥ることになるだろう。だったら今はこの遺跡の中にケイルは必ずいるものとした方が、本当に出会えなかったとしても身の安全につながるはずだ。
 遺跡内部は相当に広く、また小部屋がいくつも作られていた。理由はまだ分からないが、何かを安置する場所だったのだろうか。
 四つ目の個室も何もなく、次を調べようと五つ目の個室の扉を開けると中から二つの赤い光がいきなり飛び出して来た。バージルはこれを難なく躱して飛び出して来た何かと同じ赤い目でそれを捉えると、気を立たせた。
「ブラッドサッカーだ!」
「なにっ!」
 一番後方にいたダンテがネロ達を追い抜き、一気に前線へ出た。戦場となったのは廊下だが、戦うには十分な空間がある。このままダンテたちは武器を構え、ブラッドサッカーに備えた。
 ネロが辺りを照らす魔法を使ってはいるが、その範囲は無限じゃない。当たり前だが範囲外に出られてしまうとこちらは下手に動けない。とはいえ今回は偶然だがブラッドサッカーの赤い目が煌々と闇の中で光っているため、ある程度の予測はつけやすい。それに暗視能力を持つ二人からすれば、何の弊害にもなりはしない。
「他にもスケルトンが五匹ほど、騒ぎをききつけてやってきたようだな」
 人間の骨だけになった姿で動いているスケルトンたちも手に剣や弓を構えてブラッドサッカーと共にこちらへ襲い掛かってきた。遺跡内にアンデットが住み着くことはよくあることだが、どうやらこいつらに関してはどこからともなくやってきた類ではなさそうだ。
 恐らく、この遺跡は元々墓所だったのだろう。昔は故人を弔うために大きな墓を作って綺麗に安置していた時代があったという。その時に建てられた建造物はどれも立派で、それが今では遺跡と呼ばれ、こうして故人の死体などがアンデットなどになって蘇り、誰かに暴かれない限り永遠と遺跡の中を彷徨っている状態を生みだしてしまっている。
 まさに死者の怨念や亡骸といったものが動いているというのはとても恐ろしい光景だ。だから人族が嫌うのはもちろんのこと、蛮族ですらアンデットに関しては嫌い、基本的には関わらないようにしているほどだ。
 そしてアンデットもまた、生者を妬み、恨んでいる。だから命があるものには基本的に襲い掛かろうとするため、人族も蛮族も関係ない。だから、基本的には相容れない存在だ。
「不浄の者たちよ。この世界から去りなさい!」
 ブラッドサッカーやダンテたち前線組が入り乱れている場所へキリエが神聖魔法を唱え、発動する。
 神官たちは信仰している神によって敵対する勢力に多少の差は出るものの、ほぼ共通としてアンデットは忌むべき者として認知している。何故なら死者が生者に不利益をもたらしてはならず、また死者は安らかに眠り、その魂を神々の許へ返さなくてはならないと考えているからだ。
 だから神官であるキリエももちろんアンデットの存在を許容することはなく、聖なる光を持って不浄な者たちを焼いた。
 言語を持たないスケルトンたちは骨の乾いた音を立てながら体を崩し、ただの骨へと還っていく。唯一残ったブラッドサッカーは随分と訛の強い地方語を早口で並べながら悶え苦しみ、身体が灰になっていった。
「これが神官様のお力か。……俺、アンデットじゃなくて良かったって心の底から思ってるわ」
「神聖魔法は対アンデットだけでなく、蛮族にも有効なものは多いがな」
「あっ、安心して下さい。お二人にまでこの力を使う日はないと信じていますから」
 普段の温厚なキリエとは違った凛々しさで、死者に対して容赦のない裁きを下す姿を見せられては蛮族であるダンテとバージルとしては肩身が狭い。悪事を働けば自分たちも先ほどのアンデット同様、聖なる光で焼き払われそうだ。
「キリエって、強いよな」
「神官という立場もあるとは思うけど、ことアンデットに対してだけは私よりも強い嫌悪を抱いてるから、当然の結果ではある」
 感無量といった様子のネロに相槌を打つダイナも、どことなく遠い目をしていた。
「それにしても、ブラッドサッカーですか」
 ブラッドサッカーが灰となって崩れていった場所にしゃがみこんだリエルが考え込んでいると、そっとバージルの手が肩に置かれた。
「案ずるな。絶対にお前をあんな姿にさせはしない」
「誰も、ですよ? 私だけならなくても、私の大切な人たちがああなってしまうなんて、ごめんですからね」
 分かっていると返した後、バージルは気を引き締めなおして先へ進む号令をかけた。これを合図に戦闘が終わったことで抜けてしまった集中力をそれぞれが再度持ち直し、先へ進みだした。
「なあ、ブラッドサッカーってのは結局何だったんだ」
 キリエの放った裁きの光で苦しんでいたことから、アンデットということは分かった。しかし見た目は人に近く、奇妙だったのは肌が死人のように青白かったことぐらいで、ちょっとした暗闇で姿を見れば人と間違えてしまいそうな風貌だった。
「あれはレッサーヴァンパイアに血を抜かれて死んだ人族の末路だ」
「マジかよ。じゃあ、親父たちもあんな奴を作れちまうのか?」
 純粋に疑問に思ったことを口にすればバージルからは鋭い目で睨まれ、ダンテも嫌そうな顔をこちらに向けてきた。
「俺たちは相手の血を吸っても貧血にさせちまう程度だ。……もちろん、際限なく吸い続けりゃ殺すことも出来るが、あんなもんを生み出したりなんてことはない。安心しな」
「そっか。……悪い。ちょっと、無神経だった」
 素直に謝れば、分かればいいとそっけない返事があった。どうやら二人ともヴァンパイアと同等に見られることを心底嫌がっているようで、この手の話題は慎重に振るべきだとネロも気を付けるようにした。
「レッサーヴァンパイアとヴァンパイアは違うの?」
 よく似た言葉が出てきたので今度はダイナが問うと、ダンテが少し困った顔で説明を渋った。
「そこらの説明を始めると長いから、とりあえず今は一言で済ませていいか?」
「面倒くさがられたということはよく分かった。一言でいい」
「おう。じゃあ、別物だ」
 詳しい話は無事にケイルを倒してゲイリーの元へ帰れたらするとダンテが言うのでこれを言質として、今は雑な一言で納得しておくことにした。とはいえ、実際今は別物であるということさえ知識としてあれば問題ないのだろう。
 少なくとも、ステラの黙示録に記されていたこの場所にヴァンパイアがいるなんてことはないはずだ。誰が自分の根城の場所を書いた本を作って蛮族に守らせる? 知能のない低級な蛮族でもそんなことはしない。
 それが人間以上の知能を持つヴァンパイアたちであればまずあり得ない。だからこそ、こちらも安心してケイルに全力を注げる。その点に関してだけは非常にありがたいことであった。

 ブラッドサッカーとアンデットたちを倒した一行はその後も遺跡の中をくまなく探索した。先ほど見立てたとおり、やはりここは墓所として使われていたのは疑いようがなかった。個室にあったのは全て棺桶で、中にはかつての時代を生きた者たちの亡骸が安置されていた。墓を暴いたわけではないから憶測だが、恐らくは安易されているはずだ。
 しかし、この遺跡にも盗賊か冒険者か知らないが何人かやってきて物品を物色した後もあり──古すぎていつ頃に漁られたのかまでは分からない──蓋の開けられている棺桶や作動済みの罠、持ち去られたであろう希少な品が入っていた入れ物などが散乱していた。
「墓荒しは感心しないが、俺らも似たようなものか」
 目的は違えど事実として墓所に足を踏み入れている。傍から見れば盗賊たちと大差ないことをしていると言われても仕方ない。
「何をきっかけにアンデット化したかまでは分かりませんが、棺桶の中にあったはずの亡骸がなくなっているのは奇妙だわ」
 先ほどのスケルトンみたく他にも動いているものがあるのか、墓を暴いていった人物たちが亡骸を盗みだしていったのか。流石にそんなことをする輩はいないと思いたいが、残念ながらこのラクシアの世界では操霊魔法がある以上、ないとは言い切れない。
 高度な知識を身に付ければ蘇生術すらも可能にする操霊魔法は、使い方を誤れば簡単に大惨事を引き起こせるほどの力を持っている。知恵がある者ほど強大かつ広範囲に惨事を撒く。だから操霊魔法は一般人からすると危険な魔法でしかなく、冒険に役立てるために知識を得た者も基本的には戦い以外で使用することはない。
 知識のない一般人の前で使えばただの危険人物、恐怖の対象でしかないから、好んで使う者はまずいない。
 だが道を踏み外した魔術師というのも確かにいて、そういった連中は度々墓を暴いては死体を盗み、それを素材にアンデットを生みだしたり、危険な実験を繰り返している。
「ないもののことを考えても仕方ないさ。アンデットになってるなら成仏させる。持ち去られたものに関してはどうにも出来ない。そんだけだ」
「ええ、分かっています」
 ダンテの意見に同意したリエルはたらればで考えたことを頭から追い出した。
 現時点で亡骸が盗まれたことを知ったとしても出来ることはない。だったらそちらのことを考えるより、アンデット化して遺跡の中を彷徨っている可能性を考慮した方が有意義だ。いつそういったアンデットと出会っても戦えるように。

 あれからも回れる限りの個室を回った結果、ここで死に絶えて怨霊として彷徨っていたレブナントやファントム、追加でスケルトンも六体ほど駆逐する羽目になった。とはいえ、無駄だったのかと聞かれるとそんなこともなく、戦っている最中に吹き飛ばした敵がたまたま壁に当たった拍子にさらに地下へ続く道が現れたので、結果としては上々であった。
「隠された更なる地下へ続く階段か。嫌でも期待しちまうぜ」
 期待の対象はもちろんケイルだ。地下一階は全て回ったから、いるとすればこの先しかない。
「同じような階層が続いているのか、この下が最下層でケイルを創造する実験か儀式かは知らんが何かが執り行われた場所か。……どちらにしても行くのみだ。集中力を切らすなよ」
 奈落の魔域以来の戦闘続きで、疲労が溜まってきている。
 時々休憩を挟んではいるものの、遺跡内部を彷徨うアンデットどものせいできちんとした休息を取るまでの余裕はない。下手に仮眠など取ればそのまま二度と目を覚ませなくなって、奴らの仲間入りしそうだ。
「地下二階も、今いる階層と同じ様相だった場合は」
「一度撤退する。魔剣の迷宮ではないから、内部構造が変わることはないはずだ。だが入った時に言ったとおり、ケイルがいるものとして突撃する」
「承知しています。ではそのように」
 バージルの意向に異議を申し立てる者はいない。まだ余力が残っているとはいえ、どんな敵との戦いも全力で臨まなければ足元をすくわれる。それが未知の生物であるケイルと戦うなら尚更だ。だから万全を期す。
 何より、撤退は一番難しいことでもある。出来る時にしなければ、いつの間にかできなくなってしまうところまで追い詰められてしまう。そうなってはもう手遅れだ。
 方針が決まった一行は意を決して地下二階への階段を下った。
 そこは地下一階とは全く違った。だだっ広い空間が広がる部屋に支柱があるだけで、他の部屋に繋がる廊下や扉などは何もなかった。唯一繋がっているのは今自分たちが下ってきた階段だけだ。
 部屋に目を向けると中央よりやや奥には異質なものがたくさんあった。腕の部分と思しき骨や頭蓋骨が散乱し、中心部には大きな六芒星の文様が描かれていて、それを飾るように星を模したような文様も付け加えられている。
 しかし、もっとも目を引くものはそれらではなかった。
 宙には手が浮いていた。大きさは人間の赤子ほどの手が五つ。ただ一つだけは少し大きさが違い、よく見ると左右に手が二つついていた。
「長い時を経て、姿を変えたのかもしれない」
 ゴウトが推測を伝えてきた。予定にはなかったことだが、あれも討つべき対象に変わりはない。ゲイリーから聞いていた話どおりの姿をしていることから、あれらがケイルで間違いないはずだ。
 何か意思を持って浮いているいるようには見えなかったケイルたちがこちらに気付くと敵対的な反応を見せた。ゆっくりと漂っていた先ほどまでとは違い、指のように見える部分を鋭利な刃に変えて襲い掛かってきた。
 決して統率の取れた動きではない。それでも四体のケイルと形態を変えた一体──マザーケイルは刃を振り回してこちらへ接近し、手あたり次第に切り裂き始めた。
「前に出るぞ、俺に続け」
「分かってるって。リエルたちに近付けないよう、討ち漏らすなよ」
 後方で支援魔法を唱えるキリエと妖精を召喚しているリエル、そして照準を定めて標的を撃ち抜くダイナたちの元へ行かせぬよう、ダンテとバージルが引き裂く暴魔の手の中へその身を晒した。
「展開する!」
 二人に後れを取らないよう、走りながらケイルとの距離を詰めるネロが腰に提げてあるアルケミーキットから取り出した緑色のカードを手のひらで、まるでガラスを砕くように握りしめた。すると淡い緑色の破片が舞い散り、薄っすらとした光がダンテを一瞬包んだ。
「恩に着るぜ」
「しっかり俺らのこと庇えよ!」
 滅茶苦茶を言っているようにも聞こえるが、彼らの戦い方はこれでいい。瞬発力を活かして手数で攻めるネロと、的確な判断で急所を狙うバージル。この二人は攻撃面に重きを置いたスタイルを取っているため、必然的に防御面が脆い。
 これを支えるのがダンテの役目だ。自身を含めた前線組を守り抜き、余裕がある時に自身も攻めに参加する。だから自然と仲間たちの補助はダンテに寄せられ、その期待に応えるようにダンテは全員を守ってきた。それは今までも、これからも変わらない。
 ──だが、どんなことにも限界というものが存在するのもまた、事実ではあった。
 マザーケイルが姿を消すと同時に吹き荒れるのは風ではなく、刃。その範囲はどこまでも広く、障害などもろともせず、どこまでも暴れ狂う手で空間全てを引き裂いた。引き裂かれたのは前衛組はもちろんのこと、後衛である女性たちをも例外なく襲った。
 幸いであったことといえば傷自体は浅いことか。しかしこの傷自体が断続的な痛みを与え続け、何か動作に移ろうとする度に身体に新しい裂傷が増えていく、厄介なものだった。
「長期戦は不利だな。速攻をかけるぞ、遅れるな!」
 動く度に傷口が開くということは、長引くだけで体力を削られていくということ。だったらすることは一つだとバージルは二刀の剣をケイルに振るい、仲間たちにも同じことを求めた。
「言われるまでもねえ!」
「遅れは取らない」
 この指示に対し、拳と脚が武器であるネロはもちろんのこと、バージルと同じく二丁の武器を操る術を会得しているダイナであれば問題なくついてくる。全ての援護は残りの三人に任せ、彼らはとにかくケイルを減らすことに念頭を置いた動きを取った。
 そしてその判断は正しかったと言える。裂傷は厄介な代物であっても、相手の数さえ減ってしまえばこちらの動きも必然と減らせるから、脅威ではなくなる。
 何より、ケイルは小さくて的にしづらいという難点があっても動き自体は大したものじゃない。動きも遅ければ宙を浮いているだけに過ぎず、単調なものだった。
 一体ずつ確実に、それでいて迅速にケイルを減らしていく。そして最後の一体を叩き潰し、地面に横たわらせた。
「やったのか?」
 断末魔を上げるわけでもなく、ふらふらと宙を浮くことをやめて機能が停止しただけのように地面に転がっているケイルはどうにも不気味で、本当に倒せたのか疑問が残る。一応マザーケイルを含む全てのケイルを叩き伏せたわけだがネロが不安そうな声を出すように、誰もが警戒を解かなかった。
「私が確認を取ろう」
 上層階へ続く階段付近で待機していたゴウトが名乗りを上げ、ケイルたちに近付く。皆が固唾を飲んで見守る中、ゴウトは目や鼻を動かしては様子を探り、そして猫座りをした。
「問題ない、全て機能を停止している。彼奴等は死んだ。君たちの勝利だ」
 魔法文明語が分かる三人はこれを聞いて息を吐き、安堵した。ゴウトの言葉をキリエが他の三人にも伝えると、ようやっとこの場を包む空気が落ち着きを取り戻した。
「後はゲイリーに言われたとおり、殺したことを証明出来るものを持ちかえるだけだな」
 何が良いかと考え、答えとして死体を持ちかえることにしたダンテの判断にネロは若干嫌な顔をした。幸いにも赤子の手ほどの大きさだから持ちかえるのは難しいことじゃないが問題はそこではなくて、気分的に少し、気持ち悪いと思った。
「全員無事だな。帰るぞ」
 何はともあれ、これでゲイリーに出された条件を満たした。試練達成だ。報告すれば、約束を守ってもらえるだろう。
「ここまですらも、我が主にとっては予定調和なのだろうな」
 一行が無事に試練を果たしたというのに寂しそうな表情を浮かべるゴウトは何を危惧し、憂いているのか。それを知り得る術はゴウト自身も持ち合わせてはいない。何故なら、全てはゴウトの主が未来への布石を打っているに過ぎないと知っているからだ。
 ただ分かることはゴウトの主、ゲイリーが張り巡らす采配は底なし沼のように深く、ゲイリー以外が理解することなど到底出来ないものであるということだけであった。

 ──完全勝利の二つ名は伊達ではない。
 果てのない底があることすらも感じさせぬ以上、彼らはただ良いように利用されるだけなのであろうか?
 だとすれば、完全勝利にどのような利点があるというのだ? それすらも分からせはしないか……。