In chase of accident

 休憩兼昼食の時間が終わり、午後。まずは持ち物検査から始まったのだが、申請されたものを見て二代目は絶句した。
「初代、バージル。……これはジョークか?」
「二代目なら通してくれるんじゃないかって思って申請した。無理なら無理で構わないぜ」
 戦闘技能は他にも取ってあるからなと言うのは初代。バージルは無言のままだが、取り上げられては困るといった雰囲気がひしひしと伝わってくる。
 二代目の頭を悩ませているもの。それは言わずと知れた、自分たちが普段から使っている魔具たちだ。まさか武器として申請してくるとは想定しておらず、どう扱うべきかと思考を巡らせる。
 一番簡単な方法は却下すること。そもそも人間が扱えるような代物ではないと言ってしまえば、それでこの問題は解決だ。だが、二代目としてはせっかく自ら考えて提案してくれたものを断るというのはしたくない様子。初代の方は警官だから拳銃自体の所持は別段おかしいことではないし、バージルの方も<日本刀>を使わせてやりたい気持ちもある。
「俺たちが使っているのよりもだいぶ弱くするが……それでいいか」
「おっ、いいのか? むしろ却下されると思っていたから、ありがたいぜ」
「では、性能を決めるから少しだけ時間を貰おう。他は全員問題ないから、所持品に追加しておいてくれ」
 指示通りにみんながキャラクターシートの持ち物を更新したところで、二人にエボニー&アイボリーと閻魔刀のデータを渡す。
「……これは強いのか」
「破格の強さにしたつもりだ。無論、現実の閻魔刀と比べると劣化なんて言葉では足りないほどに弱いだろうが」
 バージルに限ったことではないが他の武器の強さが良く分からないため、二代目直々に製作したこの能力値が強いのか弱いのかいまいちピンと来ないらしい。はっきり言わせてもらうなら、頭がおかしいぐらい強いというのが一番ぴったりくる表現だ。
 ……現実通りの強さにしたら? それはもう、どんな生物が来ようと簡単に屠ってしまうだろう。
「アーティファクトってなんだ?」
「現在の人類では到底作り上げることの出来ない代物。魔具のようなものだと思ってくれて構わない」
 結局人間離れしたものを所持させてしまうことにはなったが、これぐらいが俺たちらしいということで二代目は通したようだ。
 先に荷物検査が全員終わっていた探偵組は二代目直筆、ジャックポット州の地図を眺めてどこに行くかの相談をしている。
「今は事務所前にいるんだろ。とりあえず動物病院前で聞き込みするのがセオリーじゃねえか?」
「賛成。……移動中に、私が持っている情報って伝えてもいいのかな」
「そういや、何がどれぐらい盗まれたとかも知らねえな」
 よくそんなので依頼を受けたもんだと一人愉快そうに笑うおっさん。現実と変わりない仕事の受け方だ。
「方針が決まったなら、探偵組から始めようか。……ちなみに警察組はどこに向かったとか希望はあるか? バージルの家の場所は詳しく決めてないのだが」
「カフェにでも入って情報共有したんじゃないのか。……いちいち全部伝えるのは面倒だ」
「すべて伝え合うというのなら、かくかくしかじかという便利な呪文があるらしい」
「そいつは便利な呪文だ。ならそれで伝えたことにしてくれ」
「場所移動とお互いに状況説明したということで、30分ほど時間を進めておこうか。警官組は次、10時30分から再開だ。その前に探偵組を進めてしまおう」
 ようやく本編が始まるということで探偵組も気合十分。かくしかで情報共有をした警官組には一旦待機してもらい、探偵組三人から進めることになったようだ。
「まずはデュマーリアニマルクリニック前まで行って、聞き込みをしたいんだが」
「分かった。事務所からクリニック前に移動するまでの所要時間は20分だ」
「あ、その間に盗まれた動物の情報、共有したい」
 休憩前に貰ったHOを取り出しネロとおっさんに見せると、たったこれだけかという顔をされた。
「この6匹の犬って、どんな犬なんだ?」
「ダイナは6匹分の特徴をすでに知っているものとして扱ってくれていい。が、犬の特徴を口頭で説明しても、同じ種類の犬なんてそこらにいるだろうから……そうだな。盗まれた動物たちの写真があったかどうか<幸運>で判定しよう」
 お世話をしていた者の視点からすれば、預けられていた犬と他の犬との違いというのはすぐに分かる。しかし、普段から触れ合っていない者からすれば、どれも同じように見えるだろう、ということで写真の有無を判定することに。

 写真は持っている?
 ダイナ 幸運55
 1D100=82

「……ごめん。私、成功するビジョンが見えない」
「こればっかりは仕方ないって」
「俺と坊やは分からなくても、ダイナが見れば分かるんだろ? だったらいいさ」
 ダイナはまだ2回しかダイスロールをしていないが、高い出目の失敗続きで不安な様子。
「残念だが、写真はなかったな。では、クリニック前に着いたが、何をする」
「無難に聞き込みだな。朝なんだし、そこら辺に人ぐらい歩いているだろ」
「声をかけられそうな人物がいるかどうか<目星>で探してみてくれ」

 聞き込みできるかな?
 ダイナ 目星60
 1D100=74

 おっさん 目星65
 1D100=99

 ネロ 目星75
 1D100=94

「…………」
 誰もがダイスの出目を二度見し、一人を除いて全員が言葉を失った。
「はっはっは! ファンブルになっちまったな。というか、誰か一人ぐらい成功してもいいだろうに」
 高らかに笑っているのはおっさんただ一人。もうダメだとうなだれるダイナと、ファンブル一歩手前で冷や汗をかくネロ。警察組はこいつら大丈夫なのかよという心配の眼差し。そして放心状態の二代目。
 誰か一人は成功するはず。そうであるに違いないと、一番信じて疑わなかったのは二代目その人だ。だが結果は非情にも全員失敗の挙句、一人はファンブルという散々たる結果。
 はっと我に返った二代目は一度目を瞑り、どうしたものかと悩みに悩んだ末、ゆっくりと目を開けて言った。
「朝ということもあってみな忙しいのだろう。声をかけられそうな人物を見つけることは出来なかった。そして、髭のファンブルだが……誰か声をかけられそうな人物がいないか探しているその姿が、不審に思われたようだ。今日1日、交渉系技能に-10%の補正をかけさせてもらう」
「交渉系っていうと……<いいくるめ>か。ちょっと痛手だが、仕方ないか」
「手入れのされていない無精ひげを生やしたおっさんが辺りを見回してるってなったら、不審がられるのも当然か」
「……これ、私たちも不審がられる」
「おい坊や、言葉にトゲがあるぞ。後ダイナもさらっと煙たがるんじゃない」
 ファンブルを出した以上、良くない方向に話が流れていくのは仕方がない。これもすべてはダイスの女神さまのお導きなのだ。
「時刻は午前10時40分になる。クリニック前で他にすることはあるか?」
 特にすることもないということで、移動を提案したのはネロ。おっさんはどうするかなと悩んでいると、ダイナはクリニックに一度寄っていきたいと言った。
「きちんと依頼を出せたわけだし、二代目院長に報告するんじゃないかなって」
「言われてみればそれもそうか。ダイナの上司になるわけだし、俺らも挨拶ぐらいはしておくべきだよな」
「なら、クリニック内に入るということで、ネロもいいか?」
「そういうことなら構わないぜ」
 一応二代目院長に報告しよう。という流れになったので、そこら辺をRPすることに。

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「…………ダメだな。声をかけても、急いでるのでって断られる」
「つーかおっさん、周りからすごい不審がられてるんだけど」
「……ちゃんと見つけられるでしょうか」
 歩いていく人々に無視を決め込まれるおっさんを見ていると、盗まれてしまった犬の手がかりをつかむことが出来るのか、不安になる。
「心配すんなよ嬢ちゃん。こう見えて、仕事はきちんとこなすさ」
 なんて調子のいいことを言っているのが、現状だけを見れば決して好転していない。とはいえ、探偵の調査はこうした地道な作業が続くものだ。出だしが悪かったとはいえ、今から焦っていては先が思いやられる。
「あの、せっかく職場まで帰ってきましたので、一度上司に報告をしたいのですが、寄ってもいいでしょうか」
「そういうことなら、俺の方からも挨拶がしておきたい。紹介してもらえるか?」
「お知り合いではないのですか?」
「ま、いろいろあるのさ」
 言葉を濁したがるのもおっさんの癖だ。普段から知っているネロは特段気にすることもない。ただ、ダイナにとっては言い淀むほどの事柄なのだろうかと疑問も残る。
 ……ネロはともかく、おっさんのことは信用に足るのか。それを判断するためにも、上司である二代目を頼るのがベストだと考え、ダイナは一足先に院内へと入り、二代目院長を呼びに行った。その後に続くように二人も院内に足を踏み入れ、ネロは純粋に挨拶の心持ちで、おっさんは初代の知り合いがどういった人物なのかと楽しみを胸に、彼の登場を待った。
「待たせてすまない。ここの院長を務めている二代目だ。今回の件を引き受けてくれたこと、礼を言う」
 ダイナに連れられて出てきた二代目が、探偵である二人に頭を軽く下げる。
「初代からの紹介なんだ、堅苦しいのはなしにしよう。ひとつ訪ねたいんだが、そっちのお嬢ちゃん……ダイナだったか? も捜索に協力してくれるそうだが、相手は強盗犯だ。もし犯人とばったり出会っちまったら、最悪の事態もあり得る」
 確かに、どの様な手段で盗み出したのかも分かっていない状況だが、犯罪を犯す相手がまともなわけがない。居場所を突き止めて、向かった先に犯人がいたら、最悪荒事になるだろう。
「そこらも加味して、初代が紹介してくれた人物であれば信頼できると思ったのだが……迷惑だろうか?」
「随分と厚い信頼を寄せられているもんだ。……分かった、ボディガードの件も引き受けようじゃないか。こう見えて、うちの助手も中々に優秀なんだ」
「だから、いつまでもガキ扱いすんなっての!」
 まだまだガキだなんだというおっさんに、そんなことはないと言い返しているネロ。その姿を見た二代目は一言、元気がいいなと口にした。どうやら、二代目にも子供だと捉えられてしまったようだ。
「さて、俺の助手がへその緒を曲げる前にビジネストークと行こうか。……今はどんな小さな手がかりでも欲しい状況だ。ということで、出来れば荒らされた現場を見たいんだが、可能か?」
「ああ、それなら問題ない。警察に通報している時点で、現場保存に努めてある。幸いにも客が来ることもないから、好きに見て回ってくれて構わない。……ダイナ、院内を案内してやってくれるか。何かあったら遠慮なく声をかけに来い」
「分かりました。では、こちらへ」
 二代目院長に軽く頭を下げてから、ダイナは探偵二人を動物たちの医療現場に案内する。
 2000年6月10日午前11時。受付から部屋の敷居を1つ跨げば、様々な理由で預けられている動物たちが見えてくるだろう。もっとも、今はほとんど動物たちの姿はなく、空っぽになったケージばかりだ。
 内部はパッと見る限り清潔感があり、事件とは無縁に感じられる。しかし、非常用出入り口はドアノブが壊されており、いくつかのケージの錠前は無残にも叩き壊されている。その拍子にケージ自体も傷つけたのか、一部がへこんでいるのが見て取れる。
 ただ、全ての動物たちがいなくなったわけではない。ここに勤める獣医師たちを信じて、現在も治療を受けている動物たちもちらほらとだが残っているようだ。療養中の動物たちを治療するための機材には手を出されなかったのは不幸中の幸いだったというべきか。

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「ここで調べられるのは部屋全体への<目星>。それからケージへの<目星>と言ったところか」
 <目星>と聞いてネロとダイナは苦い顔をする。一番ひどい結果だったおっさんはどっちを調べようか、なんて考えている辺り、呑気なものだ。
「これ、どっちも調べられる?」
「可能だ。が、今回は一か所調べるたびにゲーム内時間が20分進むと思ってくれ。時間の進み具合は調べる場所や何度によって逐一変動するから、その時々で伝えよう」
「全員で二か所調べても40分経過か。渋る意味もないし、全員でそれぞれ調べればいいんじゃないか」
「二代目院長からも話が聞けるなら聞き出しておきたいだろ。後、必要以上にダイスを振りたくねえ……」
 ファンブル一歩手前が相当答えたのか、ダイスを振ることに躊躇いを持つネロ。とはいえ、この中で<目星>の成功率が一番高いのもネロだ。どちらに転んでも、二か所とも調べることになるだろう。
 さっき情報が何も得られなかったのも痛手だったから確実に得られるところで取っておきたいという流れになり、全員で二か所とも調べた後、二代目院長に話を聞きに行くということになったようだ。

 ケージを調べよう
 ダイナ 目星60
 1D100=60

 おっさん 目星65
 1D100=28

 ネロ 目星75
 1D100=17

 部屋全体を見渡せば
 ダイナ 目星60
 1D100=79

 おっさん 目星65
 1D100=59

 ネロ 目星75
 1D100=13

「っし。どっちも成功だ」
「順調だな」
 おっさんとネロはどちらも成功。さらにネロは五分の一以下の数値で成功したので、セッション終了後に成長判定を行うためにメモを取る。ダイナはケージのみ成功だが、まさにギリギリ。初めて成功したと喜ぶ以上に、いまだ高い出目に気が滅入っているようだ。
「ケージの成功情報は、何か固いもので殴って壊されていることが分かる。見た感じ鈍器だと思うだろう。そして部屋全体を見渡したネロと髭が分かったことは、棚に陳列されている薬品の一部がきれいさっぱりなくなっているということに気づいていい」
「薬品関係か……。ダイナは気づけなかったわけだが、教えていいものか?」
「問題ない。むしろ誰かが失敗したときはそうやって情報共有に努めた方が互いのためだろう」
「だったら俺からダイナに聞いてみるか。薬品棚の一部が全部なくなってるけど、普段からそうなのかって」
「……ふむ。ならダイナ、<アイデア>を振ってくれ」
「えっ……わ、分かった」
 ネロやおっさんが見つけても何もなかったというのに、ダイナに情報を共有したら<アイデア>で判定を行うことに。導入の時でもあったが、教えたり知ってしまったがためにSANチェックが入ったりと、いいことばかりが起こるわけではない。それを一度目にしているために、ダイナは緊張しながらダイスを振る。

 何に閃く?
 ダイナ アイデア65
 1D100=96

「今度はダイナがファンブルか。仲間になったな」
 少し乱暴にダイナの頭を撫でながら嬉しそうに笑っているのはもちろんおっさん。これを見たネロは教えたことに後悔。
「もう……やだ……。私、ダイス振りたくない」
 完全に心が折れたダイナはそっと二代目にダイスを返しながら、ぐしゃぐしゃにされた髪を直すこともせず、心ここにあらず。
「少し、考えさせてくれ…………」
 頭を抱えているのはダイナだけではない。KPを務める二代目も今までに見せたことのない苦悩の表情を浮かべ、タイムを取るのだった……。
 少し経ち、二代目の待たせたという一言で先ほどの続きを再開。一体どんな処理をされるのか、探偵組だけでなく警察組も固唾を飲んで見守った。
 ちなみに、二代目が頭を悩ませている間に警察組は今後自分たちはどう動くべきかを相談していたのだが、若とバージルが行先で揉めたらしくどちらも傷だらけだ。……リアルの方で一体何をしているのやら。
「ダイナのファンブル処理だが、今セッション中、何の薬がなくなっているのかを思い出すことは出来ない、ということにする」
「……どういうことだ?」
 ピンと来ない内容に、ネロが聞き直す。これに対して二代目は丁寧に説明をつけたしてくれた。
 KPの裁量でも変わるが、一度失敗したところを再び調べたい場合、ある程度時間が経過したら再度挑戦できることがある。しかし今回はファンブルだったため、時間を空けて再び調べたとしてもダイナは何の薬がなくなっているのかを思い出すことは出来ない、ということになった。つまり、何度調べたとしても自動失敗扱いになるということだ。
「完全に情報を取り逃すことになったってことか。……なかなかに痛手だな」
「本当、ごめんなさい……」
「そう落ち込むなよ。手に入れられなかったら詰んじまうような情報だったらそんな処理はしない。つまり、裏を返せばそれがなくてもゲームクリアは可能ってことだ。……だろ、二代目?」
 序盤から厳しい状況が続いているが、打つ手がなくなったわけではない。それに、これはあくまでも遊びだ。真剣なのはもちろんのこと、楽しむことを忘れてはいけない。
「さあ、な。二か所を調べたので現在11時40分だ。次は俺のNPCに話を聞くんだったな。RPで聞き出してみてくれ」

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「ケージは……何かで殴って壊されてる感じだな。見たところ、鈍器か?」
 犬が盗まれたケージは6つとも、鈍器のようなもので破壊されていることが見て取れる。非常用出入り口のドアノブも壊されていることを加味すると、現場にあったものを使ったというよりは、事前に準備した道具で壊したと考えるのが自然だろう。
「あそこの棚、一部の薬品が全部なくなってるけど、何かあったのか?」
 ネロに聞かれたダイナが薬品棚を見れば、言われた通り、一部の薬品が全てきれいになくなってしまっている。薬品を切らすようなずぼらな管理体制でもないことは、ここに勤めているダイナであれば知っている。
 しかし、突然の非日常にさらされた影響だろうか。なくなってしまっている薬品が一体何だったのか、どうにも思い出すことが出来ない。
「あ……ご、ごめんなさい。何がなくなっているのか……思い出せなくて……」
「なくなった理由も?」
「ごめんなさい……」
 調査に協力するよう二代目院長に仰せ付かっているというのに、自分が何の役にも立てていないことが情けない。なんとか思い出そうと必死になっても、まるで脳内が霞がかったようで、頭文字一つ思い出すことは叶わなかった。
「気を落とすなよ嬢ちゃん。それより、いくつか聞きたいことが出来た。二代目のこと、呼んできてくれよ」
「……はい、分かりました」
 沈む心を叱咤し、気持ちを切り替える。別室で資料をまとめている二代目院長に探偵さんが聞きたいことがある旨を伝えれば作業の手を止め、すぐにやってきてくれた。
「何か気になることがあったか?」
「何度も呼び立ててすまないな。ケージが壊れているが、壊したと思われるであろう証拠品ってのはもう警察が持ってっちまったか?」
「いや、そういったものは今も見つかっていない。恐らくだが、犯人が持ち帰ったと考えられる」
「……ってことは、やはり持参してるか。坊やの方は何か聞きたいこと、あるか?」
「坊やはやめろ。あーっと、そこの薬品棚の一部がなくなってるんだけど、何かあったのか?」
「ああ……盗まれたみたいだ」
 なくなっていた薬品はドキシサイクリンとペニシリン系抗生剤だと答える二代目院長。簡単に言えば、どちらも抗生物質だと教えてくれる。

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「待ってくれ二代目。なんだその……なんとかって」
「一ミリたりとも覚える気がないな」
 頭文字一つ言わない辺り、完全に聞き流している。とはいえこの程度は想定内だ。おっさんに限らずとも、誰が聞いても流すような名前だろう。
「てかこれ、実はダイナが成功してたら出てきてた情報じゃないか?」
 よくよく考えれば、ダイナが知っている内容を院長である二代目が知らないはずがない。ネロは今回たまたま聞いた感じだったが、実はダイナを頼らずとも二代目のNPCを頼れば……。
「……私、いらない?」
「い、いや! そんな風には思ってねえから!」
「坊や。顔に出てるぞ」
「ネロ、思ってても顔に出してやるなよ」
「そうだぞネロ。流石にダイナが可愛そうだろ」
「口に出してる時点で、三人ともネロ以上にひどいこと言ってるって、気付くべき」
 初代や若にまで同情され、ダイナの心情は大荒れだ。それでも表情には出さないところが彼女らしくもある。……いや、来た当時の頃のままであれば、居場所を求めて必死にすがりついていたか、自身の存在そのものを否定してしまっていたかもしれない。それを今では笑って流せるのだから、大きく成長したものだ。
「その2つに共通点はあるのか」
 ネロをいびる阿呆共に無視を決め込み、バージルは二代目に問う。乗り気ではなかった割に、いざ始まってみると情報への嗅覚はバージルが一番鋭いかもしれない。……ここでネロを助けることよりも情報を取るあたり、普段と変わってはいない証拠でもあるが。
「お前たち、そこら辺にしておけ。……共通点があるか聞くなら、現場に居るものでないとこちらも答えられないな」
 現実の方でPL同士の相談は大いに結構だが、実際に話を聞き出すなら現場にいる人物が聞かなくてはならない。今回で言うなら、ネロかおっさん、それかダイナだ。
「俺が聞いたことだし、そのまま流れで聞くんだったら不自然じゃないよな」
「分かった。なら、ネロに問われた二代目院長は……」

 秘密の結果
 KP シークレットダイス
 ??=??

 自分で自分の名前を言っている二代目の姿がシュールで、若やおっさんが肩を震わせている。それを気にする様子もなく真顔でダイスを振るせいで、さらに初代とネロが笑いをこらえ始める。
「どうした? 始めるぞ」
 何故笑いそうになっているのか、そのことを理解できていない二代目の反応が彼らのツボを刺激した。とうとう耐え切れず声を出して笑うおっさんや若を、二代目はなんだこいつらと横目で流し、無視を決め込んでRPを始めるのだった。

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「その盗まれた薬品に、共通点とかあるのか?」
「共通点、か。さっきも言ったがどちらも抗生物質だということと、後は感染症に用いられるな。この2つを使用する感染症と言えば……レプトスピラ症というのがある。基本的には犬やネズミがかかるものだが、人間にも感染しうる厄介な病気だ」
「……盗まれたのは犬が6匹だって言ってたな。その中に、なんとかって病気を持っている犬はいたか?」
「いや、いない。そもそも、感染症を持っているペットが運ばれてきた場合は隔離するが、今回盗まれたのはみてのとおりケージが並べられている部屋からだ。だから感染症を持っていた可能性はない」
「じゃあ、なんで薬品まで盗んでいったんだ?」
「すまない。そればかりは俺にも分からん」
 もし仮にレプトスピラ症にかかっている犬を盗み出したとして、さらにその病気に効く薬品まで盗んでいく理由とはなんだろうか? わざわざ自分で治療をするぐらいなら、ペットショップにでも行って元から健康な犬を盗み出せばいい。
 犯人の行動理念は理解できないが、ひとまずここで得られる情報はこれぐらいだろう。
 2000年6月10日午後0時。二代目院長に調査協力のお礼とダイナを預かる件、そして事件解決をすることを伝え、探偵たちはデュマーリアニマルクリニックを後にした。

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 探偵組の調査は一旦中断。ここで二代目から提案として、別行動している以上、警察組の行動を探偵組が知っているのは不自然だということで、三人は別室で待機することに。
 次は少し時間を遡り、警察組へ。こちらも集める情報は違えど、聞き込みが主になりそうだ。
「俺たちは今……このカフェにいるってことでいいのか?」
 地図に書かれているベオウルフカフェを指さしながら、初代が現在地を確認する。
「そもそも、俺たちが初代に協力する筋合いがないのだが」
「いや、第一発見者なんだからそこは協力しろよ」
 若が断るならまだしも死体を発見した際に犯人と思しき人物まで見ておいて協力しないとは、なかなかである。
「協力を断って自宅に帰るのも選択肢の一つだ。ただこの事件が解決しない限り、初代以外の警官からはバージルが犯人ではないのか、という疑いの目は晴れないぞ。それと初代、彼らに協力してもらえるかどうか<説得>するか?」
 無能警官共が……と眉間に青筋を立てるバージルをよそに、協力を仰げるか<説得>で判定する初代。

 協力を仰ごう
 初代 説得65
 1D100=54

「成功だ。……初代の説得に納得した二人はどうする?」
「ここは調査に協力して、さっさと無実を証明して平和に暮らそうぜ」
「そうする他あるまい。……で、俺たちには何が出来るんだ」
 バージルはこの結果がなければ断ってきていた可能性が捨てきれないが、若としては犯人ではない兄が疑われているというのはいい気分ではないはずだ。もしかしたら自主的に協力してくれていたかもしれない。……が、それはたらればというものだ。
 とにかく、どうにか協力してもらえることになり、初代は胸を撫で下ろす。
 先ほどの探偵組を見ていて思ったこと。それは、単独行動は得策ではないということ。それこそ強盗犯とばったり遭遇しました、なんて時に一人という事態は確実に避けるべきだし、ゲームシステム面的な話をするなら、一人しかダイスを振れないというのは失敗したときのカバーが出来ない。導入時の出目を鑑みるに、SANチェックは大丈夫そうだが、情報関連の時はかなり高い数値を出している。なんとしても単独になることを避けたかった初代は二代目の発言に感謝するのだった。
「無実を証明するためには情報が必要だろう」
「……つっても、他に目撃者とかいるのか?」
 現在の手がかりはバージルが見た赤い目をした何者か、ということと、殺されたのは女性で、顔の損傷が激しく今も身元が特定できていないということだけだ。
「そういえば、情報共有はかくしかで全て伝えたのだったな」
「そうだが…………しまった!」
「なんか問題あったのか?」
 全て伝えたという二代目の念押しに、初代がやられたと顔をしかめる。バージルも言わんとすることを察し、HOを若に見せた。
「…………は? ちょ、えっ。こんなの見つけたのか?」
「それを知った若もSANチェックをしようか。実物を見たわけではないだろうが、きっとバージルから事細かに聞かされただろうからな。成功で0、失敗で1D3」
「バージルてめー!」
 二代目の意地悪な処理に怒るべきなのだが、バージルに矛先が向くのは流石というしかない。探偵組は出目に苦しめられているが、警察組は仲間内で首の締め合いをしそうだ……。

 兄貴のバカ野郎!
 若 SAN60
 1D100=31

「成功か、減少なしだ」
「心なしか残念そうにするの、やめようぜ」
「クトゥルフ神話TRPGの醍醐味だからな。イエス発狂ノーロストを目指している」
 二代目がKPである以上、発狂に加えてロストまでセットになりかねない予感しかしないが、触らぬ神になんとやらだ。そのことはさておき、これで警察組は全員死体状況と赤い目をした犯人と思われる人物がいるという情報を得たわけだ。
「殺人現場……は、もう警察が立ち入り禁止にしてるよな」
「バージルまで連れてったら、話を聞かせてくださいとか言われて捕まるのが目に見えてるし」
「不本意だが顔が似ているからな。貴様が行っても勘違いされて捕まるぞ」
 手詰まりなのでは? と頭を悩ませる初代に、二打目から助言が授けられる。
「初代が一人で現場へ向かう分には、別段おかしいことはないと思うが」
「……つまり、単独行動をしろと?」
 返って来たものは無言。しかし言わずともわかる。二代目の瞳が物語っている。
 “時には一人で行動することも必要だ”と。
 ようやく合流したと思ったら速攻で引き離され、初代は、やはり自分は恨まれるようなことをしたのかと疑心暗鬼。
「初代はともかく、俺とバージルはどうするんだ?」
 さらりと初代を一人にすることを受け入れた若は、バージルと何をすればいいのかと二代目に質問する。
「することがないなら待機でもいい。その分時間は進めるが」
 提案に異議を唱えたのは若。せっかく動けるようになったのに待機は嫌だと駄々をこねる。ただバージルはそれでもいいと、二代目の意見を了承した。
「なんでもいいからこう……動きてえ!」
「意味もなくダイスを振ると、あいつらのようにファンブルするぞ」
 あいつらとはもちろんダイナとおっさんのことだ。彼らのために一つ弁解するならば、探偵組に関しては必要だったからダイスを振っていただけに過ぎない。だが、あの結果では何を言われても言い返せない。
「あー……じゃあ、俺だけ公園に行って、二人はどこで待機してる?」
「近場までは行った方がいいよな。……このフォルトゥナ教会前あたりでいいんじゃねえか?」
「どこでも構わん。……別れる前に、連絡先だけ交換を済ませるぞ」
 バージルの一言に、忘れるところだったと初代が焦る。バージルと若は兄弟設定なので最初から連絡先を知っていても不自然ではない、ということで二代目から電話の許可が下りたが、宣言がなければ初代と兄弟組が連絡先を交換しているわけがない。何気ない言葉だが、かなりのファインプレイだ。
「なら、移動中に三人は連絡先を交換した。二人はフォルトゥナ教会前で一旦待機。この時点で時刻は午前10時50分。初代はその後一人でパンドラパークまで移動した。ここで時刻は午前11時10分だ。……ちなみに、兄弟組は教会に足は踏み入れるのか?」
 イメージ的には門前辺りで待機している感じなのだが、教会内であれば座るところぐらいあるだろう。もちろん、初代が戻ってきたらすぐに見つけられるように門前で待機しているのも悪手ではない。
「どうせ戻ってくるってなったら電話の1つもかけてくるよな……。別に中で待っててもいいか?」
「俺は構わないぜ」
 初代は中に入ることを快諾。バージルは少し考え込んでいたが、教会内に居た方が人目に触れないだろうと考え、中に入ることに。
「なら、まずは兄弟組から少しだけ話を進めるとしよう」

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 2000年6月10日午前10時30分。事のあらましを聞いたバージルは渋々といった様子ではあるが、警察の調査に協力──厳密にいえば初代にだけ──することにした。巻き込まれる形になったバージルの弟──若──も、兄の無実を証明するため、初代に協力することに決めたようだ。
 2000年6月10日午前10時50分。今後の方針を相談した結果、一先ず初代が現場に向かうということになり、二人はその近くにあるフォルトゥナ教会前で別れる。
「何もないとは思うが、気を付けてな」
「一般人に心配される日が来るとは思ってなかったぜ。万が一にも警官に見つかることはないだろうが、じっとしていてくれよ」
「さっさと俺の無実を証明する証拠を取ってこい」
「……お前、こんなのが兄貴で苦労してきただろ」
「おう。おかげで大抵のことには腹を立てなくなった」
 慣れたら意外と何とかなるものだと言う若に同情しながら、初代は一人パンドラパークへと向かう。教会前で待機している二人は、少し話し込む。
「あんたのことを真っ先に疑う警官っつったら、初代のはずなのにな。俺だったら赤い目をした人間が~とか言われても絶対信じないね」
「黙れ。俺は下らん嘘はつかん」
「兄弟の俺はそれぐらい分かってっけどよ。昨日の今日知り合った人間が、そんなこと知るわけないだろ」
「奴のことなど知ったことか。俺の無実を証明するための道具に過ぎん」
「あー、分かった分かった。そうかっかすんなって。……お祈りなんてガラじゃないが、教会に入ってその荒んだ心を清めに行こうぜ」
 率先して歩いていく若だが、どうせ入ったところで祈りもしないことぐらい、バージルは知っている。祈るかどうかはともかくとして、教会前に立ち尽くしているのも、不審がられでもしたら堪らないと考えたバージル。若と目的は違えど、教会内へ入ること自体はやぶさかでもないみたいだ。
 教会の敷居を跨げば外観は白く、綺麗に手入れされているのが分かる。扉口の前には美しい少女が、何をするわけでもなく佇んでいるのが視界に入った。
 今までに一度として見かけたことがないということも、すぐに分かった。何故と問われたら、全員が同じようなことを返すだろう。あんなに美しい女の子、一度見たら忘れないと。
「なんだ? えらいベッピンさんだな……」
「貴様……そっちの趣味があったとは、失望したぞ」
「はっ──!? まだ声すらかけてねえだろ! つか、そもそも俺に期待なんか持ってねえ癖に、調子のいいこと言ってんじゃねえよ!」
 少女はこちらに気づいてはいるが、声をかけてくる気配はない。……そもそも、何をしているわけでもない少女がどうしてこんなところにいるのだろうか?

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「声をかけるか?」
 どうするかと聞かれ、若とバージルが相談を始める。
「意味深な感じで登場してくるってことは、重要人物なのか?」
「脈絡もなく出てきた小娘だぞ。明らかに不審だったり、それこそ泣いているならまだしも、理由もなく声などかけんだろう」
「言い返す言葉もねえわ。二代目、この少女ってみた感じ、なんか変なところとかあるのか?」
「<目星>に成功したら、見て分かる範囲の情報を教えよう」
 やっと技能判定だと若は喜ぶ。俺のダイスが唸るぜなんて格好つけて、手渡されている10面ダイスを2つ転がす。

 少女の見た目は?
 若 目星25
 1D100=52

 バージル 目星25
 1D100=88

「初期値だから失敗するとは思っていた」
「俺と分かれたの、やっぱり失敗だったんじゃ……」
「言われてみればこの兄弟、<目星>も<聞き耳>もなかったな」
 今回キャラクターを制作するにあたって、推奨技能を事前と聞いていたみんなは、もちろんそれを参考にしている。その結果、この双子は戦闘特化となっている。というか全員、戦闘技能が推奨されたからといってすぐに脳筋を作るのは、使命感にかられすぎである。
 他の推奨技能? もちろん<目星>は入っていましたとも。それ以前に、二代目からはクトゥルフ神話TRPGは<目星>と<聞き耳>、それと<図書館>が三種の神器だから取っておけと、耳にタコができるほど聞かされたというのに、こいつらと来たら……。
「25%って、なかなか成功しないもんだな」
「見て何も感じなかった挙句、興味もない。つまり、声をかける道理がない」
 どうせ、何かあるなら教会内までついてくるだろうし、それこそ向こうから声をかけてくる。という意見でまとまった双子は少女に無視を決め込み、教会内へ入ることにした。
 少女に声をかけないとバージルが言い切った時、二代目が一瞬安堵したことは誰も知らない。

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 2000年6月10日午前11時。扉前で佇む少女のことを変な子だと思いながら、それ以上気に掛けることもなく二人は教会内へと足を踏み入れた。
 この教会はバシリカを継承した長方形型をしている。身廊の両側に、列柱で隔てられた側廊があり、正面奥には半円形平面のアプシスを持つ平面構成となっている。扉口の両脇には塔が建っていて、中央塔の奥に内陣があり、そこに祭壇が置かれている。側廊にはずらりと長椅子が並べられ、身廊部分は天井が他よりも高く作られていて、クリアストーリーと呼ばれる天窓が設けられている。
 平日ということもあり、人はまばらだ。それでも足を運んでいる者たちは、それぞれ好きな長椅子に腰かけ、神に祈りを捧げている。また神父も祭壇の傍におり、聖書を読んでいるようだ。
 神聖な雰囲気に、職業はともかく、性格が荒くれもののそれに近い自分たちが、場違いであるということを思い知らされる。居心地の悪さを感じながらも、そこらにある長椅子を一つ借り、初代からの連絡を待つのだった。

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 兄弟はこのまま初代の要件が終わるまで待機となり、それに合わせて時刻も勝手に進む。ということで最後を飾るは初代。大活躍だよ、やったね。
「俺は今度、どんな情報を掴まされるんだ」
 死体の状態が書かれたHOを忌々しそうに眺めながら、諦めたように話を切り出す。
「現地に着けば、他の警官たちが現場検証などを行っているだろう」
「何が聞き出せるんだ? 女性の死因とか、身元とかか?」
 それっぽいことを言えば二代目からHOが手渡される。嫌そうにしながらも受け取った初代はさっと目を通し、今後の行き先に目星を付ける。
「その情報を聞き出すのに30分ほど使ったと思ってくれ。それで、どうする」
「無難に兄弟と合流して、情報共有しながらテメンニグル大学だな」
 呼び出しはもちろん電話でと付け足しながら、初代がHOを見せてもいいかと聞く。問題ないとの許可が出たので双子が紙を覗き込めば、何故大学に向かうのかが分かったようで異論はあがらなかった。
 
 HO情報
 “死因は顔面損傷による出血多量。名前はレスティア。テメンニグル大学に通っていた21歳の女性である。”

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 2000年6月10日午前11時40分。パンドラパークを後にした初代はバージルの携帯に電話をかける。3回ほどコールしたところで、30分ほど前に聞いていた声が聞こえてくる。
「どうだ。情報は手に入れたか」
「お前……そんな高圧的だと友達出来ないぞ」
「黙れ。友達などというものなど求めていない。それで、どうなんだ」
 電話越しからでもバージルがイラついていることが分かる。手間のかかる奴だと思うと同時に、謂れのない疑いをかけられている以上、多少の怒りが芽生えるのも致し方ないことだとも思った。
「身元の確認が取れた。今から被害者が通っていた大学で聞き込みをしてみるつもりだ。あんたも来るだろ?」
「当然だ。……場所は」
「テメンニグル大学」
「……すぐ向かう。待っていろ」
 言うが早いか、通話は既に切られている。せっかちだなんて感想もほどほどに、遅れたらもっと面倒なことになりそうだと悟った初代は急いでテメンニグル大学を目指した。
 2000年6月10日午前11時50分。テメンニグル大学前で待っていると、よく似た顔の兄弟がやってきた。
「わりい、待たせて」
「大して待ってないさ。それより、兄貴のご機嫌はどうだ?」
「ぼちぼちってところだ。ただ、詳しい話は一切教えてもらえなかった」
 弟の身を案じて伝えていないなら、なんて美しい兄弟愛なのだろうと感動も出来たが、残念なことにこの兄貴に限ってそんな理由ではないことだけは明白だ。もう一度、若のために説明しなおす初代を横目に、バージルは先に大学内へと姿を消す。
「…………ってわけでって、おい。勝手に一人で行くんじゃない」
「何にしても中には入らないといけないんだし、大体の状況は分かったから、後を追おうぜ」
 この対応力を見せられると、一体どっちが兄貴なのか分かったものではない。自分で言うのもあれだが、もしほかの警官がバージルを第一発見者として保護していたと思うと、頭が痛くなる。
 2000年6月10日午後0時。一抹の不安を抱えながらも、テメンニグル大学内でレスティアという女性と交友関係のあったものを探すのだった。

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 探偵組も警察組も時間軸がそろったということで、別室で待機している三人を二代目が呼びに行く。この間、ふと思い出したように若が口を開いた。
「飯とか食わなくていいのか?」
「言われてみれば……。昼の時間だし、飯ぐらい食うだろうな」
 半人半魔である自分たちだってご飯は食べる。多少の無理は普通の人間よりも利くが、それでも腹は減るし、減ったなら何か食べたいと思う。
「どうした。何か問題があったか?」
 二代目に呼ばれて別室から姿を見せた三人は、何故かおっさん以外ボロボロ。そのことへ一切触れない二代目の肝っ玉はどうなっているのか、一度聞いてみたいものだ。
「明らかに問題があったのはそっちの若い二人だと思うんだが……。このTRPGってのはリアルな遊びなんだろ。飯を食う描写って入れた方がいいのか?」
 食事と聞いて、二代目がルールブックをめくりだす。
 その間、若がネロとダイナに何があったのかと聞けば、ただ訓練してもらっていたということらしい。みんな忘れているが、そもそもネロは強くなるために居候しているのだ。ただおっさんが面倒くさがりで、全然ネロに稽古はつけないのだ。……が、今日に限ってはどういう風の吹き回しか、おっさんが戦いぶりを見てやるなんて言いだすから、こんなおいしい機会を逃せるはずもなく、TRPGをしている傍らでどんちゃん騒ぎをしていたという。ダイナはそれに便乗した形だ。結果に関しては見ればわかると言った具合である。
 程なくして、ルールブックを閉じた二代目が少し困った様子で声をかけてきた。
「食事や睡眠に関しての明記がなかった」
「つまり……?」
「ルール上、取らなくてもマイナス補正はない……が、それだと超人になってしまう」
「ごもっともで」
 ゲームシステムとして見れば、飲まず食わずの一睡もせずでもペナルティがないという。とはいえ、それが出来る人間はこの世に存在しない。ということで急遽ルールを制作することに。
「細かい時間指定をするつもりはない。常識の範囲内で睡眠や食事を取れば、特にペナルティは設けないことにしよう」
 不備があってすまないと謝る二代目に、みんなは気にしていないと一言。むしろ、一人でこれだけ膨大な量の処理を初めてしているというのだからあっぱれだ。他の面々がこなすとなったらどれだけ悲惨なことになるか……考えたくもない。
「ちなみに、ペナルティの内容は」
「状況で変動はさせるが、基本的には[全技能-10%]だと思ってくれ」
 腹が減っては戦が出来ぬとはよく言ったもので、全技能となると結構なペナルティだ。おっさんに関しては<いいくるめ>が現時点でマイナス補正をかけられている。これ以上下がるのは避けたいところ。
「だったら、こっちの行動は次、飯を食うって行動にしておいてくれないか? なんかあるだろ、場所的に」
「了解した。俺のミスだからな、そのように動いたと処理をしておこう。時間は……」
「俺はいっぱい食う」
「1時間ほどでいいか」
 30分にしてやろうかと一瞬考えたが、わざわざ宣言してくるなら気が済むまで食わせてやろうと判断した二代目。こうして、食事や睡眠を取らなかったときのペナルティの情報共有が終わったところで、今度は警察組が別室へ。
「居場所は違うが、時刻が同じになった。ということで探偵組、どこで何をする?」
 警官組はテメンニグル大学に入ったところで終わっているが、探偵組はそのことを知らない。意外と近くにいるのだが、こうしてお互いの状況が見えないというのも、臨場感がある。
「とりあえずご飯、かな」
「時間指定はないって言ったんだ。ということは、1時間ぐらい遅れてもいいよな」
「それぐらい、生きていれば往々にしてあり得るだろう」
「ということでだ。まずは近場のテメンニグル大学とフォルトゥナ教会で、聞き込みを済ませてしまいたい。それで何もなかったら一旦事務所に戻って、そこから飯でどうだ」
 場所を移すだけでも時間が過ぎる以上、近場から済ませていくというのは理に適っている。わざわざご飯のために出戻りをするのは効率が悪いと考えたおっさんの意見に、ネロとダイナは理解を示す。
「情報が出てきた場合は、どうする?」
 先ほどの意見はあくまでも情報が出なかったときのことを考えた場合、それが一番効率が良くなるということ。どちらかで有益な情報を手に入れられた場合、そのままご飯を取れない状況に陥らないとも限らない。こうなってくると、ペナルティが心配だ。
「大学って、学食ってのがあるんだろ? 大学前と内部で情報集めたら、そこで飯食ってから教会に行けば効率は変わらないんじゃないか」
「良い案だ。それで行こう」
 ネロの出した意見に乗っかり、それに沿った行動をとることにする探偵組。図らずも彼らと合流も出来そうだ。