Halloween is dance contest!

「ダンスしようぜ!」
「断る」
「歳の関係でパスだ」
「一人で踊っていろ」
 若が突然訳の分からないことを言い出すのは恒例行事で、それをネロやバージルが一刀両断するのも恒例行事だ。今回は内容が内容だったので、珍しくおっさんも却下している。
「んだよ、すぐ突っぱねやがって……。ダイナはやるよな!」
「……構わない」
 少し思案した後、承諾したダイナ。またいつものように大暴れだろうか……。
「参加していいか?」
「お、ほんとか! ……って、二代目が!?」
 もう一人ゲット! なんて浮かれていたら、まさかの二代目。これには若だけでなく、事務所にいる全員が驚いている。……あのバージルですらだ。
「おいおい二代目……。どういう風の吹き回しだよ?」
 歳を理由におっさんは断っていたが、二代目の方が上だ。一体何を考えているか……。
「そろそろ若が騒ぎ出す時期だと思っていた。健全にダンスをするというのなら、否定する道理がない」
 若が騒ぎ出す時期……というものを見越していた二代目は、内容がまともであれば付き合ってやろうと考えていたそうだ。確かにダンスならば別段おかしなものではないし、二代目もついているとなれば安心だ。
「二代目がやるってなら、俺も参加しようかね」
 初代は若に付き合うというより、あの二代目の踊りを見たいというのが動機だろう。
「四人か……。まあこんだけいればなんとかなるか!」
「おっと待て。二代目がやるってなら、俺も参加だ。ダイナもいるしな」
 一回断ったおっさんだったが、二代目がするとなれば別らしい。
 これで五人だ。
「せっかくなら、皆で踊りたい」
「やらん」
「俺もダンスは……」
 まさか二代目を引き込めると思っていなかったので、ここまできたらぜひネロとバージルも引き込んでしまいたい。が、ネロは根気よく頼めばなんとかなるとしても、バージルが首を縦に振る未来を想像できない。
「付き合ってくれたら、食事当番一か月、私が全部引き受ける」
「うっ……」
 ネロはこの事務所での食事当番がどれだけ大変か知っている。三食毎回、食べ盛りがいるので七人分以上の食事量を作るのはなかなかに骨が折れる。
 それを一か月しなくていいというのは、魅力的な言葉だ。
「なあ、ネロもおどろーぜ!」
「……分かったよ。ダイナ、言ったこと忘れるなよ」
「任せて」
 交渉成立。後は鬼門のバージルだけだ。
「あーにーきー! ここまでみんな乗ってくれてるんだから、一緒に踊ろうぜ?」
「やらんと言っている」
「振り付け、少なくするから」
「バージル、参加しないとあることないこと言いふらすぜ?」
「Be gone!」
 ダイナのまともな説得を掻き消したのはおっさんの一言。
 結果としておっさんは壁に張りつけになったが、どうやら何を言われるか分からない恐怖はバージルにとっても嫌なものだったらしく、ダンスに付き合わされることになるのだった……。

 若の発言で始まったダンス練習。かなりやる気の高い若は珍しく準備がよく、曲に関してはもう決めてあったようだ。
 一先ずは全員で曲に耳を通す。長さは二分半ぐらいの短い選曲だ。
 聞いた感想として飛び交った言葉は、なかなかに辛辣だった。
「若……本当にこれで踊るのか?」
「流石は俺の過去だ。趣味が変わってねえ」
「もっとなんかあっただろ……」
「いいじゃねえか! こう……エロティックでさ!」
 二代目も口にはしないがどうしたものかとお悩み中。
 バージルはただでさえやりたくないものをやらされるというのに、挙句こんな曲だというのが怒りを頂点に持ち上げるのに一役買ったらしく、綺麗に若を壁に貼り付けている。
 曲調自体は悪くないのだが、如何せん歌詞がそれらしくイヤらしい感じなのだ。
「振り付け、悩む」
 これに対してダイナは無関心。次のステップに入るべく振り付けを考えている。
 しかし、彼女はここで曲を変えようと言わなかったことを後々後悔することになる。というか男六人女一人でイヤらしい曲を踊ろうなんてなれば、どんな振り付けになるかなんて明白だ。
 そういうことに気付けないのは、やはりバカである所以か……。
「まずは前奏からつけよう。歌詞の部分は後回しだ」
 曲に関しては嫌だだの変えろだの意見が割れたが、結局他にこれといったものが上がってこなかったので、若の選曲したもので振り付けを決めることに。
「前奏は約30秒弱でか。まあここは全員同じ動きでいいんじゃないか?」
「どんな感じに、する?」
 なんだかんだで真剣に考える彼ら。とても悪魔を狩っている人物たちと同じに見えない。
「前奏の最初5秒ぐらいはなだらかで、そこからテンポが上がるから、そこまではこんな感じで構えてたら?」
 やるからには手を抜かないのか、ネロが足を広げて身体の前で両手を重ね、腕を下に伸ばしている。視線は下だ。
「そっから曲のテンポが上がったら動き出す……か」
 ネロの考えた構えから動こうと思うと、まずは視線をあげ、そこから動き出す必要がある。
「これだとワンテンポ遅れちまわねえか?」
「視線を下げてるアイデアはいいと思う。だから、テンポが上がるところで視線をあげて、両手両足どこかでも動かせる……って流れは、どう?」
「そー……だな。じゃあそっちに変えるか」
 それからお互いに意見を出し合ったり、改良を繰り返し、前奏部分の踊りを作ってみた。
 そうして彼らは、早速……。
「踊ってみるか!」
 1時間以上議論を重ねた30秒の振り付けを試すことに。
 曲をセットし、適当にみんなで間隔をあけて並ぶ。構えは先ほどネロが考えたものを改良したもので、視線を下にして気を付けの姿勢となったようだ。
 曲が流れ始め5、6、7……。
 8秒目からテンポが上がり、そこに合わせてみんなが顔をあげる。……これをあのバージルすらやっているというのだがら、知っている者からすればお笑いものだ。その知っている者たちも同じように踊っているのだから、笑う以上に真剣なのは不幸中の幸いか。
「1時間も考えたってのに、踊っちまうとあっけないな」
「まだ2分残ってるけどな」
 なんなく踊り終えた彼らには、まだまだ課題がある。
「これ、配置どうするよ」
「中央はダイナで決まりとして……後はどうでもいいけどな」
「えっ」
 問題をあげた初代に躊躇いなく放たれるおっさんの言葉に、ダイナだけが驚いている。
 何故自分がセンターなのか?
「女、あんただけだしな」
 ネロの説明で一瞬なるほど、と納得しかけたが、ただそれだけの理由でセンターはいろいろきつい。
「別の場所を所望する」
「いやでも……そこ以外だと身長差すごいことになっちまうぞ?」
 周りは全員180cmオーバー。……というか、ネロが185cmは超えており、ダンテーズは190cmオーバー。バージルに至っては2mあるのではないかというでかさだ。女性の平均身長にも満たないダイナに、他の場所という選択はなかった。
「後は振り付けで、隣にいないとまずいなーとかってなったときに決めようぜ」
 なんとも適当だが、ある意味真理なおっさんの言葉で配置が決まる。
 そうして歌詞に入っていく部分の踊りを決めることになったのだが、ここからはひどかった。
「俺絶対ここでダイナと踊る!」
「いいやダメだ。これは大人である俺が一番合う」
「おっさんより若い大人の方がいいだろ、ダイナ?」
 それらしくイヤらしい歌詞の部分を取り合って、こんな風に踊るだあんな風に踊るだのとのたまうのは若、おっさん、初代。
 その振り付けも完全に下心丸出し。
 「魅惑の果実」という部分では、初代がダイナをそれに例え、本気でダイナの首に舌を這わせようとした。これに対抗心を燃やした若は「キス」という歌詞で、ダイナに接吻を迫る始末。しかしこれらを可愛いものと思わせたのはおっさん。「重ね合わせた肌の温もり」をそのまま実行すべく、ダイナを押し倒し足を絡ませ、本当に逃げられなくしてしまった。
 彼らの処遇は言うまでもなく、二代目とネロによる鉄拳制裁が下された。
「……どれも恥ずかしいから、却下」
 しかも全部、サビにすら入っていない場面だ。それでこれは恐ろしすぎる。
 当然の如く拒否したダイナだが、その頬は赤い。いくら彼らに恋愛感情はないとはいえ、ある程度の常識を身に付けつつある彼女にとっては赤面ものだ。
 そんなひと悶着を起こしたわけだが、最終的にその行動に近いものが採用されることとなった。
 触れるのは禁止だが、先ほどの歌詞たちの部分で、ダイナは若と顔を至近距離まで近づける。初代には表面上……というか空気だが、身体の近くを撫でられるフリをすることに。おっさんには背中から抱きしめられる……一歩手前をダンスに取り入れられてしまった。
 どうしてこうなったかは言うまでもない。
 入れないと永遠と駄々をこねられ続けるからだ。それでは次の振り付けがいつまでたっても決まらないということで、こういった妥協したものを採用せざるを得なかったのだ。
 もちろん彼らが本気でなく、からかってしていることだというのは全員理解している。でなければ今頃ダイナは誰かしらに何かされているだろう。
 とはいえ、やめてと思うダイナの心理も別におかしいわけでもない。毎度こんな風にからかれていては、気が休まらない。
 その他の歌詞の部分はネロと二代目、バージルが中心となって踊ることになったらしく、ようやくサビに入るようだ。
「サビか……。一番盛り上がるところだよな」
「俺はもうダイナと盛り上がったからどうでもいいな」
 おっさんとしてはダイナと絡めて満足しているのか、サビというか、ダンス自体にやる気喪失の気配。
 そんなおっさんを横目に、ダイナたちは話し合っていく。
「この部分、何かこう……印象が変わるといい感じ?」
「印象か……」
 なかなか難しいダイナの注文にうんうんと悩んでいた若が、パアっと表情を明るくしてバージルの元へ駆け寄った。
「バージルでどうよ!」
「何がだ」
 どうよ! なんて言われてもピンと来ないが、ろくなことではないと感じ取ったバージルが閻魔刀に手をかけている。下手なことを言えば間違いなく滅多切りだ。
「最初は髪を下ろしてさ。んでさっき言った場所で髪をかき上げりゃ、イメージ変わるだろ?」
「……うん、インパクトもあるし、良い感じ」
 本人の意見はそっちのけで決まった。その流れでサビに入った最初は若とバージルの二人で踊ってもらうことになる。
「次は……希望から絶望か……」
 彼らはダンスのプロではないため、歌詞のイメージに合わせて作っている。
「逆の方が言葉としては好きだけどな。……それは置いといて」
「センターのダイナを二代目が覆い隠すとかどうだ?」
 初代の提案にポカンと口を開けるダイナ。身長差を考えれば誰でも出来る配役だが、何を思っての二代目選出なのだろうか?
「俺でいいのか?」
「二代目が一番効果ありそうだからな」
 何やら含みのある言い方をされたが、とりあえずは断る理由もないので良しとした二代目。
 表現として、ダイナを希望としてそれを隠すことで絶望を表すことにしたようだ。……そう考えると、確かに二代目に襲われたら絶望ものだ。
「これで終わりか」
「残るは後奏だけ」
 ようやく歌詞がある場所の振り付けが決まった。後は最後の締めで終わりだ。
「後奏なんて、もうネロとバージルがダイナを挟んで適当に踊って終わりだろ」
「……雑」
 投げやりなおっさんをさておき、最後まであーだこーだと言い合う中、ネロがふと思ったことを口にした。
「そういえば、なんでダンスしたいなんて言いだしたんだ?」
「ああ、それは……これだ!」
 バシッといい音をさせながら若が見せてきたのは一枚のポスター。オレンジと黒の綺麗な配色で書かれたその紙には、大きな字でこう書かれていた。
「ハロウィンで……ダンス大会?」
「おう! 優勝したらでっけー菓子袋が貰えるんだってさ! 参加賞でも小さいのもらえるし、暇だったから出ようと思ったんだ」
 言われてみれば、もうそんな時期だ。いつの間にやら季節も移ろい、この間まで暑いなんて騒いでいたのが懐かしく思える。
 これなら二代目の言っていた、若が騒ぎ出す時期だというのも頷ける。
「お前はバカか。ハロウィンは明日だぞ」
 前言撤回。言い出すのが遅すぎる。
「だから今こうやって練習してんだろ! ていうかバージルもやれよ!」
 練習というか、振り付けから決めているあたり間に合うか心配だ。
 それからはいつものように双子の大喧嘩。そこへおっさんが油を注いで大炎上。騒いでるのがいない間を良しとして他のメンバーでダンスを完成させ、次の日……。

 今日は朝から街中あちこちで仮装している人が楽しそうにしている。
 年に一度のハロウィン。大人たちも羽目を外していろんな恰好をしている。
 定番の包帯男や狼男、フランケンシュタイン、魔女、ゾンビ、ガイコツ……。中には何かのキャラクターを真似た人もいる。猫やウサギなどの動物系も多く見受けられた。
 そんな中、デビルメイクライの面々は一人を除いていつも通りの衣装。
 ダンテーズは赤いコートをなびかせ、バージルは青いコートを。ネロは紺色のコートだ。
「何故、私だけこんな……」
 衣装を変えられたのはダイナ。
 いつ、どこで買ったのかは怖くて問えなかったおっさんの私物……白と黒という王道カラーが美しく、超が付くほどの短いスカート丈で生足を晒し、髪をホワイトブリムで留めている。
 世間一般で呼ぶならば、メイド服という奴である。
「今すぐに襲いたくなるぐらい似合ってるぜ?」
「それ、褒め言葉じゃない」
「だが事実として、ダイナの黒髪とはよく合っている」
「二代目っ……!」
 おっさんの軽口は流すわりに、二代目に褒められるとほんのり赤かった顔がゆでだこのようになる。
 戦いの中に身を置いている彼女はお洒落なんてものはしたことがない。普段着も全て軽装なものを好み、いつどのような状況下でも戦えるようにしている。
 だからスカートなんてものを履いたのは、記憶をたどる限り初めてのこと。だというのに下着がぎりぎり見えるか見えないかレベルの物など、穴があったら入ってしまいたいほどに恥ずかしい。
 挙句、この格好で踊るのである。
 先のことを考えると気が重いが、こうなっては仕方がない。もうどうにでもなれだ。
「エントリーしてきたぜ」
 受付にいってくれていたネロが帰ってくる。
 その後に食べ物を持った初代と、言い合いをしながらも飲み物を持ってきた若とバージルとも合流する。
 なんだかんだで出し物が始まるまで、ハロウィン色に染まった街で好きなものを食べたり、ダイナの衣装をからかったりしながら時間を潰す。
 食べ歩き、なんてこともしたことがないダイナはホットドッグ1つ食べるのにも四苦八苦。もごもごと頬張って、口周りにはべったりトマトケチャップを付けている。
 これを見た若は大笑い。初代も服に反してる、なんて言って顔をほころばせている。ネロは紙ナプキンを渡してくれるが、それをおっさんが邪魔してダイナの口元に指を寄せる。
 大体何をするか察した二代目とバージルによって難なく阻止され、ダイナはとりあえず危機を回避する。
 なんて穏やかな午前を過ごした彼らは、これから最高に熱いダンスを披露する……。

「今年もやってまいりました! ハロウィンダンス大会!」
 街の中央で司会者が本日の目玉、ダンス大会を開催する旨を伝える。
「やっとか、楽しみだな!」
 ダンスを持ちかけた張本人はやる気満々。そんなにもダンスが楽しみなのか、はたまた景品狙いか。
「そうだな。……特にダイナの踊りは必見だ」
「おっさん、本当に許さないから」
 ぎゅっとスカートの裾を引っ張り、出来る限り足を隠しながらおっさんを睨む。普段の服装で、デビルハンターとしての威厳がある状態での睨みだったならば多少なりとも怯ませられただろうが、今の恰好では何をしても無駄だ。
「あんま引っ張ると、後ろが見えるぜ?」
 ぐっと後ろ側のスカートの裾を引っ張られ、慌てるダイナ。気を抜くと初代も何をしてくるか分からないのでとにかく離れる。
「見苦しい」
「あっ……」
「着ていろ。でないと愚弟どもが調子に乗る」
 かなりイラつきながら、バージルが自ら来ているコートをダイナに投げてよこした。
「俺はまだ手を出してないだろ!」
「まだって、する気なのかよ」
 的確なネロの突っ込みに言葉を詰まらせる若。そんな彼を横目にダイナは投げられた青いコートに腕をとおすのだが、如何せんでかい。でかいが、脱ぐことはない。今はそんなもの些細なことだ。この生足を隠せるならば文句なんて出てくるものか。
「少しの間借りる」
 これで自分たちの踊る番が来るまではなんとかなりそうだ。
「ゴーストバスターの皆さん、ありがとうございました! 続きましては、デビルメイクライチームのダンスとなります!」
「よっし、しっかりやれよバージル!」
「黙れ愚弟。貴様こそ遅れをとるなよ」
 いつの間にやらお互いに負けたくないという闘争本能の方が勝ったらしい。あのバージルが気合を入れるほどとは、恐るべしハロウィンの空気……と言ったところか。
 舞台に立つと、想像以上の客の視線を浴びる。
 女性客は同じ顔がいっぱい並んでるとか、どの人もイケメンとか、あの若い子が一番いい! など、黄色い声が中心。
 男性客からはセンターの子の衣装がきわどいとか、見えそうで見えないとか、ダンスでジャンプしてほしいなど、男は全員おっさんみたいな思考回路しているのかと疑いたくなる発言が目立つ。
「それでは踊っていただきましょう。デビルメイクライで、Let’s lock!」
 司会者の掛け声と共に曲が流れ出す。
 すると先ほどまで男性客を蔑んだ目で見ていたダイナも、女性客の甲高い声に殺気を飛ばしていたバージルも表情を引き締め、踊りに集中する。
 そこからは息の合ったダンスを披露した。元々四人は同一人物なため、当然の権利のように動きは同じだ。バージルも双子だから言うまでもない。特に若とは寸分の狂いもないほどだ。ネロも器用なため、そつなくこなしている。
 肝心のダイナは周りが全員高身長なのが幸いして、若干の遅れがあってもほとんど隠れて見えないので無問題。難なく前奏が終わり、歌詞の部分に入る。ここからは各人がパートごとに分かれて踊る。
 最初に若とネロとダイナ、その次に初代とバージル、最後に二代目とおっさんがペアとなって動く。
 そしてやってきた問題の場面。
 まずは初代と距離をつめる。
「ぅあっ!?」
 初代が突然ダイナの腰に手を回し、引き寄せた。まさかの事態にダイナは情けない声をあげ、されるがままに初代の胸に収まる。
「こんな日ぐらい、手を出したって怒らないだろ?」
「やめっ……」
 耳元で囁かれ、くすぐったさに身をよじる。
 初代はそんなことお構いなしに、振り付けどおり首元に顔を寄せる。
「初代……!」
 逃げられないと悟りながらも、最後まで抵抗する。
 それでも無情に、じりじりと初代の唇がダイナの首元に触れた、その時……。
「ふさげんなよ初代! 次は俺の番!」
「あっ、おい!」
「次……って!?」
 初代に抱き寄せられてから首元にキスをされるまで、この間たったの3秒弱。
 そんな濃厚な3秒があってたまるかと言いたい所だが、次は若とペアで踊る番だ。客席側からはどうなっているかよく分からないが、同じ場所で踊っているメンバーたちには丸見えだ。
 これをよしとしなかった若は強引にダイナを引き寄せ、頬を掴んで視線を合わせる。
「若……? ま、待ってっ、顔が近すぎる!」
 振り付けの中に頬を掴む動作は入れられていない。これでは本当にキスをすることになってしまう。
「やっ……触れっ……」
 若は何も言わない。そんな彼の真剣な眼差しが今は辛い。
 今度ばかりはなんとしても拒まなくてはならないと必死の抵抗を見せるものの、顔の距離はさらに縮まる。
「おっと、そこまでだ」
 唇同士が触れるか触れないかのところでダイナの身体がフワリと浮いた。
「……っ! おっさん、下ろしてっ!」
 助かったなどと安心している暇はない。
 今の服装で身体が浮くというのは非常にまずく、事実観客側から男たちの野太い歓喜の声が聞こえてくるのだ。
「いいだろ? 今は俺とダンスの時間だ」
 当たり前のようにダイナを後ろから抱きしめるだけでなく、抵抗できないように地に足をつけさせない所が何よりもいやらしい。
 ぐっと逞しい両腕に身体を抱き上げられる関係で、ダイナの胸が大きく上に持ち上げられる。
「いい眺めだな」
「どこ見てっ……」
 真上から谷間を覗き込まれてもダイナにはどうしようもない。これを観衆の前でされているのだから、羞恥でどうにかなってしまいそうだ。
「おっと、ここまでだな。次はサビだぜ」
 色々と好き放題され、ダンスどころではない。……が、サビと聞いて自然と身体が動く辺りは練習のたまものだろうか。身体の浮遊感がなくなったダイナは急いで次の待機場所に移動する。
 サビに入れば若とバージルの息ぴったりな動きが映えるよう、他のメンバーはポーズを決めて静止。
 バージルの髪をかき上げる場面で女性客の歓声が響き渡ってのを見ると、どうやら案はよかったようだ。それが決まった後はそそくさと後方に下がる。
 最後にダイナが中央へ躍り出る。
「えっ……二代目はやっ……」
 歌詞最後の締めで、なんとワンテンポ早く動き出してしまった二代目。そのためダイナは二代目の全身に突っ込むことに。
「悪い」
 戦いの中ではどれだけハードな仕事でも汗一つかかずに帰ってくるあの二代目が、じんわりと額に汗を浮かべている。やはりダンスとなると普段使わない筋肉を使うため、なかなかに大変そうだ。後は歳……のことは言わないでおこう。
「痛くなかった?」
 がっしりとした身体に抱き留められ、鈍い音がお互いに響いた。
 抱き着く予定はなかったが、恥ずかしがっている場合ではない。二代目に怪我なんて万が一あり得ないとは思うが、確認を取る。
「大丈夫だ。それよりも軽すぎないか?」
「そんなことは……ないはず」
 ぶつかったというのに、二代目からすれば特に何も感じられないほどだったらしく、逆に心配をされてしまう始末。
 さらにはとどめの一言をもらうことに。
「そうか。……たまにはお洒落をしてもいいんだぞ? 今の服装は良く似合っている」
「な、何言ってっ……」
「振り付けを間違えてすまなかったな。最後は気を付ける」
 さらりと言い残し、ダイナを放して持ち場へと移動していく二代目。本人はいたって真剣に思ったことを口にしているだけなのだが、それが破壊力抜群なわけで。
 二代目でなければダイナもそこまで動揺はしなかっただろうが、相手が悪すぎた。完全に脳内のキャパシティを越えたダイナはフリーズ。後奏が始まっても耳にはもう届かない。今の彼女は二代目に言われた内容をリピート中だ。
「ダイナ? おーい!」
 中央で棒立ちするダイナに声をかけても反応がないので焦るネロとは反対に、バージルは踊りを変えた。
 最後は全員で同じ振り付けであるのだが、ダイナが棒立ちしているとなるとそういうわけにはいかない。
 しかし、ダンテーズに融通という言葉は存在しない。……いや、二代目はワンチャンスあるかもしれないが、ダンスに必死な状態では流石に厳しい。
「仕方のない奴だ」
 悪態をいつものように吐きながら、ちらりとネロに視線を送る。こういう時には親子としての何かを感じ取るようで、一つ頷き返してからバージルに動きを合わせる。
 ネロとバージルはダイナの前に膝をつき、左右対称に両手を使ってそれっぽく踊る。
 客席側からは二人の後頭部を眺めることになるが、今はダイナを正気に戻すのが先決。ということで二人がとった方法が……
「……!?」
 凄まじい眼力で睨むことだった。
 これが功を奏したようで、ダイナは冷や汗を流しながら正気に戻る。そこからは残り数秒であったがきっちりと踊りきり、親子二人に挟まれながら最後のポーズを決めるのだった。
「デビルメイクライの皆さん、ありがとうございました! 続きましては──」
 こうして何一つ無事ではなかったダンス披露は終わった。
 たくさんの拍手と歓声に包まれながら舞台を下りると同時に、ネロとバージルの説教が始まった。
「あんたら、いくらなんでもふさけすぎだろ!」
 身の危険を感じたダンテーズは一斉に散る。……が、それも虚しく一人ずつスナッチで掴まれてからバスターで地面に埋められている。もちろん二代目も例外でなく、頭からだ。
「おい、貴様もだぞ」
 最後の棒立ちがバージルにとっては許しがたい醜態だったらしく、ダイナはダンテーズにおもちゃにされたというのに、幻影剣の嵐まで浴びる羽目に。
「私は被害者……!」
 なんて叫びもバージルに通じるわけなくこちらはハリネズミ。せっかくの衣装も血まみれの穴だらけ。
「おいバージル! その服俺のなんだぞ!」
 ズボリと頭を地面から引き抜き文句をつけるのはおっさん。……本当にこの男は、どこでこんな衣装を手に入れたのか。
「ならばもう一度埋まっていろ」
 ベオウルフを装着したバージルが躊躇いなくおっさんの頭を掴み、地面に叩きつける。
 綺麗に地面にめり込んだおっさんは気を失ったようだ。
「ただいまを持ちまして、ダンス大会終了です! 今年の優勝チームは、デビルメイクライ!」
 お説教という名の鉄拳制裁を受けていた面々が、なんだなんだと地面から顔を引き抜く。
「デビルメイクライの皆さん! どうぞ舞台に……ってなんでそんなボロボロなんですか!?」
 どうやらスタッフが呼びに来た見たいだが、血だらけの女性やら顔中泥だらけの男どもを見て動揺している。
「……ハロウィンだから、ちょっとはしゃいでただけ」
「そ、そうですか。……あ、どうぞこちらへ!」
 明らかに血糊ではないし、鉄の匂いもするのだが、深くは触れなかったスタッフの判断は正しい。
 こうして舞台に上がった全員に一つずつ大きなお菓子袋が手渡され、年に一度のハロウィンダンス大会は幕を閉じた。

「今日は最高に楽しかったな!」
 大きなお菓子袋を抱えながら、若が満面の笑みを浮かべている。
「優勝出来るとはな」
「踊りをいくつかミスしてしまってすまなかった」
「ま、結果オーライだって」
 初代たちもどことなく嬉しそうにダンス大会の感想を述べていた。
「こんなにいらん」
「私も、どうしよう」
 甘いものが好きではないバージルはいらないものをもらったと愚痴をこぼす。ダイナも間食をしないため、少し困り顔だ。
「俺もこんなには……キリエと分けようかな」
 ネロは一人、想い人のことを考えているようだ。
「練習どおりにはいかなかったけど……本当に楽しかった」
 今日はハロウィン。風変わりな一日だったが、なんだかんだと楽しく過ごしたようだ。