「そう拗ねた顔をしなくてもいいだろう。そんなお前も、かわいいと思うが……」
「~~~~っ!」
赤面しているって自分で分かるぐらい、私は今、気分が高揚している。
「深央のそんな顔、ひさしぶりに見たわ」
「そりゃぁ沙希と違って、あれもかっこいい、これもかっこいいって八方美人じゃないからね」
「うっさい。みんなイケメンだから、しょーがないでしょ?」
「だからどのキャラもガチャで当てられないんだって。私は一発で限定バージョンの本命キャラが出たのよ? これはもう運命……いや、愛されている証拠といっても過言じゃない……」
「きぃぃぃ! 無性に腹立つ! なんであんたはそんなにポンポン出るのよ!」
「これが愛のなせる業……」
私が何に興奮しているのかというと、この携帯アプリが原因だ。
最近流行りの乙女ゲームというやつで、イケメンたちと自分の分身であるヒロインとの恋愛が、キャラクターごとに作られているといった感じだ。
そして私は遂に……、遂に念願の本命キャラ(限定Ver)をゲットしたのだ!
見た目も私好み、声も私好みという、完全に私を落としに来ているとしか思えない美形キャラ……。
いやまぁ、私だけってわけじゃないのは分かってるんだけどさ。ゲームなんだし、それぐらいは夢見たって罰は当たらないよね。
最初は沙希に無理やり勧められて渋々だったんだけど、これが意外にもはまって、今では沙希と一緒にあれがかっこいい、これは性格がどうだのと言い合っている。
「はぁ……、あんたにはイケメン彼氏だけじゃなく、ゲームですら強くてかっこいい男たちが寄っていく……。それに比べて私には何もないなんて、この世は不平等すぎやしませんかね……」
「あー……、ネガティブモードに入っちゃったか。これはもう放っておくしかないな」
私としても友人が強いキャラばかり当ててる中で、自分はさっぱり出なかったら、妬みごとの一つぐらい言いたくなる気持ちは分かるから、何か言い返すことはしないんだけどね。
というか、出してる私が何を言っても逆効果だし……。
「何してんスか?」
おっと、このタイミングで来るか……。これはひがまれるぞ……。
「おーおー、噂をすればイケメン彼氏のご登場ですか。羨ましいご身分で」
あぁやっぱり……。まぁこれは沙希の悪い癖っていうか、人の心理としては当然の行為っていうか……。私は慣れてるから別にいいけど。
「こら沙希。私はいいけど、その態度は黄瀬に失礼でしょ」
話の流れも分からないまま、急に嫌がられたらいい気分はしないからね。これは出来るだけ注意していかないと。
「むぅ……。黄瀬君、ごめん」
「あぁ、オレも気にしてないから別にいいっスよ。それよりオレ、お邪魔だった?」
そう言ってニカッと笑って見せる、イケメン男子こと黄瀬涼太。彼とはこの前のバレンタインでの出来事でいろいろあって、私と付き合っている。それがまた沙希にひがまれる要因となっているわけなんだけどね。
「うーん。邪魔ではないけど、黄瀬が入っても全然楽しくない話題ではあるかな」
ゲームとはいえ、男を見てキャーキャー騒いでいるんだ。黄瀬が見ても何一つ、得はないだろう。
「そこまで輪に入ることを拒まれると、余計気になるっス」
「あ、ちょっと!」
「なんだ、嫉妬しているのか? 冗談だ、そんな顔をするな」
こ……これは恥ずかしいっ! 黄瀬から隠そうとしたら携帯の画面に指が当たったのか、本命キャラの脳殺ボイスが流れてきた。
いや、私としては至福の時間ですとも。
でもね、時と場合ってものが……。
「なんスか今の!? 男の声っスよね! 深央、浮気してるんスか!?」
「落ち着くんだ黄瀬! 私は決して浮気をしているわけではない! これはゲームであって……」
「でも本命だよね」
ぐっ……! 沙希め、黄瀬をわざと混乱させるために余計なことを……!
確かに本命だし、一番愛でているキャラではあるが、私はちゃんとゲームとリアルは分けているぞ!?
「深央! どういうことか、きちんと説明してもらうっス!」
「くっそ! なんでこうなるんだ! 沙希、覚えてなさいよ!」
こうして私は放課後、黄瀬宅に引きずられる形でお邪魔することになった……。
「さ、説明してもらうっス」
「うん、説明はいいんだけどね。その前にひとつ言いたいことがあるの」
「なんスか?」
色々といいたいことはあるけれど、一番物申したいこと。それは……
「なんでよりによって家族が出かけてるときに私を自宅の、しかも黄瀬の部屋に連れ込むかな!? 一応私も女だし、そういうことに対しての知識がないわけでもないから、身の危険をすごく感じるんですけど!」
こいつはバカか!? バカなのか!? いや、バカだということは知っていたから、大バカ野郎だ! てか、家族がお出かけしてるって伝えろよ! それを知ってたら、私だってホイホイとついてこないよ!
「深央が浮気してるかどうかを調べるなら、こうした方が手っ取り早いかなって……」
「かっこいい顔しながらさらっとド畜生な発言するなよ! それに浮気してないって言ってるでしょ!」
本当はこういうゲームしてるっていうのは隠しておきたかったけど、誤解を解くためならば致し方あるまい……。
趣味を隠し通すことより我が身の方が何十倍もかわいいに決まってる!
「ド畜生って、えらくひどい言いようっスね!? まぁ、そういう着飾らない深央は確かに魅力的ではあるけど、女の子なんだしもう少しきれいな言葉遣いをした方がいいっスよ」
「誰のせいでこんな言葉使わされてると思ってるんだ! まったく……。話が進まないから、本題に入るけど」
「言いたいことがあるって切り出したのはそっちっスよ!?」
「あー悪かった悪かった。それで、黄瀬が勘違いしたのはこれよ」
私が一年以上もの年月をかけ毎日コツコツやりこみ、イベントには張り付いてでも食らいついた、そう……まさに人生をかけて作り上げてきたデータの入っているアプリを立ち上げ、黄瀬に見せつける。
沙希以外にこの画面を見せる日が来るとは夢にも思わなかった。
「今日は一日楽しかった。お前と一緒だったからかな……それじゃ、おやすみ」
フッ……こんな時まで本命キャラは出てきてくれるというのか……つくづく愛されているな、私。
「な……、なんなんスかこれ!?」
「世間でいうところの乙女ゲームってやつ」
「そんなの! 彼氏がいるんだから、深央には必要ないじゃないスか!」
うぉぉ! そんな切羽詰まった顔していきなり腕をつかんでくるな! というか顔近いって!
「待て待て落ち着け! これを始めたのは一年も前の話! つまり、黄瀬と付き合う前から遊んでるってこと」
「そうだったとしても、今はもういらないじゃないスか」
むっ。それは聞き捨てならんな。確かに私好みのイケメンがいたからこのゲームを続けているのは事実だし、それに対しての非難は仕方ないにしてもだ。
「分かってないね。確かにこのゲームは、イケメンたちにちやほやしてもらう、というのがメインではあるよ。でもね、私としては普通にゲーム内容としてのパズルバトルも好きだし、キャラ育成もはまってるから続けてるわけよ。ただイケメンに優しくしてもらうだけのゲームなら、他にもたくさんあるし。その中でも私がこれを選んでずっと続けている理由は、ゲームとして楽しかったからってのが大きいわけ」
……って、何故ゲームしない人に私は力説してるんだ。今までだって、私のゲームへの思いは、沙希を除いて理解してくれる人なんかいなかったじゃないか。
「じゃあ、オレはゲームにも満たないってことスか」
あっ。
これ、面倒くさいやつだ。
……そっか、私が今まで誰かを好きになって付き合おうって思わなかった理由、分かった。
「そう思うなら、そうなんじゃない。もう分かったでしょ? それじゃ、私は帰るから手、放してくれないかな」
自分の趣味に向ける情熱が一般の人たちよりも大分強くて、しかも結構質が悪いってのは自覚してる。私は、友達と遊びに出掛けるのと、ゲームのイベントが被ったら、ゲームを優先する。
これは、私の中では至極当たり前のことなのだが、どうやら世間一般では違うということを中学時代で嫌というほど経験した。だから、唯一理解をしてくれた沙希は絶対大事にするって決めてるし、高校なんてどこでもよかったから沙希に合わせたぐらいだ。
こう思うと、私は随分と依存症な気もするが、それはこの際どうでもいい。しかし、相手が彼氏となると話は別だ。やっぱ、趣味に関しても理解してほしいって思ってしまう。
だがそれは無理な話だ。
だって……、黄瀬も世間一般の人間と同じなんだから。
「そんなの、納得できないっス!」
「あ、ちょっと! 返してよ!」
こ、こいつ何しやがる! 私の大事なデータが入った携帯を奪うだと!? 止めろ! 勝手に画面を触るんじゃない! 操作方法分からないでしょうが!
「深央! これ、乙女ゲームってことはなんかこう、ストーリーみたいなのもあるんスよね!?」
「えっ? ま、まぁ……ある、けど」
なんだなんだ。何故そんなに声を荒げているんだ。
「深央のお気に入りのストーリーを見せるっス!」
「あっ、はい」
すごい鬼気迫る勢いなんだけど。どういうことなの……?
普通に二つ返事してしまった。よ、よく分からんが、取りあえず私の本命キャラのストーリーを見せたら満足してくれるってこと、よね?
「これっスか?」
「う、うん。確かにこれが私の一番気に入っているストーリーではあるんだ……が」
「……なんで見せてくれないんスか?」
「いや、あの、その……ね? ほら、内容は察してほしいわけなんですが……」
事案が発生する一歩手前で終わりっていう内容なんだよ! 察せよ!
「これを押したら始まる感じ?」
「あーっ!」
くっ、画面を開いているのが仇になった!
そうして始まったキャラクターのストーリー。内容としては一国の王子様がある呪いにより国へ帰れなくなり、その呪いを解く方法を探している最中ヒロインと出会って恋に落ちていくといったシンプルなものだ。
そして最終話では、結局呪いを解く方法は見つからないどころかさらに進行してしまい、二人は人里離れた所で過ごすようになっていた。
ヒロインに寂しい思いをさせて申し訳なく思い、自暴自棄になりかける王子に精一杯力になると言うヒロインを王子は抱きしめ、キスをして……。という流れで終わる。
私は別に悲恋ものが好きというわけではないのだが、健気に尽くすヒロインと、呪いに負けそうになりながらも必死に抗い、ヒロインを守りながら呪いを解く方法を探して旅を続ける姿が、普通に素敵だと思った。
「俺の心をお前で、埋め尽くしておいてくれないか」
そしてこのゲームは何といっても各所でボイス付きという、なんとも素敵な仕様なのだ! ……が、今はもうそれが完全に仇となってるよね、うん。
もう恥ずかしすぎるんですけど。いや、むしろ恥ずかしいを通り越して、無心になりそう……。
「……なるほど。深央はこういう強引なのが好きだったのか……」
「はっ……?」
ちょっとタンマ。なんか今、すごい不穏な言葉が聞こえた。というかそんなストーリーだったか? 正直なところ、だいぶ前に読んで以来目を通してないから細かい内容までは覚えていない。
……んだけど、そんな強引なシーンあったか?
「それじゃ早速……」
ちょっ、何急に抱き寄せてんの!?
こんなゲームしてる私に幻滅したんじゃないのか? てかこの状況はまずい。腕力の差で絶対逃げられない。
「黄瀬! ストップストップ!」
「涼太って呼んでくれなきゃ聞いてあげないっス」
ぐぉぉ……! だからその呼び方に私が慣れてないんだってば! なんて言ってる場合じゃない。自分の身を守るのが最優先だ。
「うっ……、りょ……涼太」
「どーしたんスか?」
そ、そんな嬉しそうな顔を向けるんじゃない! ただでさえこの状況にドキドキしてんだから!
「離してくれませんかね? 流石の私も、身の危険を感じるから……」
「……良い感してる」
「んっ……!?」
…………っ!? これやばいって! 前の時のよりやばい! 口付け……深いっ……。
手首を動かそうとしてもびくともしない……動けない!
「深央……」
「ぷぁ…………」
め……滅茶苦茶長かった……。いや、本当は短かったのか……? 分かんない、分かんないけどそれぐらい長く感じた……。
って、今度は何……? 間近でそんな見つめられると、本当恥ずかしい……。
「深央……オレは、怖いんスよ」
「えっ……?」
「まだ付き合って間もないけど、オレは本当に深央のことが好きなんだ。言葉で伝えきれないぐらい……。だから、相手が例えゲームの中のキャラでも、ライバルがいるって思うとスゲー不安なんだよ……」
「涼太……」
それってつまり……、ゲームの中のキャラに嫉妬してるってこと……? 抱きしめてくる黄瀬の体温が、すごく心地いい。
「かっこ悪い……っスね。ごめん、忘れて」
「そんなことないよ。……というか、私の趣味に幻滅しないの?」
「え? オレだってゲームぐらいするし、別に?」
「いやだって、お昼もさっきもめっちゃ怒ってたから、てっきり……」
「そりゃ悔しいからに決まってるじゃないスか! だって深央の蕩けた顔を、このゲーム画面は俺よりも先に見てるんスよ!?」
……?
「待って、その理屈はおかしい」
「どこがおかしいんスか」
いや、おかしいよね。その言い方だとまるで……。
「確かにこのゲームをしてニヤついたことはあるけど、キスされたときみたいな顔はしてないからね!?」
ストーリーを読むたびに恍惚な顔をしてるって、ただの変態じゃない! というかなんか今の発言自体も、キスで惚けてるって認めたみたいで恥ずかしいんだけど!
「ホントに?」
「そんな嘘つかないよ……」
だからって嬉しさを表現するために抱きしめるのはダメだって! もう、私の心臓が持たないから……。
「深央、ごめん。オレ、もう歯止め利かないっス……。触れていい?」
「それは困るから待って!?」
待ってって言ってるのにっ……唇を指先で誘うようになぞられると……。
「オレは困らないっス」
「ぁ……ほん、と……これ以上は……んっ……」
本当にこの状況はまずい……。頭の中がぼんやりとして、何も考えられなくなる……。身体の力が抜けてく……。
自分でも分かる、驚くほど黄瀬に骨抜きにされてる。
「深央のそんな可愛い顔見せられたら我慢できねぇよ……」
「んっ……ふっ……あっ!? ちょっ、そこ、はぁ……」
今度はえらい軽くで済んだと思ったら、今度は首筋!?
くすぐったいような、それでいて背中からゾクゾクと何かが這い上がってくる感じがする。
今までに感じたことないことの連続で、頭がもう……どうにかなりそう……。
「もう……止めらんねぇ」
「んぅぅ! はぁっ……ふっ、ぁ……んっ……」
ま、また深いキス!? 何器用に舌を使って私の唇をこじ開けてんのよ!
てかそれどころじゃない……息が……。これ……私このまま流されて、黄瀬に抱かれるの、かな。
ダメ。それだけは絶対ダメ! な、なんとかして黄瀬を止めなくちゃ……!
「んぐっ……深央、痛い……」
「はっ、はぁ! はぁ……はぁ……。涼太、本当にこれ以上はダメ! 私、その……まだそういう行為は……心の準備が……。それにまだ黄瀬のこと全然知らないし、何より親に迷惑はかけたくないの。何かあってからでは取り返しがつかないし……」
こういう考え方、今の子にとっては重い……よね。しかしこれだけは本当に譲れない。苦労するって分かってて一時の快楽に溺れたくない。
自分のことばっかり考えてるって思われたかな。面倒な女なんだろうな。
「それって、オレとのこれからの将来のことも考えてくれてるってこと?」
「ん……? うーん、そういうことにはなるのかな? 私、涼太が初めての彼氏だから、恋人ってのがどこまで先のことを考えるものなのかがいまいちわかってないけど……って何々!? なんでまた抱き付いてくるの!?」
黄瀬の考えが全然分かんない! 私のこと面倒くさくないのか!?
「そんな嬉しいこと言われて我慢できるほど、オレ出来てねえっス」
「だ、だから! それは困るって!」
本当にまずい! 正直なことを言うと、これ以上黄瀬に触れられると自分でも身体を委ねてしまうって分かる……。
それぐらい黄瀬は魅力的というか、私もそれだけ黄瀬のこと好きっていうか……。
「深央、絶対行為には及ばないから、キスまでは許してほしいんスけど……」
うっ……そんな期待と懇願の入り混じった瞳で私を見つめないでよ……!
断れるわけ……ないんだから。
「…………涼太のこと、信じる。キスまでなら……うん。いい、よ」
うぅぅ……許可を出してしまうとは我ながら情けない……。
「ありがとう、深央」
「う……んっ……」
あ……、今度は優しいキスだ。何度も触れるだけのキス。こういうのいいな……、心があったまる。
「そんなに気を許していいんスか?」
「えっ? んっ、ちゅ、ふぁ!? んんっ……んぁ、んぁぁ!?」
な、何が起こってるの? ついばまれてる……鳥みたいについばまれてる!?
これ、ダメなやつ! なんか、すごいいやらしい音が出るし、吸われては離されてを繰り返されるから感覚が痺れてくる……。
「キスって一言で言っても、いろいろあるんスよ?」
「あ……」
し、しまった! つい気分とかに流されてキスはいいとは言ったけど、指定はしてないってことは……!
「今日は一日中いろんなキスを試してあげるっスよ。好みのがあったら教えて?」
「じょ……冗談、だよね? そんなことされたら私持たない……」
「んー? 冗談でもないし、持たなくても大丈夫っスよ。たっぷり時間はあるし、ゆっくり身体に染み込ませてあげるから」
黄瀬の目が本気だってことを物語ってるんだけど! どうしよう、どうしたらいい!?
「や、やっぱキスの許可取り消したいな!」
「今更遅いっスよ」
ですよね。こうなった以上は仕方ない、黄瀬が満足するまで耐えよう。
「んっ……。……?」
なんだろ、触れた状態で止まった。
私はとてもじゃないが恥ずかしいから目を瞑ったままだ。
しかし、先ほどまでの激しいキスの嵐を超えた後なら、軽く触れあう程度であれば……うん、ドキドキするけど、大分耐性が出来たとは思う。
「んぅっ?」
何か、柔らかいものが唇に当たる。舌、かな? さっきみたいにこじ開けるんじゃなく、ノックされてる気分。私の許可待ちってことかな。
……どう、答えたらいいんだ? 少し、唇を開いてあげたらいいのかな。
「んっ! んっ、んっ、んっ、んぅ、んぁっ!」
「こういうのはどう?」
どう? って……。どうもこうもあるか! 浅かったとはいえ、まさかあんなに舌を出し入れされるとは思わなかったわ!
……って言い返す力もないよ。もう黄瀬のなすがままだ。もし、黄瀬が私の意見を尊重してくれていなかったら、今頃私はえらい目にあってたに違いない。それだけ大事にしてもらえてるってこと、だよね。
「ん……、その……」
なんて言おう。全然って言うのは嘘になるし、良かったっていうと今後積極的にさっきのされそうだし……。私的に、今のは中々くるものがあったから、あんまされるとすぐ流されちゃうから濁したい……。
「なんて、顔に書いてあるから無理に答えなくても大丈夫だから、心配しないで?」
むしろその顔に書いてある内容の方がめちゃくちゃ心配要素だよ。
「そんなに顔に出てる……?」
「キスだけで抑えようとしてる、オレの理性を軽く消し飛ばそうとするぐらいには、って感じっスね」
「ならキスはもう止めにしても……」
「やだ。オレはもっと触れていたいっス」
「んぅぅ~!」
こ、これは……! このキスは流石に経験のない私でも知ってるぞ!
「んんっ、ふっ……あっぁ……ぁぅ、ん……りょぉ、た……」
舌が絡まってうまく息が出来ない。声が漏れる。頭が痺れて、何も考えられなくなる……。黄瀬に、身体を委ねてしまいそう……。
「ディープキス、気にいった?」
「ぷはっ……うぅ……私が慣れてないのを……良いことに……」
「オレだって慣れてないから必死なんスよ? それに……」
どこが!? 私なんかずっと受け身なんだけど! いや、攻めてみてと頼まれても出来る気はしないんだけどね!?
「んぁ! んんっ、んぅ、あっ、んぅ」
今度は唇ごと食べられてるんですけど!? 黄瀬……本当に上手すぎ……。
「深央にだから上手くしたいって思うし、感じてもらいたいって思うから」
「うぅ……ありが、と……」
恥ずかしいからもうこれ以上は許してほしい……。黄瀬の顔をまともに見れないよ……。
「深央、舌出して?」
「んっ……、こぉ……?」
「うん、そう……」
「んちゅっ!? んん! んぐっ、んぁ! んあぁぁ!」
舌、吸われっ……!? 黄瀬の口内で私の舌が包み込まれて……気持ち、いい。
「俺の肩に手をかけて……、そんなに良かった?」
「えっ、あっ……」
む、無意識だった……。でも、何かにしがみ付いてないと本当に全部持っていかれそうで……。
「オレもこれ以上すると本当に歯止めが利かなくなりそうだし、取りあえず今はここまでにしよっか」
「うん……」
た、助かった……? はぁぁぁ……終わったぁ……。
「もう21時っスか。明日は土曜日だし、泊まっていっても平気っスよね。」
「うん……。うん?」
い、今なんて言った?
「んじゃ、取りあえずお風呂から済ませよっか」
「いやいや! 流石にそろそろご家族帰ってくるでしょ? これ以上は迷惑だし、帰るよ!」
「ん? 家族は旅行中だからしばらく帰ってこないっスよ?」
「なん……だと……。だ、だが私には家族が!」
「泊まりとかダメな感じ? 結構厳しいんスか?」
「いや、むしろ自由すぎて困る。普通に親が唐突に友人の家に泊まるとか言って帰ってこないとかあるから。あれだけは本当連絡をもっと早くに寄越せと思う。てか今さらっと流したが、旅行ってどういうことだ、聞いてないぞ!」
晩飯の準備とかあるんだからさ。作った後にいらないって言われたときの、作った料理どうしようかなって思い悩むこっちの身にもなってほしい。
って、今の問題はそこじゃない。
「だって、本当のこと言ったら来てくれなかったでしょ?」
「当然来てないね。だからって嘘つくのはどうかと思うよ!?」
「いいじゃないスか、細かいことは。ほら、お風呂済ませてご飯食べて続き、しよ?」
「ま、まだするの!?」
冗談じゃない! 私の身体が壊れてしまう!
「ほら、あんまり駄々こねるとお風呂も一緒に入ることになるっスよ?」
「ホント勘弁して……」
完全に黄瀬のペースだ……。今晩は覚悟しておこう……。
「深央がお風呂に行ってる間にご飯作っておこうと思うんスけど、何か食べたいものとかあったりする?」
「んー、あったかいもの……。うどん、とか」
「了解っス」
さっきまでの興奮が冷めてきて、少し肌寒いように感じる。
って、これじゃ私が淫乱みたいじゃないか!
……しかし、実際どうだったのだろうか。初めての経験ばかりだから、何が普通だとか、どこが異常だとかの判断もつかない。経験豊富であろう黄瀬が何か言ってくることはなかったわけだし、あれぐらいが普通……って解釈でいいのかな。
あー! 考えても仕方ない! さっさとお風呂済ませてうどん食べて……お泊り……。
うっ……ぐっ……、そうか、泊まるのか……。
他人の家に泊まるとか生まれて初めてなんだが、大丈夫か? 今までに泊まった経験なんか、それこそ修学旅行とかの学校行事によるもの位だぞ。
「って、そうじゃん! 着替えがないぞ! やっべ、もう湯船に浸かっちゃったんだが!?」
突然のお泊り決定だ、当たり前だが着替えなんか持っているわけがない。寝間着はまぁ、適当に黄瀬のを借りればいいが、やっぱ問題は下着だよな。
……ノー……パン?
い、いや、そうなるぐらいならまださっきのをもう一度履くか? むしろ、個人的にはそっちの方が避けたい事案なんだが。
う……うぐぅ……、ここは恥を忍んで、黄瀬に頼るしかない……。これ、置いてあるタオルを使っていいんだよね? お借りしまーす、と。
ずれ落ちないようにしっかりバスタオルを巻いて、髪の毛の雫が落ちないようにアップにして、足の裏をしっかり拭いて……。
「り……涼太ぁ? 聞こえるー?」
「もう上がったんスか?」
声と目の前には黄瀬。……、目の、前?
「うわぁぁぁ! なんで扉開けるかな!?」
「そっちこそ、なんで着替え終わってないのに呼ぶんスか!?」
「その着替えがなくて困ってるから助けを呼んだんでしょうが!」
まさか開けてくるとは思わなかった。ちゃんとバスタオルを身体に巻いててよかった……!
「あぁそっか……、オレのパジャマでいい? それともねーちゃんの着る?」
「パジャマは涼太のでいいよ。ただ、その……下着、が……」
恥ずかしい……。なんの羞恥プレイだよ! てか現時点でのこの格好を見られてるのがもう顔から火が出そうなんですけど!?
「ちょっと待ってて」
「う、うん……?」
待っててって……、姉の新品の下着を物色でもするのか? それともコンビニまでひとっ走りしてくれるのかな。
いやまぁ、実際それを期待して黄瀬に声をかけたんだけど。
「これでいいスかね? サイズが合うといいんだけど……」
「ん、ありがと。今度お姉さんにお礼言っといて」
サイズは多少でかいぐらいだったら我慢できるからいいよ。入らなかったら……太っている私の贅肉を引きちぎってでも履くから。
「あぁそれ、オレがいつでも深央が泊まれるようにって買ってあったやつだから、気を遣わなくていいっスよ」
「そうなの、気が利く……なんて流されないからね!? あんた変態だな!?」
その話は真か!? 事実なら結構ヤバめのカミングアウトだぞ!?
「深央のことを想っての行動じゃないスか!」
「例えそうだったとしても限度というものが……、まぁ今回に関しては事実助かってるわけだから不問にしとくけど……。それじゃ着替えたら出てくから、扉閉めてくれないかな」
「んじゃ、深央が上がったらオレもささっと入っちゃうね。ご飯の支度は出来てるから、先に食べててもいいっスよ」
「おぉ、これが致せり尽くせりってやつか。ありがと、お言葉に甘えるとするよ」
黄瀬の行動って、意外と私を想ってのことっていうのが多い気がする。今度、なんかお礼でも準備しとこうかな。
と、黄瀬も出て行ったし、さっさと着替えてうどん食べよ。
「お待たせ、お風呂開いたよ」
「深央、髪の毛ちゃんと乾かさなくて、風邪引いたりしない?」
「ここまで渇いてたら平気。後は勝手に乾いてくれる方が楽だし」
私としては髪の手入れしてるよりゲームしてる方が好きだし。……ん?
「オレとしてはあんま頷けないんスけど……。うどん食べてあったまってて? オレもすぐ済ませてくるから」
「あ、うん。ゆっくりでいいよー」
むしろ早く出てこられる方が困る! 黄瀬に色々とされてたせいで、今日はろくにゲームをいじれてないぞ! もうすぐ22時だし、イベント始まっちゃう!
よし、黄瀬は風呂場に姿を消したし、うどんの前にささっと片づけてしまおう。流石にご飯食べながら携帯をいじるのは行儀悪いからね。
っと、携帯は黄瀬の部屋か。確か階段上って、この部屋だったかな。
あぁ、あったあった。…………って危ない! もうスタミナが満タンになる寸前だよ! これはちょっと全部使い切るのは時間かかるかなぁ……。ある程度まで使って戻らないと。
「…………あ! ヤバイヤバイ! 負ける……!? う、おぉ! 耐えた!? よし、首の皮一枚つながった! 次で勝てる!」
今回のイベントの敵強くない!? 滅茶苦茶ヒヤヒヤしたんだけど!
……なんとか勝つことは出来たけど、これはちょっとランクの低いところを周回した方がいいかな。負けるとか洒落にならん。それともパーティ構成をいじってみるか? これは短期決戦よりも耐久型の方がいいかも……。
「深央、何してるんスか」
「んー? 今どういうメンバーで挑むか悩んで……、えっ?」
な……、なんで私がゲームをしている時に誰かが声をかけてくるという環境なんだ……?
「別にゲームをするなとは言わないけど、取りあえずうどん、食べよ?」
「……もしかして私、ゲームに夢中でした、か?」
「今までにないぐらいの真剣な顔と、集中力だったっス」
やっちまった! どことなく黄瀬の声色も怒ってる気がする!
これは気まずい、顔を合わせられない……。
「怒ってる……よね?」
「怒ってないっスよ」
おっ……? 声色がいつもの柔らかい感じになった。これはまだ1回目だから許してもらえるやつ?
「いやあのね、うん。本当申し訳ない! 気づいたらのめり込んでて……んぅ!?」
うっあ……、何? 何が起こった!? 顔を上げて黄瀬と目を合わせたら、口の中になんか入れられた!?
「怒ってはいないけど、お仕置き」
「んっ、ふぅ!? あっ……やら、んくっ、はっ、ぅぁ……ぷはっ……」
指……? 指か! 指で口の中……思いだしちゃダメだ!
「ほら、うどん食べに行くっスよ……、腰抜けちゃった?」
「だ、だってっ……、さっきのはホント反則……」
やばい、今日一日の中で一番きた……。身体に力が入らない……。
「仕方ないっスね。んじゃ連れてってうどんも食べさせてあげるっスよ」
「……それ、冗談……な、わけないよね」
「もちろんっス」
この後一日中いろんなキスを試されたのは言うまでもない。それでもちゃんとキスだけで留めてくれたのは、男心が分からないなりの私が考えても、かなり我慢してくれてるんだろうなとは思う。
でも私はこれで懲りたよ。
もう絶対、黄瀬の前でゲームはしない!